真一郎と幼馴染 | ナノ

浴衣と約束

居酒屋に行く途中、見かけたのは夏祭りの張り紙。そっか、もうそんな時期か…と思いつつ、あたしはいつもの居酒屋へ足を進めた。

いつものように真たちと一緒に集まって、一杯目は生ビールだし、おつまみは枝豆必須。定番中のど定番を揃えて、お疲れ様の挨拶で乾杯して呑むお酒は喉を潤し染み渡る感覚がもう最高だ。お酒をそれぞれのペースで呑みつつ、他愛もない話を繰り広げていた時、真に名前を呼ばれて視線を向ける。


「夏祭り今度あるよな」
「あ、見た見た。張り紙のやつでしょ」
「美憂、その日空いてる?」
「うん、空いてるよ」
「んじゃ、その日祭り行こうぜ」


真にお祭りの話を振られた時点で期待した自分がいた。それを悟られたくなくってなるべく平常心を心掛けて、普通を装って返す。だから、お祭りに行こうって言われた時は表情に出なかったか不安になったほど、嬉しくなったのは言うまでもない。


しばらくして真がお手洗いに立った時、ワカが突然あたしの名前を呼んでくる。


「美憂、絶対浴衣着ていきなよ」
「え?」


唐突だった、浴衣と言われて何のこと。ワカは肘を突き、食べかけの焼き鳥の串を持ったまま呆れ顔だし失礼じゃないか?


「去年、みんなで祭り行ったろ」
「うん、そうだね」
「真ちゃん、美憂が浴衣着て来なくてショック受けてたんだから」
「っごほッ」


ワカの言葉をほぼ聞き流す感じでグラスに口をつけた時、言われた言葉が予想外過ぎて思わず咽せ返る。気管に入って、ゴホゴホしているあたしをワカは涼しい顔して見ているだけだから本当にコイツは…。色々知っているからこそなにも言えないけれど、思うことは多々あるんだからね。


「美憂、どうした?」
「っ、なにもッ、気管に入っただけッ…」


タイミングいいのか悪いのか、このタイミングで真も戻ってきて結局深くは追求できず。ワカは涼しい顔して焼き鳥食べてて目も合わせないから、こいつめ…って視線を送るけど完全無意味。ワカに言われた言葉がずっとあたしの心の中でモヤモヤと残っていた。



そんな飲み会から数日後。

「美憂!」

あたしはエマとたまたま出会った。と、言うよりはあたしを見つけたエマが勢いよくやってきて、あたしの腕を鷲掴み。ここまでの流れがあまりにも早すぎて、完全に圧倒されていたあたしは返事する言葉も忘れてエマを見つめ返す。ニコニコと、いや、ニンマリとした笑みを浮かべてあたしを食い入るように見つめてくるエマが正直怖い。


「真ニィと!お祭り行くんでしょ!?浴衣着るのっ!?着るよね!!!」

真ニィ、お祭り、浴衣、この三つのキーワードで頭をぶん殴られた気になるのはあたしだけだろう。誰情報だ、と聞きたいところだけれど、おそらく真からお祭りに行くことは聞いたんだろう。もしかしたら、エマの方からお祭りに誰かと行くのかと聞いたかもしれないし、ワカが吹き込んだのかも。いや、ワカはそんなことしないかとその考え方を改めてやめた。


「う、ん…、着ようかなって思ってるけど」
「ウチも浴衣着てその日お祭り行くから!ウチん家で一緒に浴衣着よう!」
「え!?」
「そしたら、家から一緒に真ニィと一緒に行けるし!ねっ!?ねっ!」


完全にエマの勢いに任されたあの日の記憶はまだ新しい。そんなことを思い出しながら、たまたま会った真と「祭りの日の待ち合わせ、どうすっか」って振られてあたしはウッ…と言葉に詰まる。


「神社、だと人多いだろうしなぁ。美憂の家に迎えに行こうか?」
「いい、」


この調子だと真はエマからなにも聞いていないんだ。エマ…、お祭り情報を手に入れたのならば、逆に伝えていてほしかったと思うのは浅はかなのか。きっとこれは自分で言ってというエマの作戦かもしれない。あたしにそんな荷が重いことを…と思いつつも、結局自分で言わなければいけないことには変わりないのでウダウダしていてもなにも変わらない。真は迎えに行くって提案を断られたことがびっくりしたみたいで、表情をちょっとだけ強張らせているし、それはごめんと思いつつ、ぎゅっと手を握り締めて決心する。


「…真の家から行く」
「は、だったら、俺が迎えに行くって」
「ち、がッ!」


あぁもう、ここまで言わなきゃいけないなんて。当日まで黙っているより楽なのか、いやでもここで言っても多分当日までの緊張はなに一つ変わらない気がする。勢いよく否定的な言葉を口にしたせいで、真は面食らったように黙ってしまうし、もうなに一つ上手く余裕持って言えないのが悔しい。真の顔を見ることさえ、居た堪れなくなってつい視線を外してしまい、せいぜい見れるのは真の着ているシャツぐらい。つまりは胸板の辺りをじっと見つめて、詰まった言葉と一緒に深く息を吐き出した。


「…エマと、浴衣着るって約束したから、…真の家で着替えて行くから…、真の家からがいい…」


気温的な暑さも相待って顔は熱いし、まるで熱があるように自分の体自体が熱を帯びているように感じる。真の反応はない。ワカのやつ…、真は本当に浴衣見たがってたのかな、って不安にもなってきたし、エマに勢いで誘われて了承したけれど、今更どうなんだろうって思ってしまう自分もいて。ずっと反応がないことがちょっとだけ不安になて、恐る恐る顔を上げてみたら、そこにあったのは口元を手で隠している真の姿。口元を隠しているけれど、真の目とか雰囲気とか、隠しきれてないところがどことなく緩んでるように見えるのは気のせいではない?


「俺のために浴衣着てくれんの?」
「…っ」


一瞬否定しようとすら思った。けど、ここで否定するのも見えすいた嘘になるし、あたしはコクリと頷く。そしたら真は隠していた口元の手のことも忘れ見えてきた表情はあからさまに緩んでいた。こんな顔、お酒入ってない時にあんまり見せないレアな表情なんだけど。


「楽しみにしてるな」


真はずるい。


こんな風に好きな人に言われて喜ばない人がいるわけない。付き合ってすらいないのに、こんな一面見せるなんて、本当に真はずるい。

ずるい、ずるい、


………好き。


その言葉を飲み込んで、あたしはもう一回だけ頷いた。


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