短編


長いと思っていた六年間、気づけば小学校を卒業。担任がめちゃくちゃボロ泣きしてたっけ。それにつられて泣いてる子もいて大げさだなあと笑ってたら、廊下で見かけた佐野も泣いてて驚いた記憶がある。

ほとんどが中学は地元の公立に持ち上がりだ。私立受験をしない限りはみんな一緒。受験する子なんて指折り数える程度であたしはもちろん地元の公立中学。制服そのものに憧れていて、初めて着た時は正直テンションが上がった。だけどそれも入学前の話、一年生の頃はなるべく大人しく、上に目をつけられないような過ごし方を心掛けた。その分、二年生になった途端、タカが外れたように女子はガラリと変わる。髪の毛を染めたり、化粧をバチバチにし始めたり。スカートの長さだって露骨に短くしたり、カーディガンはワンサイズ大きめでダボっと着たり、リボンだって緩めの位置、ボタンも1個は開けてるのは当たり前だ。ルーズソックス派と紺ソ派に分かれていて、世間的な流行りはルーズソックス。ちなみにあたしは紺ソ派。

中学に入ってクラスはさらに増えた。小学校四か所から集合しているから、その分人数も増えるのは当たり前でクラスも必然的に増えるし、中学は三年間しかない。より、同じクラスに慣れる人数なんて限られたものになる。他校もいるから本当に何もかもが緊張ばっかりだった一年生、慣れてきてなんとなく他のクラスの人の認識も出てきた二年生、そして三年生に上がった時、あたしはいろんな意味で喜ばしい出来事があ起きたのだ。


「おはよう!」
「おはよ〜シンイチロー」
「はよーっす」


元気よく教室に入ってきた男、佐野真一郎と同じクラスになったのだ。興味すらなかった小学生の時からひっくるめて、一度も同じクラスになったことがなかったのに、もう中学になって諦めていたのに天は味方してくれた。朝から変わらず元気な真一郎は入ってきた扉から近くにいるクラスメイトたちに挨拶をしながら自分の席へと向かっている。はよ、おはよう、と挨拶をする彼を座席が離れていたあたしは横目に見るだけ。ちなみに三年のクラス替えは真一郎と一緒なだけじゃなくて、仲良しメンツも揃うっていう結構良い結果。先生、わかっててこのクラスにしてくれた?って思えるほど。最後の一年を快適に過ごせるじゃん、ありがとうの気持ちを心の中で何度も唱えたのは今でもしっかりと覚えている。


「シンイチロー、まーた振られたんだって?」
「うっ…、ウルセェな!」


それでも喜びなんて最初だけ。実際に過ごす日々で見えてきたのは良いことばかりではない。例えば同級生が増えたことによって真一郎が他の女子と話す機会だってもっと増えた。だから現に真一郎の座席のそばにいたルーズに化粧ばっちり、ザ・ギャルって感じの女子が話しかけてるし、真一郎も痛いところを突かれたらしくて、上擦った声が耳に入ってくる。


「また」
「ん、そうそう。真一郎、次は何組の子だっけな」
「懲りないね」


また、という単語を聞いて、つい口に出していたらしい。そばにいた友達があたしの知らない情報を教えてくれる。真一郎は惚れやすいのか、いろんな女子に告白するで有名だった。そして振られる結果も有名だった。あたかも呆れた…って雰囲気を醸し出して吐き出した「懲りないね」の言葉だったけど、あたしの心は決して呆れてもいないし穏やかでもない。モヤモヤとした気持ちが渦を巻いている。真一郎を好きになってから何年が経った?三、四年だ。三、四年の間、ずっと隠してきたこの気持ち。周りが呼んでいたからあたしも呼び方を佐野から真一郎に変えたけど、それを本人が気にする素振りはこれっぽっちも見受けられない。真一郎の好きになる女子は様々だ。だけど、みんな元気で明るい。系統は違えど、女の子って感じの子たちばっかりだ。それを見てしまうと、小学校から持ち上がりだし、女子としての対象に見られてないんだろうなって思ってしまって勝手に凹むのも何度目だろう。


「なんであんなに惚れっぽいのかね」


真一郎の惚れっぽさが理解できない、と意味ありげにつぶやいた言葉。だけど、本意はそんな男をなんで何年も好きでいるのかという自分自身の気持ちが一番理解できないという意味を言い換えたものなのかもしれない。
小学生の頃はどうやって話してたっけ、好きという気持ちを持ってから、その気持ちを自覚してから中学に入ってから、どんどんわからなくなる接し方。他の女子の方が気にせず話している姿を見る度に真一郎が次はあの子を好きになるんじゃないかな、と不安になったり。踏み出せずにいるくせにあれよこれよと気にしてぼやいて、何様だって話。
遊んだことも話していたことも、小学生だろうと中学生だろうと変わらないと思っていたのに、ガラリと変わってしまった。あたしは小学校の頃の真一郎を知っている、みんなが真一郎に告られても…って言いながら振るけれど、そんな彼のかっこいいところをあたしは知っている、とどんなに思ってもそれはただの見栄。しかも張れない見栄。そんなことを言っても今のあたしは昔のような距離感もなければ、昔のように話すことだって減ってしまったわけだし、昔のことにいつまでも固執してる未練がましい女で、付き合ってもいないからより悲しくなる。せっかくの同じクラスなのに、何も楽しくない。


真一郎は行動に移すタイプなのに、あたしは真逆で行動に移せないタイプ。あんなに話ができていた頃が本当はなかったかのように季節は容赦なく巡って行った。ほとんど会うことのなかった夏休みが過ぎ、始まった二学期。夏休みが明けても真一郎は相変わらず元気で笑顔、その笑顔がかっこいいんだよな…って一人心の中で噛み締める。
気づけばクラス全体、いや学校全体としての話題は早々に文化祭の話題が出始める。それもそのはず、後期の委員会を決める際に文化祭実行委員を決めなければならないし、こういうイベントごとこそやりたがるタイプとやりたがらないタイプではっきり分かれるのだが、うちのクラスはそこそこ時間がかかったが何とか全ての委員会の配役が決まった。必要以上に暗黙のルールとして部活に入っていようと入っていなかろうと年功序列、先輩後輩関係がハッキリしているうちの学校では文化祭でも決まりがある。絶対上級生優先、なので、三年生が体育館を使って催しがしたいといえばそれが優先だ。公立の中学校ができる文化祭は制限が色々だ。食べ物などは衛生的な物事色々でできないし、お金が発生することも禁止。できることといえば発表に近いことぐらい、展示でもなんでも。手探りで展示になるのが一年生。お化け屋敷とかありきたりなものを出すのは大体二年生。


「持ってきたよ〜!」


文化祭で何をするかという話し合いは何度も行われた。それこそホームルームの時間は基本的に文化祭について。その中で決まったことの一つがクラスTシャツだった。クラスのみんなでお揃いのTシャツを作ろう、デザインはどうする?色は?いろんな案を出して予算と相談して決まったクラスTシャツ、発注をかけてから次の決め事に話題が切り替わっていたこともあり、正直頭からすっぽ抜けていた。届いたという言葉を聞いてクラスのみんなも大盛り上がり。ちなみに届いたのは昨日だったらしく、発注をかけてくれた子たちがサイズと個数確認をあらかじめしていてくれていたらしい。なので、各々が頼んだサイズのTシャツの個包装しているビニール袋に名前が記入されているとのことで、確認という大変なことをやってくれてありがたい手間だけど、各々取ってねスタイルになったことにより非効率な行動となったなと一人心の中で呟く。人数分のクラスTシャツがドバッと机の上に出されているせいで、群がるクラスメイト。それを見てあたしは少し捌けてから取ることにするか、と少し後ろから眺めるだけ。みんな元気だなぁ、とわちゃわちゃする様子を眺めていたら、その群れの中から真一郎が抜け出すのが視野に入った。あえて視野に入る程度の認識で、でも全神経は視界の端に入る真一郎の行動を見つめる。悟られてしまっては、不思議に思われるだろうし場合によっては気持ち悪いと思われかねない。


「名字、ほら」
「え、あ、りがと」
「おう」


と思っていたら、真一郎の方から近づいてきて驚いた。ほらって差し出された手にはクラスTシャツ。受け取ってみたら、そこに書かれていたのは名字の文字。予想外の展開にうまくいえない感謝の言葉をなんとか絞り出したけど、明らかにぎこちなさすぎる。それでも真一郎は気に留めることもなく、ニカっと笑って返事をして行ってしまった。真一郎の手にもクラスTシャツがちゃんとあったので、もしかしてわざわざ取ってくれたの?とドキドキしてしまったけど、多分自分のを探している時にたまたまあたしのが目について持ってきてくれたんだろう。もしそうだとしても、たった少しとは言え、あたしのためにしてくれたこの行動が接点がすっかり減ってしまったあたしにとってとても嬉しい出来事には変わりない。思い出しただけで頬が緩んでしまうのを必死にあたしは一人で堪えた。


うちのクラスは何がどうしてそうなったのか、と思い返して見るがわからない。うちの学校では三年生がダンスを発表することが毎年の恒例。ダンスを発表するために体育館のステージは三年生が独占するのがお決まりだった。そしてうちのクラスはダンスをするにあたって、どんなふうに行うかを考えたのは良かったんだけど。


「やっべ、スースーする」
「落ち着かねぇ」
「ねえ、ウケるんだけど!」


本当に良かったのか?とあたしは思わずにはいられない。ダンスの準備は得意な子たちが振り付けを考えてくれたので問題はない。選曲はみんなが知っているアイドルグループ。盛り上がるものを選んだので、それも問題はない。良かったのか、と思っているのは今目の前の光景のことだ。男子たちは普段履いているスラックスを脱ぎ、スカートを履いている。しかもうちの学校の女子用のスカートだ。慣れないスカートに落ち着かず、足なんてガニ股で閉じて!と言いたくなるけれど、スポーツをやってる男子ばっかりだから足がすらっとしていて、ちょっとだけイラっとする。細くて羨ましい…、体育でも体操着姿で散々見てるはずなのに、身に纏うものがスカートになるだけで見え方も変わるし、着目点も変わるから不思議だ。落ち着かず、どうすれば良いのかもわからない男子を見て女子が笑う。
あぁもうカオスなのよ、そう思っていたら後ろから声をかけられてあたしは心臓が飛び跳ねるかと思った。


「なぁ、これどうやって履くんだ?」


それもそのはず、あたしに話しかけてきたのは真一郎。ちゃーんとスカートを着用している真一郎だ。好きな人のスカート姿を見るなんて誰が予想した?なんとも言えない気持ちを噛み締めつつも、滅多になくなってしまった真一郎からの声がけと話せるチャンス、しっかりしろ自分。変に思われないように平常心を心掛けて応えるんだと自分に言い聞かせた。


「あぁ、これは普通に履いてから」


真一郎を椅子に座らせて、あたしは目の前にしゃがんだ。真一郎の足には通しただけの形を整えていないルーズソックス。そう、うちのクラスの男子はスカートだけではなく、ルーズソックスの着用まですることが決まっていて男子たちは今まさに慣れないスカートとルーズソックスの組み合わせに困惑しつつも格闘しているところ。なので、みんな女子に助けを求めているわけなのだが、真一郎が選んでくれたのがあたしで正直とっても嬉しい。中学に入ってから身長がグングンと伸びた真一郎、普通にしていたら目線の高さは合わなくなってしまった。が、それ以前に話すきっかけの方がグーンと減ってしまってるんだけれど。お家が道場ってこともあるからか、細い上に引き締まって筋肉質の足に男を感じてしまう。変態っぽい印象の思い方だけれど、事実を述べたらこうなるんだから許されたい。


「こうやって、形整えるの」
「へえ、なるほどな」


手元足元を見ているんだろうってことはわかってるはずなのに、頭上から降ってくる真一郎の声にドキドキしてしまう。


「動くときっと下がったり位置がズレるから、こういうの塗るんだけどそれは当日で良いかな」
「それ、のり?」
「靴下止める専用のね」


ルーズソックスの形を整えて、靴下止めのことも説明すればのりと言われてしまった。まあ、所縁がなければそう思うのもわかる。あながち間違ってないし、でもきちんとした情報を伝えてあげれば感心した声が返ってきた。ここまでちゃんと話せてる、大丈夫そう。


「おーい、真!見てみろよ、俺らのクラスの…って、なんだよその格好〜!」
「ばっ、武臣!他のクラスが来んなって!」
「ちょっと足開かないで…!」


ホッと胸を撫で下ろしていたのも束の間。ガラガラと開けられた扉からやってきたのは他クラスのはずの明司だ。明司も黒いTシャツを着ているから、多分そのクラスのクラスTシャツなんだろう。この時間、どのクラスも文化祭準備に取り掛かっているから、廊下も賑やかだし他のクラスの人がさりげなくちゃっかりと乱入なんて珍しくないけれど、あまりにもタイミングが悪かった。指差し笑う明司に真一郎は気恥ずかしさから声を荒げる。それはわかるけど、立ちはしなかったが思いっきり足開いて身を乗り出しそうな感じでガタッと反応するから、目の前でしゃがんでたあたしはスカートの中が見えそうになってしまい、あたしまでも声を荒げてしまった。見えても反応にも視線にも困るから勘弁してほしい。
明司の登場により真一郎の気はそっちに逸れてしまって良かったような、ちょっと残念なような。そんな気持ちも知らず、真一郎は「あんがとな」って一言あたしに投げかけて行ってしまった。その一言嬉しいけど、スカートにルーズソックス姿でかぁ、やっぱりちょっと嬉しさとなんとも言えなさが混ざって複雑かもしれない。

- ナノ -