真一郎と幼馴染 | ナノ

ハッピーブラックドラゴン

七月最終日、いつものように自分の店で仕事をしていた俺は、扉が開いたことにより、この店に来客が来たことを悟る。


「いら…って、よう、ワカ」
「そこはいらっしゃいませ〜でしょ、真ちゃん」


作業をしていたけれど、第一印象が大事。作業を止めて顔を上げて見たけれど、やってきた人物がワカと知って俺は一気に気が抜ける。そしたら、すぐに続いてやってきた大男。


「ベンケイ」
「あぁ、」
「って、武臣もじゃん」
「邪魔するな」


結局集まるのはいつものメンバー。ちょっと嬉しくもあり、ちょっと残念。新規の客だったらなぁと思いつつも、なんだかんだコイツらと一緒に入れる時間は俺にとって楽しくも嬉しいひと時だ。しっかし、こんな何でもない日に集まってどうした。こちとら仕事中なんだけど。
まあ、この店に誰かしらいることも珍しくないワケで、俺もそんなに深く気にせずやりかけのことに視線を戻す。そうしたら、俺のそばでワイワイワイワイ。カウンターのところに何かを出したり、奥に勝手に入って行ったりと本当に自由気ままな奴らだ。俺も俺で何も言わねぇんだけど。

作業が一区切りする頃、ずっと同じ姿勢だったこともあり、肩や首を動かしただけでポキポキと骨が鳴る。「はい」って横からタオルを渡され手元を拭いて。そうしたら次にペットボトルを渡されて、「さんきゅ」って言いながら普通に受け取ってゴクゴクと飲んでいれば、ふとした違和感に気づく。パッと飲みながら視線を移せばそこにいたのは美憂だった。飲み物を飲んでる俺をジッと横で待機していて、三分の一程度の中身を飲んだぐらいで、俺は美憂にやっと話しかける。


「え、いつからいた?」
「みんなが来てからすぐかな」
「気付かなかった」
「そっか」



割と淡々とやってるように聞こえるやりとりだけれど、今更気付かなかったからと言って怒る間柄でもない。俺としては当たり前のようにこうやって差し出してくれるさり気ない行動とか良いなぁって思っちまう。一人で店やってるわけだし、俺らもいい歳だしな、と。
そういや、アイツらは何やってんの。と思って俺もカウンターに近づいてみる。カウンターには普段なら絶対有り得ないものが散乱していて、正直ギョッとした。


「真ちゃんどっちがいい?」
「どっちもだろ」


ワカの手にはお菓子売り場で売られている市販のカスタードケーキ。ベンケイの手には同じ市販のメーカーで売られているチョコパイ。武臣の手にはそのまま使える生クリームがあった。なんなら、カウンターには文字を書けるチョコペンやデコレーション用のチョコスプレーなどなど。普段この場所では絶対に見ない上に、我が家でも早々見ないものがいっぱいあって、情報量の多さに理解が追いつかないでいた。


「え、何してんの」


 
◆◆◆



真はすごく困惑していた。それもそのはず。真が仕事中にワカとベンケイと明司がそれぞれやってきて勝手に何か準備し始めて。そうしたら、あたしもいつのまにかいるし、カウンターにはお菓子お菓子お菓子…。確か段取りでは、ワカがカスタードパイ、ベンケイがチョコパイ、明司が生クリームやデコチョコを持って来ていたはず。それをカウンターに広げていれば、真だって真意がわからず突っ込みたくもなるだろう。ちなみにあたしは、真にバレないように先に店についていたワカが裏口からこっそり鍵を開けて入れてくれたことにより、お邪魔した次第なので真が気づかないのも当たり前。あたしは裏口からいろいろやらせてもらった。ちなみに、この準備は数日前から仕込まれていることを真はもちろん知らないのだ。


ワカたちは持ってきた紙皿にカスタードケーキやチョコパイを乗せて、生クリームをその上に絞る。その次に持ってきたカラースプレーとかデコレーションチョコを散りばめていく。仕上げには一枚の板チョコを取り出してパキッとケーキに乗っかるぐらいの大きさに手で折り割って、裏返しにしておいたそれにチョコペンで文字を書き始めた。


「ハッピーブラックドラゴン」


そうして出来上がったのは、チョコパイとカスタードケーキをこれでもかってなぐらい生クリームとデコレーションチョコたちでモリモリにしたものである。板チョコをプレートに見立てて書かれた文字はHBDの三文字。市販のものを自分たちで書いてるから字は不恰好、生クリームも不揃い、デコレーションの仕方はアンバランスでセンスのかけらもないものだった。それでも彼らは楽しそうに笑っている、羨ましくなるなぁ、本当に。真だけはキョトン顔だけど。


「は?何これ」
「俺らって言ったら黒龍じゃん?」
「つまりハッピーブラックドラゴンだ」
「いや、訳わかんねぇって」
「あーそういえば今日花火大会だったよね〜ほらほら、屋上行こう」


こういう時の真は鈍臭くてありがたい。真は未だに訳もわからず、あたしたちに流されるまま移動させられる。この店の二階は居住スペース、更にその上には屋上が実はあって、倉庫があった。だけど、今日の目的はそれではない。


「えっ、まじ?、」
「マジ」


真は屋上に着くなり、ポカンとしている。それもそのはず。普段なら、ここには倉庫しかない屋上だけれど、今日はあろうことかキャンプとかで使うような折りたためるテーブル椅子が置かれていて、そこにはピザとかチキンとか、いろんな料理とジュースの入ったペットボトルが並べられていたからだ。


「これ、いつのまに準備したんだよ」
「さぁ」
「ホント何なんだよ」
「花火大会、まぁ見ようじゃん」
「腹減ったわ〜」
「真のデザートはさっきのやつな」


みんな完全に自由人。各々、空いてる椅子に座ったり、使い捨ての紙コップにジュースを注いで飲み始めたり。真にあたし達も食べよ、って促して空いてるところに座らせた。ピザは宅配のものだから、味は確か。サイドのチキンも上に同じく。真も最初こそ不思議そうな表情を浮かべてたけどそんなの一瞬。仕事をして腹ペコの本能には抗えず、今ではみんなでワイワイとご飯を楽しんでいた。夜空に次々と咲く大きな花火は夏の風物詩。みんなは花より団子だから、花火より食べてばっかだけど、あたしはそんなみんなのガヤを聞きながら花火を見ながらジュースを楽しんでいた。


花火の時間もあっという間。食べ終わる頃には花火も終わり、なんだかんだ最後の方はあたしも見れなかった。と、言うのも途中から食べ終わったものとかの片付けをしていたからだ。みんなはさっき真に作った自作ケーキ…にしておこう、それを食べさせて、余った材料でもまた作って食べていたので、本当によく食べれるなと感心してしまった。片付けもある程度落ち着いた頃、流しにいたあたしのところにパタパタと真がやってくる。


「ごめんな、色々やらせて」
「ん、いいよ。あれ全部食べたの?」
「まあな」
「すごいね、」
「おかげで腹パンパン」
「んじゃ、出かけよーぜ」


濡れた手をタオルで拭きながら返すあたしに真は何処となく申し訳なさそうな表情を浮かべている。家でも色々とやってきた真だからこそ、こういうことに気付くしこういう言葉が出るんだろうなって思う。だけど、今回は真が例え気付いてもやらせるつもりはなかったし、これもぜーんぶ打ち合わせのひとつで決められたことだからいいのだ。もちろん、真はそれも知らずにあたしが意図的にした話題の転換にも気付かずに、呑気にお腹をポンポンってしている。まあ、どんな風にこの後のことを話題に出すのだろうと思ったけど、ちょうど良かったかも。気付けば後ろにいた彼らはの発言によって流れはまた変わる。

もう、真は何で、どうして、何これみたいな発言をしなくなってしまった。ただもう言われるがまま、みんなの発言を受け入れて、あたしを後ろに乗せて夜の街をバイクで走り出す。真はそろそろ気付いたりするのかな。気付いてるかどうかは確認しようがないけれど、真は今何を思ってあたしを後ろに乗せてくれてるのかがちょっとだけ気になった。

やってきたのは海。夜の海風も強いけど、漣の音が涼しげで人もいないから、のびのびとできる。こんなゴツい男たち集まって、海なんてと思われるかもしれない。まずその中に女一人でいたら、他の人がたまたま通ったらびっくりしちゃうかな、そんなことないか。
誰かが持ってきた手持ち花火。花火大会で花火をろくに見てなかったくせに、次は自分たちがやる番。大の大人たちが集まって、手持ち花火をするのもまたシュール。みんなで両手で持って走ったり振り回したり、やることが完全に子供のそれだ。


「美憂、そんなとこで良いのかよ」
「あっちに行く方がレベル高いよ」
「それもそうか」


少しだけ距離を置いて花火をしていたあたしのところに真がやってきてくれた。近くにある火元で花火を燃やしてから横にしゃがんで一緒に花火をする。


「真はさ、」
「おう」
「偉いと思う」
「どうしたんだよ、急に」
「お家のこともお店のことも、いろんなことがあるはずなのにやってる真は偉いよ」


真の顔は見ていない。ずっと視線は花火のまま。多分真も同じだと思う。シュワシュワと独特な音を立てる色とりどりの火花を眺めながら、あたしは呟く。


「真は偉いから、いっぱいの幸せが訪れてほしいなって思ってる」
「美憂」
「真、お誕生日おめでとう」


真は面食らった顔をしていた。ふふん、気付かなかったでしょ。日付は変わってるんだよ、七月三十一日はお終い。ようこそ八月へ、今日は八月一日。そんな不意を突かれた顔をあたしは見たかったから、大成功だ。


「真ちゃん」
「ハッピーバースデー」


あたしの言葉を待ってたかのように、ワカもみんなも続けて述べた言葉は祝福のもの。真は気付いてたかな、ぜーんぶ仕組んだスケジュール。あたしがこっそり裏から入ったのも夜ご飯の準備をこっそりするため。ピザを食べる時にアルコールが一切なかったこと。この時間にバイクで移動を考えていたからである。みんながワイワイしてる間の片付けもここで出かけるための後片付け。みんなが作った自作ケーキは、所謂伏線。文字に書かれたHBDはハッピーブラックドラゴンじゃない。ハッピーバースデーだ。誕生日当日はきっと家族にお祝いされるだろうから、あたしたちが大人らしくできるお祝いを考えた結果のサプライズ。普段から、誰よりも頑張るあなたが大好きな仲間と共に。


「もしかしてこの後、俺にケーキある?!」
「ケーキは食べたでショ」
「え、食ってねぇけど」
「オレらのお手製チョコとカスタードのケーキ」
「エッ、あれが?!!!」




◆◆◆




手持ち花火もやり尽くし、後片付けを終えて各々がバイクに跨り帰路に着く。あたしは足がないので、本日の主役である真に送ってもらうことになったのだが。最初こそ、ワカとかに送ってもらおうかなって思ってたけど、ワカがそれを許さなかった。「お前は真ちゃんに送ってもらえ」って。真にも一応、他の人に送ってもらうよって聞いてみたけど、「良いから乗って」って言われてしまった。


「美憂、ありがとな」
「大したことじゃないよ」



家まで送ってくれた真に言われたのは感謝だった。ありがとう、なんてあたしが言うべきなのに。真は今日の出来事に対してのことだろう。バイクを降りて、真の前に立つあたしの腕を真は掴んで微笑んでいる。


「それ付けてくれてんの」
「真からもらったものだからね」


あたしの腕にはあの日、真からもらったブレスレット。支障がない限りつけているこれを見て真は何処となく嬉しそうだ。あたしの腕を掴んで自分の方に寄せたかと思えば、手のひらに軽く口付けてきてあたしの心臓が少しだけ飛び跳ねた。


「やっぱ、帰したくねぇ」
「…じゃあ、一緒に寝る?」

すごく葛藤している表情を浮かべて、苦渋の決断を強いられてるかのような呟きだった。だから、思わず一緒になんて言ってしまって、そしたら真もびっくりしちゃって。


「そんな軽々しく言うなって」


なーんて言うけど、ちゃっかり真の腕の中に閉じ込められたあたしは言葉と行動が合ってないことに思わず笑ってしまった。


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