短編 | ナノ


※友達に捧げたお話

口の中がカラカラだ。しかも体が思うように動かない。ずっと同じ姿勢でいたから、ってだけではない。ふと浮上した意識の中であたしはそんなことを思う。いつの間に瞼を閉じていたのか覚えていない。ただわかるのは、目が覚めてみて、どうやら冬特有の魔物に飲まれていたらしい。


「う、んんッ…」


頭の下には枕でもなくクッションでもなく腕があって、その腕はあたしのものではない。その腕はすぐ横で同じように横になって眠っていた若狭が至近距離で視界に入る。無防備に眠る表情は子どものようにあどけなく、普段起きている時には絶対見れない表情の一つだ。なるべく動かさないように、と心がけていても狭い空間で同じ姿勢のまま寝ていた体は思うように動かない。


「…何やってんの」
「うっ、ぶつけた…ッ」


結局、あたしは音を立てて若狭を起こしてしまうのだ。まだ眠そうな目蓋を押し上げてこちらを見る若狭はどこか呆れてるようにも見えるのは気のせいではないだろう。仕方ないじゃないか、


「こたつで寝てたせいで体バキバキなのに、こたつの中だと動きにくいのがネック過ぎる」
「まずこたつで寝ないことが一番だけどネ」
「それは正論…」


そう、あたしたちが寝ていたのはベッドではない。リビングにあるこたつである。昨晩、こたつの中でぬくぬくとしていたら、段々と心地よくなって目蓋が自然と閉じて…とありきたりなパターンで眠りに落ちたことを思い出す。その時は寝落ちでもいいやって気持ちにさせられるのに、起きた後のなんとも言えない気持ちを懲りずに何度だって体験する。現に今も床とこたつのダブルコンボに体を痛めて上手く身動きが取れないせいで次はこたつに体をぶつけているのだから。しかも冬なので乾燥がすごいから口の中も喉もカラカラ。毎回思う、やらなければいいのにと思うのに、抗えないのだ。冬のこたつはもやは魔物である。


「もー…若狭はツラくないの…」
「誰かの枕になってた腕が痺れてるような」
「それは完全にあたしのせい…!!!」


若狭は顔色変えないし、微動だにしないから平気なのかなって疑問に思ったほど。だけど、投げかけた質問に対して予想外の返答。しかも若干意地悪じゃない?どう頑張ったってあたしのせい一択の内容に項垂れて顔を隠す。


「大袈裟だし、痺れてないから。ジョーダン」


だけど、若狭はあたしと対照的に面白そうに笑って寝転んでいた。どこまで冗談なのか分からないけど。寝起きからこういうイジワルなところはちゃっかりしてる若狭にあたしはちょっとだけ恥ずかしいような面白くないようなモヤモヤとした感情を抱えてグゥ〜と見つめることしかできなかった。
二人して動かしにくい体を無理やり動かして、こたつから這い出る。あたしでも狭く感じるこたつだから、若狭にとってはもっと狭いはずなのに、涼しい顔して起き上がった。何してもスマートっていうか、いつだって余裕があって、やっぱ若狭は狡いなぁ、と思ってみてたけど、こたつから出てきて立ち上がった若狭が背伸びとした後に「あー…」と声を漏らす姿を見て思わず噴き出してしまった。


「何」
「いや、ちょっとおじさんぽいよ、今の」
「…名前」
「いひゃい…!」


ら、若狭に頬を引っ張られた。事実なのに、不可抗力な…!

歯磨きして顔を洗って、家にあるもので適当に、目玉焼きとベーコンを焼いてあとはトーストってありきたりな朝ごはんを食す。スープはケトルで沸かしたお湯で溶かしたインスタントのコーンスープだ。二人で手を合わせていただきます。もぐもぐと咀嚼しながら視線はテレビへと向ける。


「もうパンもないし、牛乳も野菜とかもないから買い物行かなきゃ」
「ん」
「このあと一緒に行ってくれる?」
「いいよ」


テレビとは全く関係ない話題なんて日常茶飯事。テレビはついているだけでまるでBGM。若狭もあたしも今日はオフ。本来ならばこたつで寝落ちていた延長線でゆっくりまったりしたいところだけれど、「今日は朝から気温も低く、外出の際には暖かくしてお出かけください」というアナウンサーの声を聞きながら、気は重いけれど仕方ない、と心に決めて外出の予定を確定させた。

アナウンサーの人が言っていたようにコートにマフラー、手袋まで装備。そうしたら、若狭に前もちゃんと締めときなってコートのボタンを留められる。そんな格好で玄関の扉を開ければすぐに吹きつけてくる冬の冷たい風に思わず足が止まってしまう。


「さっむ…!」
「冬だからね」
「それにしたって、昨日はまだ暖かかったのに…」
「仕方ないでしょ」


若狭は何食わぬ顔で外に出て、玄関の鍵を閉める。あたしと言えばそんな若狭にぴったりくっついて、防寒対策を試みるけれど、あんまり意味をなさないのが現実だ。これから買い物に行くために、若狭の愛機に乗るわけだからもっと寒いんだよなぁ…と思いつつ、なるべく体を縮こませて若狭にくっつきながら歩く。若狭から少しでも熱を奪うつもりでくっついて、なんなら風避けにもなってほしいぐらいって気持ちを込めて歩いていたが、所詮駐輪場までなのですぐについてしまって、あぁ…と少しだけ気持ちが下がる。


「ほら、メットつけといて」
「はあい」


若狭から受け取ったヘルメット。外気に当てられて冷たそう。手袋しててよかった、と思いながら、なんとなく視線をずらした先に冬特有のものが目に止まる。


「わ!すごーい!」
「何が」
「見て見て!」


さっきまで自ら若狭にくっついていたのに、ソレに視線を奪われた瞬間、寒さも忘れて背中からバッと離れて駆け出した。若狭はバイクに鍵を差し込みながら、なにやってんのって感じであたしの動向を見てるんだろう。こんなにワクワクしちゃうのいつぶりかな、中学生?下手したら小学生ぶりかも。そう思ってあたしは視線の先のソレを指差した。


「見て見て!すごい霜ができてるよ…!」
「霜?」
「霜ができるくらい寒いんだよ〜、しかもすごい長い…」


そう、バイクを止めている駐輪場の傍らにある土のところ。ちょうど建物の日陰になっていて、そこを見たら長めの霜ができていた。霜ができているということはそれだけ外気が冷たいということ。ただ今のあたしには寒さのレベルが見た目でわかることにより寒さに震えることよりも、久々に見る霜にテンションが上がってしまった。


「キレイな状態だよ〜」
「名前、踏まないの?」
「そんな小学生じゃないんだから…」
「フーン、」


若狭は冷静だった。こんなにもキレイな状態の霜、見て感動しないかな〜。キラキラしててキレイなのに、土のところにできてるから、土もついてるけどさ。そんなことを思っていれば、「で、本当のところは?」と若狭に改めて尋ねられ、あたしはちょっとだけ言葉に詰まりつつも「ちょっと踏みたい気持ちはある…」と本音を漏らせば「だよね」とふんわり笑われた。


「なんで若狭はいっつもそうやって落ち着いてるかなぁ…」
「名前がはしゃぎ過ぎなんじゃないの」
「…否めない」


やっぱり若狭の方が上手(うわて)に感じる。余裕があって、落ち着いていて。


「まあ、名前が素直に喜怒哀楽出してくれるから、それに満足しちゃうってのもあるんだわ」
「なにそれ。あーこんなに寒いなら、今夜は鍋の気分…!」
「それが理由なら寒い日ばっかの冬は毎日鍋の気分になっちゃうでしょ」
「それはそれ!とりあえず今日はお鍋にしよ!野菜たっぷり食べれるしヘルシー」
「そう言って食べすぎたって毎回言ってるじゃん」
「むぅ」


あたしばっかり落ち着きなくて、すぐに一喜一憂しちゃうのに、若狭はそれを良いと言ってくれてるんだとあたしは自己解釈している。若狭には敵わないなって思うし、今も若狭の正論にグゥの音も出せなくなっているけれど、若狭はなんだかんだあたしに甘いのだ。


「鍋なら色々具材入れるでしょ。寒いけど、商店街の方がいろいろ安売りだからそっち行くよ」
「ちょっと遠いのに行ってくれるの…?」
「当たり前でしょ、そのための俺じゃないの」
「若狭好き〜!」
「ハイハイ」


バイクに跨って若狭にしがみつけば、若狭も「いい?」とわざわざ確認。準備オッケーなので、あたしは「大丈夫!」と答えればガコンと車体が揺れて、バイクは走り出す。
若狭のおかげでお鍋の具材をいっぱい安く手に入れられた。安くて美味しい具材がいっぱいで気持ちはホクホク、鍋を食べて体はポカポカ。冬のお鍋最高!って気持ちを抱えてこたつでぬくぬくとまったりした時間を過ごしていたら、また二人揃って寝落ちてしまった。しかも次の日の朝は昨日より更に底冷えの朝。バキバキの体を無理くり動かして起き上がったら、部屋全体が寒くてびっくりしたぐらいだ。冷たい床を素足でペタペタ、身震いしながら開けたカーテン。ボーッとした寝起きの頭で見た外は見慣れた景色にプラスして雪が舞い散るように降っていた。寝ぼけていたはずの頭が一気に覚醒し「雪!?」と思わず声を荒げたあたしに若狭が冷静な反応で返す、それが変わらないあたしたちの日常。

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