真一郎と幼馴染 | ナノ

浴衣×約束は夏祭り


夏祭り当日。浴衣などの一式を袋に詰めてやってきた佐野家。出迎えてくれたのは当然エマとお邪魔しますって上がった部屋にいたのは見知らぬ可愛らしい女の子だった。名前はヒナちゃんって言うらしい。どうやらエマはヒナちゃんたちと一緒にお祭りに行くんだとか。それなのにあたしがここで着替えてもいいのか、と心配になったけど、ヒナちゃんもすごくいい子であたしを嫌な顔せず迎え入れてくれた。二人は既に着替え終えていて、あたしは完全にヘアアレンジだったり着付けの手伝いをしてもらっている。先に髪型をエマがやってくれて次に着付け、そしたら途中から何故かエマはいなくなって、ヒナちゃんがあたしの手伝いをしてくれるっていう完全に初対面から迷惑かけてる大人でちょっと申し訳なくなる。


「はい、できました」
「ありがとう、ヒナちゃん」


一人だったら、こんなふうにスムーズに着替えられたのだろうかって不安になった。全く浴衣を着て来なかったからこそ、ちゃんと着られた安心感と素敵なヘアアレンジでアップにしてもらえて大満足の他でもない。紺色の生地にに色の帯の浴衣とこのヘアアレンジのお陰で普段のあたしと雰囲気を違って見える。これで、真と顔合わせするんだって思ったらちょっと恥ずかしいけれど、見せても恥ずかしくないぐらいの出来に心が躍る。


「美憂終わった〜?!あ、かわいい!!!」


バタバタと響く足音の後に、勢いよく開いた扉からひょっこりと顔を出したエマ。あたしの格好を見るなり、パァッと表情を明るくなって、褒めてくれるけれど、それはそれでちょっと気恥ずかしい。それでも嬉しい事には変わりないから素直に「ありがとう」と口にした。


「真ニィと此処から行くんだもんね、真ニィ待ってるよ」
「あ、うん。そうだよね。ヒナちゃんありがとう」
「いえ!お祭り楽しんできてください」


エマの言葉でハッとしたあたしは、最後まで落ち着きもなければ大人らしい一面をあまり見せる事なく終わってしまった。また会えるかもわからないけれど、ヒナちゃんに「ありがとう、ヒナちゃんも。またね」と言葉をかけてエマの部屋を後にする。もしかしたらお祭りの現地でもまた会うかもしれないけれど、人の多いお祭りだから会えれば運が良いぐらいの確率だろう。パタパタと慣れない浴衣のせいで歩幅も体も自分のものじゃないみたい。ちょっとだけ動きはぎこちないかもしれない。はやる気持ちを抑え込んで平常心を装いつつ、それなのに呼吸は深呼吸気味でバクバクとうるさい心臓の音は聞こえないフリをする。真はなんて言ってくれるかな、なんてちょっとだけ弱気にもなるだろう。ワカの言葉を鵜呑みにして、エマからの発案に乗っけられて、真の言葉を思い出すといろいろ荷が重すぎる。緊張で心臓が吐きそうなぐらい。ここへ来て不安がびっくりするほど押し寄せてきて、あたしの足は段々と重くなるのを感じた。


エマに真は入り口にいるよと教えてもらい、目的地として向かっていたはずの玄関はもうそこで、あたしは足を止めてしまう。決して重くなったから止めたのではない。


「お、準備できたんだな」


玄関に真がいたから、って理由だけではない。


「え、その格好…」
「あぁ、美憂が浴衣着るって言ってたし、俺もどうせなら…って着てみたんだけどよ、」


ちょっと照れくさそうに笑う真。あたしはてっきりいつものようにラフな私服で来ると思っていたから、最初は本当に真?って思ったぐらいだ。凄くレア、真は「変じゃねーかな…」と不安そうな感情を乗せてあたしに尋ねてきたから、首を横に振る。だってこんなの聞いてない、黒地の浴衣を纏った真がそこにいて、いつもと違った雰囲気を醸し出している。


「美憂、もしかして気使ってるか?」


ちゃんと否定したのに、なんでそんなこと言うの。って思ってたら、「だったらもっと反応してくれた方が良いんだけど」って弱々しく呟く。あたしがあまりにも無反応だったのがいけないらしい。だけど、仕方ないじゃん。だって、


「びっくりしてっ、…真が、その似合ってるから言葉がうまく出ない…」


やっと出た最初の声は自分でもびっくりするぐらい裏返ってた。段々と小さくなる声と裏腹にあたしの心臓はずっとうるさいままだ。


「かっこいい?」


軽口叩くように聞くそのセリフも、いつものようにワカたちがいたら、おそらくいじられていたり、おちょくられたりしたと思う。かっこいい〜って軽いノリで返されて終わりだろうけれど、今此処にいるのはあたしと真だけ。だから、小さく「うん」と返せば真は凄く嬉しそうに笑ってくれた。軽いノリでは絶対見られない照れと嬉しさを掛け合わせたようなその表情だけであたしはもう満足かもしれない。


「美憂もすっげーかわいい。もったいねぇ、けど」


一瞬耳を疑った。さらりとこの男は何を言った?今あたしが完全に見惚れていたことを利用して良からぬことを言った気がする。目をパチクリと何度も瞬きをして聞き流した言葉を頑張って逆回転し巻き戻す。その間にあたしの手を引いた真は「行こっか」と言うもんだから、あたしは素直に頷くことしかできなかった。



カッカッと歩くたびに鳴る二足の下駄の音。歩幅も違えば歩く歩数も違うため、その音は揃わないけれど、あたしと真はきちんと並んで歩いていた。先ほどまでではないけれど、やっぱり心臓の音はうるさいまま。ちらりと盗み見るように見上げてみる。やっぱりかっこいいし、どう考えたってズルい。あたしが結局翻弄されることに変わりなくて、あたしばっかり。ニヤけそうな、緩みそうな頬を堪えるのに必死で、そんなこんなで気づけばあっという間にお祭りへと着いてしまった。


「やっぱり人多いね」


現地に着くまでの道のりも、浴衣を着た人や友達複数で歩く人たちを何組も見かけてきた。みんな同じ目的地に向かっているのはわかってはいたけれど、着いてみれば、それがより実感させられる。右を見ても左を見ても人人人。煌々と光る屋台が並び、その前を人々が各々の思う方向へ移動をするせいでごちゃごちゃとしていて、此処に入ることを一瞬でも躊躇いたくなる程。だけど、このお祭りを楽しむためにやってきたのだ、此処で引き返す選択肢はない。意を決して踏み出さなければと思っていた矢先、突然手のひらが誰かに攫われて、ひゅっとする。


「行くか」


一瞬、見知らぬ誰かに突然触れられたのかと思った。けど、実際には隣にいた真が犯人。あたしの手を攫うようにギュッと握って、少しだけ楽しそうな子供っぽい笑みを浮かべて歩き出す。ごちゃごちゃとした人混みの中を、半歩前ぐらい分だけ真が先に進んでくれて、道を作ってくれる。たまにあたしの方を見て「大丈夫か?」って気にかけてくれたり。横を通り過ぎる屋台の看板を一緒に眺めながら「あれ食べたい」「これ食べたい」って話し合う。「こっちよりあっちの方が美味しそうだった」とか他の屋台も見て決めたいってなるのはいつものことだけど、お互いが普段と違う格好でこうやって二人きりで来るお祭りはいつもと違うところへやって来た気持ちに錯覚させられる。全部がなぜか新鮮に感じてしまうのも全部浴衣マジックだろう。お面が欲しいとかくじ引きがしたいって年齢はとっくに過ぎた。だから、やっぱり目に止まるのは食べ物ばかり。夏は食欲が落ちるって言うのにお祭りの屋台でやってる食べ物だけは、こうも食をそそられるから不思議だ。と思いながら、焼きそばや唐揚げ、お酒を購入。目に止まった屋台でそれぞれ買ったから、あとは食べる場所探しのみ。だけどどこも人が多い事には変わりなく、あたしたちはちょっとだけ人溜まりの少ない隅っこへ身を寄せて食べる事にした。立ち食いは本来よろしくないけど、お祭りではそれも仕方なし。「俺が持ってる」って言葉に甘えて、真にお酒と唐揚げ、なんならあたしのバッグまで持たせて買った焼きそばを一つ取り出した。


「どうやって食べよっか」
「美憂先食えよ」
「でも、」


良いから良いからって言葉に流されて、真より先に焼きそばをいただく。まだ熱がこもっている焼きそばを一口。咀嚼して広がるのはソースのしょっぱさでちょっと味が濃いのもまたお祭りらしいところ。真といえばお酒を飲みながら、食べるあたしを見て「美味い?」と聞いてくる。「ちょっとしょっぱいかも」って言ったら、ははって笑って持ってたお酒を一口飲ましてくれる。あぁ、お酒があればちょうど良いぐらいかも。そう思ってまた焼きそばを一口食べ進めた。買ったくせにやっぱり暑さのせいか、慣れない浴衣の帯のせいか、お腹が空いているのに箸の進みはちまちまとしてしまう。でも食べなきゃ真も待ちぼうけで食べられないし、と思っていればずっとあたしが食べているとこを見ていたのかもと思いたくなるほど、真とバチッと目が合った。申し訳ないなと思って見ようとしたら既にこっちを見ていたのは明確で、思わず詰まりそうになったのは内緒だ。


「美憂」
「んっ?」


ふと名前を呼ばれたけれど口の中にまだ入ってるせいで、言葉にならない返事をするしかない。それについては真も深く気にしていないようで、真は「一口ちょーだい」って言って来た。一口、ちょーだいって、つまりはそういうことか?そういうことだよね、と思うももしこれで自分が間違っていたら恥ずかしいせいでフリーズしてしまう。そんなあたしに気づてか、真は「あーんして」と言って来たから、あたしの喉の辺りからグゥって何かが込み上げてきたけど、それをグッと飲み込んであたしは焼きそばを箸で適当に取り、真の口に運び入れた。


「ん、美味いけど確かに味濃いわ」


真は口に入って来た焼きそばを美味しそうに咀嚼し嚥下して、再び食べさせてというように口を開くから、あたしは求められるがままに再び焼きそばを口へ運び入れる。結局、何故かあたしが真に焼きそばをちょこちょこ食べさせつつ、自分が食べる形になってしまった。たまに唐揚げちょーだいって言って来たりもして、食べさせてる姿を知り合いに見られたらってドキドキ感はあたしだけの心配なのだろうか。真は気にしないのか、わかんないけど、見知らぬ人たちから見たらカップルに見えてたらそれはそれで嬉しくもあったりする…。だって、こんなかっこいい真を他の女の子が見たとしても、あたしを彼女だと思ってくれればそれだけでがっかりして、諦めて欲しいじゃん。真が他の子に囲まれたり話しかけられたりしたら、見てられないから。
そんなこんなを考えていたら、食べ終わってしまった焼きそばと唐揚げ。真に割と食べられてしまってはいたけれど、ちまちまと考えながら食べていたこともありお腹は満たされた。もう一つ残っている焼きそばを食べるか聞いてみたけど、真は持って帰るって言って食べなかった。袋に入れてもらっていたから、それをブラブラとさせながら再び歩き出す。食べたもののゴミも捨てたくて、ゴミ捨て場所を探しながら、ゆっくりと人の波に乗って歩いていれば、突然「シンイチローくん」ってちょっと大きめに発した男の子の声があたしの耳にも入ってくる。

視線の先にいたのは、あたしよりも背が高くてちょっとガラの悪そうな男の子たち。真のチーム仲間だったら、なんとなく見覚えある人もいるし、例えわからなくても向こうが「ちわっす、姐さん」って挨拶してくるから何となく察しはつく。なんで姐さんなのかはわかんないけど…。
だけど、真を呼び止めたのはそんな感じの人じゃない。真は「よう」って嬉しそうに笑っているけれど、彼らのうちの一人、金髪の子があたしのことを凄い食い入る様に見てくるから正直怖い。


「浴衣、着たんだ」
「そ、エマが着付けしてくれてさ。オマエらは何、別行動でもしてんの?」
「気づいたらマイキーのヤツいなくなってんだわ」


エマとか万次郎の知り合いなのかな。高校生ぐらいに見える子もいるけど、そうなると彼らはみんな中学生?とりあえず年下で間違いはず。若いのに大人びて見えるのもスゴいかも。真と喋る長髪の子はとても楽しそうだけど、隣の金髪の子はずっと黙ったまま見てるけど大丈夫かな。あたしいたらあれかな…、


「真」
「どした?」
「あそこにゴミ箱あったから、これ捨ててくるね。あとそこの屋台行って来て良いかな」
「あぁ、気をつけろよ」


周りをキョロキョロと見渡して運良く見つけたのはお祭り用に用意されていたゴミ箱だった。ちょうど此処からすぐ見える対角線上にあるし、すぐそばにあるリンゴ飴を見つけて欲しいなって思ってしまった。隣にあるあんず飴も気になるけど、どうしようかなって考えながら行けばいい。男の子の中に、女が一人いるのも変に気を使うかもしれないから、そう思ってあたしは少しだけその場を離脱する。ゴミを捨てて、りんご飴とその隣のあんず飴をウロウロ。あんず飴は、あんずやパイナップルなどのフルーツが入った水飴が氷の中にあって種類も多くて悩む。でも大きいのはリンゴ飴だしなぁ…食べにくいけど美味しいし。うーん、って悩んでいたら突然後ろから「オネエさん」って声をかけられて体が飛び跳ねる。


「何悩んでるの?」
「俺ならチョコバナナの方がいいな〜」
「あ、えっと」


振り向いていたのは全く見知らぬ男二人。身長はやっぱりあたしより高くて、さっきの子達よりは年上だけど、多分あたしよりは下ぐらいかなって感じ。ケラケラと笑って盛り上がっている二人はアルコールが入っているのか、祭りのテンションにやられているのかわからないけれど、完全にテンションの違いがそこにはあって、絡んできて勝手に盛り上がっている二人をあたしは無視もしきれずオロオロすることしかできない。


「オネエさん、一緒に遊ぼーよ」
「俺らが美味しいのなんか買ってあげるからさ」
「え、と」

勝手に絡んできて目の前で盛り上がっておしまい、なんてことはあり得なかった。案の定、やっぱりしっかり絡まれてしまって「連れがいるんで」となんとか声を絞り出す。それを聞いた男たちは「彼氏?」って聞いてくるから、あたしは此処で嘘でも吐けばよかったのに、馬鹿正直に黙ってしまってやらかしたと思う。「じゃあ、イイじゃん」って勝手に話を進められて、これはまずいって思った時、腰の辺りを突然引っ張られて背中に何かが当たった。


「残念、オネエさんはちゃーんと彼氏と来てるんで」


腰に腕を回され、肩を抱かれて、頭上から聞こえてきたのは聞き慣れた声。ちょっと意地悪っぽい言い方の中に余裕さも含まれてて、顔を見なくてもわかる。そういう顔を絶対してると思った。男二人は出来上がったテンションが一気に冷めたようで、シラけたわって言いながらすぐにその場から立ち去った。もしかしてゴミを捨てに行ってる時も、屋台を覗いている時もずっと見られていたのでは?あの子たちと話していたのでは?と思うことはいろいろある。ガヤガヤする祭の混雑の中、あたしのうるさい心臓の音がかき消されてますように、とひっそりと願いながら見上げてみれば、少しだけスンとした表情の真と目が合った。


「気をつけろって言ったじゃん」
「…ごめん」


真は息を吐いたあと、いつものように切り替えて笑う。「どっち食いたいの?」って聞いて来た言葉にやっぱりずっと見ていたのかもってなったら、それはそれでちょっと恥ずかしくもなる。だけどずっと見られたのであれば仕方なし、素直に悩んでいることを伝えたら、「じゃあ、どっちも買うか」って話になって、大きなリンゴ飴を一個買ってから、あんず飴の屋台へスライド移動。そこではジャンケンで勝てば二個、あいこか負けなら一個ってゲーム付きのやつ。だから、真は意気揚々に「うっしゃ!勝つぞ!」って言ってるから年甲斐もなく思いっきり全力な真に一欠片の恥ずかしさと、でも純粋に楽しむ様子が羨ましくて笑ってしまった。

結果はあいこ。

肩を落とす真だけど、早々うまく行くわけがないと思っていたから、それでいい。悩んだ末に選んだのはすももで最中の上に乗せてもらった。これもまた夏のお祭りでの楽しみの一つ。小さい頃ならどっちか一つだったけど、大人だからできるどっちもって選択にちょっとだけ贅沢さを感じる。


みんなで行くお祭りがいつもの定番で楽しいけれど、二人っきりで回るお祭りは色々新鮮。みんながいたらきっと浴衣も着なかったし浴衣姿も見れなかっただろう。真のことも独り占めできるし、何より男たちに絡まれた時に嘘でも真が口にしてくれた「彼氏」って単語が嬉しくて仕方ないのだ。このお祭りの時だけは、あたしの彼氏ってことにさせてほしい。言い出しっぺは真なんだから、いいよね。




そういえば、助けてくれたあと真が小さく言っていたのを知っている。本人は聞こえてたと思ってるかわからないけれど、「まぁ、近いからって一人にした俺の責任か」って呟いて雑踏で聞き取れないぐらいの大きさで「ごめん」と言ってくれたのをあたしは聞き逃さなかった。


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