短編 | ナノ


ワカに連れられてやってきたのは町内にある高校。ど平日、仕事があったというのに、ワカがめちゃくちゃ言うから臨時休業にしてきた。わざわざ休みにしたんだからな…と思いつつ、俺が断り切らなかったのには、俺自身も好奇心があるから。結局俺もミーハーってワケかと自分でツッコミを入れながら来てみれば、卒業生でもないのに容易く入れた高校にちょっとだけ不安になる。これ、不審者とか入りたい放題だろって思ったけど、ワカが入ってすぐいた人に軽く会釈してたから、俺も合わせて頭を下げた。先生…って感じじゃないから、スタッフなんだろうか。バタバタとちょっとだけ慌ただしく落ち着きもないから、現地ってこんな感じなんだなって思った。
俺たちがやってきたのは学校の校庭。制服を着たたくさんの高校生たちがわらわらとしていて、これはこれで珍しい光景だ。制服を着た状態で校庭に出ることは朝礼とか集会であったとしても統率が取れているから、こんな風にたくさんの学生が自由にして校庭にいる光景をこのど平日に、自分が社会人になってから見るなんて誰が予想できただろうか。



「おおおお!」



そして、誰が想像できようか。こんな近所の高校であの有名な番組の撮影があろうとは。まさか俺たちが生で見れるなんて思ってもみなかったからこそ、人生何があるかわかんねェなってつくづく思いながら、高校生たちが騒ぎながら見上げる屋上を俺も見上げた。
この学校には今至る所にカメラが設置されている。と、いうのもゴールデンタイムにやっている有名なバラエティ番組の収録が行われているからだ。

とあるアイドルグループたちが、いろんな学校に赴いてその学校の屋上で生徒たちがそれぞれの思いを吐き出すことを見守る番組のコーナーの一つ。そして今、まさにそれが執り行われていて、今も俺の見知らぬ在校生が屋上に一人ポツンと立って大きな声を上げている。
ボーッと見つめながら思うのは学生でこんなことするなんて若さだな、とか思ってしまう俺はおっさんだなぁと自分で勝手に一人凹んだり。一人、また一人と在校生が入れ替わり立ち替わり立って大声で叫ぶ度、俺らと同じようにしたから見上げている在校生は楽しそうに言葉を返しているから、俺も学生の頃にこういうのあったら楽しかっただろうな、あぁ黒龍のメンツでもイイわ、なーんて思いに耽る。
なんでワカがこの撮影を知っていたのかは知らないが、こんな風に今ここに入れることをとりあえず満喫しようじゃないか。


と思ったのは数分前の俺、なのだが。


「は、」


俺の心は今とても動揺している。
さっきまで、制服を纏った在校生たちの初々しい主張や一風変わった主張だったり笑えるもの、つい応援したくなるもの様々な内容にこちらも楽しませてもらっていた。次の生徒の番に切り替わり、次はどんな主張が聞けるのか、とどこかワクワクした気持ちで待っていたはずなのに、一気に気持ちがスーッと冷めていくのがわかる。なんなら、言葉が出ないし、自分の今の気持ちをどう表現すべきかもわからない。


「名前ちゃんだワ」


俺の気持ちとは裏腹に、あんまり気にしてないのか冷静なワカの反応が恨めしい。ワカが見てもそうなのだから、俺の見間違いでもないことが立証される。見上げた屋上、そこにいるのはこの高校の女子制服を身に纏った女子生徒である名前ちゃんだ。いつもだったらこんな条件下でいたとした時、少し短いスカートの中が下からだと覗き見えそうでハラハラするが、今の俺にはそれ以上に心が落ちつかない理由がここにある。


「あたしは名字名前って言いまーす!」


名前を言われて余計に気持ちが乱れる心。そんな俺の心なんてつゆ知らず、名前ちゃんはいつものようにあの屈託ない笑顔を浮かべて俺たちを見下ろしていた。


「今日!あたしは!どーしても!ずっと抱えた気持ちを伝えたい人がいまーすっ!」
「「「おおおおお!」」」


名前ちゃんが言うたびに揺れるスカート。あぁもう動くたびにいつもの俺なら気になるはずなのに、本当に今は気にならない、気になるどころかそれどころじゃない。俺はこの流れを知っている。こういう提案をするとき、主張をする人間が何を言おうとしているのか。それはみんなも同じだろう。現に名前ちゃんの発言を聞いて黄色い声をあげる女子生徒、ソワソワし始める男子生徒。


「そのために!ある人に協力してもらい、今日という機会をいただきましたー!」


みんなの心は浮き足立っていて、言葉にしないし全員の顔も見えないくせに、キター!と言う副声音が聞こえた気がした。


「佐野真一郎くーん!」

「…は?」
「ほら、真ちゃん呼ばれてるって」
「え、え?!」


心臓がドクンと一度だけ高鳴った。そのあと冷静になれと自分に言い聞かせるが、騒ぎ立った血流はそう簡単に収まらない。なんなら一瞬聞き間違えかと思った。なんなら、俺は起きた状態で夢を見ているのかもしれない、幻覚いや幻聴か?とも思った。俺とおんなじ同姓同名がいたっておかしくないのに、隣にいたワカが肘で俺を突っついて言うもんだから、俺?!って声が裏返る。

名前ちゃんと言えば、この高校に通う女子高生。そして、俺のやっている店のお客だ。名前ちゃんと出会いのきっかけとなる事の発端は、名前ちゃんが乗っていた自転車のタイヤがパンクしたということで、俺の店に初めてやってきたことだった。仕事柄、難なく直してあげればそれはもう素直に喜んでくれて、ありがとうございますって言ってくれたその笑顔に癒されたのは言うまでもない。これだけだったら普通の客と店のオーナーで終わるはずだった。
名前ちゃんは俺の店の前がどうやら通学路らしい。名前ちゃんを見かけたのはそれ以降もちょいちょいあって、自転車を漕いでスーッと店の前を通り過ぎていく姿を何度も見かけた。だけど、俺は店内で仕事をしているわけで、わざわざ店の中を見るわけでもないから、目は合わず俺だけか一方的に知っているそんな関係。たまたま、業者がやってきて店の外で立ち話をしていた時だった。その後、業者を見送った俺が店の中へ戻ろうとした時、唐突に「こんにちは!」って声をかけられて振り向けば、そこにいたのは名前ちゃんで俺を見かけたからわざわざ挨拶してくれたらしい。それから、ちょいちょい名前ちゃんは俺を見かける度に挨拶はしてくれるし、たまに自転車のメンテで来てくれたりとその縁は尽きなかった。
名前ちゃんからすれば街中にあるバイク屋のオーナーで年上のお兄さん。俺からすれば、俺の店に来てくれる素直すぎる女子高生。そういう関係のはずなのに、名前ちゃんはこの場で俺の名前を呼んで何を言うと言うのだろうか。

思わず、ごくりと唾を飲み込んで、俺は「ハイッ!!!」と思いっきり返事をする。
社会人になり、バイク屋を経営している俺。もう学生の頃のようなキラキラした人間ではないけれど、こんな俺でもまだ捨てたもんじゃない、そう思える瞬間だった。


◆◆◆


「で?真の奴はガチ凹みしてるってわけか」


まるで他人事のように笑う武臣。まあ、他人事だよな、それもそうだ。だって他人なんだからよ…、だからって笑うんじゃねぇ。こっちは深手を負ってんだぞ、おい。
俺はあれからワカに引っ張られるがままズルズルと戻ってきたわけだが、どこでどう聞きつけたのか戻ってきてすぐにベンケイと武臣も合流するからワカが何か言ったのかもしれない。ちなみに視線を送るが、全然目を合わせねぇから絶対そうだ。こっちはシクシクと心が泣いてるというのに、面白そうに笑ってるだけでチクショウ。
膝を叩いて笑う武臣の言葉の通り過ぎて俺は何も言い返せず、ヤケになってタバコに火をつけた。



ワカに誘われて行った高校でやっていた、かの有名なアイドルグループがやっている番組のめちゃくちゃ人気コーナーの撮影が執り行われていた。見慣れた高校の制服を纏った学生たちが校庭に集まり、みんな同じ校舎を見上げている光景も視線を集めた校舎の屋上に立つのもまた学生というのは異色な光景。それなのに、若いって羨ましい、学生って良いよな…とつい思ってしまう。自分だって学生だった時期があるのに、羨むこの気持ちは完全に自分の過去を棚に上げた感想。だからといって、学生に戻りたいかと言えばそれも違うのだけれど、滅多に見られない、むしろ見たくても見れるわけではないこの撮影風景をご縁あってか俺は後ろから傍観するだけだと思っていた。

そう、名前ちゃんが屋上に立つまでは。

名前ちゃんが屋上に立ち、思いを吐き出すために告げたのは俺の名前。それ同姓同名とかではなく、まさしくこの俺、佐野真一郎のこと。まっすぐと俺を見つめる名前ちゃんの視線に年甲斐にもなく心臓が飛び跳ねた。いや、年甲斐にもなくってなんだろうな。とにかく、ドキドキしながら名前ちゃんの言葉を待った。もしかして、もしかしなくても、と思いながら。
そこから先は本当に傷だ。思い出しただけでも悲しくなる。いや、名前ちゃんは純粋な想いを言ってくれただけなのに、俺が高望みをし過ぎたのだ。
店の中にアイツらを残して、俺は気分転換に外に出る。ブワッと夕方の風が吹いて、心なしか底冷えする感覚に身震いを一つ。ボーッと空を見上げれば、雲が夕日に当てられていて、もうじき夜がやってくることを示している。


「真一郎くん」


ボーッとしていたせいで、全く気づかなかった。突然名前をよばれて驚かなかったのは、この店の前の人通りがそこそこあるから。誰かしら通って、たまに挨拶されてが日常だから、俺は名前を呼ばれて視線を向けながら割と平常心を装った顔でいられたと思っている。


「名前ちゃん、オカエリ」
「ただいま…!今日は来てくれてありがとう」


乗っていたチャリに跨って足止めしていた名前ちゃんはご丁寧にチャリから降りて足を揃えて地に足をつけた。降りる時に揺れるスカートがひらりと靡いて、屋上から見えたあの時を嫌でも思い出す。そうしたら塞いでいた傷がまだゾワっと疼きそうで、その心を悟られないように俺は張り付けた笑顔で「おう」と答える。


「しかし、あんな場所で言わなくても良かったんじゃねぇの。こういう時に言ってくれればよかったじゃん」
「だってー、ね?せっかくの機会だし、あたしもやって見たかったんだけど、他に浮かばなかったから」


名前ちゃんはチャリのタイヤ留めはせず、ハンドルを持ったままクスクス笑うし、昼間のことを思い出して変わる変わる表情はやっぱカワイイな…と思う。


「だから、ワカくんに頼んで真一郎くん呼んでもらって!言っちゃった!」
「いつもありがとうって?それはこっちのセリフだって」


名前ちゃんが屋上に立って、全校生徒の前で言った事はもしかして、と思った内容ではない。そう、番組ど定番で盛り上がる告白ではなく、普段でも言えそうな感謝の言葉だった。あの時、名前ちゃんは屋上で告げたのは毎日俺がいってらっしゃいやおかえりって声をかけてくれること、困った時に助けてくれることへの感謝。一見聞こえは良いが、実際には俺が店の外にいる時に通るから声をかけて挨拶するだけだし、困った時って言っても名前ちゃんは店に客として来てくれて、こっちだってちゃんと金をもらっているわけだから、当たり前と言えば当たり前の対応なんだけどな。はは、勝手に期待して勝手に勘違いして勝手に負った傷を思い出したら、また悲しくなってきて、俺は手に持っていたタバコを再び咥えて吸い込んだ。


「うん、真一郎くんが来てくれるかどうかでどうしようかなって思ってたから決心ついた」


名前ちゃんの方に煙が行かないよう配慮しながら、顔を背けて煙を吐き出すタイミングで名前ちゃんが意味深なことを呟く。視線だけ向けたら名前ちゃんが珍しく伏せ目がちに儚げな表情を浮かべるから俺としては反応に困る。


「真一郎くん、大好きです」


シンとした空気の中、凛とした名前ちゃんの声が耳に入ってきて、思わず疑った。思わず出た言葉は「…は?」って間抜けなものだし、そのタイミングでタバコの灰がポトッと落ちるのは視界の端で入ってきたから理解する。


「屋上で言えたら本当なら良かったけど、みんなの前で振られる勇気もないし、だからワカくんに呼んでもらってきたら告白しようって決めてて」
「ちょっと、待ってって!!」
「それに女子高生からあんな場所で告白されるのもふざけてるって思われたら嫌だなって思ったし、大人たちからの目もあるかなって思ってやめたんだけど」
「え、いや、ちょっと名前さん?」


名前ちゃんの言葉に理解が追いつかない。なので、名前ちゃんの名前を改めて読んだら、うん?って名前ちゃんが話を止めて真っ直ぐ見てくる。女子高生にこんな真っ直ぐ見られて嬉しいし可愛いんだけど、今はそうじゃない。


「ワカ知ってた」
「うん」
「名前ちゃん、俺のこと好きなの?」
「うん」
「ライク?」
「ラブ的な意味で…かな」


最近の女子高生ってこう堂々としてるのか?って思ったけれど、そうじゃなかったらしい。ライク的な意味で聞いた時だけ、名前ちゃんは気恥ずかしそうにラブ的な意味って言ってくれたから安心する。し、自覚したら自覚したで一気に顔に熱が集まって、ハクハクと言葉が出ない。


「…真一郎くんは年下興味ないかもしれないけど、伝えておきたかったから」
「それはッ!」
「突然ごめんね、変なこと言って」


俺が言葉に詰まっているせいで、名前ちゃんが変に勘違いして苦笑いを浮かべて立ち去ろうとするから、慌てえて腕を掴んだ。名前ちゃんが驚いた顔して俺を見るから、思わず悪いって呟いたけどちゃっかり手は離さなしてやらない。


「俺、年下でも全然オッケーだし」
「真一郎くん?」
「他人の目も気にする必要ないし、むしろ呼び出されて期待してたのに言われたことが違ってて凹んで武臣たちに笑われてたぐらいだし」


そういえば此処って俺の店の前だし、俺の店はガラス張りだから中からアイツらに丸見えじゃんって気づいたけど時は遅し。


「正直、名前ちゃんに言わせるなんてカッコ悪いんだけどさ、」


本当カッコ悪い、何もかも締まらないのが不甲斐ない。こんなんだから万次郎たちに笑われるんだ、って思うけれど仕方ねぇじゃん。精一杯背伸びして、大人っぽい余裕が少しでも出せたらと思って咳払いを一回。


「俺からもちょっと言わせてほしい」


名前ちゃんは察しただろう。俺を見つめて、こくりと小さく頷く。その頬は何処となく赤く見えるのは夕焼けのせいではないことを知っている。そう言えば吸っていたタバコは俺の手から離れて地面に落ちたがそんなのどうでも良い。
たまたまワカに誘われて行った高校で、滅多に見られない番組撮影を目の当たりにし、名前ちゃんが屋上に立ったことでも驚きなのに、俺の名前が呼ばれた時の衝撃はヤバかった。それから一気に落ち込んで、仲間たちからは笑われて不貞腐れてたはずなのに、誰がこんな展開を想像できただろうか。
散々笑いやがって!ふざけんなよなあ〜って悪態ついていたけれど、アイツらは全部知ってて笑ってたのかもしれない。それだったら、また訳が変わってくるし仕方ねぇな。アイツらが散々好き勝手言った言葉と笑いは名前ちゃんに免じて今回は許してやろうじゃねぇの。だって俺はこれから幸せを掴むんだからな!と内心ドヤ顔を浮かべる。

…が、意気込んでいた内心と裏腹に、実際には屋上で叫べるほどの大声で俺が荒ぶるまで後数秒。

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