佐野家SOS(真一郎視点)
仕事中、携帯の着信音が流れて、区切りのいいところで作業を止めて確認してみれば、エマからだった。
「ニィの分の夕飯も準備してあるから、真ニィ絶対にニィも連れて帰って来てね!」
そう書かれた文章を見て、俺はつい頬が緩む。俺と同じように作業をしていたイザナに声をかけて、「今日、うちでメシ食おう」って伝えれば、少しだけムッとして黙り込んでしまった。「イザナの分もあるから、来ねーと困るんだわ」って付け足せば、舌打ちひとつ。「めんどくせぇ」って言葉も返ってきたから、つまり肯定してもらえたということだろう。俺はすぐに「連れていくな」とメッセージを送信した。
てっきり、エマが作ってると思っていたから、そのつもりでイザナに声をかけて一緒に帰ってきた我が家。食卓でいつものように食うつもりで廊下を歩いていたら、なんだか賑やかだったのは居間の方で。声につられて行ってみて驚いた。居間のテーブルに料理が並んでいるのは良いとしよう。俺が驚いたのはそこではない、その料理を並べていたのが美憂だったことだ。エマと万次郎もいたけれど、コイツらはテーブルの周りを囲い、楽しそうに待機していたみたいで、俺らが帰ってくるなり、「遅い」だの「早く」だの各々思ったことを口にする。なんだよ、今日美憂が来てたんなら、教えてくれよ…とも思ったけれど、普段だったらこんな時間まで美憂はいないはず。たまにエマの体調が優れない時、美憂が代わりに来てくれることは知っていたが、大体俺と入れ違いで帰っていた。それが今、普段はエマのつけているエプロンをして料理を並べてて…、なんだよこれ、んなの結婚生活か?って思っちまった。やばい、仕事で疲れてんのかな。と自問自答を繰り返していたら、スッゲェ微妙な表情を浮かべてるイザナに蹴られた。イッテェ…。
美憂の料理は美味い。エマも上達したなって思うけど、美憂のはまた違う味。箸が自然と進むような料理を毎回作ってくれるから、俺は完全に美憂に胃袋まで掴まれてんだよな。
イザナのやつもお気に召したようで、万次郎のヤツと張り合いながら食ってるし、めちゃくちゃ食ってるの見ると連れて来てよかったって心底思った。一緒に働いていても、俺じゃできねぇことだってあるし、こうやって家族が揃って一緒にいれる時間が増えるのはすげぇ嬉しいもんだ。だから、美憂にもエマにもすげぇ感謝しかない。
メシ食って、美憂が食べ終えた食器を洗うため再び台所に立っている。流しで洗い物をしている後ろ姿をぼんやり眺めていれば、つい頬が緩みそうになったのを何とか堪えて後にした。イザナと万次郎、そして洗い物はやるから休んでいるよう言われてしまったエマが三人で一緒にテレビを見ている。その部屋の隅っこに、畳まれた俺の着替えとか服たちが積まれていたので、それを自室に持っていく。再び居間に戻った頃には美憂も洗い物を終えていたようで、エマと話している最中だった。聞こえてきた会話からして帰ろうとしていたから、「送っていく」と伝えて、置いておいたキーリングホルダーを手に取った。
美憂と見慣れた住宅街を眺めながら歩く夜道。大体がバイクで通っていくせいか、ゆっくり変わっていく景色はちょっとだけ違って見える気がする。バイクじゃない、エンジン音もしない、シンと静まり返った夜の空気を纏いながら、美憂の声がよく聞こえるこんな時間も悪くねぇなってこと。まあ、呑みに行った帰りとかも歩いて帰るけど、酔っ払いとシラフの差は大きいもんだ。
「エマ、大丈夫だったか?」
「うん、まぁこればっかりは仕方ないかな」
美憂は歯切れ悪く呟く。正直、男の俺にはわからない事情だし、美憂だって言いにくさはあるだろうが、俺はアイツらの兄であり保護者だから把握してなければならない。だからこうやって美憂を送りながら、アイツらがいないところで話を聞くのだけれど、何度聞いても大変そうだし想像できないことばっかりだ。痛みとかも鈍痛って言うし、俺は喧嘩とかでの痛みしか知らねぇから想像がつかないくせに、想像してなんとも言えない気持ちになる。エマのことはよく聞くけど、美憂自身はどうなんだろうか。って聞けるはずもないけれど、美憂だってオンナなんだし、こういう話をする度に、美憂は大丈夫なのだろうかって気になってしまうのが本音だ。
「洗濯物も畳んであるから、しまっておいてね」
「マジか…、ほんと助かるわ」
思わず出たマジか。美憂ってさ、普通ここまでやるか?ってこと結構やってくれんだよな…。畳まれた服、実はもうしまってるというタイミングを完全逃してしまったけど、まあ良い。料理に洗濯、エマのことまで見てくれてせっかくの休みだっていうのに。ボーッと今日を振り返っていた時に、ポケットに入れていた携帯のバイブが震え出す。取り出して、見てみてばエマからのメッセージ受信通知だった。
カチカチとメッセージを開いてみれば、「真ニィはウチに感謝すること!」って文字と添付画像の文字が羅列されていて、メッセージを少しだけスクロールしてみれば数秒の時差でその添付画像が自動ダウンロードされる。
「たまにアイツらのこと羨ましくなるけどな」
ぽろりと出た言葉は割と本音。
「あ〜、俺も美憂のメシ、作ってるところ見てぇな」
「何それ、うち来た時に見てるでしょ」
それもそうだ。この前も美憂ん家でちゃっかりメシ食わせてもらったし、作ってる間見てたけどさ。ちげぇんだって。
「そうだけどさ。俺んちで作ってんの、なんかイイなって思った」
俺の顔は今大丈夫だろうか、絶対にやけてる気がするけれど、今までのやり取りでなんとか誤魔化したいところ。他の奴らがいたら、それこそエマがいたらバレてるだろうし、万次郎やイザナに関しては突っ込まれてもおかしくない。今が二人だけで正直良かったと胸を撫で下ろすが、気持ち的内心は割とお祭りモード。
「…じゃあ、今度、真が休みの日にご飯作りにくるよ」
しかもちょっとだけ恥ずかしそうにしてる美憂にグッと来たから、本当にあぁもう。
美憂には見せらんねぇから、画面が見えないようにさりげなく死角になるよう向きを少しだけ変えた。
「おっ!楽しみにしてんな」
ってことぐらいしか言えないけれど、純粋に嬉しい。ガッツポーズ取りたいぐらいだけど、マジで我慢した俺エライ。エマから送られてきたメッセージと共に添付されていた画像は保存したし、メッセージも保護設定をする。マジでエマには感謝だわ、良くやった。画面の中に映るのは、カメラに向かって笑ったり、はたまた真剣な横顔だったり。美憂が視線をずらしたのを確認して俺はまた画面に視線を落とす。
美憂が料理してる姿の写真が送られてきたなんて見せられねぇよ。