真一郎と幼馴染 | ナノ

人間は誰もが下心を持っている

いつものようにみんなでやってきた居酒屋は、もはや定例会のようなものかもしれない。座席だってお決まりのように真の横に座って、あたしはゆっくりと酒を飲んでおつまみをつまむ。そういえば、真が悪酔いするところって見たことないなぁ…と思いつつ、チラリと横に座る真を見たけど、今日もいつもの通り。全然シラフって感じ。そういう意味では、ワカもおんなじかぁ。この二人変わんないんだよな、と思いつつみんなの話に耳を傾ける。

本当にあたしはなんでここにいるんだろう、と思うことは度々ある。だけど、嫌じゃない。話を聞いてても面白いし、こんな形でも真の横にいられる時間は大切にしたい。この何とも言えない立場を完全に利用しているあたしも往生際が悪すぎる。


「そういえば、この前の男なんだったの」
「えー、あーこの前の?あれはね、」


ワカは枝豆を食べながら、あたしに聞いてきたのは先日の出来事。居酒屋で鉢合わせになった日のことだろう。あれからワカには説明をする機会がなくて何もしてなかったから、確かに気になるのもわかる。真は何も言ってなかったのかな、と思いつつあたしはあたしの持っている情報を提示した。


「友達が他の子紹介したくて集めた飲み会に来てた相手、あたしはおまけで呼ばれただけ」


決して誤解をしないでほしい。あたしはあたしの意思で言ったわけではないということ。真にも全ては話したし解決したことではあるけれど、やっぱり何度も話したいことでもないし、後々誤解されるのも嫌だからキッパリと説明をする。


「ご飯に誘われたら飲み会だったの」
「合コンじゃん」
「違うから」


あの日には言えなかった否定を今日はちゃんと言えた。ワカも冗談半分で言ってたみたいで、あたしの返事に「ムキになるなって」と笑っている。真の前で言って良いことと悪いことあるからね、と目で返しておいた。

ある程度飲み物を飲み進めていけば、ふとした瞬間にくる利尿感。アルコール摂取していたら、必ずなる訳であたしはみんながワイワイやってるところをそっと離席した。座席からちょっと離れたところにある化粧室の手前で「美憂ちゃん」と呼ばれて思わず反応してしまう。視線を向けていたのはこの前の飲み会で知り合った人。


「今日も飲みなの?」
「あ、はい、今日は友達と」
「そっか」


ニコニコと笑顔を浮かべるこの人は人当たりも良くて話しやすいと思う。だけど何となくあたしの中で違和感を感じて正直あんまり関わりたくないと思っていた人だ。まあ、友達がこの人の友達と知り合いだったし、繋がりある人のことを悪く思いたくないのだけれど、これはただの直感。たぶん、生理的に合わないぐらいの感覚での認識だった。この前飲んだのもこの近くだし、会ってもおかしくないわけで、世間ってそんなもんだし。あたしは元々トイレに行きたくてここに来たのだから、「じゃあ」と挨拶ひとつ交わして、空いていたトイレの個室に入った。はずだった。


「っ、え」


個室に入った瞬間、体を押されて押し込まれたような感覚が全身を襲う。突然のことに一気に体が凍りつく。脳内も真っ白、声も出ない。何が起きたの、と自問自答を繰り返すだけで何も認識できず、バクバクとなる心臓の音がとにかくうるさい。あたしの視界が物事を認識できるようになった時、自分の置かれた状況が信じられなくて目を見開いた。

目の前にはさっきまで話していた彼がいるし、ここはトイレの個室。トイレの個室って何個あったっけ、男女兼用と女性用があったはず、あたしが入ったのはどっちだたか。それさえも把握する前にここに無理やり押し込まれたと気付かされたのは、目の前で彼がニヤリと笑った時だった。


「っ、や」
「なんで、」



狭い個室に密着する体。ベタベタと触られて気持ち悪い。腕で突っ張ってみるけれど、男女の差。腕の長さもパワーも敵わなくて、恐怖によって段々と縮こめてしまう体。そうなってしまえば、相手の思う壺。より相手が優位になってしまって、あたしに覆いかぶさるようにして、身動きがさらに取れなくなってしまった。何でこんなことになってるのか訳もわからず、攻防戦を繰り返す。


「ッひ」


思わず声が出た。スルリと彼の手がいつのまにか、あたしの下腹部から太ももに回っているではないか。何でこんな日に、って思った。あたしの今日の格好はスカート。彼の手がスカートの入ってきて素手が太ももを這うのがわかる。


気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


何をされてるのかは理解できた。このままじゃまずい。逃げ出したい、怖い、何度そう思っても声にならない。無我夢中で拒んでも相手の手も止まらなければ、こちらの意思だってガン無視だ。


「っんぅ、ッ」



気付けばキスされて、拒みもがく間に彼の手がショーツに触れる。そしてあろうことか、そのまま引き下げようとしているのがわかってあたしの背筋がぞわりとした。


コンコンッ


ここはトイレ。ずっと開かない個室に誰かが不審に思ったのか、もしくは入りたいのに入れずに痺れを切らした誰かがノックをする。だけど、彼は気にせず、気にも止めずに事を進めようとする。それでも扉の向こうの人はノックを止める事なく、叩き続ける。あたしは何とか一瞬の隙を見てあたしは押し退けてトイレの鍵を震える手で解錠しドアノブを回した。


「美憂ッ、え」


扉を開けてそこにいたのは真だった。扉の隙間から見えた顔にあたしは一瞬でも安堵するけど、一気にいろんな感情が押し寄せる。恐怖、不安、羞恥、混乱、違うと否定したかったけど、そんなことよりもあたしはこの場にいることが何よりも怖くなって逃げ出した。後ろで真が名前を呼ぶ声がするけど、あたしには聞き入れられなかった。



お店を後にして、とにかく何処かに行きたくて、ひと目気にせず走って走って、逃げるようにしてやってきたのは公園だった。公園にある水道に駆け寄って、蛇口を捻る。手が震えて自分のものじゃないみたいにいうことをきかない。こんなに、手こずることないはずなのに、全部恐怖心が体を支配しているからだろう。捻って勢いよく出た水で手を洗い、何度も腕を擦る。さっきの感触を洗い流すように、何度も何度も。だけど消えない、あの感触。気持ち悪い、人の体温。


「っ、」


擦って洗うことに必死になって、跳ねた水が服を濡らすけれど、それどころじゃない。消えない感触が気持ち悪いと何度も思う中、あたしはもう一つ、掻き消したい出来事を思い出してしまった。水で自分の口を何度も拭う。そうだらあたしはアイツにキスされたんだ。突然塞がれて、なんで。

今日会ったのは二回目のはず。初回から確かにすごく話しかけてくる人だと思ってたけど、まさか二回目でこんなことになるなんて誰が予想できた。顔はカッコよかった。タイプかどうかは別として世間一般論としての話。今思えば、相当遊んでるタイプだったのかも。顔が整ってるからこそ、ああやって女をその場の雰囲気に流して乗せて手を出してきたのかもしれない。多分それで今まではうまく言ってたんだろう。つまり、あたしは厄介な人に目をつけられたと気付かされる。手を出されかけて、真に見られて、こんな、こんなっ。



「美憂っ!!!」


背後に誰かが来てるなんて気づかないほど、無我夢中で拭い続けてた。だから名前を突然呼ばれて我に返ったし、自分の名前を突然呼ばれる恐怖にまた身構えてしまう。けど、あたしを水道から引き離したのは、今一番会いたくない真だった。


「っ、やぁっ」
「ちょっ、ま!」


一瞬だけ目が合う。やだ、見ないで、やめて、何度も呟いて、腕を振り払おうとするけど真は頑なに離してくれない。暴れるように動くあたしの動きに合わせて、スカートが靡いて水に濡れる。そのせいでスカートの端が重い。


「落ち着けって」
「離してッ」
「美憂っっっ!!!」


突然の大声だった。真があたしに向かってこんな風に声を荒げたのは初めてかもしれない。突然のことに思わずあたしの体が飛び跳ねて、ずっと言う事を聞かなかったのが嘘のようにぴたりと動きが静止した。



「美憂、わりっ」
「っ、」


顔は上げられない、頭上から真の申し訳なさそうな声がする。見ないで、と何度も思ってるのに真がこうやって、来てくれたことにどこか喜ぶ自分もいて、自分の中の感情がずっとぐちゃぐちゃだ。やだもう、


「美憂、アイツに何された」
「…ッ」
「…怖かったな」


声色はさっきの大声とは打って変わって、すごく落ち着いたトーン。何されたかと聞かれて、素直に答えられるほどの心を持ち合わせてはいない。思い出しただけで体はまた震え出すし、吐き気もするぐらいだ。聞かれて何も言えずにいたあたしを真はそっと抱きしめてくれる真。びちゃびちゃに濡れた服も腕も顔も気にしないで、あたしに寄り添ってくれる真の体温。触れる手も体も全部、あたしがさっきまで気持ち悪いと思っていた感触と全然違くて、ずっと震えていたのが嘘みたい。ずっと一人で抑えられなかった震えだって、拭っても拭ってもなくならない気持ち悪さもこの一瞬でピタリとなくなったのかと思えば、やっぱりあたしの中で受け入れられるのは真しかいないんだと実感させられ、それを認めた瞬間にあたしの中で何かが弾けた。


「っ、し、ん、ッ」


ずっと堪えてた恐怖と不安、嫌悪、羞恥がポロポロと涙になって溢れ出る。真に擦り付いて、泣いてるあたしを優しく受け入れてくれるその優しさが少しだけ胸が苦しい。


こんな時、彼女だったら、あたしは真に「手を出して」「嫌な記憶ごと消してほしい」とか言えたのかな。もし、あたしがもう少しだけ強い意志を持っていたら、ずっと拗らせていた気持ちに封をして一晩だけでもって流れに持って行ってたかも知らない。そんなことしたら、結局はあの男と同じこと、自分の使える武器を使う都合のいい女になってしまう。


だけどどちらでもない臆病なあたしは、結局何も言えずに心の中でその気持ちがぐるぐると渦巻いていた。


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