感情ごっこ(真一郎視点)
俺には幼馴染がいる。
武臣ともう一人、
美憂という。
美憂は俺らと違うことがある、まず一番の違いは女子だった。普通の家に生まれてお父さんとお母さんだっている。家は近所で学校も一緒。同じクラスになることもまためずらしくなかった。
昔から喧嘩をよくしていた俺を物怖じもせず、むしろ心配して手当てをしてくれたこともあった。
「真は泣き虫だし喧嘩も負けてばっかだけど、優しさは誰よりもあるんだから」
いつだったか、美憂が言っていたセリフに俺の中で何かが軽くなった気がした。
俺は今、近所の居酒屋に来ていた。
「みーんな、弱いからとか色々言いたいこと言うけど、ゼッッタイ優しくて頼りになるんだから!!!後々、真のかっこよさとか優しさに気づいたって遅いんだから〜っ!!」
そこにいたのは良い感じに酔って大声で言い放つ美憂の姿。正直、こんな風にはっきりと物事を言う美憂を見たのは久しぶりだな。何杯飲んだのか、手にしているジョッキは結構中身が減っているけれど、これだけでそんな風にはならないはず。目の前に座るワカは美憂の後ろに立つ俺を空気扱いで串焼きをムシャムシャ食べている。久々に美憂が俺の事を真って呼ぶの聞いたな。なんて思ってしまうのは俺、能天気すぎかな。
「真ちゃん大好きじゃん」
「うっさい」
美憂は俺に気付いていない。だから、ワカの言葉にも気にせず突っ込んでジョッキのビールを流し込む。ここから見えないけど、美憂は目が座ってそうだな…。
「…どうせ気づいてたあたしも結局は一緒になれない負け組なんだけど…」
美憂は俺が今ここにいることを知らない。知らないから言ってるんだろうけど、そっか。そんな風に思ってたんだな。美憂の気持ちを聞く機会はあんまりないから、こう思ってるのかな、こう思われてたらいいなって考えていたことのまるで答え合わせ。正解不正解ってわけではないけれど、これはこれで純粋に嬉しいやつだ。
テーブルにぶっ潰して意識を飛ばした美憂の髪をそっと撫でる。意識を完全に手放した美憂は結局最後まで俺には気付いていなかった。
「真ちゃん早いじゃん」
「美憂がいなくなった時点でワカに連絡行ってたらいいなって思ってたからな。締めの準備は早めにしてきたわ」
ワカはニヤニヤしながら俺と美憂を見比べる。
「真ちゃんも懲りなさ過ぎじゃん」
「たまたまだったんだって。バイクの調子が悪いって来たお客さんの対応してたら、美憂がちょーど来て。あからさまに面白くない表情になるのが、可愛くて」
「出た出た、惚気」
ワカには本当頭が上がんないよ。俺の気持ちも知ってるわけだし。
俺はずっと美憂が好きである。
多分、美憂も昔から俺の事を好きだったそれなのに美憂に気持ちを打ち明けなかったのには理由がある。俺は喧嘩の多い日常を過ごしていた。強いやつに挑んで喧嘩して。負けてを繰り返し。喧嘩が日常的だった俺が美憂みたいな女子と一緒にいれば、いつか美憂が巻き込まれると思って、俺はその気持ちに蓋をした。
「美憂、言ってたよ。真ちゃんフってきた女たち!こんな男嫌だって言ってお前らがフってきた真ちゃんが後々にめちゃくちゃいい旦那にきっとなるんだから!って」
ガヤガヤする店内。この発言も周りの奴らは全然気にしてねぇのわかるけど、側から聞いたら、完全に彼女の惚気のソレじゃん。
「交際吹っ飛ばして、結婚後の話までしててスゲェわ」
だけど、何度も言うように付き合っていなければ、俺に関しては気持ちに蓋をしている男な訳で、こんな俺らにずっと挟まれているワカは呆れ顔。ほーんと申し訳ねぇけど、美憂は俺のこと大好きじゃんって思ったら凄い表情筋が緩んだ。
「真ちゃんはさ、」
「うん」
「美憂が本当にそのうち真ちゃんへの気持ち、整理しちゃったらどうすんの」
メニューを開いて、美憂のために持ってきてもらっていたであろうお冷に口つけて。ワカの言葉が耳に入ってきて、一気にメニューの一覧はただの文字の羅列に化けた。
「…その時はその時だよな」
かっこよく、美憂のこと守るからって言えればどんなに良いだろう。だけど俺には今もっと守らなければならないものがある。最優先にすべきものがあるから、美憂を選ぶことができない。
「万次郎もエマもそのうち一人立ちして、ホントに俺がいなくても大丈夫になった時、俺から美憂に伝えるわ」
「そして真ちゃんのフラれ記録更新ってわけか」
「そこは俺の応援してくれよな?!」
今日も俺は美憂に素直になれず付かず離れずの位置で美憂が離れて行かないように優しくしてしまうんだ。