短編 | ナノ


「俺っちと賭けしようぜ」


それは唐突にやってきたあまりんからのお誘いだった。


「兄さん!…と、どちら様かな」


そしてこれもまた唐突だった。

赤い癖っ毛の男の子があまりんを見るなり嬉しそうなトーンで声を上げていたし、あたしを見て思ったことを口にする。対面に言うにはドストレート過ぎて感心してしまうぐらいだ。


「よう、名前ちゃんな。俺っちの友達。んで、俺っちの弟くんだ」
「初めまして」
「ウム!僕は天城一彩!よろしくお願いするよ!」
「よろしく」


天城一彩。名前と顔は知っていた。ALKALOIDのリーダーでSTARMEAKER PRODUCTIONに所属しているアイドル。メディアでの情報も踏まえて思っていたけれど、彼はあまりんとは似てない。あまりんがいろいろ考える策士家タイプならば、弟の一彩くんは本当に真っ直ぐで素直な子というのがよくわかる。


「んで、今日は二人でメシってわけか」
「今日のスケジュール的に、お互いに事務所に行くことと終わる時間も近かったからね。一緒にシナモンでご飯を食べようって話をしてたんだよ」


今までずっとダンマリでポカンとした表情から徐々に何とも言えない表情へと変化するのをあたしは視界の端で見ていた。だけどそんなことは全くもって知らない一彩くんが「ね、ひなたくん」と声をかけるもんだから、「う、ん」と歯切れが悪い口振りで肯定の意を示す。二人は夢ノ咲の制服姿で、ここカフェシナモンにやってきていた。


「兄さんたちもご飯?」
「おう、ちょっと、賭け事しててな」
「あたしは完全に巻き込まれなので一緒にしないでほしいな」
「ノってきた時点で同罪っしょ」


そう、あまりんの言う通り結局ノってしまったら同じだ。違うと言っても違わない、どんぐりの背比べ。


「じゃあ僕たちも席に座って料理を選ぼう!」
「…」
「ひなたくん?」
「あ、ごめんごめん!ボーッとしてた」


ニコニコ笑顔の一彩くんがひなたくんに声をかけるけど最初は反応ないし、改めて名前を呼んでみてひなたくんは本当にボーッとしてたようで我に返った反応を示す。完全にあたしのせいだよなぁ…と思うけれど、今ここで何かアクションが起こせるような立場でもなければ技量もない。「燐音先輩、何食べるの?」「今日はピザな」「ピザか〜俺は何にしようかな〜」なーんて話をしているし。ねえ、ひなたくん、あたしは気づいてるよ。ひなたくんがこっちを見ようとしないこと。


「せっかくだし、四人席でも座るか?」


他人がいる前での距離感の掴み方とか難しいだろうしな。あまりんはともかく、同級生と一緒にいるし、しかもあまりんの弟くんだしねって思ってたら、完全にあたしだけ他人モードだった意識をグイッと容赦なく引っ張られる。思わずあまりんの顔を勢いよく見てしまったわけだけれど、「弟くんもいるし、せっかくだからな」なんて正当な理由を言ったという風な空気感だけど、やっぱりよくわからなかった。

弟の一彩くんが「良いのかな」と気にかけてくれたけれど、「良いんだよ」ってあまりんが返すからすっごく嬉しそうに笑ってるのを見てしまったから、あたしもこれは「うん、いいよ」しか言えない。あたしたちが座っていたのは二人席だったから、お店側にはすいませんってして移動した四人席。座席につくとき、「弟くんはこっちな」と一言。一彩くんも素直に「わかったよ、兄さん!」ってニコニコ笑顔で移動してしまった。あまりんがナチュラルに誘導するから、自然の流れであたしとひなたくんが隣の席に。


「ひなたくん、どうする?」
「うーん、悩んじゃうんな〜」


メニューは二つ、天城兄弟で一冊、あたしたちで一冊を共有する。今のひなたくんは余所行きの顔。ニコニコと笑顔を浮かべてるそれはみんながよく知るひなたくん。だからメニューばっかり見ていたあたしに対してひなたくんはあざとく下から覗き見て「名前さんは何にしたの?」と聞いてくる。


「今日はパスタ」
「いいな〜パスタ!むむっ、悩むけどハンバーグかな〜。一彩くんは?」
「僕はオムライスにするよ!」
「あはは、ブレないなぁ」


こうやって見ているとひなたくんは年相応の男の子だ。同級生と楽しく笑って話して、コロコロ表情を変えて楽しそう。出会いが出会いだったからこそ、こういう姿を見れるのは正直嬉しい。テレビでもなく、カメラ越しでもない、何気ない日常の中で出会えた男子高生のひなたくん、見たくても易々と見られるものではないからこそ思うのだろう。


「そういえば、ひなたくんは名前さんと知り合いだったんだね?」


オーダーを済ませた後、テーブルに置かれたお冷に手を伸ばしたとき、尋ねてきたのは一彩くんだった。その一言に、あたしもそういえばって思い返す。一彩くんには初めましての挨拶をしたけれど、ひなたくんとはそんなやりとりをしなかった。なんなら、隣の席に座ってから普通にメニューを共有し、会話をし始めてしまったので、これで初対面でしたは通じない。


「うん、そうだよ」


顔見知りであることは隠すほどでもないので肯定ぐらいは良いだろうけれど、正直どこまで同級生に伝えていい事柄なのかわからないあたしはひなたくんに託す。


「燐音先輩のツテでね」
「そーゆーことな」
「そうだったんだね」


ひなたくんの言葉に便乗するあまりん。あえてこの話題を広げずに、でも肯定する反応を示すことで一彩くんみたいな素直な性格をしている相手を納得させるには充分。深く追求されずに事なきを得た。


お店の人が運んできた料理がテーブルに並べられる。あまりんのところにはピザ、あたしの目の前にはパスタ。先に注文してたこともあり、出来上がりも先になったのだろう。運んできた店員さんが立ち去る直前に「すいません、お皿一枚ください」とお願いすればすぐに持ってきてくれる。


「燐音先輩たち、気にせず先に食べてください」


先に料理を届いたことに対して配慮してくれたのはひなたくんだった。確かにあまりんの頼んだピザは熱々のうちに食べなければ美味しさも半減するし、あまりんもその言葉を聞いて「んじゃ、お言葉に甘えて」と言いながら来たばかりの料理に手をつける。あたしと言えば、手にしたフォークとスプーンを使って、運ばれてきたばかりのパスタを絡め取り、持ってきてもらったお皿に取り分けた。


「はい、ひなたくん」
「え、名前さん?」


それをそのままひなたくんに差し出すと、びっくりした表情であたしとお皿を交互に視線を送る。そんなに驚くことかな、とも思うけど。


「さっき悩んでたし、これで良かったら食べて良いよ」
「うそ、やったー!」


ひなたくんは嬉しそうに両手を大きく万歳。大袈裟なほどに喜びを露わにしてあたしの分けたお皿を受け取ってくれた。きっとこれが二人っきりだったら、目をパチクリとさせて「いいの?」って聞いてくるだろうにね。どんな形でも喜んでもらえるなら本望なわけで、あたしまでつい表情が緩んでしまう。
あたしたちのやりとりを目の前で見ていたあまりんが「弟くんも俺っちのピザ食うか?」って聞いてたし、一彩くんも嬉しそうに頷いて料理が来るまで美味しそうにモグモグして過ごした。


「美味しかったー!」
「ウム!満足だよ」


料理を食べ終えたあたしたち。後から料理が届いた二人もすぐにペロリと食べてしまってて、育ち盛りは違うなと感心してしまう。


「うーん、どうしよう。デザートも食べたいな〜」
「まだ食べれるの?」
「もちろん、余裕」


ピースして笑うひなたくん。そっか、まだ食べれちゃうのか。


「お待たせしたっす!」
「椎名さん!」
「お疲れさまでーす!あれ、まだきてない料理ありましたっけ?」


じゃあ、このままデザート食べるのかな。と物思いにふけていたら、タイミングよく現れたスタッフさんに一彩くんもひなたくんも声をあげた。思わず反応したくなるのもわかる、だってやってきたのは椎名ニキくん。あまりんと同じユニットだから、必然的に一彩くんも顔見知りだろう。ひなたくんは言わずも事務所も一緒だし、2winkと一緒にいるところを見たこともあるため納得の反応だったりする。


「あれ、みんな一緒だったんすね。オーダー受けてたメニューはこれで全部っすけど、はいっす!」
「ニキくん、ありがとう」
「出来立てだけど、粗熱は取ってあるんで」
「椎名さん、それは何かな?」


ニキくんが持ってきてくれたのはカフェシナモンのロゴが入った紙袋。それをあたしは受け取ったわけだけど、その様子を見ていた一彩くんが興味を示す。


「中身はマフィンっすよ。テイクアウト用にあるやつっす!名前ちゃんに頼まれて作ってたんすよね」
「そう、お土産に一緒に食べられたら良いなって思って」
「一緒って家族とかかな?」
「うん、まあね」


一彩くんは知らない。あたしが一人暮らしであること、あたしが一人っ子であること。つまりこの一緒に食べる意味で差している人が家族ではないということ。


「ここのお菓子も美味しいから、テイクアウトもオススメだよ」
「そうなんだね!ひなたくんはどうするかな」
「あ〜、そういえば俺、手持ち少なかったから、また今度にしようかな」
「ヒナはそうしとけ」


一彩くんにもちゃっかりオススメしてみたし、一彩くんはやっぱり素直に聞き入れてくれた。ひなたくんにも聞いてみるけど、ひなたくんはあれだけデザートまで食べる!って意思を示していたのに手持ち金が少ないという理由を思い出して困ったように笑いながら断念。あまりんもそうしろ〜と言っているけど、きっとひなたくんの本心に気付いてのものだろう。



あのあとはご飯を食べて各自解散。

用もないあたしはそのまま直帰したわけだけど、


「美味しい?」
「ん、美味しいよ。ひなたくんは食べないの?」
「食べる」



あたしと言えばリビングのソファーに腰掛けてるのだけれど、ちゃっかり後ろにからひなたくんに抱き抱えられている形。お土産で買ってきたスコーンの一つ、何故かひなたくんの手によって食べさせられているんだけど。


「ひなたくんのために買って来たんだけどな」
「知ってるよ…」


ひなたくんはあたしの背中にぐりぐりとしてくるから、これはまだ食べる雰囲気ではなさそう。


「名前さん…」
「うん?」
「なんで燐音先輩と一緒にいたの…」


ひなたくんはどうやら今日の出来事についてまだ尾を引いてるみたい。


「あまりんに呼ばれたからかな」
「呼ばれたからって何、賭けって何、ねえ」


ひなたくんからの質問攻め。あたしは言われた質問に対して答えてもそれが癪に触ったかのように更なる質問が降り注ぐ。気持ちはきっとグチャグチャなのだろう、聞いてくるのにあたしに話す隙を与えてくれない。


「帰りだって、燐音先輩が名前さん店に行くって言ってたって言ってたし、名前さんもそうだったって言ってたのに、何あれ」
「あーあれね」
「俺、普通についていく!って言っちゃったけど、実際行かなかったじゃん」


ひなたくんが言ってるのは帰りのことだ。会計をして解散て流れだったけれど、突然あまりんが言い出したのだ。


「そういや、名前はこの後、店に行くんだろ、Beehive」
「へ、あー…うん、そういえばそうだった」
「名前さん、お店に行くんですか?じゃあ、俺も挨拶に行きたい」
「うん、一緒に行こうか」


ってやりとりからのシナモンで解散。あたかもBeehiveに行く流れの空気だったけど、天城兄弟と別れてからすぐに「んじゃ、帰ろっか」ってあたしが言った瞬間のひなたくんの驚いた顔は忘れられない。
ひなたくんが言いたいのはお店に行けなかったことへの不満でなく、あまりんとここまでのやり取りを自然とお互いにやり通したことが面白くなかったということ。


「だって、あのままだとひなたくん、一彩くんたちと帰るしかなかったでしょ」
「それは…」
「同室って言ってたし、二人とも仕事終わってからシナモンに来てたし、そこから寄り道なんてちょっと無理あるだろうから、気を回してくれたんだと思うよ」
「それを二人だけが察してたのが〜」
「そうだね」


背中越し、ひなたくんがちょっとだけあたしの方に体重がのし掛かってきた。なので逆にひなたくんを背もたれのようにより身を預ける。


「お店に行ってからって流れなら、ひなたくんがその後あたしを家まで送ってきた〜って言えば帰りがちょっと遅くても怪しまれないでしょ?」
「なんでそんなに頭の回転がいいかなぁ」
「うーん、ことの発端があまりん発信だから、あたしはそれに気付いただけだよ」
「だからそれが」
「面白くなかったね」


仕方ないのだ。あまりんは知っているから、あたしたちの関係のこと、知った上で助けてくれている。配慮をしてくれている、協力してくれている存在なのだ。だから、あの時も上手く誘導してさり気なくフォローしてくれたのだ。きっとひなたくんもそれを理解している、理解した上で自分との力量の差を見せつけれられてもがいている気がする。


「あまりんの賭けはね、ひなたくんに会えるか会えないか賭けがてら飯に行こうって話だったの」


気軽に気兼ねなく人目を気にせずに外で会えないあたしたち。そのきっかけを作ってくれたに過ぎない。だからESビルの一階にあるカフェシナモンになった。正直、あたしは早々にタイミングよく会えるはずないだろうって方に賭けて店についてすぐニキくんにお土産のマフィンを頼んだのだ。結局、その後ひなたくんに会えたわけなのだけれど。


「上手く会えるはずないな、って思いつつも会いたいな〜って思ってたから、嬉しかったんだよ」
「ずるいなあ…、それ言われちゃ何も言えないよ」


後ろにのけぞってみて、やっとひなたくんと目が合った。ひなたくんは困ったように笑みを浮かべて目を伏せた。あまりんはひなたくんをあたしの横に座らせるために一彩くんを誘導してくれたし、あたしがお土産を頼んだ理由も知っている。だから、帰りにあんな風に発案してくれたのだから、あたしたちは彼に感謝しなければならない。


「名前さんがそんなに俺のこと考えてくれてたの嬉しい」
「そうだよ、ひなたくんのこといっぱい思ってるんだから、あたしがひなたくんのために買っておいたマフィンも食べてほしいな」
「じゃあ、あ〜んしてよ」


ひなたくんも根っこはあまりんが大好きだし理解ある子だから、モヤモヤしてしまった自分の感情も上手く処理してくれたみたい。可愛い嫉妬も嬉しいものだけれど、やっぱりひなたくんは普段からたくさん頑張ってる子だから、あんまりあたしのことでストレスを与えたくないから笑ってくれてよかったと思える。


「名前さんにいっぱい愛されてる俺は幸せ者だなって実感しちゃう」
「そうだよ、今日もおつかれさま」


甘え下手なひなたくんにはこれぐらいしないとね。きちんと甘えてくる時もあれば、突拍子もなく遠慮しちゃう時があるから、あたしには適度に甘えても大丈夫だよってしてあげないといけない。特にこういう誤解されてモヤっとさせちゃった日とかね。だかは今日もあたしは彼をめいいっぱい甘やかすのだ。

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