短編 | ナノ


横浜市中区にあるあたしのお店は、あの有名な中華街のすぐ近くにある。中華街にある飲茶食べ放題とかと違って、どっちかって言うと家庭的な中華料理がうちのメインだ。例えば炒め野菜とか中華風の煮物とか。日本食とはまた違った見た目、風味、そしてボリュームがうちのおすすめポイントだ。

忙しい昼時が過ぎた頃、人が本当に閑散とする時間がやってくる。その時間も一応店は開けているけれど、この時間こそ次の料理の仕込みに打ってつけの時間だ。店のおひとり様用カウンター席に置いてある物を少しだけ片していたら、お店の扉が開く時に鳴る鈴の音が響いた。


「いらっしゃいませ」
「お邪魔します、二人で」
「はい、お好きなテーブルにどうぞ」


やってきたのは色素の薄い髪色に褐色に肌をした彼と顔に傷があってタッパもあるのに物腰が低そうな彼、イザナくんと鶴蝶くんだ。彼らはここら辺に住んでいるのか、活動範囲内なのかわからないけれど、よくうちのお店に来てくれるお客さんで、二人でいつも一緒に来てくれる。どのテーブルも空いているから、好きなところに座っていいよって伝えれば、いつもイザナくんの方がスタスタと適当に席について、それを後から鶴蝶くんがペコリと頭を下げて向かいの席に腰掛けるという流れ。メニューを眺めてそれぞれ定食を注文を受け付けて、あたしは料理に取り掛かった。二人が初めてお店にやってきた時、怖い子たちかと思った。正直、纏ってる雰囲気もピリピリしていて、この町は観光地として有名な場所ではあるけれど、地元民がらすれば治安は良いとは言えない、いろんな闇が混沌としている場所だ。だから、そういう何かを抱えた子たちかなって思ったけれど、料理を出して食べてくれた時の表情は全然そんなことなくって安心したのを覚えている。あと、驚いたことと言えばあたしより年下だったってことぐらいかな。何となく、イザナくんを見てそうかな、と思う部分はあったけれど、鶴蝶くんもそうだったことには結構驚いた。落ち着いてるし、しっかりしてるから、最近の子はすごいなぁ…ってしみじみ思ったものだ。


「はい、お待たせしました」
「ありがとうございます…!」
「ご飯大盛りにしてあるけど、足りなかったら言ってね」


テーブルに出来上がった料理を運んで並べる。出来立てホヤホヤの料理は湯気が立っていて、ご飯も山盛り、熱々なのは一目瞭然。鶴蝶くんの「今日も美味そうだな」って嬉しそうにしてくれる表情と何も言わないけれど、運んですぐに箸に手を伸ばして料理を待ってましたと体で言い表してくれるイザナくんにもほっこりさせられる。はふはふと、まだ熱いのに勢いよく食べる姿は年相応って感じで微笑ましい。


「名前さん以外、おばさんたちはいないのか」
「うん、ピーク過ぎたから買い出しに行ってるよ」


鶴蝶くんの言葉にカウンターから返したけど、音葉の通り今このお店にいるのはあたしだけ。このお店は親がやっている店であたしはその手伝いをしている。手伝いだけどちゃんとバイト代はもらってるし、調理師免許も持っているから料理を振る舞うことに問題はない。ピークを過ぎたこの時間から、買い出ししておかなければ、夜になった時に色々足りないものが出てきてしまうからだ。夜は夜でご飯だけじゃなく、呑みながら食べる人も来てくれるわけで、せっかく来てもらった人たちにあれがない、これがない、は失礼極まりないことになってしまう。鶴蝶くんはモグモグとご飯を食べながら、カウンターの中で洗い物をするあたしに話しかけてくることはよくあることだった。イザナくんはいつまでも寡黙だから、それが彼なんだろうってことで今ではあまり気にしていないけれど、最初は嫌われてるのかなって思った時だってあった。だけど、鶴蝶くんにもそんな感じらしいし、これかイザナくんの通常なんだってわかれば全然気にする必要もなかったらしい。


「ゆっくり食べてて良いからね、あたし夜の準備するから」


一応、断りを入れてあたしはさっきまでやろうとしていたことを再開する。洗い物を済ませて、さっきどこまでやったっけ。あぁ、そうだカウンターを片付けたところだったと思い出す。調理場にあった大きな鍋を手に取り、カウンターテーブルに運ぶ。中身がずっしりしているせいで、ゆっくりと足元に気をつけながら運んでいたら、危なっかしく見えたのか、ご飯を食べていたはずの鶴蝶くんが慌てて箸を止めて駆けつけてくれて、あろうことかあたしの持っていた鍋を軽々と持ってくれた。わお、さすが男の子!結構重いのに、重さを感じさせずに持ち上げるなんてすごいなって思っていたら、鶴蝶くんに「どこに持っていくんですか?」って聞かれたので、カウンターのテーブルに運ぶのをお願いした。


「これ、すごく重いけど、なにが」
「ありがとう〜!中身は餃子の具だよ」


鶴蝶くんはすごい不思議そうに鍋とあたしを見比べてる。それがちょっとおかしくて笑ってしまったが、料理をしなければこんなに重いものを料理をする上で持つなんて概念もないのかも。と思えば納得いくし、鍋の中身は大量に入ったひき肉とニラとキャベツと諸々混ぜたものなので、それはもうズッシリ質量もあって重いのも仕方ない。あたしがこれから作るのは餃子。冷蔵庫から取り出した餃子の皮と水を入れた小皿を持って、カウンターに置いてくれた鍋のそばに置いて伝えれば、鶴蝶くんはなるほど、とすぐに理解してくれたみたい。


「餃子、ここで作ってるんですか」
「そうだよ、こういう空いた時間に作っておくの」
「すごい、ですね」


鍋の蓋を開けてみて、大量の餃子の種を目の当たりにして言葉に困ったであろう鶴蝶くんは少しだけ歯切れ悪くつぶやいた。その反応が正しいよ、と思いながらくすくす笑ってしまう。


「焼き餃子は食べたことあると思うけど、水餃子は油を使わない分重くなくってさっぱりして美味しいから今度食べてみてね」


そう伝えると鶴蝶くんは「はいっ」って元気よく答えてくれたお陰で次また来る時のことを考えたら楽しみになったのは言うまでもない。



◆◆◆



イザナくんと鶴蝶くんがお店に来て数日のこと、今日は別件で街に繰り出していた。完全に私用だったけど、それはすぐに終了。お店に行こうと思っていたら、携帯に届いていたメッセージを見て、あたしは方向を転換。お店に行く前に立ち寄らないといけないところができてしまったからだ。あたし一人ではあまり来ないけれど、昔から見慣れた道を進む。あまり意図せず歩く道のせいで、確かここら辺だったはずと思いながら。あたしの記憶は正しかった、お目当てのお店はすぐに見つけ、店内に入って買い物を済ませる。お会計をして店を出て次こそは店に行こうと思っていたら、突然日本語ではない言葉で声をかけられ、振り向くと真顔の男の人に腕を掴まれていた。

男は早口であたしに問いかける、腕は掴まれたままだ。正直、何を言っているのか聞き取れなくて、どうしようと思っていた時、男の腕をまた別の誰かが掴んだことによって強制的に静止する。


「その人に何してる」
「か、くちょ…く、ん?」


びっくりした、お店以外であったことがない鶴蝶くんは、見たことない顔をしていた。と、言うのも、普段お店で見るのは物腰低く柔らかく少し照れて笑ってる男の子で、今ここにいるのは見た目こそ同じなのに目つきも放つ雰囲気もあたしの知らない姿。あたしに向けられてるわけじゃないのに、ピリピリした威圧感と眼力、あたしは真正面から見られていないはずなのに正直怖いと思った。


「っ」
「ま、待って!」


あたしの腕を掴んで鶴蝶くんに腕を掴まれた男の人が声を漏らしてハッとする。慌てて鶴蝶くんに声をかければ、あたしの言葉に少しだけ驚いてあたしに視線を移す。


「違うの、実は」


あたしは慌てて説明をした。そしたら見る見るうちに顔を顔面蒼白させて慌てて腕を離してくれた鶴蝶くんは男の人に頭を下げてその場は終了。あたしも一緒に謝ってその場は落ち着いたのだ。


「す、すまなかった…です」
「ごめんね、心配かけちゃって」


それから鶴蝶くんは大きな体を小さく背中を丸めてあたしに謝ってくる。正直驚いたけれど、心配してくれたその気持ちが嬉しいから、お咎めはなし。むしろ大事にならなくて良かったと思う。


「ここら辺は治安が悪いから、てっきり絡まれてるのかと思って俺は…」
「まあ、そうだよね。しかも中国人とかって日本人みたいに無表情で話すから、そう見えちゃうよね」


そう、あたしがさっき腕を掴んできたのはあたしが買い物したお店の店長さんだ。あたしは親からの頼みで立ち寄ったのだが、そこの店長さんがあたしの親に言伝を頼んできたのだ。そのお店は、うちの店で使う調味料などの買い出し場所であり、昔馴染みのお店だから事情を話せば店長さんも笑って許してくれた。ちなみに、さっきあたしが困惑していたのは店長さんが親と同じ感覚で中国語でベラベラと喋るからそのスピードについていけず困っていた、というわけだ。


「鶴蝶くん、普段イザナくんといる時、優しいから、あの時怖い顔しててびっくりしちゃった」
「こ、わかったですか…」
「うん、ちょっとね」


怖い顔って思ったことをつい言ってしまったあたしの言葉に、更にわかりやすく鶴蝶くんは大きな体を小さくしてしまったから、慌てて「さ、最初だけだから!」と加えたしといた。


「鶴蝶くんが心配して来てくれたところ、かっこよかったしね」
「…ありがとう」
「ありがとうはこっちのセリフだよ〜」


よかった、機嫌を直してくれたみたい。さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに、次は気恥ずかしそうに頬を緩ませているし、ありがとうって助けに来てくれたあたしが言うべきセリフをサラッと言えるこう言うところは素敵だな。


「だけど、本当に気をつけてほしい…。ここら辺は危ないのだから」
「うん、そうだね。気をつける…!」
「…あぁ」
「なんか、信用されてない気がするんだけど」
「そう言うわけでは…!本当に危ないから…」


名前さん、と名前を呼ばれてあたしより背の高い鶴長くんを見上げる。真っ直ぐとあたしを見つめる瞳はさっき見た時の威圧感はない。かといって、普段お店で見る柔らかい表情でもない。ちょっとだけ、緊張しているようにあたしには見える。


「もし、良かったら俺が迎えに行くから、その連絡先…良かったら教えてほしい、です」


てっきり一人で歩くな、とか言われるかと思ったから、ちょっとだけ驚いた。


「うん、じゃあ交換してくれるかな、連絡先」


正直一瞬だけ迷った。鶴蝶くんはお店のお客さんだし、年下の男の子にそこまでしてもらうのも、って思ったのもある。けど、それ以上に真っ直ぐあたしの身を案じてくれるところとその優しさにあたしは鶴蝶くんなら、と思い了承した。目を大きく見開いて動かない鶴蝶くん。それがおかしくて思わず噴き出したら、鶴蝶くんがはっと我に返って「お、お願いします!!」って大声で頭を下げてくれた。怖いところもあったけど、自分で言ったのにそんな予想外な反応したり、かと思えば大きな反応で返してくれたり。今日はいろんな一面が見られたし、ちょっと良い日かも。そう思いながらしまっていた携帯を取り出した。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -