真一郎と幼馴染 | ナノ

彼の本質に触れた日

めちゃくちゃ泣いた。真の前であんなに取り乱したことが今思い出せば恥ずかしいぐらい。だけど、それ以上に自分に起きたことが怖過ぎて、真が来てくれたことには凄く感謝している。

目が覚めて、ベッドに横たわるあたしの視野に入ったのはテーブルの上に置かれた男性用のシャツ。あの日、びしょ濡れになって取り乱してワンワン泣いたあたしは一人になるのが怖くて真の家に行った。濡れたままじゃいけないからって、シャワーを借りて遅い時間だったけど、たまたま起きてたエマちゃんにびっくりされて、この日はエマちゃんの部屋で一緒に休ませてもらったのだ。シャツは真に借りたもの。着替えて出た後にエマちゃんと会ったから、そのまま借りて朝帰宅したのがその日の流れである。その時のシャツはきちんと洗濯して畳んで今に至るわけだが、あたしはこれを真に返さなければならないミッションがある。今日はオフの日。真はきっと仕事、返すなら自分から行動しなきゃいけないのだ。


あたしは準備簡単に、でも一応髪型とかナチュラルにメイクは施して鏡でチェック。小さな袋に真のシャツを入れて、家を出た。昼間の時間はまだ人もそんなに多くない、慣れた道を進んで曲がってまた進んで。何度もお邪魔したことのある見慣れたS・S MOTORの看板が見えてきた頃、あたしの足の動きが少しだけ鈍る。ここまで来て、回れ右なんてできないし、ちゃんとあの日のことを真に伝えなければならない。心臓は凄くうるさくて、正直会うことがこんなにも緊張するなんて、と思いつつも互いのせいでギクシャクしたものではないので、ちゃんと言えばいいだけの話と何度も自分に言い聞かせる。
深く深呼吸をして、意を決して扉を開けて店内に足を踏み入れた。キョロキョロと店内を見渡すけれど、真の姿はない。入り口が開いていたから、いないはずはない。のだけれど、大体、こうやって入ってこれば気付いてやってくるのに。


「何の用」


気配はなかった。私が完全に気を抜いていたのもあるかもしれないけれど、それでも辺りを見渡していたはずなのに気付かない、気付けずに人がいることなんてあるだろうか。しかも声色は低く、冷たい感じ。トーンからして絶対男の人のもので、先日の出来事のせいもあってあたしは一瞬の内に体がこわばるのがわかった。


「え、と」
「何」
「し、ん…おーなー?てんちょ…えっと、佐野、さんは…」


出てきた人はハジメマシテ。ここに来たことある、真の仲間の人とか後輩とかなら、何処となく顔が覚えてたり、相手が覚えてくれてたりして挨拶してくれるから消去法でその可能性は自然と消えた。つなぎに手袋はめて、明らかに作業してましたって感じの彼は浅黒い肌に綺麗な藤色の目をしている。日本人離れした見た目に反して、日本語で話しかけてくるから言葉的には問題ないんだろうけど、さっきから投げかける言葉がどれも刺々しい。ここは真一人でやってると思ってたから、他の人が出てくるなんて完全に予想外で、真がいなかった場合の尋ね方がポンと出ず、完全にめちゃくちゃ吃る変な奴になってしまっている。


「シンイチローなら、外回り。アポは?」
「な、い…です」
「チッ」


えっ、思いっきり舌打ちされたんだけどっ…、怖い。この前の男も怖いけど、別の意味で怖い…真なんでいないの…このまま帰っていいかな、これ以上ここ泣いちゃいけないって本能が訴えてる。


「お前何、」
「いや、えっと」
「シンイチローのオンナ?」
「…」


真一郎の女って聞かれて、はいそうですとは言えるわけがない。真を待ってるただのウジウジした幼馴染であって、何の肩書きも持ってないし。真の気持ちはなんとなくわかってても、結局何一つはっきりさせてないあたしたちはこういう質問をされても何も言えない立場に変わりはない。



「ふーん」



自分で聞いといて、自分で何かを納得したみたい。彼は興味なさげに店内をウロウロ。あたしは結局萎縮して動けず、立ち竦んだまま。普段なら気にならない店内の沈黙も今日は真じゃないってだけで居心地悪くて、同じ店のようには感じられなかった。



「シンイチロー、もうすぐ帰ってくるから」
「え」
「オレは休憩入る。店番してろ」



逃げ出すことばかり考えてたら、まさかの向こうがいなくなる展開なんてある?まず、仕事中では?あたしに店番ってそれ良くないよね?といろいろ思うことはあるけれど、やっぱり怖くて言えずにおろおろしていれば、彼はそのまま店の表入口から外に出て行ってしまった。店番してろ、と言いましても店の勝手もわからなければ、電話とかお客が来たら本当に困るんだけど。だけど、誰もいない店を開けるわけにもいかず、あたしはとりあえず手近な椅子に腰掛けることにした。いつも真が作業してる店内を見渡すと、誰もいないだけでこの店はいつもより広く感じられる。気持ちは晴れない、さっきの人のおかげか、さっきの人のせいと言うべきか、とりあえずあの人とのやり取りの方が緊張し過ぎてちょっと、緊張が薄れた気がする。手にしていた袋を見れば、持ち手が結構ぐちゃぐちゃ。緊張で握りしめ過ぎてたせいだなって思っていれば、裏口から「ただいま〜」って声が聞こえてくる。


「おーい。作業何処まで終わった?…っていねぇし、って美憂っ?!」
「…オジャマしてます…」


真はあたしを見るなり露骨に驚いた。それもそうだろう、来るって言ってなかったし。その反応が正解だけど、そこまで驚かなくても…って思ってしまう。真はあたしを、見た後再び店内をぐるりと確認した上で呟いた。


「イザナのヤツ、サボりかよ」
「あ、えっと、褐色の…人なら休憩入るって言って店番頼んで出て行っちゃった」


彼はイザナと言うのか。あたしはとりあえず自分の知り得ることを真に伝えれば、困ったように頭を掻きむしりながら、「アイツなぁ…」と声を漏らす。


「あの人、従業員…?雇ってたの」
「あー…まあ」
「真のこと呼び捨てにしてたし、結構威圧的だったんだけど、そんな人雇って平気なの?」
「根はいいヤツだよ、ぶっきらぼうなだけだって」


本当はこんな話をするつもりじゃなかったけど、話題が完全に彼のことになってしまったから仕方ない。真もヤンチャしてたから、ああいう人の肩を持ちたくなるのかもしれないけれど、社会人として、オーナーとしてちゃんとした方が良いと思う。真はただでさえ苦労してるのに。


「そうやって何かあったらどうするの」
「なんも起きねぇって」
「わかんないじゃん、そんなの」
「わかるさ、だってアイツ…」


真はずっと苦笑い、かと思えば突然黙ってどうしたの。まるで言葉が詰まったみたいに、真は目線を下げて困ったように笑ってる。


「アイツ、俺の弟なんだよ」




真は観念したように語り出す。一回だけ、ふぅ…と息をついて、あたしの横に座って何処から話そうかって。話された内容はほとんどがあたしの知らない情報ばっかりだった。彼の名前は黒川イザナ。血の繋がりはない、弟のこと。親のこと、エマちゃんのこと、あたしが知ってる真のことと言えば、お父さんとお母さんが小さい頃に亡くなったこと、真が10歳以上年下の弟と妹のために親代わりのことをしてること。ヤンチャして暴走族チームを作ったこと。幼馴染という肩書きを持ってしても、こんなにも知らなかったことがあったのか、とあたしはまるで鈍器でぶん殴られた気分。上手い言葉も出ずに、真の話にひたすら耳を傾けていた。真はずっと弟たちのために自分を犠牲にしてたと思ったけど、この話を聞いてあたしの中での真の全体像がカラカラと崩れて変化していく音がする。


「ってことだから、イザナは悪いヤツじゃねぇって。今俺の店で働いて頑張ってるし、育ちのせいか口は悪いけど、」
「しん」


真は困った時こそ笑う癖がある。真は多分それに気付いてないだろう。こんな時の真ほど、あたしは一番もどかしい。見ていられなくて、ぎゅっと真に抱きついた。真は少しだけ驚いた反応を示してあたしの名前を呼ぶ。



「っ、真は全部抱え過ぎだよっ…。抱えてるくせに、人のことも気にしてお人好し過ぎる」
「…そんなことねェよ」


真は怖いんだろう。自分の親が早くに亡くなって、自分一人でなんでも頑張ってきて。お父さんは知らないところで女作ったこととか、万次郎のこととかエマちゃんのこととかイザナって人のこととか。ヤンチャしてた時期もあったけど、それは若さ故もあるし、それから理解したものもたくさんあるはず。いろんな悩みを抱えてるからこそ、無理してる。無理してるからこそ、これ以上は踏み出さない、踏み出せない。きっとこれは無意識に意識してるやつだ、そうやって過ごしてきた環境が作り上げた真の本質。


「真…」
「ん」
「あたし、大丈夫だから。真はもっと甘えてよ…人に頼ろう」


真はいっぱい抱えてるくせに、あたしとの関係をうやむやにしても離さないでいてくれて、困った時は来てくれて、あたしを優しくして、いつだって人のことばっかりのお人好しなバカだよ。真を待ってる不安とか、真への気持ちのもどかしさをずっと抱えてきたけど、真の本質に触れた今、そんなの自分勝手な感情に過ぎないなって思えてしまった。やっぱり真が好きだから、支えになりたい。でも今すぐどうにかなりたいなんて、そんなこと言わない。まずは真が人に頼れるようになってほしい。真の抱えてる重荷を少しでもあたしがら持ってあげられるように、あたしはなりたい。そのためには、もどかしいって思ってちゃダメだ。十年以上かけて作り上げた性格はすぐには変えられないからこそ、あたしが変われるように。


「美憂…」
「真、あたしは絶対一緒にいるよ」


大切なものを失ってきた真にとって、絶対って言葉が適切かわからないけれど、あたしの気持ちの強さが伝われば良い。あたしの背中に回された腕に力がこもる。ぎゅっと擦り寄るように抱きしめ返してくれた真は何も言わなかったけど、多分今の真にとって精一杯の甘えだとあたしは思いたい。


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