感傷ごっこ
ガヤガヤする店内。あたしの右手にはジョッキ。中身はもうほぼ飲み切っている。
「ワカァ…おかわり…」
「ほどほどにしろよ」
「やだ、のむ」
目の前にいるワカは呆れ返っている。そんな顔しないでほしい、アンタしか付き合ってもらえないんだから。ベンケイは話にならないし。ジョッキをグイッとすれば、残っていたビールも喉から流れていってなくなってしまった。
「おねえさーんっ、ビールひとつ〜」
ワカのやつ、肘ついてめんどくさそうに枝豆食べててなんか腹立つ…。
「今回は?」
「知っててそれ聞くの」
「一応、そのためにいるんだろうしな」
ごめん、腹立つなんて言ったりして。ちゃんと話聞いてくれる優しさは持ち合わせてた。
「佐野に呼ばれて店行ったのに、行ったら女の子のお客さん来てて、めっちゃデレデレしてたことにムシャクシャしたから帰ってきた」
「真ちゃんかわいそ」
「なんでっ!?」
今の流れでなんで佐野の肩持つのか分からない。やっぱワカも佐野バカだから話したって無駄だった。今、あたしの話してるんだけど?ワカのやつ、興味なさそうにメニュー眺めて串焼き食べてるんだけど。あぁもう、顔がいいから全て許されるやつ。
「呼び出されたのあたし」
「用があったから呼び出したのに、シカトされて帰っちゃった真ちゃんかわいそうでしょ、どう考えてもよ」
「相手にされなかったあたしへの配慮は」
「お客さん相手優先」
やっぱりワカに毎回呼び出して話を聞いてもらうのは間違ってるのかも。どんな話をしたって基本真ちゃん真ちゃん。あたしのフォローはからっきしなし。愚痴を聞いてもらうためのはずなのに、更にモヤモヤが増えてしまっておねえさんが持ってきてくれたジョッキをそのまま手にしてグイッとまたビールを流し込んだ。
「なんで真ちゃんのこと苗字で呼ぶんだよ」
「佐野は佐野じゃん」
「昔は名前で呼んでたんだろ」
今日のワカはいつもより意地悪だ。何で今更そんなこと聞くの。ワカとは佐野を通じて知り合った。ベンケイも。明司は腐れ縁。佐野もそう。あたしたちは幼馴染に近いものだった。小学校の頃から一緒で、そのまま持ち上がり。佐野の親がいないことも、おじいちゃんに育てられたことも知ってるし、佐野も明司も黒龍ってチーム組んでいたことだってもちろん。ずっと見てたんだから、知ってるよ…。
「…年を重ねると、いろんなこと考えちゃうんだよ」
昔は気にしなかったことを気にし始めてしまう。気になったらもう気になって仕方なくなるし、気になるならばやめてしまおう。ずっとそのスパイラルにいる。ワカの言った通り、昔のあたしは佐野なんて呼んでなかった。あたしだって真って呼んでたよ。真は不思議と人の集まる人だった。だから、いつだって人の中心にいて、惹かれる人も多かったとあたしは認知している。誰にでも優しい真。弱い人とは絶対喧嘩はしない。歳の離れた弟たちにも優しいお兄ちゃん。
優しすぎるとか、最弱王なんて呼ばれてもいて、女子からはカッコ悪いとか言われるのをよく聞いていたけれど、あたしはそんな女子たちの言葉に何度安堵したことか。
そして何度、真のフラれた発言を聞いて傷ついたことか。
真にとってあたしはただの腐れ縁の一人。
決して女として見られたことはない。
そばにいすぎて眼中にない存在。
同級生や周りの人たちには真が眼中にないとわかっていても、社会人になって仕事をしてしまえば環境は変わる。出会いだって無限に広がる。
彼女でもない、眼中にも入れてもらえない人間が、馴れ馴れしく真って呼んでいることがいつしか嫌になって、自ら壁を作るように距離を作るように佐野と呼び始めた。
それでもあたしは器用じゃない。気持ちをキッパリ割り切れるほど出来た器もない。だから何度だって、知らない女の人と楽しそうに話す姿を見て勝手に凹んで、次こそは良い展開になるきっかけになるんじゃないかってずっと不安になってる。その感情を真正面から受け止めたくないから押し殺すように酒に逃げて。
決してお酒に強い訳じゃないのに。
「エマにね、美憂 は何で真兄と付き合わないのって言われる」
「何て答えんの」
「お兄ちゃんの眼中にはないからかな」
エマも大きくなった。女の子だし、歳も歳だからいろいろ察しがいい。エマはあたしの抱えた気持ちに気付いてる。だから効いてきたんだろうし、ふと言われた言葉にあたしはそう答えた。全ては真のせいにする言い方をして。
「…なーんて、結局ちゃんと告る勇気もない自分の弱さのせいってわかってるんだよ」
ずっとそばにいて、誰よりも長く見てきたのに、見ることしかできなくて、核心につけない自分の弱さ。
「真のこと好きでいるのやめたい…」
そうしたら、どんだけ楽になれるんだろう。あぁ、勢いよく飲みすぎたせいで意識が回る。ワカごめん、付き合ってもらってたのに。ちょっとだけ…寝かせてほしい。
あたしの意識はここで途絶えた。
揺れる体、自分がおんぶされてるのは浮上してきた意識の中、理解できた。お酒が回って動くのもめんどくさくて、ダランと力の抜けた腕がブラブラと揺れている。
「もうやだ…」
散々呟いた言葉を飽きもせず、また呟く。
「佐野好きでいるのやめる…ワカ好きになる」
いつだってあたしのグチに付き合ってくれるワカ。実際一緒にいたら、結構な塩対応されてる自覚もあるけれど、それでも付き合ってくれるだけ優しさがある。だったら、いっそのことこの優しさに甘えてしまえるなら甘えた方が絶対良い。こういう発言だって、お酒の力がなければ喋れない。
「俺には何も言う資格はねぇよ」
あたしを背負ったまま、聞こえてくる聞き慣れた優しい声。
「ズルい…いつだってそう…」
弱いものには喧嘩は売らない。強いものにだけ立ち向かう。だから、最弱王と呼ばれるようになった。歳の離れた弟と妹の面倒を見るために自分でお店を始めた。
「ほんと腹立つ…」
自分から相手を傷付けようとはしない。だから、あたしの気持ちを知っても見て見ぬ振り。そうしてあたしが腹を立てて、真のせいにして真自身が全て背負う、憎いほどによく上手くできた流れだよ。
「受け入れないくせに迎えに来ないでよ…優しくしないで」
構わないでいてくれたら、一番良かったのに。昔からの腐れ縁。幼馴染に近い存在だから、必然的にマイキーやエマとも話す機会は多くて、しかも懐かれてるから難しいのかもしれないけれど。
「けど、ワカから美憂が酔い潰れたって連絡来たら迎えにくるしかないだろ」
「ワカがいるじゃん…」
「ワカも呑んでるし」
「…おぶられるなら同じじゃん」
背中に顔を埋めたまま話す。顔は見えないし、見ようともしてないけれど、微かに香るオイルの匂い、伝わる体温と声で誰だかわかる。
「ワカにおぶられるのはダメ」
「佐野に関係ない」
「それ言われちゃぁな」
困ったようにハハって笑う真。ほんとに困ってるのかな、って疑いつつも、困ってくれたら嬉しいって矛盾がせめぎ合う。今も尚、まんまとハマってる自分に嫌気がさしながら。
「しんいちろーなんてきらい…」
「うん」
「でもずっとすきでいるじぶんがいやになる…」
「うん、ごめんな」
「あたしはべつにきにしないのに」
ずっと見てきた。真のこと。
佐野家の長男で弟たちの兄として、父親代わりとしていること。黒龍のトップにいたこと。今ではその頃の話を持ちかけたって、はぐらかされるって。真はいろんなことを言葉にしないだけで、全部自分で背負い込んでる人だから、そんな真を支えたい、少しでも安らげる存在になりたい。
「万次郎もエマも大きくなったよな」
真が歩く度に伝わる振動。
「アイツらが一人立ちできるようになったら、俺も俺のやりたいことやろうと思ってんだわ」
真から伝わる鼓動。
「今の俺は何も言えないけど、もう少し嫌々ながらも待っててくれよ」
少し早いのは気のせいじゃない。
「…何年、拗らせてると思ってんの」
真もバカだ、今更何言ってんの。
終わりが見えてきたら待つに決まってるじゃん。何年、終わりの見えない期間抱えてきたと思ってんの。ばーか。