短編 | ナノ


※スッキリしないオチ


仕事仕事仕事の毎日。朝早く起きて出勤し、帰宅するのは日付が変わるかどうか。決して勤務先が遠いわけではない、勤務している拘束時間が長い。その上で業務内容が多い。休みの日は週一日程度で、正直休みの日は休んで過ごすべきだけれど、仕事での縛りが多すぎるあたしにとって、ストレス発散も兼ねて貴重な休みの日は思いっきり遊びたくなる。だから体を休める機会なんてほぼなくて、仕事仕事仕事仕事…休みの日には遊んでを繰り返していたツケがある日やってきてしまった。


「どうした、元気ねぇな」
「う、ん…ちょっと」


仕事でやらかしてしまった。疲弊し切った体は正常な判断ができなくなり、普段ならばしないであろうミスを思いっきりしでかしてしまった。おかげで上司はブチギレてめちゃくちゃ怒られて、正直心が折れた。あぁ、仕事を辞めたい。ただ辞めたところで、当てがあるわけでもないあたしは次の仕事を見つけられるのか、という不安も過ぎる。目の前にいた武臣はツテで知り合った知り合い以上友人…と呼んで良いのか、というラインの男だ。何度か呑みの席で一緒になり、今日も誘われて一緒に呑みに来たのだが、ポカして心身共にダメージを受けているあたしにとって正直心から楽しめるモチベーションではなかった。だからと言って、断るのも申し訳なく来るだけきてしまったのだが、隠しきれていない心のダメージがまだ会って数回の武臣にもどうやら伝わってしまったらしい。武臣は酒を片手にあたしの顔を見て眉間に皺を寄せている。


「なぁ」


せっかく楽しむために来たのに、こんなんじゃそうだよね、楽しめないよね。あぁ、浅はかだった。こんなんだからあたしは仕事も失敗するんだ。本当ばかだなぁ…。だから武臣が例えここで何を言っても仕方ない、あたしが悪かった、と思って全てを受け入れようと思っていたら、言われた言葉にあたしは耳を疑う。


「ホントはさ、もっと距離縮めてから言うべきなんだけどよ。名前、いっつも会うたびにめちゃくちゃ疲れた顔してんじゃん。仕事、大変なんだろ。そんなの見てらんねぇんだけど」
「武臣…」
「このままだと、お前がどうにかなっちまうぞ。なぁ、俺に名前のこと支えさせてくんねぇか」


武臣は何を言ってるんだろうと思った。見てられないってあたしのこと?疲れた顔してるって。支えさせてほしいって。どういう意味だろうか、と心の中でぐるぐると考えていたらあたしの手に武臣が触れる。今までジョッキを持っていたからだろう、暖かいとは言い難い、少し熱が奪われた手のひらがあたしの手を包む。


「付き合おう、俺と」


真っ直ぐ目を見て言われた言葉にあたしはガラにもなく泣いてしまった。プツンと糸が切れた音がしたのだ。ずっと張り詰めていた緊張が武臣によって切れてしまった。疲弊した体と精神、仕事に失敗し息抜きがなかったあたしは決壊したダムのようにボロボロと子供のように泣いてしまったのに、武臣はそんなあたしを嫌な顔をせず受け止めてくれる。それがまた優しくて嬉しくて涙が出た。


この日からあたしたちは交際を開始した。付き合い始めて知ったこと、武臣が言っていた自分は父子家庭で母親との思い出が多くない。そのため、人の手料理を食べる機会があまりなかったらしい。その話を聞いたあたしは時間の許す限り武臣に手作り料理を作るようにした。仕事をしている以上、会える時は限られてくるため、休みの日に色々作り置きして食べれるものを量産してそれをあげた。武臣は美味しいと言って食べてくれて、それがあたしにとっての至福の時間。仕事で怒られてばっかりいたあたしの存在意義を作ってくれる。こんなあたしでも、誰かのためにしてあげられると認めてくれるのだ。


「今度、ここ行ってみねぇ?」
「どこ?」
「これ、どうだ?」


休みのたびに武臣はあたしをいろんな場所に連れて行ってくれる。ここに行こう、あそこに行こう。あたしだけなら行かないような場所を武臣は提案してくれる。行くたびに武臣は楽しそうにしていて、あたしもそんな武臣の笑顔が見れればそれで良いかと思えた。


「ねえ、最近どう?」
「あ、うん。実は、彼氏ができて」
「本当に!?おめでとう…!」


あたしにとって数少ない友達と久々のランチ。なんでも話せる友達に言うタイミングがなかった最近の出来事をあたしは打ち明けた。友達は喜んでくれた。あたしが社畜として働いていることを心配してくれていたのは知っていたし、だからこそ良い報告ができてあたしも嬉しい。友達は最初こそ、笑顔でうんうんと話を聞いてくれるけれど、あたしが武臣との関係を伝えていくと段々表情が曇っていく気がする。


「あ、のさ」


そして友達が次に口を開いたときには歯切れが悪い言葉だった。あたしはランチで頼んだ料理をフォークで刺す。


「その、名前が本当に心配だから言うんだけど、気を悪くしたらごめんね。その彼氏で本当にいいの…?」
「なんで」
「だって、名前がその彼氏と付き合い始めたのも知り合って早い気がするし、ご飯作ってあげるのもいいと思うよ?でもさ、名前は仕事大変じゃん」
「でも好きでやってることだから」
「好きでやってることでも!休みの日のたびに出かけてるって言うし、そんなの名前のこと思ってるようで名前のこと良いように使ってるようにしか聞こえなくて」
「そんなことないから、」



武臣はあたしを支えてくれると言った。あたしを守りたいと言ってくれた。
そんな武臣は長男で弟と妹がいて、お母さんがいない。下の子たちのために頑張ってきたお兄ちゃんであり、昔はチームを組んで軍神とも呼ばれていたという実力者。人一倍、きっと苦労もしただろうし、悩んだことだってたくさんあったと思う。武臣をなぜ友達はそんなふうに言えるのか、ついカッとなってあたしは友達の言葉を遮ってまで否定した。正直悔しい、誰だってそうだろう。あの喜んでくれた気持ちは嘘だったのか、そう思ったら悲しくなった。



「名前」
「なあに」
「ごめん、今度さ、弟たちの撮影で金が必要で…貸してくんね?」
「うん」


武臣は今だって弟さんたちがやっているユーチューバーのプロデューサーとして支えている。安定した仕事ではないため、時間もお金の使い方も安定しない。そんな中、あたしを気にかけて一緒にいてくれる武臣をあたしだって支えてあげたい。だから、必要と言われればお金だって貸すし、あたしの作ったご飯で武臣が喜んでくれるならいくらでも作ってあげる。


「おい、名前」
「あ、ごめん。今、ちょっと友達と電話してて」
「…なら良いや」
「ちょっと、武臣!」


あたしが友達と通話していて武臣が不貞腐れることもあるけれど、それはきっとあたしが仕事で忙しくて自由な時間が限られているから。武臣も安定しないスケジュールの中であたしのために時間を作ってくれていると考えたら、申し訳なくなって友達との通話を切った。


「武臣、ごめんね」
「あぁ」


みんなは武臣のことを知らないからそういう風に言うんだ。あたしは今日も武臣の優しさに触れて、喜ぶ表情を見てあたし自身はここにいて良いんだと思わせてくれる。武臣がいるから頑張れる。だから、誰も壊さないでほしい、この日常を。

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