短編 | ナノ


※企画に寄稿したお話


人は図々しい生き物だから、喜びも嬉しさも度重なっていけば、その気持ちは薄れていくし、それは段々と己の解釈で当たり前にしてしまう。
あたしは人付き合いが苦手だった。どんな風に接しても、その時々がどんなに楽しくたって、長くは続かない。いつかそれは価値観と認識の誤差が生まれ、相手との気持ちのギャップが生まれて、その気持ちの処理が上手くいかなくて、あたしは一人モヤモヤと咀嚼しきれない気持ちを抱えてしまう。だから、あたしはなるべく人との関わりを少なく生きていきたいと思っていた人間だった。


「名前は真ニィのどこがいいの?」
「…え?」


その質問は突然だった。あたしはいつものように読みかけの本を開いて、縦に並んだ活字をひたすら目で追って読んでいた時、その話の中に吸い込まれていたあたしは突然かけられた言葉にによって現実へと戻される。顔を上げてみれば、あたしと同じようにコタツに足を入れて、肘をついてジッとあたしのことを見つめてくるエマと目が合う。可愛い顔をしているというのに、今の彼女は何とも言えない表情だ。あたしのことをまるで物珍しいものを見るかのような雰囲気でじーっと見つめているではないか。


「何の話?」
「名前が、真ニィと一緒にいる理由、何でかなって思って」
「唐突だね」


本の読んでいたページに指を挟んで閉じながら、適当に返してみたけれどエマにそれは通じない。


「だって、名前はずっと本読んでるし、賑やかなこと得意じゃないでしょ」
「嫌いじゃないよ」
「でも、自分から行くタイプじゃないじゃん」
「それはそうだね」
「真ニィ、普通にふざけるし、笑わせてくるし、いっつもみんなと騒いでるから、なーんで名前に飽きられないのかなって思ったの」


あたしは笑うしかなかった。エマの突然ふっかけてきた話題から、まさかこんな話になるなんて思ってもみなかったってのもあるが、こんなにスラスラと的確なところを突いてくるエマが真一郎と血が繋がっていないことは知っている。でも、エマは本当の兄のように接している証拠だからこその発言だと思えば、微笑ましくてそれは笑みも溢れるもものだ。


「自分のお兄ちゃんなのに辛辣すぎない?」
「いーの!ねえ、名前はなんで?」
「こだわるなぁ」


どうやらこの話題は長くなりそうだ。そう思ったあたしは、指を挟んでその場凌ぎでの会話では終わらないと察したため、読みかけの本の前のページのところに挟んでいたしおりを差し込んでコタツの上に置いた。


「うーん、そうだね」


これを話ても共感を得られるかはわからないけど、話そうか。それはむかしむかしのむかし話。



あたしと真一郎がお互いに小学生の頃まで遡る。
あの頃って言えば今みたいに携帯もなければゲームもなくて、友達と遊ぶって言ったら外で公園に行って遊んだり、近所の駄菓子屋さんに行ったり。遊ぶものが今ほどではない時代だったから、体を動かすことは当たり前だった。缶蹴り、ケードロとか、男女混合で分かれて遊ぶのだって珍しくない、そんな時代だ。

あたしと言えば、外遊びとか大人数で遊ぶのが苦手で基本的には参加をしてこなかった。真一郎はあたしと真逆。クラスの子たちの中心にいて、分け隔てなく話ができるタイプでいつだって元気いっぱいって感じの男子。接点がなければ交わることの方がないはずの立ち位置だった。
小学校4年の頃、あたしはいつものように教科書や筆箱をランドセルに詰めて歩く。時間は放課後で真っ直ぐ家に向かって歩くあたしは一人、ただ自分のペースでひたすら足を動かしていた。見慣れた住宅街を横切って、目につくものなんて何もない。何も変わらない見慣れた景色を意識せずに歩いていたあたしがこの日だけは違った。必然的に通らなければならない空き地にうずくまる人影。そばに黒いランドセルが転がっていて、同じ小学校の子ってのは一目瞭然だった。いつもだったら、多分ここで興味関心も終わり。すぐに足を動かしてその場を離れてしまうのがあたしだったはず。だけど、この日は違った。空き地で背中を丸めて蹲っているのは、まさかのクラスメイト。あの佐野真一郎だった。小学校に上がってから、1、2、3、4年とここまで同じクラスだというのに、必要最低限しか喋ったことがない。元々、同性である女子とだってそんなに多く話さないというのに、男子なら余計話さないから、今ここで同じクラスの佐野真一郎がいたとしても、あたしがどう声をかけられるというのだろうか。


「ねーなぁ…」
「何がないの」


見るからに何かを探していますって感じだったから、つい声をかけてしまった。あたしが声をかけたら、真一郎はふと顔を上げるなり、あたしと目があっても驚いた様子もなく、むしろニッて笑ったから、心臓が飛び跳ねる。あまり話さないけれど、クラスの風潮、いや学年的な風潮というべきか。何故か彼はみんなから真一郎や真と呼ばれていて、佐野って呼ぶ人の方が少なかった。だからあたしも自然と慎一郎って呼んでいたわけだけれど、これもまた彼のキャラクターあってのものかもしれない、と今だから思う。


「四つ葉のクローバー!」


あまりにも似つかない言葉に言葉も表情も反応が出遅れる。だから真一郎は「あ、意外そうな顔すんなよ…!」ってちょっとムキになったけど、仕方ないじゃないか。小4の男子が、しかもクラスの中心にいるようなクラスメイトが四つ葉のクローバーを探してるなんて思わないんだから。意外というか、予想外って言葉の方がしっくりくる。何のために彼は探しているというのだろうか。普段からクラスの中心にいて、いろんな人と分け隔てなく話せる性格の彼が何を理由にって思ったら興味しかなかった。


「ごめん、何か落として探してたと思ったから。なんで四つ葉、探してたの?」
「オレさ、兄貴になるんだわ」
「あに?」
「そう!オレに弟できんの!」


真一郎のお母さんは妊娠中らしい。そしてこの夏に生まれるんだとか。性別は男の子の予定ってこともわかっているらしい。そんなお母さんのために元気な弟を産んでもらうためにあげたいんだとか。小学4年生の自分達が何かをあげるって大変。お小遣いだって限られた中で、彼なりに色々と考えたのだろう。その結果、幸運の四つ葉のクローバーというわけか。それはきっとお母さんも喜んでもらえるんじゃないかなって思った。彼の優しい気持ちが伝わってくるから、だからあたしもその気持ちに引っ張られたんだと思う。


「探す」
「名前?」
「あたしも一緒に探す」


気付けば一緒に探すなんて口走ってて、普段だったらさっさと家に帰って読みかけの本の続きを読んでいるのに、完全に真一郎の言葉と優しさ、行動に引っ張られたあたしは自分の背負ってたランドセルを彼のランドセルの横にそっと置いて一緒にしゃがんで探し出す。


「一人より二人の方が効率的でしょ」
「ありがとなっ」


素直に言われた感謝の言葉にあたしの心がまたザワザワと揺さぶられた。


◆◆◆


どのぐらい時間は経っただろうか。陽が落ちるのは遅い時期だから、余計に体感だけでは時間がわからない。だけど、この道を通る人も減ったからそれなりに時間は減ったと思う。


「名前、付き合わせて悪いし、そろそろやめにしよ。また明日探すことにするからさ」
「うん…」


さすが四つ葉のクローバー。そう簡単には見つからなくって、結局あたしたちの方が諦める形になる。転がっているようにしか見えない自分のランドセルを手に取って再び背中に背負ったら、中の教科書の重さが背中から伝わってきて、これからまたこれを背負って帰らなきゃいけないと思う気持ちがさらに上乗せになった気がした。


「名前、これ」


振り向けば、真一郎も同じようにランドセルを背負っていて、お互い後は帰るだけ。だけど、真一郎はあたしを呼び止め、ずいっと差し出された手には小さな白い花。あたしに受け取って欲しいと言わんばかりに目の前に差し出されるから、つい手に取ってしまったのだけれど、これは何?


「今日はありがとな。四つ葉のクローバーはなかったけどさ、これお礼!」
「う、ん」
「じゃ、また明日な〜」


最後まで疲れ知らず、元気変わらずって感じ。四つ葉のクローバーが見つからなかったというのに、全然気落ちしてなくて、むしろ変わらず笑ってるその姿勢がちょっとだけ羨ましくなったぐらい。あたしは完全に真一郎のペースに巻き込まれて、また明日の挨拶に対して軽く手を振って見送った後、渡された花を見つめてしまった。




翌日、いつものように登校して自分の席に着く。真一郎も気付けば登校していて、いつもと変わらずクラスメイトに囲まれていた。何一つ変わらないあたしたちの日常、だから昨日の放課後にあった出来事もみんなは知らないわけで、あたしたちもそれを何か変えようとはしなかった。放課後まで会話も交わさず、いつものようにランドセルに教科書を詰めて帰路に着く。


「名前!」


あと少しで昨日の空き地の前を通るってタイミングだった。後ろから名前を呼ばれて、振り返ってみればクラスの男子たちとワイワイやっていたはずの真一郎が息を切らしているではないか。つまり、教室から走ってきたのだろうか。だとしたら、なーんて考えるあたしをよそに、真一郎はやっぱり何一つ変わらないニッとした笑みを浮かべて「昨日はありがとな!」と一言。真一郎はこういう男だ。昨日も思ったけれど案外真面目、というか。素直にありがとうを言える人。翌日になってもまた言うなんて、そうそういないのではないか?とあたしは思う。


「今日も探すか〜」
「あ、それなんだけど」
「どうした」
「あそこで探しても四つ葉は見つからないよ」


あたしの言葉に対して真一郎は珍しく驚きの声を漏らした。と、言うよりは思いっきり驚きの声を上げていた。大袈裟なって言うぐらいの声を上げて、「なんで!?」「どうして!」とグイグイ問い詰めてくるもんだから、あたしは思わず後退りしたぐらい。


「だって、あれシロツメクサじゃない…」
「シロ?」
「四つ葉のクローバーの花ってシロツメクサなんだけど、知らない?」


キョトンとした顔で首を傾げる真一郎、それが答えだった。正直、昨日の時点で何となく察してはいたけど、そっか…となんとか納得させるしかないあたしは背負っていたランドセルから教科書でもノートでもない本来授業では必要のない一冊の本を取り出した。


「真一郎が昨日探してたの、カタバミっていうんだって」
「カタバミ、」
「葉っぱの形がハートみたいで、葉っぱの枚数も3枚あるけど、クローバーじゃないんだって」
「は!?!」


マジで?!って声を荒げる真一郎の言葉にあたしは完全スルー。とりあえず気に留めることをやめて、本をペラペラとめくって解説する。


「クローバーって葉っぱのところに白い線があるんだけど、カタバミはないでしょ。クローバーと同じ多年草らしいけど、実際には繁殖力が強い雑草だって」
「雑草…」
「シロツメクサの花ってこっちだから、昨日くれたのと違うでしょ」
「全然ちっげーじゃん!!!」


あたしが持っていたのは花の図鑑。家に帰って花に関する本を探して見たけれど見つからなくって図書室で借りてきたものだ。あたしも最初は気付かなかった。多分、真一郎が花をくれるまであたしも気付かなかったかもしれない。シロツメクサを知っていたからこそ、この花をもらって初めて違和感を感じて、普段見ない花の図鑑を開いて一つ知り得た。あたしは、へぇ〜の気持ちで正直終わりだったけど、真一郎は違う。全身全霊でショックを受けているみたいで、現に頭を抱えて大袈裟に「マジか〜」ってウンウン唸ってる。


「母ちゃんに四つ葉のクローバー、今日こそ探してくるって言っちゃった」
「じゃあ、素直に違かったって言うしかないんじゃないかな」
「しかもオレ、昨日名前にもあげちゃったじゃん」


正直それは気持ちの問題だからあまり気にしなくていいのに、と言うのが本音だったけど、多分彼のことだからこれで納得するとは思えない。あたしはうーんって思いながら、花の図鑑に載っているカタバミ紹介の文字を流し見していたら、とあるところに目が止まった。


「四つ葉のクローバーじゃなくても、カタバミでもいいんじゃないかな」
「…なにが」
「カタバミ、喜びとか輝く心、母の優しさって意味があるんだって」


お母さんにもこれから生まれる弟にも、なんなら真一郎の気持ちにもぴったりじゃん。こじつけかもしれないけど、素直にそう思えたから、そう伝えたら真一郎はさっきまで頭を抱えて悩んでいたのが嘘のよう。あたしが伝える言葉を耳にしながら、どんどんと目は見開いていき、どんよりしていた目の光も気付けばキラキラと輝いているではないか。


「それ!それいいな!」


なんとまあ、単純なんだろう。素直さと単純さは紙一重レベルだ。真一郎は意気揚々、あたしの言葉にうまーく丸め込まれてしまった感もあって、それでいいのかなと思いつつ本人が納得しているなら良いか、と深く深く追求することはしなかった。それから真一郎はカタバミの花をいくつか摘んで「ありがとな!」って今日もあたしにお礼を述べて帰っていたのだ。


今思えば、この時が一番最初にしっかりと二人で会話らしい会話をした時だと思う。今もこうやって思い出せるほど色褪せない懐かしい会話だ。


「名前〜庭の掃除終わった〜」
「あ、はーい。お疲れ様…、お茶入れるから、とりあえず手を洗ってきなよ」


噂をすればなんとやら。庭の窓からお疲れモードで上がってきた真一郎がやってくる。ずっと外にいて体も冷えただろう。あたしはずっとコタツの中でぬくぬくとさせてもらっていたので、それぐらいはと思ってコタツから出たら外気の冷たさに体が軽く身震いした。


「おう。そうだ、これ雑草抜いた時に取ったやつなんだけど、」
「あ、ありがとう」
「真ニィ…!」
「あ?どうした、ってエマ、すげぇ顔してんだけどっ」
「真ニィにも良い所あるな、ってちょっとでも思ってたのに!もう!名前に雑草あげるなんて信じらんない!ちゃんとしたのあげられないの!?」
「え、だって、ちょっ、エマ落ち着けって…!」


ポカポカと真一郎の背中を叩くエマに完全に虐げられている真一郎。虐げられるは言い過ぎか、でも実際エマにポカポカされて真一郎は何も術なし状態。そのまま廊下へと追いやられてしまった。うーん、まあ今の今まで庭掃除して手も泥だらけだし、反論のしようがないか。とあたしは勝手に納得させる。真一郎がくれたのは庭の掃除で引っこ抜いたであろう雑草。エマは雑草を手渡してきたことに怒ってたけど、あたしはこれで良いのだ。それを真一郎も知っている。

エマに話したカタバミには続きがある。カタバミの花言葉は喜び、輝く心、母の優しさ。そしてロマンチックな言葉が一つ。


「あなたと共に、か」


詳しい由来は定かではないけれど、イエス・キリストと共に生きるという思想が元になっているという説があるらしい。強う繁殖力を持ったカタバミは簡単に離れることがないと名付けられた説もあるとかどうとか。
だから、あたしはカタバミが好き。人はただの雑草だと思うけれど、花屋で彩どりの花よりも小さく踏ん張って咲き誇るカタバミの方が心惹かれるものがあるから。

あたしは読みかけのページに手作りのしおりを差し込んで本を閉じた。新しくもらった雑草改めカタバミを手にして、次はどうしようかなと考えを広げる。せっかく真一郎がくれたものだもの、フラワーインテリアでハーバリウムでも挑戦してみようかな。


「ほーら、二人とも戯れあってないで、一緒にお茶にしよ」



人付き合いがあんなにも苦手だと思っていたあたしを変えてくれたのは間違いなくあの日の出来事。些細なきっかけだけれど、真一郎と話して人の気持ちに触れて自分の気持ちの変化を与えてくれたことに間違いがない。長く続かないだろう、と幼いながらに思っていた気持ちも、彼のおかげであたしは続くことへの可能性を願うようになった。だから、あたしは感謝している、カタバミをきっかけに過ごしたこの出来事を。


だからあたしは大切にしているのだ。あたしが本に挟んだしおりはあの日のカタバミを押し花にしたものである。

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