短編 | ナノ


何も無い平日のことだ。S・S MOTORSの店主である佐野真一郎はいつものように店のシャッターを上げた。本日も変わらず開店である。ここには渋谷区にあるバイク屋だ。真一郎はシャッターを開け、電気をつけてカレンダーを見つめる。出勤して早々だがタバコを一本取り出してライターで火をつけて今日の予定を確認。その間に奥から物音がして、見慣れた男が姿を現した。


「はよっ、青宗」
「おはよう、真一郎くん」
「俺、今日は奥で雑務からやるから、店の方頼むな」
「わかった」


金髪に碧眼の彼はここS・S MOTORSの社員である乾青宗。口数は少なく綺麗な顔立ちの見た目に反して、実は沸点が低く感情的になりやすい性格である。が、憧れである真一郎の元で働いているため、あまりそういった行動はあまり見ない。二人で行っているバイク屋は、地元の人間や常連のツテが主。弟が名だたるプロレーサーらしく、そういった縁を元に経営は成り立っている。そのため、新規の顧客というものがあまりこない、来ても単発で終わることの方が多々なのだが。
店の扉につけていたベルが揺れて音をなす。誰かがこの店を訪れたことを知らせる音だ。


「なんだよ、イザナじゃん」
「おい、客なんだけど」


青宗は入ってきた人物を見て呟いた。明らかに接客ではない口ぶりに相手は不服そうに申し立てるが、その表情は笑っている。ふわふわとした色素の薄い髪と対比する褐色の肌、服装はゆるりとした黒いパーカーと楽な格好。大ぶりのピアスを揺らした彼は黒川イザナ。NPO法人TENJIKUの理事を務めている。


「珍しい」
「まあな。ちょっと訳あって日本に帰ってきてるんだ」
「理事長様が何の用?女なんか連れて」


青宗は気づいていた。イザナの後ろにいる女の存在に。イザナと視線を合わせながら話を進める中で、スッと視線を女に切り替えた。女は店内を興味ありげに見渡していて、二人の会話はあまり聞いていなかった様子。だが、青宗からの視線に気づいて軽く会釈をする。たったそれだけのやりとりではあるが、青宗は思った。掴み所がない女だと。


「バイクが欲しいって言ってたから連れてきた」
「まだ検討中だけどね」
「今までは?」
「あ、実は持ってなくって」


化粧気のあまりない女だった。自分とそんなに変わらないぐらいか、店内のものに興味関心を示しながら見る様子とは反して本人自身は落ち着いた雰囲気がある。


「イザナにバイクとか買うなら紹介してやるって言われて。買うべきか悩んでるレベルなんだけど」
「買わないのかよ」
「まだ決断に踏み込むにはちょっとね」


その割にはイザナとのやりとりはとても親しげで浅い付き合いではないのは明確だ。イザナ自身が日本にずっと滞在しているわけではないことを知っている青宗は二人のやり取りを見つめるだけ。


「第一、安い買い物じゃないし」
「金なら出す」
「そんな使えないでしょ…。とりあえず、ちょっと見るだけ見させてもらってもいいですか?」
「あぁ、好きに見てって」


女はイザナにスッパリと言葉を投げかけると店内に並んでいるバイクを指差して一人ゆっくりと眺め始める。その様子を一通り見た後、青宗はイザナに「意外だな」と声を漏らした。


「あっちこっち行ってるのに」
「どういうことだよ」
「なんだよ、イザナ来てたのか」
「あぁ」


青宗の言葉はいつだってあと一言二言が足りない。おかげでイザナは言葉の意図が理解しきれず、聞き返して真意を聞き出そうとしたが、奥から雑務をやっていたはずの真一郎が姿を現した。ガシガシと頭を掻きながら、その様子から察するに奥で行っていた雑務に息が詰まったのか出てきたように見える。


「イザナが女連れてきた」
「え?」
「ちっげぇだろ、客連れてきた」
「客…?」


青宗の言葉に真一郎は静止し、それをイザナが一部否定する。それでも興味をそそるには十分で、真一郎が店内を見渡すと顔は見えないが見慣れない女性の姿を捉えることができた。女はバイクをまじまじと見つめては隣のバイクへと視線を移す流れ作業のような動きをしていて、真一郎は店の客であり珍しい女性客ということもあって気を引き締める。


「仕事中にナンパはダメだよ」
「しねぇわ!」


が、それを茶化したのは青宗であり、真一郎は慌てて否定をする。その様子を見てイザナがなんとも言えない表情を浮かべていたことに気づき、わざとらしく咳払いをして真一郎は女の元に歩み寄ることにした。


「バイク、探してるんすか?」
「あ、まだ決めてないんですけど、どうしようかなって…」


真一郎が女に話しかけ、女も当たり前のように言葉を返す。それは当たり前のことだが、二人が近づき言葉を交わしながら目を合わせた瞬間、刻が止まったかのようにピタリと動きも言葉も止めてしまう。目を見開いて互いを見つめる二人。突然不自然にもピタリと静かになってしまったことを不思議に思ったイザナと青宗が二人に視線を向けた。


「どうした、真一郎くん」
「名前、なんかあったのかよ」


それぞれがそれぞれの名前を呟く。微々たる違いだが、二人の何かが微動だにしたのを二人は見逃さなかった。


「おい、シンイチロー」
「…名字、名前か…?」


痺れを切らしたイザナが真一郎に切り替えて声をかけてたが、それに真一郎からの返事はなく。ただ真一郎から出た言葉によりイザナだけが目を見開いた。青宗だけが訳もわからず他に視線を流す中、イザナはすぐに我に返ると眉間に皺を寄せて二人を交互に見つめる。



「あ、うん。そう、久しぶり」
「名前、シンイチローと知り合いかよ」
「同級生なんだよね、」


名前と呼ばれた女はまず真一郎の言葉に歯切れが悪くも返事を返した。目線は少し下げめでどことなく声のトーンも覇気がない。同級生に会えたというのに声色も反応も喜ばしい、と言えるものではなかった。妙な空気感を互いに漂わせているのも気のせいはないはず。


「卒業してから一回も会ってねぇから、わかんなかったわ!」


その空気感に気づいてなのか、そうでないのかはわからないが、真一郎はそれさえも払拭する口ぶりでこの場の空気を切り裂いた。困ったように笑い、気まずそうに申し訳なさそうに首元に手をやって落ち着きのない反応を示している。


「確かに。小中って一緒だったけど、そのあと一切会わなかったからね、驚いちゃった」


真一郎につられるかのように、女もまたぎこちなく笑みを浮かべて呟いた。
名字名前は今本人が言ったように佐野真一郎の小学校、中学校の同級生である。卒業後、進路が分かれててから十年以上、全く会うことがなかった二人。


「フーン、同級生とこんなところで会うなんてあるんだな」
「早々ある話じゃないと思うけどね。考えてみれば地元だし、可能性としてはあるのかも」
「名前がシンイチローと知り合いなら話が早ェわ。サービスしてもらえば」
「イザナは勝手に話を進めないの」



そんな二人が突然の再会で気兼ねなく話せるはずがなかった。同級生同士よりも名前はイザナとの方がテンポ良く会話を繰り広げていて、そのやり取りには親しさが滲み出ている。名前もイザナの言葉には笑ったり、眉間を寄せたりとコロコロ表情を変えているし、軽く腕を叩くことまでしているのを真一郎はしっかりと見逃さなかった。


「お前らこそ、知り合いだったのか」
「あぁ、うん。仕事きっかけでね」


真一郎からすれば、名前との再会も驚きはしたが、イザナと名前が知り合いだったことが一番の驚きだ。そのため真意を問うものの、名前の口からすんなりと教えてくれた真実に真一郎は何かを察する。


「海外、で仕事してんのか」
「…うん、まあね」
「そっか」


真一郎は名前の夢を思い出す。母の母国に行き、勉強をしたいと言っていた。名前はしっかりと成し遂げたのだ。生まれ育った国ではないところに行き、いくら親の母国とは言え慣れない生活の中で日本とは異なる生活を過ごしながらいろんなことを学んだのだろう。見えない努力をいっぱいしたと思う。名前の努力と苦労、一握り分さえもわからないけれど、真一郎は名前がイザナと仕事で知り合ったという言葉を聞いて、成し遂げたんだと解釈をしたのだ。それは喜ばしいこと、最初こそ素直に喜んで、尊敬の念でさえ生まれていたのに、考えれば考えるほど、真一郎の心の中で引っ掛かりが生まれていく。

名前はイザナと仕事で知り合った。つまりイザナは名前と過ごしてきた時間がある。俺が共に過ごしてきた小学校、中学校でシンプルに足して見て九年だが、同じクラスになれたのは一年だけ。他は遊んだ時だけの時間ぐらいしか共に過ごせていない。イザナが名前といつ知り合ったかにもよるけれど、そう考えてみればイザナと名前の共に過ごす時間の方が長い可能性がより濃厚になる。


「名前」


久々に会えた同級生だったからなのか、イザナと名前との親しげな様子に触発されてなのか、自分の中で繰り返してしまった自問自答のせいなのかはわからない。気づいたら真一郎は名前の名前を口にしていて、突然名前を呼ばれたことに名前も「はい」とかしこまった反応で返してしまう。


「昔からめちゃくちゃ遊んだ同級生のよしみでさ、メシ行こうよ」


真一郎はどこかぎこちなく呟いたのはお誘いの言葉。名前は予想外の言葉にぱちぱちと瞬きをしながら真一郎を見つめるまま反応はない。めちゃくちゃ遊んだ同級生のよしみとは、と思う部分もある中で真一郎はなかなか返事がもらえないことを気にしてか、視線をずらしながら付け加えるように呟いた。


「イザナも一緒にさ」
「何だそれ」
「良いだろ、イザナともなかなか話す機会ねェしさ」
「あんまり話す機会ないならイザナとの時間を優先した方が良いと思うけど」


家族なんでしょ、と名前がふんわりと微笑んだ。その言葉に真一郎は面食らい、イザナに関しては「…まあな」とどこか嬉しそうな声色で肯定する。真一郎は二人の距離感や雰囲気に飲まれそうになったのを誰にもバレないように、ポケットの中に入れていたタバコの箱に触れながら自分の中のざわめきを誤魔化した。


「いや、三人でメシ行こ。呑めんなら呑みでもいいし」
「シンイチローの奢りか?」
「ウッそれは、ちょっと…」


名前に遠慮された真一郎だったが、ここで引き下がる男ではない。改めて一緒に行こうという意思を示せば、そこに乗っかってきたのはイザナの方。あえて奢りなのかと質問し、その言葉に真一郎は言葉を詰まらせる。そのやりとりに、つい笑ってしまう青宗。完全に身内のノリ、このやり取りの中で盗み見るように真一郎は視線を移してみれば、名前も笑っていた様子を見て真一郎はホッと胸を撫で下ろした。


青宗は完全に初めましてだった、名字名前のこと。
イザナは知らなかった、名前と真一郎が同級生だったこと。

真一郎は学生時代、名前を名字で呼んでいたことを青宗もイザナも知らない。
名前は先ほど真一郎に名前を呼ばれた時、学生時代の時とは違い、下の名前で呼んできたことに驚いていた。名前は驚き故のかしこまった返事をしてしまったことはきっと誰も知らないだろう。

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