短編 | ナノ


小学校は普通の公立校だった。クラスは全部で三クラス。一クラス、大体三十ちょい。六年間通ったが、クラス替えは二年に一回だから、どうやっても全員と同じクラスになるわけではない。ただそんな中でもクラスの垣根を超えて顔見知りや普通に話す人って出てくる。
学校は嫌いじゃない、人も嫌いじゃない。


「アイツ、名字変わったの何で?」
「親が離婚したんだって」


いつだったか、クラスメイトの男子がある日突然名字が変わった。それだけでクラスメイトたちはざわめく。当の本人は元々気の強い方の性格をしていたから、直接聞かれても普通にしているし、まるで気にしていなさそうだけど、本心はどう思っているかわかるのは本人だけだ。


「名前〜」
「はーい」


友達もいる、一人じゃない。

だけど、あたしには抱えているものがある。

放課後、友達と別れたあとのこと。いつもの帰り道を歩いていた。もう少しで家に帰り着く、はずだったのに。


「おい、お前」


あぁ、今日もだ。家に着くまであと残り数分、いや数秒かもしれない。そんな距離であたしを呼び止めたのは、嫌でも見覚えある分類になった男の人。名前は何で知ったのかもう覚えていない。


「おい、ブス」


学年は二個上。


「言葉も通じねぇのかよ」


喋ったことはない。なら、なんで目をつけられているのか。目をつけられてるのは百歩譲ったとして、何で知ってるんだろうか。


「お前の母ちゃん、日本人じゃねぇもんな、わかんねぇか」


男は口に持っていたパックの飲み物を口に含んだかと思えば、こちらに向かって噴き散らす。何とか交わしたけれど、こんなの幼稚すぎるし馬鹿げてる。何でこんなことされてるのか、理解できないけれどあたしは歯向かう勇気もないから、ただ睨んでその場をやり過ごすように立ち去るだけ。

あいつのいう通り、あたしの母親は日本人じゃない。

髪も黒髪、瞳も黒で、肌の色だって黄色人種。パッと見は誰が見ても気づかない、と思うけれど、あたしはハーフである。それだけで、ずっといじめのようなことをされてきた。
---それが、あたしだ。

小学生であっても上級生になれば物事の考え方も変わってくる。


「名字」
「なに?」


校門を出て、いつもの帰り道。ふと名前を呼ばれて振り返ってみていたのは隣のクラスの佐野だった。家も近い、同じ方面。仲は悪くないと思う。近所の、学年ごちゃ混ぜで遊ぶこともよくあったから、多分普通ぐらい、普通に遊ぶし。


「この後、武臣たちと集合すんだけど、来る?」


当たり前のように声をかけてくれるし、あたしもそれに乗っかって遊ぶから良いんだけど。遊ぶって言っても何するのかな…、男女の差も出てきてるから割と不利なことも多いんだけど、何やかんだ一緒にいるのも嫌いじゃないから悩んでしまう。


「公園?」
「おう」
「家帰って何もなければ行くかも」


何もないはずだけど、それはあくまで自分的解釈。帰ってみて「聞いてない!」て思わず言いたくなる予定というものがあったりするのだ。あとは家に帰ってから、いざとなったらめんどくさくなるかもしれないし、その予防線としての一言だったりもする。そんな意味合いを込めた言葉でも、佐野はいつだって気にしないで「わかった」って笑ってくれるから付き合いやすい。

分かれ道でどちらともなく「じゃあね」「またな」と言葉を交わして家までの帰路に着く。あと少しで我が家って距離、走れば数秒、歩いても1、2分だろう。さっさと帰ろう、気持ちが早って足も小走りに下矢先だった。


「おい」 


ずっと見なかったから忘れていた。完全に気が緩んでいつもの最短ルートを通ったせいで、久々に奴と鉢合わせしてしまう。昔、無意味に絡んできた近所の先輩男子。名前と学年がギリギリ知ってる程度で全くもって接点のない人。それなのに意味もなく向こうから絡んでくるからタチが悪い。さっさと行けば良かったけど、昔から植えられた記憶は簡単には拭えない。思わず足を止めてから後悔はやってくる。


「は?なんだよ、まだいたのかよ」


蛇に睨まれたかのように足が動かない。あたしが何をしたというんだ。何もしてなければ、関わりなく生きてきたはずなのに。何でこんな風に絡まれなきゃ行けないのか理解できない。気持ちは強く持っても、それを相手にぶつける度胸がないから、黙ってるしかなくて、どうやり過ごそうかグルグルと思考を回す。


「聞いてんのかよ」


聞いてますよ、聞こえてます、目が合ってるのもわかんないんですか、って言ってやりたい。だけど言ったらまたどうなるかわからないし、相手は男、自分は女。そんなこと、できやしないからギュッと手に力を込める。


「名字〜!」
「…さ、の」


止めた足を思い切って動かそうか、ダッシュすればこいつも追いかけてはこないはず、とか考えてたら、突然聞こえた声に体が思いっきり震えてしまった。振り向けばさっき別れたはずの佐野がさっきと変わらず普通に話しかけてくるもんだから、今この場の空気がよくないように思えたのってあたしだけだったの?って思わず自問自答してしまった。本当は確認してみたいけれど怖くてあの男の方に視線は向けられない。内心パニックを起こしてるあたしを差し置いて、佐野は何食わぬ顔であたしの横にやってくる。


「そうだ、言い忘れてたんだけど、名字に借りたいもんあったんだわ」
「え、借りたい、もの」
「そっ、だから行こうぜ」
「ちょっと…!」


借りたいものって何、あれよあれよという間にあたしの腕を引いて、張り付いていた足を難なくひっぺはがして、この場から連れ出してくれた。すれ違う瞬間、ちょっとだけと思って横目で見た男はそこから消えていたから、少しだけホッとした自分がいた。


「佐野、借りたいものって何」


その場から離れてすぐ、あたしは佐野に尋ねる。佐野と言えば、その場を離れてすぐにあたしの腕をさりげなく離してくれた。変わらずあたしの横を歩いてるけれど。佐野と言えば、「ないよ」ってサラッと言うからあたしは「えっ」って裏返った声が出た。


「ないの?!」
「おう、適当に思いついたから」
「ならなんで…!!」
「借りたいものはなかったけど、何となくな。名字、誘ったのに来ねぇ気がしたから、もう一回声かけるか〜的な感じ」


それだけで、わざわざ佐野はあの場に入ってきたってこと?そう考えたらこいつは相当馬鹿なんじゃないのか、と思った。もしかして前のやりとり見てなかった、とか考えてみたけれど、今の今までヘラヘラと笑っていた佐野の表情が一気にスンッと真顔になってしまい、普段あまりに見ない表情だから、あたしの心が身構える。


「そしたら、何あれ」
「あれ…は、」


ちゃんとしっかり見てたし聞いてたらしい。角を曲がってあたしの家が見えてきた頃、佐野が立ち止まってあたしを射抜くような目で見るから、びくりと無意識に反応してしまう。さっき、助けてもらったはずなのに、今は何故かあたしが責められてる気分。これじゃあさっきとあまり変わらない気もする。


「いつから?」
「…覚えてない」
「結構あんの?」
「最近はあんまり、今日久々だった…」


佐野に言われていつからだろうって考えてみるけれど、答えは出ない。いつからだったんだっけ、気づいたらあったから意識する前にことは起きていたからな。自分自身のことであって、人に話すにも話しにくいし、直接大事となる出来事があったわけでもなければ、結局はたまに起きること、少しだけ自分が我慢すれば、と思っていれば気づけばずっと一人で抱えていた。だから、まさか佐野にバレると思わなかったし、佐野がこんな風に助けてくれるのも予想外だ。そして、佐野がこんな風に珍しく怖い顔をしているのも…。


「理由は?」
「…それ、は」
「なんかしたわけ?」
「してない…っ!」


あたしの記憶上、何かをした記憶は何もない。名字と家とおそらくの学年しか知らない、本当にそれだけのはず。佐野には誤解をされたくなくて、否定の言葉は勢いよく出た。言った自分が驚いたけど、佐野は驚くことなくあたしを静かに見つめる。


「…親が日本人じゃないから、だって。そう言ってたのは覚えてる」
「他は?」


本当に最初のきっかけの時の言葉は今でも鮮明に覚えている。親が日本人じゃないだけで、何がいけないのだろうかと思った。それだけであたしはあなたに何をしたと言うのか、迷惑をかけたと言うのか。分からない内に何かをしてしまっていたのかと、言われた時と同じように自分の中での疑問がぐるグルグルち込め始めて、あたしは俯く。


「俺が来たから良かったけど、アイツ中学生だろ」
「う、ん」
「気をつけろよ…って言いたいけど、こればっかりは不可抗力っぽいよな。名字、この道通るのやめろよ、アイツの家だろあそこ」
「そうする」


全部佐野の言葉に対して素直に頷いた。そしたら、佐野はいつも通りヘラッと笑って「よしっ」と呟く。


「このまま名字ん家まで送るわ」
「え、でもこの後、」
「もうすぐじゃん。良いって。んで、荷物置いてそのまま一緒に遊びに行こうぜ」


佐野のこういうところ、尊敬する。切り替えが早くて尾を引かないというか。突然切り替えるから、面食らうこともあるけれど、あたしは釣られて笑ってしまった。


「やっぱ、今日は帰るよ」
「あ!?何で…!」
「いや、普通にめんどくさいというか」
「何でだよ〜!」


多分今、佐野と一緒にいたらあたしが無理だと思った。学校でよく一緒に話したり遊んでいた佐野だったはずなのに、あんな風に助けてもらってかっこよかったと思ったなんて言えない。平常心が保てないと思った、あぁ、あたしは佐野に惚れたかもしれない。


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