短編 | ナノ


※ケーキバースパロ
※不完全燃焼感、謎オチ


この世は全てが明確になっているわけではない。
日々研究が行われていることがあり、全てが人類に提示されているわけではない。

例えば、あたしの抱えている問題だってそうだ。
朝起きて顔を洗って目を覚ますところから始まる。お湯を沸かして白湯を飲みながら朝ごはんを考える。
何を食べても変わらないから、こうやって考えるのも無意味なんだろうけど。
栄養バランス携帯食を棚から一つ取り出して、あたしはそれを口に咥えた。

この生活には慣れた。

テレビをつけながら今日の天気、最新のニュースをチェックする。
何も変わらない、他人事のような情報を頭の中に入れていく。


そのはずだったのに。


「名前ちゃん、お疲れ様っす〜!」
「お疲れ様」
「見てくださいっすよ!今日は」


ひょんなことから話すようになった椎名ニキ。彼は二つの顔を持つ男。

一つは料理人としての椎名ニキ。
カフェシナモンで働いており、料理が得意だ。

もう一つはアイドルとしての椎名ニキ。
COSMIC PRODUCTION所属Crazy:Bのメンバーである。

そんな彼に何故あたしが絡まれるようになったのかは理解し難いが、彼は空気を読むことなく会う度に話かけてきて、正直あたしはどうすれば良いのかというのが本音のところ。
料理の話をされても頓着があるわけではないし、彼に媚を売るようなこともしていない。代わりに彼を手助けした記憶もなければ、本当に何故彼があたしの名前を把握して距離を詰めて会話をしてくるのか疑問でしかない。

極力関わり合いになりたくないあたしは今日もなるべく彼と目を合わせないように、相槌程度の会話でやり過ごす。


彼はキラキラし過ぎている、楽しそうな日常を過ごしているのは一目瞭然。
大好きな料理を扱った仕事をして、信頼できる仲間や友人に囲まれていて楽しそう。


「名前ちゃん聞いてるっすか?」
「うん、まあ」
「そっすか?なら良いんですけど、それで」


途中で彼はあたしの反応の薄さを気に留めるものの、適当に返事をしたらどうやら誤魔化せたらしい。
彼はまた自分ペースで口を開き始めた。

ここは共有の休憩スペース。
彼はどこから持ってきたのか、いろんなお菓子や非常食を咀嚼しながら器用に話しているのだが、その様子はいちいち美味しそうに食べるから、やっぱり器用だな…と感心する他ない。
あたしと言えば手元にある紙コップはブラックコーヒーを覗き込みながら、彼の話を右から左へ。

彼の話を聞き流しながら、口につけるコーヒーは苦くもなければ甘くもない。ただわかるのはコーヒーの温度のみ。


そう、あたしは彼のように美味しそうに食べ物も飲み物も味わえない。
味覚がない、のとはまた違う。
あたしはとある特定のものしか味覚を感じない、そう言われている体質になってしまった。


フォーク、それがあたしのなってしまったと言う体質の総称だ。

フォークは後天的に味覚を失ってしまう人のこと。
ただ味覚障害ではなく、フォークはある特定のもののみ味覚を感じる。


それはケーキと呼ばれる人間。

ケーキは先天的に生まれる美味しいとされる人間のこと。誰もが食して美味しいと感じるわけではない。
フォークとなる人間のみが美味しいと感じるそれは、極上の甘味、肉も皮膚も唾液、涙、血でさえ、ケーキ自身に関わるものが該当する。
ケーキ自身は自分がケーキであることに気付かない、そのため何も知らないまま死ぬ者もいる。
逆も然り、フォークとの出会いにより、己がケーキであることを悟ることもあるが、それは自分自身が知り得た時、壮絶なトラウマとなる出来事を強いられるケースが多い。


「名前ちゃんってケーキ好きっすか?」
「…え、」
「ケーキっすよ、ショートケーキ、チーズケーキ、チョコもあるじゃないっすか」


びっくりした、あまりにもぼーっとしすぎたらしい。
コーヒーの苦味さえわからなくなてしまったあたしはフォークであることをバレるわけにはいかない。
ケーキという存在に出会ったことがないけれど、フォークである自分に対してケーキの話題は肝が冷えるかと思った。
だけど彼はそんなことつゆ知らず、呑気にケーキの一般的な種類を挙げ始める。


「あ、あーうん、甘いものはちょっと、」
「そうなんすか?難しいっすね」
「…なんで?」


普段、彼の話題に対してあたしが質問することはないけれど、この時だけは何故か尋ねてしまった。


「だって、名前ちゃん食事楽しそうじゃないんっすよ」


尋ねてから後悔した。


「だから名前ちゃんのお気に召すもの作ってみたいな〜って料理人としての本能っすかね?」
「…何それ」
「結構、本気っすよ、僕は…!」


上手く馴染んで生きていると思っていた。平常心で普通を心がけて生活してきたけれど、まさかこんな形で悟られるなんて思いもしなかった。核心には触れていないけれど、これも時間の問題か…とあたしはそれ以上何も言えずにコーヒーを一口啜るだけだった。




そんなやり取りもまだ新しいというのに、


「ケーキはあんまりって思ってたんだけどね」
「名前ちゃん、」


あたしは椎名ニキを見下ろしていた。
彼を組み敷いているというのに、彼は真っ直ぐとあたしを見つめるその目は現状をまるで理解していない。


「本当に甘い…」


指を彼の頬に滑らせる。自分と同じ皮膚で肉で人間なのに、なんでこんなにも甘露的美味なのだろうか、と脳が麻痺する。あぁ、その味を再び味わいたい欲が募理、あたしは我慢ができずに自ら唇を奪った。


「わかったでしょ…、あたしはフォーク。味覚を感じない、ケーキ以外は。ねえ、気付いてた?自分がケーキだってこと」


そう、あたしはフォーク。

そして彼はケーキだった。


今までケーキに出会ったことがなかった、人肉が甘いなんて何を言っているんだと思っていたはずなのに、いざケーキを目の前にしてわかる。これは麻薬のように知ってしまったら抜け出せない味だ。


「これは忠告、これ以上関わってたら食べないなんて確証はない。だから、」


だからもうこれ以上関わらないで。


「自分は料理人っすよ。美味しく食べることを楽しんでほしいっす」


辛うじて残るあたしの理性と本音を吐露したはずだった。
だけど、彼から出てきた言葉は危機感とは程遠い声のトーン。
呑気にいつもの椎名ニキそのものだ。


「だから、それで名前ちゃんにとっての食事が楽しくなるならそれでもアリなんすけどね〜」
「な、に言ってんの」
「でも、自分が食べられなくなるのも嫌っすね!もーっとこの世の中の美味しいもの食べていきたいっす」
「…馬鹿なの」
「馬鹿っすよ、僕は。馬鹿な僕でも、これだけは言えるっす」


信じられない、理解できないとあたしの脳が言っている。
だって、彼は何故この状況下で笑っているのだろうか、と。


「ずっと楽しくなさそうにしてる名前ちゃんのことも心配に変わりないんで、自分の肉までは食べさせられないっすけど、良いっすよ。他にあげられるもんなら」


彼は言った、「僕が提供できるものならば、それなら喜んであげるっすよ」と。




この日をきっかけに、あたしたちは捕食者と非捕食者のとしての関係が始まった。
だけどそれは誰にも言えない秘密の関係。互いにケーキであることもフォークであることも黙秘したまま。

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