短編 | ナノ


世間はど平日のため、というのは関係ない。平日だけれど、休みであるあたしは同じように休みの友達と一緒に昼間からカフェに来ていた。どこにでもあるチェーン店、頼むメニューは決まったものばかりなのである程度頭の中に入っているし、気にするといえば期間限定メニューぐらい。レジ前待機列にチェックして、うーんて悩んで気付けば自分の番。すごく飲みたい!ってならなければ、結局選ぶのはいつものメニュー。カスタムで甘さ控えめなどなど自分好みに変更。カウンターから受け取ってください、といつもの言葉に対して「はーい」と返事をしながら流れるように移動した。座席は予め荷物を置いてキープ済み。しばらくして出来上がったドリンク片手にキープしていた座席に戻ると別のレジでオーダーしていた友達が既に戻ってきていたし、「おかえり」「ただいま」をする。
いつものやつ、もはや自分の中のど定番過ぎて、今更飲んだから美味しいとかってコメントはあえてでないけど、自分好みのカスタム仕様だからこそ、内心ではコレコレってなってしまう。


「推しが結婚した」


友達はまるでアルコールを摂取したかのようにテーブルに身を投げ打って、項垂れながら覇気のない言葉を口にする。聞き間違えかと思ったけど、ちゃんと聞こえた通りの言葉だったらしい。反応しなかったあたしが聞いてないと思ったのか、同じ言葉を復唱したのだ。


「あーうん、おめでとう?」
「めでたいけどさ〜、リークされてからってどうなの…、知るなら本人の口から聞きたかった」


スマホを片手に指だけを滑らせる。目線は合わない、スマホに釘付けだ。どうやら今、本当に今手に入れた情報っぽい。


「え、本人情報じゃないんだ?」
「そう、SNS情報」
「じゃあ、まだ確定じゃなくない?」
「ほぼ黒」


黒って、犯人じゃないんだから…とも思うけれど、本人が一番余裕がなくて気が気じゃないだろうから、ここはスルー一択。あたしはストローに口つけてドリンクを嚥下する。


「べっつに結婚するなて思わないけど!知るならこんな形で知りたくないじゃん…」
「わかるけどね。まだスキャンダルじゃないだけマシって思うしかないよね」
「ほんとそれ〜」


どうせ今、あたしが何を言っても気休めにしかならないのは百も承知。だからと言って何も言わずに聞き手に回るのも何か違うって思うから、素直にあたしは思ったことを口にする。


「一般人でも同業でも関係者でも、身近な誰かを幸せにできるならファンのこともちゃんと大切にしてくれるって思うから応援することに変わりないんだけど、やーっぱりずっと応援してるとさ…」
「わかるわかるって」
「リークされない人ってホントどうやって過ごしてるんだろ〜」
「リークされたいの?されたくないの?」
「されたくないけど!逆にどうやったらここまで完璧にいけるのかなってなるじゃん」
「徹底した何かがあるんじゃないかな」


何かが何とはわからないけれど、という口ぶりであたしはその話を宙に消して有耶無耶にした。



それから時間はあっという間に過ぎていって、気づけば夕方。「ご飯どうする」って話になり、そのどうするは食べるか食べないかではない。どこで食べるかの意味。そのため適当にブラブラとセゾンアベニューを練り歩く。料理を見て何が良いかな、なんて優柔不断なことを言いながら決めたのは悩みに悩んでからのことだった。美味しいご飯を食べながら、昼間もいっぱい話をしたくせにネタは尽きないからずっと喋ってた。くだらないことから、身近にあったこと、仕事の話。ふと確認した時間、あぁそろそろ帰らなきゃなって時間にまでなっていて自然とお会計の準備。ありがとう、楽しかった、おつかれ〜、またね、を繰り返してバイバイ。あたしたちはそれぞれの帰路につく。見慣れたマンションのロビー、自分の持っていた鍵でオートロックを解除し中に入る。静かな廊下を一人ポツポツと歩いてやっと帰ってきた我が家。ガチャっと鍵を開けて真っ暗な家の中、唯一廊下から入る灯りを頼りに玄関の電気をつけた。靴はもう適当でいいや、と思って足元もあまり確認せずに脱ぎながら後ろ手で鍵をかけて部屋に上がる。


「ただいま〜」


一応帰宅したことを言葉にするけれど返事のない室内。それもそう、だってここはあたしが一人暮らししている部屋だからだ。リビングに行って持っていた鞄を置いてから、洗面所に行きメイクを落として始めて気持ち的にも家に帰ってきたというオフモードに切り替わる。完全に気が抜けてボーッと家の中を移動。寝室に行って着替えを出してゆっくりお風呂に入ろう、と脳内でこの後の予定をぼんやりと思い浮かべる。洗顔の前に洗った浴槽は今、入浴のためにお湯を溜めている最中だ。ご飯も食べてあるし、ゆっくりするだけ、と思いながら寝室に足を踏み入れた時、違和感に気づく。


「おわっ」


電気のついていない寝室で大きな何かが動いた、と思ったら自分に目がけてそれがあたしに覆い被さる。


「寝てたの?」
「…起きてたよ、」
「すぐ出てこなかったから寝てるのかと思った」


突然出来事だったし身動きが取れないけれど、あたしはすごく驚いたわけでもなく、当たり前のようにそれを受け止めていた。あたしと比較したら全然大きな体、だけど全身で抱きついてきてくる行動は完全に気を許してくれているからこその行動だと知っている。寝てるのかと思った、という言葉をどう受け止めただろうか。面白くないと思ったかもしれない、そんなわけないとも言いたげな緑色の瞳が暗闇を背景にあたしを射抜く。


「名前さん、帰ってこないから眠れるわけないでしょ」
「そう?」
「そうだよ、名前さんどこ行ってたの」
「友達と会ってきたの」
「男?」
「女」


オレンジ色の髪に緑色の瞳。センター分けの髪型にあたしから見て右側についているピンクのヘアピン。メディアでよく見るようになった双子ユニット2winkの葵ひなたにそっくりだ、と言いたいところだけどここにいるのは間違いなく、その葵ひなた本人である。ライブでは明るく元気、バラエティなどのメディアではやんちゃで悪戯が好きそうな一面も垣間見えるひなたくん。だけど、ここにいるのは落ち着いた雰囲気でテンションもローテンション。覇気がなく、部屋の暗さも背中に抱えていることが相まって、余計に違う人に見せかけていた。


「会ってきたのは学友だよ」
「そう…」


ひなたくんからの淡々とした質問にあたしも淡々と返すだけ。テンポ良く、そしてつまる事なく返したこともあり、ひなたくんはちゃんと納得してくれたようで、学友である女友達に会ったことを把握したことにより質問攻めは落ち着いた。


「ご飯食べてきちゃったんだけど、ひなたくんは?」
「…食べてない」
「ずっと待ってたの?」
「だって、名前さんに会いたかったから」
「連絡してくれれば良かったのに」


その言葉でひなたくんはダンマリモード。連絡、しようと少しでも思ってくれたかもしれない。けど、ひなたくんの性格上、その行動まで踏み出せなかったんだろうっていうのも予想できる。その証拠に、返事の代わりに無言で擦り寄ってくる。


「簡単で良いならご飯作ってあげるけど」


どうする?とひなたくんの顔を覗き込めば「食べる」と小さく返事をしてくれる。


「食べたら帰るんだよ」
「泊まりたい」
「だーめ」
「帰りたくない」
「ゆうたくんと喧嘩でもしたの?」
「してないけど…」


泊まりたい、帰りたくない、なんてとんだわがままだな、と普通の人ならなるかもしれない。けど、ひなたくんだからそうは思わないし、ゆうたくんと喧嘩して〜とかじゃないんなら、とりあえず一安心だし、その上で言わせてもらうと答えはノーだ。


「名前さんといたいのに」
「いたくてもダメ、泊まるならあまりん呼ぶよ」


申し訳ないけれど覆せない現実。なかなか折れてくれないひなたくんに最終手段で出したのはあまりんこと天城燐音の名前だ。この名前を聞いてひなたくんは「ズルい」と言いながらも折れてくれるのがいつものパターンだったりする。


「これでも結構な妥協してるのに」
「…ごめんなさい」
「そう言う意味じゃないんだけどな〜上手く伝わらないね、こっちこそごめんね」
「俺がわがまま言ってるのわかってるから」


あたしの主観で言うと持ち前の明るさによる可愛らしい我を出すのが一般的なひなたくんへのイメージだと思っている。それも持ち前のキャラがあって許されることだけれど、今のひなたくんはそのかけらが微塵もない。


「お泊まりは許せないけど、気が済むまでいていいから」
「ん、」


葵ひなた、高校ニ年生の十六歳。COSMIC PRODUCTION所属2winkのリーダー。メンバーは双子の弟であるゆうたくん。明るくて元気でやんちゃなイタズラ好き。だけどそれは世間一般的な葵ひなたのイメージであり、印象である。もちろんそれは間違っていないけれど、ひなたくんは誰構わず見せない顔を持っている。


「名前さん」
「なーに」
「俺、ここにいていい?」
「いいよ、じゃなきゃ鍵も渡さないって」


普段は明るくても常にそういうスタンスではない。彼は彼なりの闇を抱えていて、踏ん張って生きてきてる十六歳の男の子。普段吐露できないような本音とこれもまた素である一面をあたしの前では曝け出しているのはきっと彼の中で曝け出してもいいと認定されたからだろう。普段のキャラからすれば甘え上手、と見せかけて実は甘え下手というか精一杯背伸びして自己犠牲しがち、弟が大好きな双子のお兄ちゃん。


「ひなたくんが好きだからね」


そんな彼をあたしは今日も好きなように甘やかす。


だけどこの気持ちも関係も迂闊に曝け出せない。

だってひなたくんは今話題のアイドル。

これからもっと活躍するであろう未来が待っている。


なにより、


「やっぱり名前さん家に泊まりたい」
「だからそれだけはダメだって、未成年でしょ」


あたしは二十一歳、ひなたくんは今年十七歳になる年の十六歳。

成人女性と未成年学生だから、例えそこに二人が共通する感情を持ち合わせていても世間的にはよろしくないのが現実。

だから今日もあたしたちは世間に黙ってこっそりと関係を続けている。

昼間の友達との会話が脳裏を過ぎる。

リークされずに付き合ってる人たちがどう過ごしてるか他人はわからないけれど、とりあえずあたしたちはふたつの顔を持ち合わせて関係を続けている。他所行きの明るく元気なひなたくんも今目の前にいる落ち着いた消極的なひなたくんもどっちも本当の彼自身。落ち着いた彼の時こそ、周りが本人だとは思わない。
あたしはそんな彼の二面性を曝け出してもいいと思ってもらえた存在。そんな彼が愛おしくて大切にしたくてあたしは今日も許される限り葵ひなたという一人の人間に愛を注ぐのだ。

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