短編 | ナノ


どこからか聞こえるアラーム音。目覚ましがわりにしている携帯のアラームがひたすら鳴っている。手探りで止めたあと、布団の中の暖かさにもっと浸りたいと思いつつ、なんとか意識を浮上させる。あぁ、学校だったらめんどくさいし遅刻して行こうとか思えるんだけど、そんなことは言っていられない。専門学校に行っていたあたしは同年代の中で早く社会人になった側の人間だ。これから起きた後、身支度をして行かなきゃいけないのは職場であり、そんな生ぬるい思考は許されない。隣を見れば、まだスヤスヤと夢の中の寝顔を見てあたしはちょっとだけ癒された。それと同時に頑張りますか、と気持ちを奮い立たされる。顔にかかった髪をかき上げて、閉じている目元をそっと撫でる。見慣れたはずの火傷の痕、気づけば吸い込まれるように見つめて、どのぐらいだろうか。たった数分ぐらいだけれど、しばらく見つめてからあたしはベッドから起き上がった。
歯磨きをして、顔を洗い、髪の毛を梳かす。化粧水などをつけてから化粧ポーチを手に取り、いつものようにメイクを施す。眉毛を描いて、マスカラをするタイミングで奥の部屋から物音がした。そしてすぐにペタペタと床を素足で歩く音を立てながら、少しだけよれたスエット姿の青宗があくびを噛み締めながらやってくる。


「おはよう」
「…おはよ」


まだまだ寝惚けてる様子の青宗。元々、表情がはっきりと変わるタイプじゃないけれど、これは明らかに眠いですって顔をしていて、そんなに眠いなら寝てて良いのに、と思いつつ寝ないのが青宗だからあたしは苦笑いしか出てこない。メイクを続けるあたしの後ろに座り込んで、背中にぴったり寄りかかってくるから、背中が重い。けど、あたしはこれに気にしている時間はないのだ。


「名前」
「なあに?」
「今日は」
「今日は仕事終わったら、そのまま帰ってくるよ」


青宗は毎日予定を聞いてくる。何時に帰ってくるのか、どこに行くのか。まあ、大体が仕事だから最近では仕事のある日はどこ行くのなんて聞いてこないけれど。不安なのだろう。家を失くし、家族を亡くし、拠り所がなくなってしまった青宗。荒れていた時期もあったし、院に入っていた時もある。そこから出てきてから、色々あって今ではあたしの家に転がり込んだわけだけど。あたしと青宗は元々、赤音繋がりだった。赤音と同級生で仲の良かったあたしは自然と青宗とも顔見知りになった。あの頃まだ小学生だった青宗を可愛いなって思っていたけれど、やっぱり男の子。成長期には敵わない。気付けばグングンと成長して、身長はすぐにあたしを抜かしていった。赤音と似ている綺麗なのに、中身は割と尖ってる部分もあったり。かと思えば、あぁ下の子だな〜って思えるような部分もあって、そういうところを垣間見るとやっぱり可愛いなって思ってしまう。本人は不貞腐れちゃうから言わないけれど。今、こうやって甘えてくる仕草だって、確認してくるところだって、下の子だからすんなりと思ったことを口にできる部分だと思っている。


「冷蔵庫の中身はまだあるから、買い物も大丈夫だと思うんだけど。あ、青宗は何か欲しいものある?」
「別にない」
「ん、わかった」


アイシャドウもチークも終わり。鏡でもう一度全体的にチェックして問題なし、化粧は終わった。時計を確認、時間配分は順調。食パンを出して、トースターに乗せる。二つのカップにインスタントコーヒーを入れてお湯を沸かし、青宗を洗面所に行くよう促した。焼き上がった頃にお湯も沸騰して二つ並んだカップに注いでトーストを一枚、皿に乗せて置いておく。そして、もう一枚の方をあたしは食べ始めた。青宗を待ってあげたいけれど、仕事のある日の朝は貴重だから、行儀が悪いがスマホを片手にネットニュースやSNSなどを確認しながら咀嚼した。
いつも通りだ、青宗が歯磨きとか顔を洗って戻ってくる頃には、あたしはパンをコーヒーで胃袋の中に流し込む。カップと皿を重ねて流しに持っていき水を張った。


「じゃあ、行ってくるからね」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」


一人静かに座ってあたしが用意したトーストを食べている青宗を見て声をかければ、やっぱり表情は変わらないけれど、行ってらっしゃいを言ってくれる。ここに来て、習慣的に言ってくれるようになった青宗。この言葉をお互いに言い合うことで、一人じゃないと思ってくれていたら嬉しいなと思いながら、あたしは家を後にした。







今日もドタバタな業務をこなし、疲労はそれなりにあるけれど、ここでダラダラしていても何も進まない。身支度を整えて、なるべく早くという気持ちを込めてあたしは帰路に着く。帰ったら冷蔵庫にあるもので何を作ろうかな、とぼんやりとした記憶を遡る。
野菜はほうれん草と玉ねぎと、あとは〜…って感じで、ぼんやり思い出して、まあ何か作れるだろうって朝も思ったわけだから、なんとかなるはず。そう言い聞かせて、あたしはあまり深く考えずに家路に着いた。いつものように鍵を捻って扉を開けたら、あれ?いつもなら明るい室内。なのに真っ暗な家の中、どこかに行くって連絡はなかったはず。寝てるのかな?って思って、履いてたパンプスを脱いで家の中に足を踏み入れる。あまりにも音がしなさ過ぎて、おかしいなと思いつつ、リビングまでの道のりの途中にあるキッチンを見てギョッとした。


「っ、え」


言葉は出なかった。と、いうより、混乱し過ぎて言葉にならなかった。締まってあったはずの鍋やフライパンがコンロに乗っかってたり、まな板と包丁も出されたまま。なんなら、棚の扉は半開き。朝の時と異なる光景なのだけれど、これはこれで違い過ぎる。ただ明らかに誰かが漁ったってわけではない絶妙なとっ散らかり具合。怒りとかはなく、むしろ混乱しかない頭であたしはリビングに向かえばソファーにぶっ潰してる大きな塊。そっと近付いて、撫でればムクリと体が動いた。



「ただいま、何があったの?」
「…ココが」


薄暗い部屋の中、佇んでいたのは朝顔合わせた青宗で心なしか元気がない。ココってあれだよね、目つきがちょっと悪いお友達のはじめくん。今日ははじめくんと会ったのかな、と思いながらとりあえず青宗の話を聞くことにした。


「名前の家にずっと居座ってるなら、何かやった方がいいって言ってて」
「うん」
「何ができるかって思って、味噌汁ぐらいならできるんじゃないかって思ったんだけど」
「うん」
「けど、味噌入れても味噌汁になんねぇし」
「…うん?」


途中まで、ウンウン聞けた話も途中から、ん?ってなっってしまった。味噌汁に入れたの味噌だけってことだよね?


「名前の好きなわかめも見当たんねぇし、結局何にもできなくて、イライラしながらボーッとして名前が帰ってきた」
「素直でよろしい」


青宗との約束の一つにある素直にちゃんと述べること。元々口数が多くない青宗は見かけによらず短気というか、ヤンチャで勢いがあるから、こっちとしては心配事ばかり。なので、何かをやらかした時、言いにくいことも素直に共有することを約束の一つに入れたのだ。じゃなきゃ、何かあった時、あたしはきっと赤音に合わせる顔がなくなるだろう。ちゃっかり抱きついてくる青宗をよしよしと撫でてあげる、こういうところが下の子なんだよなぁと思いつつ。


「じゃあ、今日は一緒にご飯作ろうか」
「ん」


それからあたしたちは一緒にキッチンに立って夕飯を作った。青宗には出汁を入れなきゃダメだよってことも教えたり、わかめはちゃんと水で洗って塩を落とすことを伝えたり。黙々と作業に取り掛かる青宗が新鮮すぎてはじめくんに内心感謝だし、2人で作ったご飯は疲れた吹き飛ぶほど美味しかった。
後日聞いた話だが、はじめくんが青宗に「名前さんに世話になってるなら、何かしてあげた方がいい」って助言をした時、あーだこーだ言いすぎたらしく、青宗が「名前はそこまで気にしねぇ!」ってムキになってキレたって話を聞いて笑ってしまった。結局冷静になって気になってる青宗可愛いなって思ったけど、これも口にしたらきっと怒られそうだから黙っていよう。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -