真一郎と幼馴染 | ナノ

佐野家SOS

朝早い時間帯だった。目が覚めて、まず時間確認も兼ねて手を伸ばした携帯電話。そしたら、メッセージの受信履歴があって、あたしは眠い目をなんとかこじ開けながら、まだ薄暗い部屋の中で画面の明るさに目を少しだけ細めてポチポチと操作する。開いたメッセージの内容は短文だったけど、あたしの脳を一気に目覚めさせるには十分で、ガバッと一気に上半身を起こしてベットから立ち上がる。バタバタと部屋の中を歩いて、着替えを済ませてカーテンを開けて飛び出した。

身支度を整えて、玄関で急ぎめに靴を履いたから、かかとが若干潰れてしまい、慌てて指で直して履き直す。騒がしく、家の扉を開けては閉めて、鍵を掛けて出発した。まず向かったのはスーパー。買い物かごを手に取り、野菜売り場から鮮魚、お肉売り場を順々に回っていく。必ず買わなきゃと思っているものは決まっていて、それ以外に関してはもう見て決めた感じ。レジで支払いを済ませて、ビニール袋に詰めていき、まとまった袋は2つになった。
それを両手にぶら下げて、あたしは再び早歩きで移動する。


目的地に着いてインターホンを押したら、出てきたのはおじいさんだった。


「おぉ、いらっしゃい」
「朝早くからごめんなさい…、」
「エマが呼んだんだろう。むしろわざわざありがとう」


あたしがやってきたのは、見慣れた一軒家。そう、佐野家である。真たちのおじいさんは、あたしが来ても驚かないのは、あたしとエマの付き合いを知っているからだ。連絡なしにやってきたあたしを嫌な顔せず、快く迎え入れてくれるご厚意に甘えてあたしは玄関からお邪魔することにした。まず向かったのは、キッチンで、さっきスーパーで買ってきたばかりの食材類を冷蔵庫の中へ入れていく。流しを見たところ、使った後の皿やコップがいくつか置いてあって、朝食を食べ終えてそのままって感じかな。これは後回しでいいこと、と優先順位を見極めて、部外者だと言うのにあたしは一人で廊下を静かに移動する。あたしが立ち止まった扉は真の部屋ではない。軽くコンコンとノックしてみるが反応はないので、そっと扉を開けることにした。カーテンが締まった薄暗い部屋の中、人一人分がいるであろう盛り上がった布団に近づいてみる。


「エマ、おはよう」
「…美憂」


普段ならハキハキ元気な姿を見せてくれると言うのに、今日ばっかりはそうもいかないらしい。気怠げに布団の中で横たわるエマの顔を見て、今月は辛そうだな…と心の中で呟く。


「朝からごめんね…」
「いいよ、ナプキンとプルーンヨーグルト買ってきたから。痛み止めとかは?」
「ありがとう…、痛みは良くなったけど、貧血気味かな」
「そっか」


エマは熱があるわけではない。女性特有の月一やってくる生理の日が今来ているのだが、どうやら今回は重かったらしく生理痛と貧血のダブルパンチを受けているらしい。生理痛は痛み止めで何とかなるにしても、貧血だけは抗えない。しかも、一番辛い二日目らしく、運悪くナプキンのストックも買わなきゃいけないのに、この体調不良のせいで出られなさそうという理由であたしに連絡をしてきたという訳だ。こういうことも珍しくはない。エマにはこういう時こそ頼ってほしいと昔から伝えてきた。親族もいるのはわかっているし、他に頼れる人もちゃんといるかもしれない。だけれど、エマが話しやすいと思ってくれるなら、あたしとしては力になりたいという気持ちもあるからこそ、常々それを伝えてきた結果の今がこれである。実際、真にも言いにくいことだろうし、今では自分の意志であれこれできるけれど、一緒に下着を買いに行ったことだってある。ブラジャーとか男たちだけではどのタイミングで買いに行くとかわからなかっただろうし。一応、真にはこっそり事情を説明したりもしているんだけど、お年頃だからね。


「真は仕事だろうし、万次郎は友達とかな」
「たぶん…」
「じゃあ、いろいろやっておくから、寝てていいよ」


今日は休日だ。元々、学校はないし、あたしもオフ。真は仕事だし、おじいさんの口ぶり的に万次郎は不在みたいだったから、多分いつものお仲間たちと出かけてるんだろうな。と、なればあたしがやることは決まっているため、エマにそう伝えると布団を目深にかぶり直して「ごめんね、ありがとう」と力なく呟く声は耳に届く。ポンポンと布団の上からあやしてあたしは「今日はエマのお仕事も一日お休みの日、ゆっくりしてね」と伝えて部屋を後にした。


勝手知ったる我が家…ってわけではないが、事情が事情ということもあり、ある程度の物の場所などは把握済みだ。洗濯しなければいけない衣類を洗濯機にまず入れてスイッチを入れる。それとは別にオイルなどで頑固に汚れたためにあらかじめ洗剤につけてある真の作業着をある程度手もみなどで洗う作業を行う。これが結構頑固なので、別の洗剤も使ったりするけど、これだけで体力勝負だ。ある程度でいいとは言われているけれど、やっぱり洗うなら真が気持ちよく着てほしいから、あたしも手を抜く訳には行かないと思ってしまい、ついついムキになってしまうのがいつものお決まりだったりする。
その間に、洗い、脱水の工程も終えた洗濯機が止まるので、手洗いしていた作業着をそのままつけ置いて、洗濯機の中身を干していく。中身を空っぽにしたら、次は真の作業着諸々、頑固汚れ組の洗濯開始だ。
その洗濯の間に次にするのは、洗い物。キッチンの流しにあった使った後の食器を洗い始める。時計を見れば、何だかんだやってくるお昼の時間。となれば、エマとおじいさんの分のご飯を作り始めなきゃな…と思ったりもして洗い物は終了。おじいさんのところに一旦顔を出してお昼の確認をすれば「いつも悪いの」と謝られたので、「好きでやってるので、大丈夫ですよ」と伝えた。真や万次郎がいると手厳しいイメージがあるけれど、根っこは優しいおじいさんだから、案外話しやすくてあたしは好きだったりする。
軽く掃除機をかけ終えた時に次の洗濯も終えた音がして、あたしは真の作業着や仕事で使ったタオル、靴下などを干して洗濯は終了。
大体ここに来た時の流れは決まっているため、どれも滞りなく順調そのもの。最初の頃は、あれがどこだ、これの操作はどうだ、など慌てることもあったけど、頻繁に来るわけではないけれど、それでも今ではルーティーンをこなしていく。

お昼ご飯は、エマの食べやすさも考えて、啜って食べられるうどんにした。おじいさんの分と自分の分も作って、部屋まで呼びに行く。顔色は冴えないし怠そうだけれど、動けるみたいなので一緒にお昼にした。その後は、エマの部屋でゆっくり最近の学校のこととか家出のこととかを教えてもらったり。ある程度、ゆったりとした時間を過ごした後、あたしは洗濯物を取り込んで畳んでいく。エマのはもちろん見ればわかるけれど、後は大体予想だ。靴下とか。とりあえず畳んで部屋の隅に置いておく。こうしておけば、後で自分たちで持って行っていくだろう。
洗濯物を片付け終えたら次は夕飯の準備だ。エマは貧血だし、好き嫌いは置いといて鉄分を取るために、絶対作るレバニラ炒めとほうれん草でおひたしで良いかな。他は適当に見て唐揚げや野菜炒めなどを作ることにした。スープはかき卵で良いか、と冷蔵庫の中身を確認しながら献立を確定させた。唐揚げの下味をつけてる最中に、バタバタと廊下が騒がしくなる。


「エマー!って、あれ美憂?」
「おかえり、万次郎」


台所への入り口に視線をやれば、そこにいたのは万次郎と身長の高い男の子がいた。台所にいたのがエマだったと思ったらしく、予想外のあたしがいて万次郎はびっくりした様子で、あたりを見渡す。その間にもう一人の男の子と目線が合うから、とりあえずペコリと頭を下げれば向こうも「ちわっす」て挨拶してくれる。おぉ、礼儀正しい子だな。


「エマは部屋で休んでるから、そっとしといてあげてね」
「具合悪いのか?」
「風邪でもないし熱でもない、ちょっと貧血気味なだけだから大丈夫。今日はエマも家のことはお休みさせてるから。ほら、万次郎の洗濯物畳んであるからしまっておいてね」
「はーい」


生理だからとは言えないけれど、貧血だけ言えば万次郎は深く追求することなく従ってくれる。お友達の手前、言うわけにもいかないしね。万次郎は「んじゃ、ケンチン。オレの部屋行こ」って声かけて自室へと行ってしまった。
それからまた支度を続けていれば、廊下がちょっとだけ騒がしい。エマの声っぽいけど、大丈夫なのかな。「マイキーのばかー!」って聞こえるけど、何をやらかしたんだろう。お友達も来てるのに、と思っていればノソノソとした動きでエマがやってくる。「美憂」と気弱な声で声をかけられて「どうしたの?」と尋ねたら、「夕ご飯も一緒に食べていける?」って聞かれて驚いた。別に問題ないけど、正直夕飯は作って帰ろうかと思ってた。それがいつもの流れだから、うーんと考えてみるけれど、エマがこんな風に言うってことは多分一緒に食べたいのかな。ってことで「大丈夫なら、夜もお邪魔しようかな」って事で残ることを決めた。



「は?」
「おかえり〜、シンイチロー」
「真ニィおそーい!連絡したのに!」
「いや、これでも早い方だって、あれ?」


テーブルに出来上がった料理を並べてるタイミングで帰ってきた真一郎はあたしと料理を驚いて交互に見ている。帰ってくるなり、万次郎とエマにブイブイ言われてるし、困惑した様子で状況が飲み込めてないらしい。


「ニィもお疲れ様!」
「イザナはこっちな」
「…帰る」


なんなら、その後ろにイザナもいて、料理と配膳したテーブルの周りでニコニコと待機する万次郎、エマ、そしてあたしをぐるりと見渡した後、玄関へと逆戻りしそうになってたから、真が慌てて腕を掴んで制止してた。ここってほんといつ来ても賑やかだなぁ、とあたしは笑って見ているだけ。


「せっかく、美憂が料理作ってくれたんだから、ニィもいっしょに食べよう!」
「は、」
「イザナも誘ってメシって言ってたから、てっきりエマが作ってるのかと思ってたわ」
「美憂がいっぱいご飯作ってくれたよ〜!」
「食べねぇんなら、オレが食うからな!」
「食う」


そう言って大人しく座るイザナに内心ホッとさせられる。万次郎の言葉に乗せられたのかもしれないけれど、それならそれでいい。イザナがここに来るきっかけ作りの手伝いになったのなら本望だ。エマにご飯を一緒に食べようと言われた後、材料が足りないかなって話をしていたら、どうせなら「ニィも呼びたい」ということになり、追加で食材も買い足して今に至る。何か理由がなければなかなか佐野家には来てくれないらしい。そっか、まだイザナとの関係は難しいのかなって思いつつも、深く介入するのもあれなのでやめておく。ご飯を作ってあるって言えば、さすがに折れるしかないだろう。ほぼ強制的手段だけれど。育ち盛りの万次郎もいるし、働き疲れたであろう真も結構食べるから、多分イザナも食べるだろうと踏んで、結構作ったご飯も予想通り、ペロリとなくなってしまった。

「味、平気?」って聞いてみればイザナは「悪くねぇ」って言って、いろんなおかずを食べてくれる。どうやら、口に合わないことはないらしい。なんなら、途中イザナと万次郎が二人揃ってご飯をおかわりって言ってきたり、唐揚げの取り合いをしたり、いっぱいあるのに何処となく張りあってるようにも見えるから、しょうもないなぁと思いつつも、微笑ましいやりとりにほっこりさせられたものだ。
洗い物などの片付けを済ませて、今日の業務はこれにて終了。みんなにお邪魔しましたって行って帰ろうとしたら、真が「送っていく」って行ってキーリングホルダーを手に取ってくれる。別に一人ですぐに歩いて帰れる距離だし、真も仕事を終えた後なのに、と言ったら「良いから」と押されて一緒に外に出た。キーリングホルダーにつけた鍵の一つを玄関の鍵穴に差し込んで鍵をかける。外の空気は昼間と違って涼しさがあり、過ごしやすい。


「急だったんだろ、悪いな」
「いいよ、どうせ何もない日だったし」


真と並んで歩く見慣れた近所の道路。街灯がポツポツとついていて、昼間とは変わって見えるけれど、それもまあ見慣れた光景なのに、真が隣にいるだけで真新しいような、何処となく気分が上がるのは気のせいではない。


「貧血気味だったのもあったから、いろいろ今日はやっちゃったよ。洗濯物も畳んであるから、しまっておいてね」
「マジか…、ほんと助かるわ」
「万次郎もエマも途中から人が料理してるの見て楽しそうにしてたし、あたしもなんだかんだ楽しかったから」


そう言って思い出すのは夕方のこと。料理を作る作業を万次郎もエマもキラキラした表情で見てたけ。本当なら、おばさんが、真たちのお母さんがいるであろうポジションに今日だけあたしがいたのだけれど、二人が楽しそうにしてくれていたならそれで良い。十個以上離れていたら、


「可愛い弟と妹で羨ましい」
「けど、アイツらには手がかかるわ。イザナと万次郎のやり取りとか特に」


言い方こそ、めんどくさそうだけれど、表情は全然嫌がってなくて、可愛くて仕方ないのがすごく伝わってくる。真は本当に家族を大切にする人だから、同い年なのに本当に偉いなって尊敬してしまう。そりゃ、自分のことより家族のことを何とかしたくなるよね、って。


「たまにアイツらのこと羨ましくなるけどな」


珍しいことを真がポツリと呟く。あたしは、なんて声をかけて拾えばいいか、上手いこと思い浮かばず、ちらりと視線だけ真に投げやる。


「あ〜、俺も美憂のメシ、作ってるところ見てぇな」
「何それ、うち来た時に見てるでしょ」
「そうだけどさ。俺んちで作ってんの、ってなんかイイなって思った」


携帯を片手に笑う真のその表情と言葉にあたしがドキッとさせられた。


「…じゃあ、今度、真が休みの日にご飯作りにくるよ」


自分で言っていて恥ずかしい。体温が急上昇して、顔が熱い。真はそんな人の気も知らないで「おっ!楽しみにしてんな」って笑ってるし、呑気だなぁもう!絶対今、顔が赤いけど、今が夜でよかったって本気で思った、夜に感謝しかない。


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