真一郎と幼馴染 | ナノ

真一郎専用お子様ランチ

何も変わらない朝。オフである今日の予定をざっと思い返しながら、顔を洗い朝準備をしていく。メイクをしながら、度々時間を確認してしまうのはあたしの心の落ち着きのなさの現れだろう。毎度毎度、あたしも懲りないなって思うけれど、仕方ないじゃないか。いつだって気持ちに刺激をくれるせいで、あたしが落ち着くことはきっとしばらくないんだろうなって思わされる。
身支度を整えて、準備はおしまい。履き慣れた靴を履いて、玄関の鍵を開けて振り向けば、「よっ」って真が片手を上げて立っていたから思わず変な声を出しそうになってしまった。


「ッび、っくりしたっ…」
「悪い悪い」


悪びれてる様子はない。むしろ、楽しそうに笑っている真にいつもと違う驚かされたせいで早まる鼓動を抑えつつ、あたしは数秒だけそこから動けなかった。これは物理的に心臓に悪すぎる。驚きからやっと心拍が落ち着いてきた頃、呼吸を整えるためにため息を一つ吐いて、真に向き合う。


「来なくていいって言ったのに」
「買い物行くんだろ?だったら荷物持ちぐらいするって」


その笑顔に絆されるあたしは、これもまた何度目だろうか…とそれは宙に消えて行った。

今日は真もあたしもオフの日。だけど、曜日的には平日のため佐野家のみんな、万次郎もエマも学校でいない日だ。そんな平日の真昼間に向かうのは近所のスーパー。この前、エマが体調崩して行ったところと同じ、勝手知ったる近所のお店である。近いし別に一人で全然いいのに、真はずっと一緒に行くと言っていた。だから、何時に家を出るとかあえて言わず、ささっと買い物を済ませてしまおうと思っていたのに、どうやらあたしの行動は全てお見通しだったらしい。全く何時から此処にいたんだろうか…、せっかくのオフなんだからもっと有意義に使ってもらいたいのに。
今日は佐野家であたしが真にご飯を作りに行く日。先日、エマが体調を崩して行った日の帰り、真と交わした約束を果たすため。仰々しい言い方にはなるけれど、実際問題、真があたしのご飯を食べることは度々あるし、正直今更すぎるお願いにこんなんで良いのかなと思う気持ちもあるけれど、真がそれで喜んでくれるならばあたしはあたしのできることをするだけだ。
スーパーについて、まず買い物カゴを手に取った。ら、そそくさ真に取られてしまう。


「俺持つから」
「え、あ…うん」


ってことで手の中は何もない。普段、カゴを手にして買い物をするのが当たり前だからこそ、ちょっと落ち着かない気もするけど仕方ない。多分、本人はこういうこともするつもりで来ているわけだし、それを粗末にするわけにもいかないので、素直に甘えることにした。
まずは野菜売り場から、色とりどりの野菜が並んでおり、あたしは付け合わせにどれがいいかなと見て回る。作るもののイメージはできているから、買わなければならない主な食材は確定している。後はそれに合わせて今日のスーパーで売られているものの値段や品質を元にすり合わせをしていく予定だ。彩は良くしたい。見た目もそうだけれど、普段から力仕事なわけなので、体が資本。となれば、より栄養バランスのことだって重視したい。エマもそこら辺は少なからず考えているとは思うけど、万次郎が割とお子ちゃま舌ってこともあって、料理には苦戦するって嘆いていたことを言っていたな。真は逆にそういうこと言わないし、なんでも美味しそうに食べてくれるから、好き嫌い的な観点はあまり気にしていなかったりもする。
野菜から鮮魚を通り、精肉コーナーへ。


「うーん、作り置きしようかな」
「作り置き?すんの」
「うん、仕込みだけしてけば、エマがあとで楽かなって。真のご飯が昼夜被っちゃうけど」


ひき肉が並ぶ棚で豚と牛の合い挽きを見ながら、どのぐらいの量を買うべきか品定めしながら、思ったことをついぼやいていた。一歩後ろから覗き込むように見守る真は、多分他のお客さんの邪魔にならないようとしている配慮だろう。後方から降ってくる声に応えれば感心したような声が漏れるではないか。


「美憂ってホントよく考えてるよな」
「そうかなぁ…」
「いい嫁になるなって思うわ」


喉の奥がグゥってなった。手にしていたひき肉のトレーが潰れないか確認したら、セーフだった。突然のことに思わず体が強張ってしまったんだが、これは真が悪い。全くこの男は何を言い出すんだ、と思いつつこういう突拍子もない人を困惑させる言葉は今に始まったことではないのだから、と言い聞かせてスルーすることにした。パパッとお肉を選び、真の持っていたカゴに入れる。野菜もきのこ類も卵もお肉も買った。一通り欲しいものはOKのはず、と再確認していた時、ふと横をカートを引いたおばあさんがニコニコとこちらを見ているではないか。


「あ、退きますね」


二人で立ち止まってたせいで邪魔なのかと思い、真の腕を引いて退こうと思えば、おばあさんは「良いの良いの」って優しく笑みを浮かべている。ちょっと心なしか楽しそうというか、微笑ましそうというか。


「良いわね、新婚さんかしら〜。二人で一緒に買い物だなんて仲良しじゃない。羨ましいわ」
「えッ、あ…」
「こうやって買い物カゴを持ってくれて優しい旦那さんね」
「ハハッ、ありがとうございます」


絶句。おばあさんの勘違いに言葉を失ったあたしは、おばあさんに何て返せば良いのかわからず、真っ白になった脳内で当たり障りなく返す言葉を探すけれど、さらに追い打ちをかけるように言われた言葉を返したのは、まさかの真だった。真はいつもの人当たりのいい表情で爽やかにお礼を述べているけれど、あたしの内心はぐちゃぐちゃだ。気づけば、真はニコニコと手を振りおばあちゃんも立ち去っていて、あたしだけが呆然と立ち尽くしたまま。ハッとした時には、真の腕を掴んで「何、言ってんのッ」って変な声を絞り出していた。


「いや、だって…。な?」
「な?じゃないっ…」


結局真にはぐらかされて、この場は終了。はぁ、とあたしはため息をつくことしかできなかった。

レジでお会計を済ませて買ったものをレジ袋につめていく。袋は重さを分散させるために三つ分。そのうちの二つ、特に重い方から真が手に取る。袋詰めの時点でカゴに入れていた重さのあるものを真が選んで入れていたのはそう言う理由か、と悟らされた。真も家のことをやっていたから、袋の入れ方もわかってるし、さりげない気遣いもエマと一緒にいるときに培ったものかなって思ったら、それを身内以外にもサラリとやってのけるあたりがほんとずるい男だなって思う。

やってきた真の家は先日ぶりだ。お邪魔します、と言って上がったこの家にこんな短いスパンで来るのは初めてかもしれない。昔の方が色々考えてしまって思い通りに動けなくて、ここに来る回数だってそんなに多くなかったのになと思い返して思うのは、歳を重ねて得た経験値といったところか。ボンヤリと思い返しながら先日見たばかりの見慣れたキッチンに辿り着き、買った食材を食卓テーブルの上に乗せて一息つく。


「ありがとう」
「おう」
「あとはやるから休んでて良いよ」
「いや、ここにいさせてくれよ」


真は本当に荷物持ちを最初から最後まで、何なら買い物中も含めてしっかりと全うしてくれた。なので、ここからはあたしの仕事だ。ゆっくり休みの日を次こそは過ごしてほしいと思って声をかけたけれど、返された言葉にあたしは面食らって一瞬言葉に詰まってしまった。


「え、あたしは良いけど…」
「んじゃ、邪魔になんねぇようにいるな」


そう言って、真は冷蔵庫からコーラを取り出して食卓テーブルの備え付けの椅子を引き腰掛けた。ここより今の方が寛げるし、テレビもあるのに変なの。そう思いつつ、あたしは普段エマが使っているだろうエプロンに手を伸ばして拝借することにした。
玉ねぎなどの野菜をそれぞれカットしボールに移す。食材のカットが終わればひき肉をを取り出した。順番に何をどう手をつけるかを常に考えながら作業を進めていく。たまに後ろにいる真が気になって、チラリと盗み見てみるけれど、携帯をいじっているから本当に深い意味はなかったみたい。そう思って再び作業に意識を切り替えた。

料理も終盤、焼きの作業に移す。食器棚から大き目の平たいお皿を探して二枚取り出す。

順番に盛り付けて、よしっ、ほぼ完成だ。


「ほら、真。できたよ〜」
「マジか!ってすげーボリュームじゃん!」
「まあね。たまにはこういうのも良いかなって」


食卓テーブルに並べた二枚の大皿を見て真は一気にテンションを上げる。それもそのはず、あたしが作ったのはハンバーグ、オムレツ、チキンライス、あたしはそんなに食べきれないので真のだけエビフライも乗せてあるし、付け合わせにサラダは菜葉類とトマトを添えた。普段だったら真たちのおじいさんに育ち盛りで大事な時期の万次郎とエマも食べるから、こう高カロリーの組み合わせは基本作らないようにしていた。でも、今日は真だけだし、ってことで真に食べ応えのあるちょっと贅沢だと思ってもらえるような所謂、大人のお子様ランチを作ったのだ。


「ハンバーグにデミグラス作ったけど、オムレツは何かける?」
「あー」
「一応、トマトソースも作ってあるけど」
「トマトソース!」
「はーい」


作っておいたデミの入ったフライパンを手にしながら、ハンバーグにかけて真に聞けば本気で悩むし、トマトソースもあることを伝えたら、これまた即答で噴き出しそうになった。こういうところが無邪気で可愛いとこだよな、と思いつつ何とかして誤魔化して仕上げにかかる。残ったソースは冷蔵保存してまたエマに貰えばいい。
元々今日は何を作るか決めていたから、家で作っていたものを取り出して、小さなコップに詰めて逆さまにして作ったチキンライスにお手製の旗をさして出来上がり。


「はい、完成」
「スッゲ!テンション上がる!」
「それは何より」


エプロンを外して、引き出しからフォークとナイフを二人分取り出し、あたしも空いてる椅子に腰掛けた。真は嬉しそうにソワソワするから、まるで子供みたいだなぁと。万次郎もエマもいないからこそ、こんなにはっちゃけられるんだったら、作って良かったって思う。全体的にいつも作る時より若干小さめにしているけれど、これだけ品数あれば大丈夫だろう。ハンバーグで使うために買った挽肉はまだ残っている。最初は一緒に仕込んでエマに夕飯の時のハンバーグ用にしてもらおうと思ったけれど、あえて残すことに切り替えて後で買っておいた餃子の皮で餃子を作っておこう。


「んま!このソースも作ったんだっけ」
「うん、赤ワイン使って簡単に作れるから」
「へえ、すげーのな」


真は感心しつつ、料理を頬張った。食べるたびに「美味い」って言ってくれる真にあたしはそれだけで満たされる。


料理をしている最中、スーパーで会ったおばあさんの勘違いを思い出した。早い人たちだともう結婚していてもおかしくないんだった、と思ったし何も変わらない、あたしたちはすっかり忘れていた。真もあたしも、真の仲間内だって何も変わらない。だけど、あたしの周りは?それぞれがそれぞれの思う道をしっかりと歩んで、家庭を築く子だっているじゃないか。忘れかけていたそれが、おばあちゃんの一言によってふと呼び起こされた瞬間だった。

けど、あたしはこれでいい。真のそばにいれるならこれで良いんだ、と。

今更焦っても仕方ないし、家族がいる真のプレッシャーにもなっちゃいけない。ずっと拗らせ燻ったこの気持ち、なんとなくこれがあたしたちの関係なんだと言えるようになって来たから、それで良いとあたしは自分に言い聞かせた。


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