短編 | ナノ


小学校生活と比較すれば半分だから短く感じてしまった中学校生活。三年はあっという間だった。体育祭、文化祭、音楽祭、修学旅行。一番の思い出と嬉しかったのはやっぱり文化祭かな。話すきっかけも多かったし。体育祭はかっこいいところを見れたし、修学旅行は友達と一緒に色々回れたのが楽しかったけど、話すきっかけやグループ自体が違ったので、接点含めた良かったと思えることはやっぱりダントツで文化祭だったと思う。

普段こんな着方をしないのに、今日はみんな珍しくボタンまできっちりと留めた正装だ。それもそうだろう、今日は人生で一度きりの中学卒業式。いつもと違ってすっからかんのカバンを持って登校した教室は、見慣れているものなのに違和感が拭えない。その理由はきっと生活感の無くなってしまった中身のない机やロッカーが広がってるからだろう。掲示物だって外されて、黒板には大々的に書かれた卒業おめでとうの文字。小学校の頃と違って、制服を着てでの登校だったからあまりピンと来なかったけれど、こういうのを見てしまうと沸々と実感させられた。

体育館に移動するまでの間、みんなの様子は何一つ変わらなかった。廊下で整列してる時も、体育館に入場するまでの過程も、男子も女子もワイワイと普段のように雑談をしていて自分たちのことなのに緊張感がない。そのおかげで七日、自分自身もあまり緊張感がなかったと言えるかも。体育館の中は時期的なこともあり、ひんやりとしていて入った瞬間だけ、ちょっと緊張感が体を走る。だけど、前の男子が自分の座る椅子に若干悩んだおかげで笑って緊張がほぐれてしまった。前の子の隣に座れば良いだけなのに、と思ったけど多分みんな平常心を保ってるだけで緊張してるんだろうな。
話の内容はほとんど右から左。壇上に立つ校長の言葉をボーッと聞き流していたから記憶には残ってない。卒業証書授与の番になり、それぞれが名前を呼ばれて壇上で受け取って座席に戻る。返事はなんとかできた。声も裏返ってないと思う。男子はたまにふざけで大きめの声で返事をしたりするから、みんなクスクスと笑う。真一郎と言えば、ふざけることもなく、でもしっかりとした大きな声で返事をしていたし、壇上までに行く横顔や受け取る瞬間の背中がかっこいいな、ってあたしは見惚れてしまった。それもそうだろう、本人には絶対バレないからここぞとばかりに目に焼き付けるチャンスは見逃すわけにはいかないからだ。



卒業式が終わって体育館を出た瞬間、みんなのシンとしていた空気は一気に崩れる。ワッと話し始めるし、狭いし人は多いし渋滞だ。先生たちに教室に戻れ〜と促されて、チマチマと足を動かして教室に向かうあたしの心は終わってしまった、卒業か…と今更なことを思ってしまう。パッと見て泣く人はいなかった、これが小学生の時と中学生の時の差なのかな。内面的な成長をしている証拠なのかもしれない。
教室に戻ってきて担任が話し始める。この一年間、そしてこの学校で過ごした三年間を振り返る言葉。いろんなことがあった、行事ごとはもちろん、問題ごともそれなりにあった。窓ガラスが割れたり喧嘩だったり。ヤンチャしていた人たちの行動ばっかりだけれど、それもまた思い出になるからすごいなって思う。
話を終えて、クラスのみんなで寄せ書きタイム。みんな自分の卒業アルバムを抱えて、クラスメイトや他のクラスの子、先生たちにメッセージを頼みに行く。あたしもまずはいつも一緒にいる友達から、他のグループの子たちに寄せ書きをお願いして、あたしも書いてを繰り返す。筆箱からペンの色を選んだり、コメントをそれぞれ変えたりみんな色々だ。ある程度、書いてもらってから、キョロキョロと辺りを見渡していれば男子のグループが視野に止まった。うーん、どうしようと思いつつ、他の子たちとまず気兼ねなく話せる男子から声をかけて寄せ書きをお願いすることに。男子は女子と違って油性マジックやボールペンでシンプルに書き始めるから面白い。しかも本当に一言、ありがとう、とか、卒業しても頑張れ、とか簡潔的なところも男女の差。まあ、女子に何書く?って難しいよね、それなのに書いてくれるからありがとうしかない。
一人、一人と書いてもらってる最中、視界の端で何度も様子を伺っていた。何人かやっと書いてもらってから、あたしは不自然じゃないだろうと心に決めて、真一郎のところへ足を伸ばす。


「ねえ、寄せ書き書いて」
「ん?おぉ、貸して」


真一郎の周りに男子がいたけど、既に寄せ書きを書いてもらってたから真一郎にピンポイントに声かけてもいいだろう。アルバムのメッセージが書かれたページを差し出せば、真一郎はすんなりと了承してくれる。あたしの寄せ書きページを眺めながら、ん〜と唸っていて書くことに悩んでいて、そんな真一郎をあたしは黙って見つめる。真一郎の手には油性マジック。変に拘ってないところに納得しつつも、ちょっとだけ残念。それでも書いてもらえるだけ良し。そう思っていたら、真一郎からのメッセージが書き終わったらしく、「ほら」って返されるあたしのアルバム。
そこに書かれていたのは、自分らしく胸張って頑張れ、佐野真一郎の文字。「ありがと」シンプルだけど、この言葉にあたしは胸を打たれる。頑張って緩みそうになる頬を引き締めて返したお礼に真一郎は笑顔で「おう」って返してくれた。あぁ、もう胸がいっぱい、込み上げる気持ちが爆発しないようにあたしはアルバムを抱えてその場を去った。

今日の予定は卒業式、寄せ書きや最後の挨拶が終わったらみんなで打ち上げ。と、言っても学生で行けるお店なんて高が知れているんだけれど、みんなで駅前に移動するスケジュールになっている。時間までまだあるあたしは職員室に行って、お世話になった先生たちにもメッセージをお願いした。お願いできる人にはなるべく書いてもらいたかったからだ。他学年の教科担当の先生や一、二年生の頃にお世話になった先生にも書いてもらえて、寄せ書きページはすっかり埋まってしまった。そのため、アルバムを開いてすぐの余白ページまで浸食しているが、これはこれで嬉しい。ふふっと笑みがつい溢れてしまう。そして見るたびに嬉しくて噛みしめずにはいられない真一郎からのメッセージを少しだけ見つめてパタンと閉じて教室へと足を進めた。卒業式が終わってから時間もだいぶ経ったから、保護者の人たちはまずいないし、在校生も今日は休みなのでいない。卒業生は教室かせいぜい自分たちの学年廊下にいるか、早い人たちは既に駅に出てるかもしれない。とにかく人通りの少ない廊下をあたしは目に焼き付けるように少しだけスピードを緩めながら歩いた。途中でトイレに寄りたくなって、特別教室が並ぶ階のところに立ち寄って、出たタイミングであたしはびっくりして息を呑む。


「び、っくりした、」
「なんだよ、びっくりしたって」
「いや、誰もいないと思っていたから」


まさかまさかの真一郎とここでバッタリ出くわすとは誰が予想しただろうか。まずここに人がいること自体が珍しいんだから、驚いてもおかしくないだろう。あからさまに驚いてしまったせいで真一郎は苦笑い。何をしていたのかと聞けば、真一郎もお世話になった先生に寄せ書きを書いてもらいに行っていたらしい。


「打ち上げ行くだろ?」
「うん、真一郎も行くでしょ?」
「もちろん、当たり前だろ〜」


誰もいない廊下で響くあたしたちの声。そんなに大きな声で話してるわけではないけれど、ここに自分たちがいることは明確だし、逆を取ればここにはあたしたちしかいないということを実感させられる空気感。


「真一郎とは小学校からだったけど、同じクラスになったのは今回だけだったね」
「そうなんだよな。三クラスだけなら、同じクラスになってもおかしくねぇのに。それなのにすっげぇ色々遊んだな」
「小学校の頃は、ね。懐かしいわ」


そう、小学校の頃はたくさん遊んだ。みんなでワイワイと走り回ったり隠れたり、外で遊んでばっかり。それが中学に上がって部活とか上下関係とかも絡んできて、なんなら思春期と好きという感情まで絡んでしまって、何一つ思うように上手くいかなくなってしまったのだけれど。


「真一郎」
「どうした?」


それも今日で終わる、今日が終わればみんなそれぞれの道を歩むことになる。そうなれば、真一郎と会うことだって日常からなくなってしまうのだ。話せない、話したいって気持ちも、他の女子と話している姿を見てモヤモヤする気持ちすら抱けなくなる。あたしは手にしていたアルバムをギュッと握りしめて真一郎の名前を呼んだ。


「真一郎、あたしずっと好きだった」


最後までどうするか悩んでた。いや、伝えようと思っていたけれど、踏み出せなかった言葉をあたしは声にする。あたしが名前を呼んだことにより、足を止めてくれた真一郎としっかりと視線が絡み合う。真っ直ぐ目を見て伝えた言葉は冗談なんかじゃないと気持ちを込めて発した。心臓がドキドキではなく、バクバクとうるさいし顔も熱い。表情だってどんな風になってるかわからない。真一郎は口を少しだけポカンと開いた状態から、少しだけ開いて口を結んで、一呼吸をおいてから呟いた。


「ごめん」


と一言。その言葉を聞いて、スッと何かが引いていくのがわかった。カラカラになった口の中、気にする暇もなくあたしは無理やり口角を上げて表情を作る。


「ありがとう、言いたかっただけだから。寄せ書き、書いてくれた言葉じゃないけどさ、真一郎も頑張ってね」
「…、そうだな」
「あ、そうだ。あたしまだ書いてもらってない先生いるから!先戻っててよ」


「また、打ち上げでね」と言葉を残して、あたしは回れ右。不自然な勢いで方向転換をして小走りで立ち去った。階段を勢いよく駆け降りて真一郎の死角に入ってから、あたしはその場でしゃがみ込む。胸が痛い、口の中がカラカラ、喉も乾いて苦しい。真一郎の歪んだ表情が脳裏に焼き付いている。あぁ、こんなはずじゃなかったんだけどな。惚れっぽい、すぐに振られる真一郎。いっつもそれをそばで見てはモヤモヤしていた。誰だったかな、「真一郎って女子なら誰でも好きになるんじゃないかな」って言ってた言葉。今なら言える、真一郎だってちゃんと相手を見て好きになってたんだよ、人より惚れっぽいだろうけれど、ちゃんと相手のことを見て好きになって勇気を持って告白してきたんだよって。それにあたしは選ばれなかった、ただそれだけのこと。あたしには真一郎を惹きつけられる何かがなかったということ。あぁ、苦しいな。でも、言えて良かったと思ったのは事実だから。真一郎はきっと告白されることになれていないし、振られる悔しさも知ってるから、あんな風に表情を歪めたんだろうな、と思わせて。最後まで優しい男だよ、とあたしの記憶の中ではかっこよくて優しい真一郎のままでいさせてほしい。


ありがとう、受け止めてうれて。ありがとう、返してくれて。

ありがとう、そして、さよならだ、あたしの好きな人。

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