短編 | ナノ


一九八〇年八月一日に生まれ、一九九五年には黒龍を結成、そして一九九六年の三月に中学を卒業した。一九九九年には黒龍を解散。俺が十三歳の時に親父を亡くして、十九歳の時には母ちゃんが亡くなったが、俺はありがたいことに弟や妹、じいちゃんっていう家族、黒龍で出会った仲間たちに恵まれて今ここまで大変なことがあっても、何事にも楽しく過ごせてきてると思っている。


「ぷっはぁ〜うめぇ!」
「やっぱ仕事終わりはコレでしょ」
「お前は程々にしろ…」


俺は仕事を終えていつもの居酒屋で生をジョッキで頼んで乾杯。グイッとジョッキを傾けて喉を潤すこの喉越しが最高なんだよなと、仕事終わりの一杯を噛み締める。至福の時間に賛同してくれたワカだけど、俺もベンケイもワカの酒癖については嫌というほど知っていることもあり、ベンケイの奴が少し困ったように呟いた。それをワカは聞こえないフリをするもんだから、俺は笑いながら運ばれてきた枝豆をプチプチと口の中に放り込んではビールを呑む。


「万次郎が今中三なんだけどよ」
「おん、そうだな」
「俺らの時、高校受験とか学区あったじゃん?今、学区ねぇんだって」
「成績だって相対評価から絶対評価に変わってるでしょ」
「マジかよ、時代だなぁ」


呑みの席での話題は色々。仕事のことだったり、最近あった出来事だったり。ワカは釣りが好きだから、釣り行って何釣れたとかって話もよくあるもんだ。ちなみに今日は俺が切り出した弟、万次郎たちの話だ。と、いうよりはアイツらももう中学三年生。ってことは今後の進路の話を決めなきゃなんねぇワケで俺が学校のために仕事を休む日も増えた。三者面談に参加して万次郎の私生活の話から今後の進路について話し合ったり。正直、俺は万次郎のやりたいように、真っ直ぐ生きてくれればいいと思っているから、正直心配とかはしてない。どっちかっていうと、自分の時と万次郎の世代で色々変わりまくってることに驚くことばっかりだ。それを万次郎たちに話しても「フーン」「シンイチローおっさんみてぇ」って言葉で片付けられて終了。となれば、やっぱりこういう話題は同世代で話すのが一番。俺の言葉に同調してくれるワカとベンケイ。そうそう、こういう反応が普通だよな。


「しっかし、早いな。子供の成長」
「だろ〜?」
「中三…って言ったら俺らがチーム組んだぐらいの歳だろ」
「懐かしいよな」
「真ちゃんが告白二十連敗してた頃じゃんね」
「それ持ち出すのかよ…!」


くっそ、懐かしいところまで話題が掘り出されてきて思わず笑ったが、古傷を抉らないでほしい。


「喧嘩は弱い、恋も負け続き。黒龍のトップだって言うのに。なんでかねぇ」
「真一郎は男に好かれるタイプだろ」
「男にモテても俺は女が好きなんだけどな」


塩のねぎまを一本手に取って、肉の部分をパクッと一口。普通に喋ってこうやって食ってる姿だけでもサマになる男はこれだから…。「ワカはモテすぎるんだよ」と呟いたが、ワカはツーンとしていて聞こえてないフリしてんな、コイツ。


「そういや、真ちゃんって全く告られてこなかったワケ?」
「なんだよ、唐突に」
「だって真ちゃんが告った話は聞いたことあるけど、告られた話って聞いたことないからさ」
「おい、」
「なにさ」


ワカの言葉に俺は思わずピクリと体の動きが止まってしまう。けど、ベンケイの奴が気を利かせてワカに声をかける様子を見て、俺は誤魔化すようにビールのジョッキをグイッと傾けた。
端から見たらそうだよな、俺は世間的には告白二十連敗という情報だけが出回っているし、それは事実である。が、俺の脳裏には今も尚、消えずに色褪せない思い出がある。

遡ること、小学生時代にまで巻き戻る。

小学生の頃の俺たちはゲームなんてものはなくって、何して遊ぶってなったら外遊びが当たり前だった。公園で走ったり、マンションや駐車場などを全部使ったかくれんぼや缶蹴り、遊ぶ手段なんていくらでもあった。人数が多ければ多いほど盛り上がるし、それに男女をあまり気にしなかったのは小学生ならではだと思う。当時、クラスの垣根を越えて、俺はいろんなヤツと遊んでいたと思っている。家が近ければ必然的に顔を合わせるし、同学年なら尚更。違うクラスとかあんまり気にしなかった。名字名前もその一人。同じクラスにはなったことないけれど、同じ地域の同級生。みんなでいる時に遊ぶ程度の中だけど、結構元気だし明るいイメージ。と、いうよりはハッキリしてるって感じか?強いワケではないが、自分自身がハッキリしているっていうのが俺の中での印象だった。
だから、いつものように帰り道、遊びに誘って別れた後、なんとなく後ろ髪引かれて名前の後を追っかけて行った時、たまたま見てしまった光景に俺は正直驚かされる。名前は見知らぬ上級生、いや中学生ぐらいのヤツに絡まれて立ち止まっている。さっさと行けば良いのに動けないのか、ギュッと手を握り締めている名前の後ろ姿を見てしまったら、何もしないわけにはいかなかった。だから、すっとぼけてその場に入って行ったし、空気読めてないヤツを装って名前の腕を引いてその場から連れ出した。


「佐野、借りたいものって何」


突拍子もない俺の行動に名前は驚いただろう。だけど、要件があると思っていた名前にただの思いつきと言えば、スッゲェ驚かれてそれがおかしくてつい笑ってしまう。が、正直笑ってる場合ではない。


「何あれ」
「あれ…は、」


名前は言葉に詰まらせていた。やりとりを見ていて初めてではないのは明確だったが、どうやら一度や二度目じゃないらしい。すぐに言葉に出せないほどに前からあったらしい。聞けば理由は親が日本人ではないという人種差別的なものだった。名前の母親が日本人ではないことは、知ってるヤツと知らないヤツは多分半々だったと思う。ここらへんの地域なら知ってても珍しいことではないし俺もそのうちの一人。昔から名前の常識は俺たちと違うところが垣間見えてて、これがお国柄の違いか〜と思うことはあったが、何一つ支障もなければ不快感もなかった。だからさっきの上級生がやった行動は正直信じらんねぇ。一緒に遊んだこともねぇし、そんなヤツが名前と接点があったなんて思えないし、それなのになんなんだよ。
その後、名前には気をつけるよう伝えて家まで送ろうとしたら、名前にかわされてしまった。数ある記憶の中で、俺が名前の弱さを見た瞬間はこの時が初めてである。


それから俺らは中学に上がった。いくら同じ小学校からの持ち上がりでも、他の小学校の奴らと一緒になったこと、上下関係が生まれるようになったこと、年齢を重ねたことにより、いろんなことがまた変わった。小学生の頃のように男女関係なく外で遊ぶことはなくなったし、俺は不良に憧れ極めるためにチームを作った。だけど、中学での生活は中学生らしく過ごしていた、と思う。勉強、行事、恋愛だってした。その結果、二十連敗という記録を叩き出したワケだが。


「ねえ、寄せ書き書いて」
「おぉ、貸して」


中学校生活もあっという間だった。卒業式当日、行われていた寄せ書き大会。クラスの奴らとマジックで書いた寄せ書きに見慣れすぎて、名前から声をかけられて手渡されたページは俺が見てたものと全然雰囲気が違う。色鮮やかなペンで書かれた文字、イラスト。これが男女の違いってやつか。名前になんて書くか、女子に書くことって難しいけど、名前に書くことは大体決まっている。俺がお前に言えるのはこれだけだ。

そう思ってたから、俺は最後の最後に不意を突かれる。

たまたま鉢合わせた廊下で、名前が俺に言った言葉。


「真一郎、あたしずっと好きだった」


耳を疑った、名前の言葉に。真っ直ぐ見つめられる瞳も少しだけ赤らめてるように見える頬もきゅっと結ばれた口も、全てが真実だと教えてくれる。俺は驚きのあまり言葉を失ったし、思考回路だって停止した。答えを出すことも忘れてポカンと時間だけが経過したように感じる。だけど、このままじゃいけないとすぐに我に返った俺は名前に「ごめん」と呟いた。その後は名前は急足で階段を駆け降りて姿を消してしまう。あぁ、最後に伝える言葉は寄せ書きの言葉かと思ってたんだけどな。「また、打ち上げでね」と言われたけれど、実際打ち上げに行っても座席すら離れてしまった俺たちの会話はこれが本当に最後となった。


卒業してすぐに名前はこの街から出ていった。

名前の進路は海外留学。母親の母国に行って勉強するということ。三年の時、同じクラスだったこともあり、名前が仲の良い女友達との会話が聞こえてきて知り得たこと。名前は自分の環境をプラスに捉えて生きることを決めたのだ。明るくて元気、自分をしっかりと持っている。でも実際には気丈に振る舞ってる弱い部分を隠してた。

いつだったか、テレビでやっていた世界についての番組の話をしていた時に名前が自分はハーフであり、自分の親は日本人ではないと話してくれた時、言っていた。

「テレビで言ってた人の気持ちわかるんだよね。日本人にもなりきれず、もう一つの国の人にもなりきれない。中途半端な存在。めちゃくちゃわかる〜って思った。けどさ、そんな自分だからこそ、あたしは自分が感じた気持ちと同じものを感じる人たちのために何かしたいって思うんだ。何事も血も出身も関係ないんだよ」

きっと名前はこの頃から先の未来を見据えていたんだと思う。漠然とながら、自分がどうあるべきか、自分がどうしていくかを考え始めたんだろう。だったら俺はそんな名前を応援したいと心から思った。スゲェことだよ、それを当たり前のように自然に思うのは人間誰もができるワケじゃねぇからな。俺はそんな芯の強さといろんなことを考えられる名前が好きだった。そこに恋愛感情があったかのか、と聞かれればそんな簡単なものじゃないと言える。だからこそ、俺は名前の気持ちに答えるわけにはいかなかった。努力が嫌いな俺とは違って明らかに大変な道を歩むことを選んだ名前の気持ちを受け取ったとして、じゃあその後の俺に何ができるのかを考えた時、なにも見出せなかったから。

それからもう一度も俺は名前を見ていない。名前は今元気にしているのだろうか。「自分らしく胸張って頑張れ」と偉そうな言葉にも聞こえるけれど、俺が言えるのはこれだけしかないと思った。下手な言葉より、シンプルに思った言葉。名前のことだから、やり遂げていると信じたい。


「俺はフラれっぱなしだよ」


だから、名前のためにもこの思い出をヘラヘラと口に出すのはいけないと思った。武臣にもワカにも弁慶にも言っていない、俺とアイツだけが知っている。
ジョッキをゴトっとテーブルに乗せて、焼き鳥に噛み付いて咀嚼をすればじんわりと肉の旨味と塩見が広がる。


「真ちゃん…」
「おいおい、なんだよ!その憐れんだ目で見るなって!」


実はワカのやつ、アルコールが回ってるのかもしれない。俺の顔を見つめる表情がなんとも言えなくて、突っ込まずにはいられなかった。けど、逆にこういう空気になってよかったと思える。変に探られて知られたくなかった、これはそれだけ俺の中で大切にしておきたい。綺麗なままで残しておきた青春の思い出である。

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