真一郎と幼馴染 | ナノ

人生はスパイス、あなただから好き

※交際中

野菜を乱切りにして鍋にまな板から流し入れるように移していく。具を入れて水を入れてかき混ぜて。時計をチラリと見て時間を確認。多分問題なければもう少しだろう。帰ってきたらどっちになるかわからないけれど、どっちでも良いようにあたしは準備を進めていく。


「うん、良いかな」


味付けは上乗。個人的に出来は良いと思う。後はまた改めて温めればオッケーと言うところまでできた。なので、コンロの火を消して、鍋に蓋をしてから再び時間を確認。いつもならこのぐらいなのにおかしいな、と思いつつテーブルに置いていた携帯に手を伸ばす。表示されている時間は24時間表記で20時を回ったところ、ちなみに連絡はなし。あたしは静かな部屋の中、一人でふぅ…と一息ついて携帯を置いてテレビをつけた。見慣れた芸能人の出ているバラエティ番組。ワイワイと楽しそうなやりとりを繰り広げてるのをボーッと見つめる。内容は正直言って入ってこない。時間も時間でお腹が減っているから、と言うのもあるけれど、音沙汰ないことが引っかかるからだ。

なんとなく、ソワソワしてしまって心が落ち着かない。

あまりにも音沙汰がなければ電話してみようかなと思い、再び携帯に手を伸ばす。ポチポチとボタンを押して、電話帳を開き、カーソールを目的な人の名前に合わせて確定ボタンを押せば、画面に大きく表示された電話番号。少しだけ深呼吸してもう一度、ボタンを押し携帯を耳に押し当てる。
しばらくしてコール音がし始めて、ぼーっとしながら音を聞き入れていれば、塞がれた片耳からではない方から、ガタガタと音が聞こえてくる。携帯をそのまま耳に当てたまま玄関に向かえば、ちょうど扉が開いて「ただいま〜」と言いつつ顔を見せてくれたのは薄汚れた作業着を纏った真だった。帰ってきたばかりの真と言えば、目も合わせず靴を脱ぎながらポケットの中を何かを探っている様子。そして目当てのものを取り出した真はそれを見るなり、あれ?という表情を浮かべる。


「おかえりなさい、遅いから電話しちゃった」


と言うのもそのはずだ。真が今取り出したのは携帯電話。ちなみに今玄関に入ったタイミングまで鳴り響いていた着信音。でもポケットから出してそれは鳴り止み、真は携帯の差出人を見て、あれっという表情を浮かべていたのだ。ちなみにその電話の主は、あたしで帰りが遅かった真が気になってちょうど電話をかけていたタイミングで帰ってきたという。真は靴を脱いで携帯の画面を見た後に上げた表情は少し申し訳なさそうにちょっとだけ眉尻を下げて「ごめん」と呟く。


「閉める直前にタイヤパンクした〜ってお客さん来て対応してたら遅くなっちまった」
「あーそれまた大変だったね、お疲れ様」
「腹減りすぎてさっさと帰ろうって思ってたから、連絡すんの忘れてたわ」
「うん、でも何もないならよかった、ご飯にする?」


あ〜疲れたという声を上げて向かうのは洗面所で、履いていた靴下を脱ぎ、石鹸で手を洗う真に尋ねる。閉める直前にくるお客さんは蔑ろに出来ないし、その人からすればやってて良かったって思ってるだろうし、遅くなって連絡なくって心配したけど、そう言う理由なら仕方ない。真も精一杯働いて疲れて帰ってきたのだから、何もなくてよかった。その一言に尽きる。あたしみたいに決まった時間で働いて帰ってきてって訳ではないし、自分で考えてお店を運営経営…ほーんと大したもんだなぁ…と思えるから、連絡一本忘れたとしても帰ってきたならそれで良い。真はあたしの質問に「あー」と声を漏らしながら、濡れた手をタオルで拭いて、うーんと悩んだ末に「風呂先入るわ」と口にする。


「スッゲー腹減ったけど、今日の仕事で結構汚れたし…食いてぇけど…腹減ったけど…」
「はいはい、じゃあ温めておくから上がったら一緒に食べよう」
「美憂も腹減ってんだろ?先食ってて良いからな…!」


最後まで苦渋の決断って口ぶりだった。それもそうだ、いつもより遅く帰ってきてさっきの言葉の通り、ギリギリまで仕事して。お腹ペコペコって言葉がぴったりなのに、せっかく帰ってきても食べれないのは辛いだろう。それなのに、洗面所の扉を閉めるギリギリまであたしに気遣った言葉をかけて、でもやっぱりちょっと申し訳なさそうというか俺も食いたいって顔前面に出すから「はいはい」って適当に返事して扉が閉まるのを見届けた。
真は先に食べてて良いと言ってくれていたが、ここまで待っていたんだ。先に食べるわけにはいかない。むしろ一緒に食べたいのだから、真の気遣いだけ受け取ってあたしは作りかけの料理を温め直すことにした。



冷蔵庫からサラダを取り出してテーブルに置く。皿とスプーンも取り出してるうちに、洗面所の方からガタガタと音がする。真がお風呂から上がったらしい。もうちょっとかかるかなって思ってたけど、相当お腹が減ってるんだなってのが見て取れるから、つい一人でクスリと笑ってしまう。


「あ〜サッパリした」


お風呂から上がった真がペタペタと歩いてやってくる。冷蔵庫を開けて、缶ビールを一つ取り出してプルタブを引いたのだろう。プシュッと音が耳に届く。そして、ゴクゴクと喉を通して飲んだ後、プハッって美味しそうなリアクションまでがワンセット。


「さいっこう…!」
「ほら、ご飯できたから食べよう」
「何、今日カレー?」
「ハヤシライス」
「うまそっ」


鍋を掻き回して、お皿によそうタイミングで後ろから真が覗き込むように立つ。ビール飲んだ直後だから、若干香るアルコールの匂い。確かに鍋の中身は茶色いけれど、香りが全然カレーじゃないでしょって思いながら今日の献立を伝えれば、真の嬉しそうな弾んだ声。お皿によそってパッと振り向いたら至近距離にいる真とバチッと目が合う。Tシャツに短パンって楽な格好、お風呂上がりで髪を乾かしていなかったらしい。首からタオルをかけているし、髪は濡れてしなっている。


「乾かしてきなよ、風邪ひくよ」
「へーきだって。それより腹減った」


髪短いのだから、ドライヤーですぐ乾くと言うのに、それさえもめんどくさいぐらい腹ペコらしい。お風呂までは入ったけれど、これ以上は待てません!って意図がありありと伝わってくる。一応一回は伝えたので、あとは真次第だ。お皿に盛ったハヤシライスを二つ持ってテーブルに置いて席に着く。真は飲み掛けのビールをまた一口飲んで、横に置いた。


「あー、腹減った!」
「そればっかり」


さっきから同じことしか言わない真に段々呆れてしまう。まあお腹が減ったのはあたしも同じなのでわかるけど。そう思いつつ、いつものようにいただきますをしようとしたら、真が濡れた髪ごと前髪をかき上げる姿を見て思わず思考回路が停止する。


「ん?どうした、食わないのかよ」
「う、ううん。食べるよ」


あたしの視線に気づいた真がキョトン顔であたしを見つめてくる。何にもない、深い意味はないと言い聞かせつつ、ちょっとだけ不自然に、スプーンを手に取りハヤシライスに突っ込んだ。そしてルーとご飯をちょっとだけ絡めて掬い、口に含んだ瞬間「なんだよ、見惚れちまった?」と真が悪戯そうな笑みを浮かべて言うもんだから、思わずゴホッと咽せ返る。


「なーんてな」


ニシシと笑う真は冗談っぽく、してやったりみたいな顔するもんだから、ちょっとだけ面白くない。つい、ムッとして「…そうだよ」って小さく呟いたら、真の方が次はむせ返ったから、少しだけ気分が回復。


「昔もさ、リーゼントにしてダサいのに」
「おい、なんだよ悪口か」
「みんなで集まる時なんてねじり鉢巻しちゃって」


お皿の中のルーとご飯を絡めるたびに、スプーンが底の皿にカッカッと当たって音を立てる。真の方は見ずに絡まる姿を確認しながら、真の言葉を完全にスルーしてスプーンで掬ってまた一口含んだ。口に広がるハヤシライスの味は市販されてるルーで作ったから味に間違いはないんだけれど、正直頭の中のことで味はどうだって良くなってるところもある。


「だけどさ、ダサいって思ってるのに、髪上げてる方も何故かかっこいいなって思えたから、ズルいんだよ」


脳裏に浮かぶのは昔、やんちゃしていた頃の姿で、今やったら絶対ウケやしないはずなのに。正直かっこよさなんて今も昔もわからないのに、今も昔もあの時の真がかっこいいと思えるから悔しい。それをぽろりと言葉にすれば、真は目の前にはポカーンとした表情を浮かべているではないか。


「そんなこと思ってたのか」
「…真のおでこが好きなのかもしれない」
「んなピンポイントなところ言うなよ」


この人の顔が好きとかよく聞くが、おでこが好きなんて言う人はそうそう聞かない。だから、真もどんな反応すれば良いのやらって顔してちょっとだけ困惑してる感じ。前髪を掻き上げたことによって見えるおでこをじっと見つめながら、うーん、やっぱり良いなって思ったりもして。


「真のおでこって形がいいんだよね」
「そうかぁ?」
「あと長髪より短髪派だから」
「え、そういう問題?」


もうさっきから繰り広げている会話はどこに終着したいのか自分でもよくわからない。おでこって綺麗じゃないと前髪上げた時、良いなって思えないし、長髪より短髪の方がおでこは映えると思う。前髪の長さ的問題。そんなことをぼんやりと思いながら。あたしは真のそばにある缶ビールを少しだけ身を乗り出し掻っ攫ってあたかも自分の物のように飲んだ。喉を流れるビールは美味しい。空きっ腹でいっぱい飲むと悪酔いするんだけど、少しでも食べてるし飲むのだって少しなら大丈夫だろう。結局話がうやむやになってきて、腹ペコの真の意識もハヤシライスに移ってしまい、さっきあたしがしていたように皿の上でルーとご飯を絡めてはスプーンいっぱいにすくっては食べてを繰り返す。咀嚼をあまりしていなさそうだから、胃に悪そうだけど、それだけお腹が減ってたと言うことで、その食べっぷりも見事だし、おかげで見ていて気分が良くなるのはほぼ空きっ腹で入れたアルコールのせいではないのは明確だ。


「…まあ、結局は真だから好きなんだろうなって思うけどね」


ポツリと思わず呟いた言葉だった。けれど、真の耳にも届いていたようで、ハヤシライスを見ていた目がバチッとあたしの視線とぶつかる。


「…なあに」
「美憂かわいい」


ニヤリと笑った真の顔。知ってる、この顔は余裕のないあたしを見て笑う顔だ。
すると真は何度も髪をかきあげて何故かキメ顔。あーこれはもうスイッチ入ったな。


「美憂にも褒められたし、ひっさびさに髪上げるか〜」
「え、今どきリーゼントはやめてよね」
「辛辣…!」


辛辣で結構。調子に乗らないで欲しいんだから、辛辣にもなるだろう。真は自分の良さをわかってない。普段だって、ニコニコ人当たりの良いバイク屋の店主やってるし、かっこいいし優しいし。そんな真がリーゼントじゃなくたって、髪型いじってイメチェンしてみて、おしゃれっぽくなって、それがバッチリウケてしまったらこっちが困る。
いつだって帰りが遅ければ事故的な意味もぜーんぶ引っくるめて心配になるし、いくら仲間たちがバイク屋に集まってるとは言え、やってくる客層は幅広いのだから、いつどんな相手に惚れられるかだってわからない。のであれば真が調子に乗って他の人たちの目に止まらせないように、自分のかっこいいポイントに気付かせないようにあたしは程よく辛辣な言葉をかけてあげるのだ。



「真は今のままで良いの」
「そうか…?」
「良いの」


それで良いの。あたしだけが知っていれば良い。
バイク屋を若くして経営してちょっと苦労してるぐらいの雰囲気醸し出して、かっこよさが薄れてるぐらいがちょうど良いのだ。そんな真にあたしだけがいつだって、ドキッとさせられて好きって実感するのがセットなのでこれで良いんです。


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