短編 | ナノ


時間はすっかり夜を指していて、辺りも暗くなってしまった。名前はすっかり変わってしまった地元の街を新鮮な気持ちを抱えつつ眺めて歩く。集合場所は割とわかりやすい地下鉄が通る駅前。人通りがそこそこあるメイン通りで良かったと思いつつ、見慣れない店を眺めながら記憶に残る駅までの道のりを楽しんだ。

もうすぐ駅、正直内心は緊張よりも複雑な感情を抱えている名前は街並みを見ることで気を紛らわしていたが、それももうできなくなることを実感すると足取りは重くなり、一回だけ小さくため息を吐く。ここまできてしまっては仕方ない、名前は今一度腹を括り足を進めた。
駅に着いて辺りを見渡して、まだ誰も来ていないことを確認すると、適当に駅の柱のそばに寄り添って待つことにした。何をするわけでもなく、ボーッと行き交う人たちを眺めてすぎる時間。


「待たせたな」


あまりにもボーッとしすぎて気づかなかった。声がした時には目の前に立っていた真一郎。イザナよりも先に現れたことに少しだけ名前の心臓が飛び跳ねた。わかっていたはずだけれど、口の中が乾燥してなんて言葉を発するべきか咄嗟に出てこない。名前にとって真一郎の記憶といえば、小学生の頃の半袖短パン、中学の時の制服姿、そして先日お店で見た時のつなぎ姿。遠い記憶の幼さある印象と久しぶりに再会した時とまた違っていて黒のタートルネックにジーパンという服装に新鮮さを感じながら、なんて言葉を紡ぐか考えていれば、真一郎の方がまた口を開く。


「イザナの奴、まだ来てねぇのか」
「あ、うん…。今、時間ぐらいだから、もうちょっとしたら来るんじゃないかな」


名前は腕にしていた時計で時間を確認した。針はちょうど待ち合わせにしていた時間を差している。人通りはあるのに、イザナが現れる気配がない。早く来て欲しいという気持ちと裏腹に真一郎がポケットに手をやると、持っていた携帯が震えていたらしい。携帯を取り出して、ディスプレイに表示されている名前を確認して「わり。ちょっとごめん」と断りを入れて電話に出た。




数分後には居酒屋へと移動していた。駅前とは違うガヤガヤと賑やかな店内。テーブルの上に並ぶのは唐揚げやサラダとキンキンに冷えたアルコールドリンク。
目の前に座る真一郎はメニューを手に取り、ずっと視線をやったまま。そのため名前と視線が交わることがない。その現状に名前は困惑しつつ、手元にあったジョッキを手に取りチビチビと口をつけていた。


「名前は何食う?」
「え、あー、えっと」
「なんでもいいなら盛り合わせでもいいよな」


真一郎は手にしていたメニューを名前に差し出しながら尋ねてくるが、誘導的な発言のおかげであまり聞いてくる意味とは、と思えてしまう。配慮があるのかないのか、誘導的なところにそこまでだけど強引さのようなものもあって、名前は肯定することしかできない。なんでここにイザナがいないのか、と心の中で問いかけてもこの現状が変わるわけではない。

全ては先日のことだ。イザナにバイクか自転車か買おうか悩んでいる、とただ何となく漏らした言葉をイザナが珍しく真に受けて「ならいい店紹介してやるよ」と言い出して連れてこられた一軒のバイク屋。バイクには詳しくないが、様々なバイクが並んでいて見て揺らぐ気持ち。せっかく連れてきてもらったし、と名前は参考にするぐらいの気持ちだった。


そこで同級生の真一郎と再会するまでは。


そこのバイク屋のオーナーは真一郎だった。名前は予想もしていなかったことにとても驚いたし、内心は大パニック。だけど極力表情に出さないように努めたため、何とか切り抜けられたと思いたい。


「イザナと俺が兄弟ってこと、イザナに聞いたのか?」


あの日に関しては、の話だが。
真一郎は適当に料理を注文すると、やっと視線を名前に移して口を開いた。尋ねてきたのはここにいないイザナについて、名前は「うん」と頷いた。


「ちなみに知ってるよ、血縁関係のことも戸籍上のことも」


名前はジョッキの縁を撫でながら、イザナに話してもらった日のことを思い出す。


「荒れてたイザナに俺がお前の居場所になるからって言ってくれたって。みんながそれぞれ抱えてるものがあるし、確かにそれは共有できないかもしれない、だけどお前に寄り添いたいって言ってくれたって。」


真一郎は何も言わず名前の言葉に耳を傾けていた。


「イザナ笑ってたよ、クサいだろ?って」
「なっ、クサいって…」
「ふふっ、イザナ言ってたよ。だけど、それが嬉しかったって」


いくらイザナの言っていたこととは言え、クサい台詞と言われて動揺する真一郎。それを見て名前はずっと固まっていた表情が自然と緩む。気持ち的にも懐かしみながら、「気恥ずかしそうに嬉しそうに言ってたよ」と優しい表情で打ち明けてくれた名前を見て、真一郎もつられて表情が緩んだ。


「あぁもう、イザナが来ないから全部バラしちゃった」
「ありがとな。イザナの奴、素直じゃねぇところあるから、そういう話聞けんのは嬉しいもんだよ」
「なら良かったです」


一区切り、話が落ち着くと二人ともジョッキに口をつけてアルコールを喉から流し入れる。


「イザナのやつ、何してるんだか」
「電話では仕事って言ってたけどな」
「…絶対ウソな気がする」


アルコールが程よく体を巡っているせいか、二人っきりで気まずいと思っていたはずのこの呑みの席、気づけば名前は緊張など気にせず話ができるようになっていた。真一郎は困ったように笑うだけ、名前の酔いに気づいているかどうかはわからない。


「いつだって横暴なんだから」
「ほんっと親しいのな」
「まあイザナとあたしの付き合いですからね」


名前は知らない、真一郎がどんな心境で呟いたのか、どんな心境でこの言葉を受け止めたのか。アルコールのせいで考えが鈍くなった頭を後ろに引いて、ジョッキの中の飲み物を飲み干した。

結局最後までイザナは現れなかった。ある程度呑んで食べて、時計の針も進み程よい時間帯。半強制的にお開きとして、二人は会計をして店を出る。外の風はひんやりとしていて、アルコールの入った体に心地よさを運んできてくれた。夜のせいですっかり見慣れない景色に切り替わってしまった街並みを二人は肩を並べて歩き出す。
真一郎に「送っていく」と申し出され、最初は遠慮した名前だったが、この時間に一人で歩くのは危ないと念押しされて結局名前が折れる。
一緒に送ってもらうため、と言っても二人で歩く夜道に会話はあまりなく、名前はぼんやりとした意識で静かに足を進める。なんなら何をやってるんだろう、と自問自答を繰り返しているぐらいだ。適当なところで今日はありがとうと感謝を述べて、それじゃあと切り上げたい。真一郎は何を思って一緒に歩いているんだ、わからない。でも真一郎のことだから、優しい奴だから純粋に心配してくれて、の気持ちだけなんだろう。だから期待も何もする必要がない。だって、あたしは一度振られているのだから、と名前は自分に言い聞かせた。


「おっ、真じゃね」


あからさまに知り合い見つけたって声だった。名前にとって自分に宛てたものではないのは明らかだったけれど、名前は自然と視線を移してしまう。そこにいたのは、ガタイの大きな格闘技をしていそうな浅黒い男と顔に大きな傷をつけたギラギラとアクセを身につけている男、そして小柄ながら威圧感を感じてしまうドレッドヘアーの男の三人。自分とは無縁すぎる雰囲気を醸し出す男たちを横目に名前は足を止めずに進むはずだった。


「おう、お前ら」


返事をしたのは真一郎だった。どうやらこの三人と顔見知りらしい。真一郎は笑みを浮かべて片手を上げている。ギラギラとアクセを身につけた男は真一郎に近づいて問いただす。


「なんだよ真、とうとう女ができたのか!?」
「そんなんじゃねぇって」
「とか言いつつ、真ちゃん珍しいじゃん」
「予定あるって言って呑みに来なかったのはこれか」


肩を組まれ両端を封鎖され、逃げ場を無くした真一郎。三人に挟まれ苦笑いを浮かべつつ、やんわりと否定するもどうやら三人には、特に傷の男には通じていないらしい。名前は見ず知らず、ということもあってか自分自身とのテンションのギャップに完全に置いてきぼりを食らい、声をかけることも立ち去ることさえ、どうすることもできずただポツンと見ているだけ。


「マジで違うから!ほら、名前。こいつ武臣だよ」
「…え?」
「名前?」
「おう、名字名前だよ。覚えてね?俺ら同中だったろ、小学校もだけど」


男たちのテンションの高さのせいで、だんだんと回っていたアルコールが引いていく気がする。そう思っていたら、真一郎の言葉に名前は一気に我に返った。武臣、と言われて最初はピンと来なかったが、冷静さを取り戻した頭の中で思考回路を回転させれば一人の男がヒットした。


「え、明司…?」
「名字…名前…」
「一緒に外でよく遊んだだろ」
「あぁ、名字!アイツか!何だよ、真と一緒とかすげぇ珍しいな」


それは武臣の方も同じだったようだ。すぐに思い出すことができず、思考回路をフル回転させてやっと引っ張り出したと言っても過言ではない。真一郎からのヒントもあって思い出した武臣は名前を指差し大声を上げる。見た目は学生時代と異なり派手になっているし、こいつはこんなヤツだったっけ、と名前は思った。名前は知らないのだ。武臣の弟たちがあの有名なユーチューバーであることを。故に自称ながらプロデューサーと名乗っていることを。


「たまたま会う機会があってな。メシ行ってきたんだよ」
「なら仕方ないな」
「だから悪いな、今日行けなくてよ」


逆に怖いと思っていたガタイの大きい男の方が先ほどから割と冷静に物事を捉えているから、これまた内心驚きを隠せない。人は見かけによらないし、なんなら学生時代の知り合いもここまで変わりうることがあるのだから、人生何があるかわからないものだなと実感する。


「なるほどネ。真ちゃん、久々に会った同級生を捕まえたってワケだ」


威圧感に感じてたドレッドヘアーの彼もまた口を開けば、先程から真一郎をいじるような言葉でこれもまた仲の良さが滲み出ていて、名前は親しい仲であることを察する。中学までに自分の記憶上、明司以外は該当しないため中学卒業以降の顔見知りかもしれない。


「なんだよ、真。名字のこと好きだったのか?」
「ばっ、武臣…!」
「それはないって、あたしフラれてるし」


真一郎たちのやりとりを聞いていて、憶測を立てていた名前がふと口を開いた。それは武臣の一言が引き金だった。名前が突然口を開いたこともそうだが、名前が口にした言葉をその場で耳にした四人が静止してポカンと口を開けている。


「真一郎はあたしのことそういう対象じゃないのわかってるから、明司はからかうのやめなよ」
「え、あ、おう…」
「あたしはここまででいいよ。真一郎、今日はありがと、仲間さんたちもお邪魔しました」


武臣は言葉に流された返事しか出ない。名前に関してはペコリと軽く会釈をして、最後の方は真一郎とも目を合わせようとはせず足早にその場を立ち去った。
あくまでも平常心を装って、だけど早歩きでその場から歩き出す。その背中を真一郎は言葉をかけることすらできずに、ただ見つめるだけだった。

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