短編 | ナノ


人のために力をなることが好き。そして人を笑顔にする人の支えになりたいと思った。


だから、あたしはこの仕事についた。



「それではCOSMIC PRODUCTION、今年の経営報告会を始めます」


見渡せばスーツを纏った男女が綺麗に並べられた横長のテーブルに備えられているパイプ椅子に腰掛けている。目の前には大きなスクリーンがあり、そこに映し出されている我が社、COSMIC PRODUCTIONのロゴと文字。


今日は年に一度ある経営報告会。今までの振り返りと共に、それを踏まえた今年一年の目標と課題発表。その他、表彰式諸々を行う日。テレビなどのメディアでは出ることのない会社のいわゆる内部事情というやつだ。


テーブルには今回の資料が並べられ、みんなスクリーンを真剣な表情で見つめる。我が社の副所長である七種さんも今日はスーツ姿での参加で司会進行をしていて、普段はアイドルもしていると言うのに本当凄いなぁ…と感心してしまう。



参加できるアイドルも皆、参加を必須とさせられているため、スーツ姿の参加者の中にはこの場に似つかない、例えば乱さんや天城さんもいてちょっとどころじゃない違和感も定刻となれば気にする余裕さえなくなってしまった。


ピリついた、といえば語弊があるだろう。ホール全体がかしこまった空気感の中、開始された経営報告会。あたしは改めて気を引き締めた。










あれから何度か小休憩を挟みつつも休まらない時間が過ぎ、やっと終わったのは日が落ちる時間帯だった。全て予定通りのタイムスケジュールと言えばそうなのだが、こういうことは心のどこかで「あわよくば少しぐらい早く終わったりするかな」って期待を持ってしまう。人間だもの、仕方ない。けれど、これを企画しているのも七種さんなのでそれも結局砕けた望みなのだ。



書き込みもいっぱいしたもらった資料をトントンとまとめて、自分のカバンの中にしまい込む。さて、ここからアイドルの皆さんたちは各々のスケジュールのために移動。コズプロの一スタッフとして働くあたしは、会場の片付け作業を任されている。もちろん、一人ではなく何人かのスタッフと一緒にやる予定だ。スーツ姿で力仕事は動きにくいのだが仕方ない。片づけ組に当たるスタッフはなんとなくだけれど、自分達の荷物を隅っこの方に移動して椅子や長テーブルの折り畳み、移動、収納を繰り返す。




「あれっ…」



片付けが三分の一ぐらい終わった頃、たまたま手にかけたテーブルを畳もうと同じように金具を押し下げて動かそうとするが上手く動かない。ガタガタと揺れてスライドしそうなのにしないという、たまにある建てつけの悪いテーブルに当たってしまったようだ。誰かを呼んだって同じこと。何かの拍子にこの引っかかっていたことさえ嘘のようにすんなりとスライドして畳めることはわかっている。




「大丈夫っすか?」


だから、誰かを呼ぶのもな、と思って一人ガタガタと格闘していたら突然声をかけられた。テーブルに集中しすぎて人がそばにいたことも全く気にしてなかったあたしは、「ちょっと引っかかっちゃったみたいで」と言いながら顔を上げて驚きのあまり言葉を紡いでしまう。



「俺が見ますよぉ」



貸してください、なんて言いながら、さらりとあたしの前に屈んでテーブルの折りたたみを促す金具のところを見つめるのは同じコズプロのアイドル、漣ジュンだ。彼もまた同じように経営報告会に参加していたためスーツ姿なのはわかる。わかるのだけれど、



「あ、え、漣さん…お仕事は…?」



ここに残っているのはコズプロの社員だけのはず。キョロキョロと周りを見渡してみるが、あたしの認識は間違っていない。残った顔ぶれを見ても全員コズプロのスタッフであり、アイドルの方は一人も紛れていない。なのに、当たり前のようにここにいる漣さん。何故。




「俺は空いてたんで片付けのお手伝いですよ」
「えっ!いやいや、これはあたしたちの仕事なので…!漣さんは大丈夫ですよ?!」
「でも、一人でも多い方が早く片付けも終わりますよぉ?」




そうなんだけど、いや、そうなんだけど。

その言葉をグッと飲み込んだ。代わりに心の中で自問自答することは許してほしい。一人、悶々としていれば、その間に事済ませてしまったらしい漣さん。彼の手によって畳まれたテーブルが目の前に現れ「はい、できました」なんて言われ、ハッとする。



「お手を煩わせてしまってすいません…」
「これぐらい、気にしないでください」



テーブルがスムーズに畳めない上に自分のところのアイドルに片付けを手伝わさせてるなんて、どんな神経をしているんだろう。そんなことを誰かがやっていたら、私はそう思ってしまうと思う。だから、自分でそう思わずにはいられず、申し訳なさと不甲斐なさが押し寄せる。漣さんは少しだけ困ったように眉毛を下げて笑うから、あぁこれまた申し訳ない。カッコいい我が社のアイドルにこんな顔をさせてしまった。




「名字さん、おめでとうございます」
「へっ」



さっきから漣さんの言動は予想外のことばかり。この場に似つかない言葉を投げかけられて、あたしの頭の中は無数のクエスチョンがポポポと浮かび上がる。




「さっきの報告会で表彰されてましたよね、名字さん」



ここまで言われてやっと理解できたあたしは、あぁと納得する。そう、先ほどの報告会で社内での功績を認められた人への表彰式もあり、ありがたいことにそれにあたしが挙げられたのだ。



「ありがとうございます、他にも凄い人たちいっぱいいるんで恐縮です」



あたしは素直にそう思ったことを口にする。これは遠慮でもなんでもない、あたしはコズプロの一スタッフとして働かせてもらっているが、周りの人たちが凄すぎて、日々圧巻してばかり。バタバタと忙しなく動いて目まぐるしく日々を過ごしているだけ。だからこそ、今回のことは予想もしていなかったし、まずこういう表彰って事前にアナウンスされるものじゃないの?と思っていたから、実感が湧ききっていないっていうのもあるかもしれない。



「そんな謙遜しないでくださいよ。名字さん、いっつも頑張ってるじゃないっすか」
「へ、」
「事務所内で忙しそうに動き回って、しかも上司が茨ってやりにくいだろうに」
「あはは…」
「それでも真っ直ぐ、いつだって笑顔でいるって凄いことっすよ」




さらりと反応しにくいことを言い出した時は笑って誤魔化してしまったけれど、その後の言葉にあたしは面食らってしまう。だって、漣さんとは仕事で同じ職場にはなるけれど、立場がまず違うのだ。七種さんはアイドルとは別に一応上司なので、接点もそこそこあるけれどそれ以外のアイドルとガッツリ接点があるわけではない。ましてや、あのビッグ3と言われているEdenにあたしみたいな輩が絡む機会が一番少ない。どちらかというと、2winkだったりCrazy:Bだったり。若手や学生組とのサポートの方が多いと言えよう。それなのに、




「すごい…見てるんですね」
「あ、別に変な意味とかじゃないですからねぇ…、俺も昔は苦労してたから名字さんみたいにめげずに頑張ってる人って、すごいなって思うし応援したくなっちゃうんすよ」




一瞬、あたふたする漣さん。安心してほしい、変な意味で捉えていないし、むしろすごいと思う。自分も大変なはずなのにこうやって人のこと気付けて見ていて思うなんて、漣さんは広い視野を持っているんだな。なーんて思っていれば、バツが悪そうな表情で漣さんがポツリと呟く。



「って、すんません…」
「漣さん…?」
「ウソ、です。ちょっとだけ、見栄張りました…」



見栄って、、?今までの流れでどこに?



「全部、ウソじゃないっすよ。ただ、応援してるうちに、名字さんのこと知りたいなって思ったりもして」





え、と…ッ、






「おーい、こっちの手伝ってー!」
「え、あ!はい!!!」




片付けをしていたほかのスタッフに声をかけられて、条件反射の如く出した声は上擦っていた。「俺いきますよ〜」なんて言いながら、漣さんが先に行ってしまったため、あたしの元に残った畳まれたテーブルを所定の位置に戻すため、タイヤがついていることもあり、一人で押しながら移動する。片付けのためにガチャガチャとする室内。漣さんは他の片付けをしている声が耳に入ってくる。



「ん、んーっ…?」



さっき見た漣さんの表情。少しだけ頬が赤かった気がするのは気のせいだろうか。真っ直ぐ見つめられた瞳が脳裏にこびりついて離れない。この心臓の早まった鼓動もあの忘れられない表情もアイドルである漣さんだからだと言い聞かせる。顔がいいアイドルにちょっと褒められて図に乗ってはいけない、これで浮かれるなんて単純すぎるぞ、自分。


だから、あたしは知らない。


この日を境に漣さんが事ある毎に話しかけにくるようになるなんて、今のあたしは知らない。

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