短編 | ナノ


※迎えに行く、迎えに来るの続き


今まで信じていたものが違った時、人は何を思うだろうか。
忘れていたものを、忘れようとしていたものを思い出させられた時、人はどんな気持ちになるのだろうか。


同じ施設で出会った二個上の名前は、オレがまだシンイチローとあっていた頃、ネンショーに入る前に施設を出て行った。オレを迎えに来ると言い、また会いに来ると言っていた名前は来なかった。

新しい生活もあるわけだから、そう簡単に来れるわけねぇのはわかってたから、そんなもんだよなって納得してたけどよ。ネンショー入ってる間にシンイチローと会ってたことも、施設にいた頃に名前がシンイチローと面識があったことも、血縁関係のことさえ知っていたのは癪に触ったけど。


名前と久々に再会して、会えなかった時間を埋めるようにいっぱい話をした。最初の日こそ、突然押しかけてしまったこともあり、ゆっくりは無理だったけど、あれから時間を見つけてはお互いの家の近くで話す日々。会えなかった時間は思ったよりもたくさんの時間が過ぎて行っていたらしい。名前は今の家に引き取られてから、たくさんのことを学んだと言った。本を読み、外の情報に触れて、学力的にも世間的にも必要だと感じたことをなんでも吸収することに努めたという。元々、施設にいる頃から、名前は物知りだった。というよりは、いろんな下の子たちを相手にしていたこともあってか、必然的に頼られる存在だったため、陰ながら努力をしていたんだろう。いつだって笑顔でそんな姿を少しも見せないで。大変なことを大変に思わせないようにして全てをこなしていく。


「名前は辛いとかないのかよ」
「うーん、ない訳じゃないけど、物は考えようかなぁって」


名前は空を見上げて、物思いに耽るような仕草の後に抽象的な言葉で返してくる。ざっくりとしていて、その考えとやらが何かがわからなければ、名前の言いたいことが全部わからない。そういえば名前はこういうヤツだった、と思い出していれば、「怖い顔になってるよ」って笑われる。誰のせいだ。


「確かにやることいっぱいだから、やらなきゃ!って思ったら大変だと思う。だけど、好きでやってるし楽しいなって思ってやれば苦より楽しさが増すからね」
「楽しい、ねえ…」


オレにはわかんねぇ感覚だった。勉強よりも暴力、孤児院からネンショー入り。全部が名前とは異なった道に進んだせいで、スタートは同じだったのに、何一つ共感ができねぇことにちょっとだけ虚しくなった。オレは何をやってたんだろうか、名前がやりたいことを見つけて、前進している間にオレは何をしていたんだろう。
その時々、日々ガムシャラだった。別に後悔はしていないけれど、やっぱり後々ついて回るのは、そんなことしかできな自分へのやるせ無さで。名前のそばにいて良いのか、と押し寄せる不安。あまりにも陽と陰過ぎる。


「イザナはイザナだよ」


名前は人の感情に鋭い。これもまた施設で生活して養ったものだろう。名前はニコニコ笑ってた、施設の頃と変わらない笑顔。


「あたしができることと、イザナができることは違うから、イザナはイザナができることやってでいいんだよ。比べちゃダメだからね」  


本当にどこまで理解してるんだか。コイツは実際人の皮を被った何かか?読心術でも使えんのかよ、って思える。名前には多分いつまで経っても勝てないオレは、名前に言われた言葉を頭の中で何度もリピートさせながら考えた。






あれから数日後、オレの中でオレなりにいろんなことを考えた。正直、自分で行くのも足が重いし、気も重いがそんなこと気にしてらんねぇのもある。見覚えのある道を通って、見覚えのある店の扉の前に立ち、オレは一度深呼吸をした。正直、こんな形でまた来ることになるなんて思ってもみなかったから、気まずい…というよりは不完全燃焼、燻ったモヤモヤと晴れない気持ちがずっと根底に漂っていて気持ち悪い。それも全部何かに変わるなら、そういう気持ちを少しだけ抱いてオレは店の中へと足を踏み入れた。


「いらっしゃ、えッ」
「…オマエ」


店内にいたのは複数人。なんとなく、見覚えのある顔が複数と目的のヤツが一人。警戒心を向けられるあたり、オレは歓迎されてねぇな…と投げやりにもなるが、オレを見るなり驚いて言葉を失った真一郎が「よく来たな」って困ったように笑う姿を見て、本来の目的を思い出して思い留まる事ができた。真一郎に「話がある」と一言。そうすれば、真一郎は素直に「わかった」と言ってくれて、周りにいた奴らを外に出してくれた。出る時、一人が「真ちゃん、」って声をかけていたけど真一郎はなんて答えたのか、オレに背を向けていたせいで聞き取ることはできなかった。
何処からともなく作業用の小さい台を持ってきた真一郎は、店内のレジそばにあった椅子をオレに差し出してくる。どうやら真一郎は小さい台の方に座るつもりらしく、素直にその椅子に座らせてもらうことにした。さっきまでたくさんの人たちがいたのに、今では静かになってしまった店内。人が減ればそこそこ広く感じられるこの店も真一郎はどれだけの苦労を経て今があるんだろうか、と考えてしまう。最初来た時はそんなこと思いもしなかったのに、これも全部名前と再会してからの気持ちの変化、考え方の変化なのだろう。


「名前ちゃんところに会いに行ったんだろ?どうだった」
「…どうもこうも、相変わらずだった」


ここに来てどう話を切り出すべきか悩んでいたはずなのに、先に口を開いて話題を振ったのは真一郎だった。最後に真一郎と会った時、あれだけ言いたいこと投げつけて言い逃げしたオレとのことがなかったかのように振ってきた真一郎。正直なかったことにしたくねぇし、するべきではないのだけれど、こればっかりはオレよりも大人なこいつに少なからず感謝する。名前の名前を出されて、思い出すのは再会してからの日々だ。真一郎に言われて会いに行った日、それから繰り返し会うこと数回。名前は見た目こそ変わってはいたけれど、中身は変わってはいなかった。そう言ったら、名前に文句を言われそうだが、性格的な根底にあるものは何一つ変わってはいない。ニコニコと笑うところも、見えないところで芯がしっかりしている部分も、周りを本当によく見ているところも、だ。
椅子に座り、両手の重なる指をジッと見つめる。自分が純日本人じゃないと知り、人より少し浅黒い肌の理由も納得がいく。生まれつきっていうものがあるにしても、国が違えばそれはそうだ、と納得するしかない。どう足掻いたって、オレは佐野家の血が流れていない、ただの赤の他人。


「真一郎に、頼みがある」


だけど、オレは---、





真一郎にぶつかったのも名前と再会したのはもう一ヶ月以上前のことだ。

名前とは頻繁に会うようになった。それこそ、最初はお互いに支障がない程度、互いの家の近くで会う日々。限られた時間で、静かにゆっくりと話をしたり、ぼーっとしたり。何かをするわけでもなく、ただ会えなかった空白の時間を埋めることに費やした。それからまた日は巡り、



「真一郎くん、バイクってどういうのが良いのかな」
「名前ちゃん、バイク乗りたい?」


名前は真一郎の店にいた。店内に並ぶバイクを眺めて、真一郎にどういうバイクがオススメか聞いている。まさか名前がバイクに興味あるとは思ってなかった真一郎は、「えっ」と驚きの声をあげて意思確認をする。驚きの後、尋ねるまでに微妙な空白があった気がするけど、オレの顔色伺ってたんなら知らねぇ。



「みんなバイク乗ってるから、あたしも乗れるようになったらなって思って」
「うーん、でも名前ちゃんには必要じゃなくない?」
「真一郎くんがそれ言っちゃうの?せっかくのお客さんなのに〜」
「それはそうだけどよ」


楽しそうな声が店内に響く。楽しそうにニコニコしている名前は想像できるし、真一郎もきっと嬉しそうに笑ってんだろうな。あくまで憶測なのはオレはオレでそっちを見ていないから。別に不貞腐れてるわけじゃねぇ…け、ど、よ、


「名前、話ばっかしてっと、真一郎の仕事の邪魔してんだろうが」


さすがに話しすぎだと思い、痺れを切らして立ち上がってオレが口出しすれば真一郎も名前も二人揃って似たような笑み浮かべてこっち見て来やがる。


「だって、イザナにお話しちゃ邪魔しちゃうからね。真一郎くんい接待してもらってたんだよ、お客として」
「いや〜名前ちゃんのおかげでイザナと一緒に働けるなんて嬉しいだろ〜!?」
「真一郎うるせぇ」


名前のニコニコはいつものことだが、真一郎がそれをするとなんとなくウザい。やかましさだってあるから、ピシャリと言ってやったら、わざとらしく泣きマネしてショック受けた反応するから、マジでこいつ…ってなった。けど、それをまた口にするとめんどくせぇから、オレは溜め込んだ気持ちを全部「はぁ…」と大きなため息に乗せて吐き出すと少しだけ、心の中がスッキリした気にさせられる。手にしていたグローブを外して、そばに置いてあったタオルを手に取り、じんわりと掻いていた汗を拭った。
名前にはオレはオレと言われたあの日から、色々考えた。名前は自分と同じことをしなくていい、オレにはオレができることをすればいいと言ってくれたし、ありのままのオレをいつだって肯定してくれた。だけど、それは名前個人の話であり、世間からすれば?名前の義父、義母からすればどうなんだろうかと、やっぱり考えずにはいられなくて。
オレのためにいろいろやってきてくれた名前のために、オレ自身も何かしてやりたいと思った。何かしたいと思った。だけど、学はない、経験もない、罪はある、そんな自分に何が出来るのかを考えた末、浮かんだのが真一郎の顔だった。
あれだけ、罵声を浴びせ、拳をぶつけ、突き放したくせに何を都合のいいと思われるかも知れねぇ。でも、真一郎が言ってくれた「血のつながりよりもお互いがどう思っているかだろ」この言葉を少しでも一握りの可能性でも信じたくて、オレは再び真一郎の前に行く決意を決めた。名前が言ってたこと、真一郎が言ってたことを信じたいという気持ちを胸に秘めて。

だから、最初はすげぇ気が重かったし、都合のいい言葉をどう受け止めてもらえるだろうか、と不安だったが真一郎は嬉しそうに笑ったのを今でも鮮明に覚えている。


「俺は嬉しいよ」


真一郎は言ってくれた。

佐野家の血縁ではない俺は、まず佐野家に入りたいという考えは一切なかった。と、いうよりはやっぱり赤の他人が入るなんて、と何処か引け目を感じていたのかもしれない、だからこの気持ちには変わりねぇ。だけど、学はない、経験もない、罪はある、そんな俺が世間で一人生き抜いていくためにを考えた時、真一郎のところで働かせてほしい、そう頼んだのだ。真一郎に罵声を浴びせ、拳を振るい、家には入る気はない、けど、働かせてほしい。
すごく都合のいい話しかないというのに、真一郎は嬉しいと言ったのだ。そこからはもうトントンで話が進み、今では真一郎の下でしっかりと働かせてもらっている。


「名前はバイクなんざいらねぇんだから、真一郎なんかほっとけ」
「ひっでぇな…」


自分がやっていた作業は一区切りついた。なので、真一郎を軽くあしらっていたりすれば、タイミングよく店の電話が鳴って真一郎はそっちの対応に向かう。オレはそばにあったペットボトルの水を一口飲んで、名前に向かい合う。相変わらずニコニコしやがって。


「イザナ、やきもち?」
「うるせぇな」
「ふふっ、嬉しいなって思って」


こいつ、わざとやってたんなら、さすがだろ。オレの悪態にも緩まねぇ名前はいつだってブレねぇ。ほんと、コイツは今も昔も変わんねぇよ。なんでも受け止めるそのスタンスが、いろいろ変わってしまったはずのオレの中の不安を解消させてくれることを名前もさすがに知らねぇだろうな。


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