短編 | ナノ


燦々と降り注ぐ太陽の日差し。目の前に広がる一面の黄色は圧巻。


「大きい…!」


わがままを言ったのはあたし。この時期にしか見られないこの景色を見たかったから。自分の身長よりも高いそれを見上げて思うのは、大きくても綺麗だということだ。と、言うのも今あたしが見つめているのは、大きく太陽に向かって花を咲かせているひまわり。


「随分、大きいじゃんネ。名前埋もれるじゃん」
「こんなにいっぱいあったら若狭だっておんなじじゃん…」


あたしよりも大きく咲き誇るひまわりとあたしを交互に見る若狭はいつも通り、ちょっと気怠げというか無表情。それもまた様になるのが若狭だ。


「名前、迷子になんなよ」
「ならないよ」
「わかんないじゃん。こんなにたくさん咲いてるんだし」


だけど、言うことは相変わらずだ。埋もれるとか迷子とか。
と、言うのも、ひまわりは一輪、二輪ではない。右を見ても左を見ても、ジャンプしてみてもたくさんのひまわりが咲いている、所謂、ひまわり畑にやって来ていた。ひまわり畑って来ことないから、どんな感じかなって思ってたけど人の数はチラホラいる程度であたり一面ひまわりは綺麗に咲いていて、道路から見たい印象でもそこそこ広そう。そんな場所に若狭はバイクでここまで送ってくれたわけだから、ちょっと疲れてるのか、もしくはあたしのはしゃぎ方に呆れているのかもしれない。もしかして、あたしがはしゃぎ過ぎなのか?とさえ思うほど、若狭は落ち着いた表情で辺りを見渡しているし、あたしに迷子になるなと言う始末。全くどうやって迷子になるんだと言いたいところ。だけど実際問題、あたしより身長が高く太陽に向かって咲くひまわりは、たくさんの本数があってひまわり畑の中へ歩み進めれば、出口も自分の現在位置でさえわからなくなりそう。正直、若狭の言う事がごもっともだったけど、それを素直に認めるのもちょっと嫌でつい、可愛くないことを言ってしまった。


「名前はすぐにどっか行っちゃうから」


あたしの可愛くない言葉も若狭には関係ないようで、あたしをギュッと腕に閉じ込める。肩に顎を乗せて身動きも取れず、完全に顎置状態。何処か儚くてそばにいる人たちの方が大きいせいもあり、見た目が華奢の様に見えて実際がっちりとした男の体なんだなって実感させられる。さすが特攻隊隊長やってただけあるなぁ…って思う…、け、ど…、


「暑いから…」


やっぱり可愛くないことしか言えないあたしは、そっと若狭の腕を外した。




若狭にせっかく連れて来てもらったのにな。
一緒にひまわり眺めて癒されたらよかったなって思ったけど、何一つ思った通りに行かなくて、一人でトボトボとひまわり畑の中を進んでいく。後ろに人の気配を感じないから、若狭はきっとついて来てない。まあ、あたし自身ついてこないように、とそそくさ移動してるのもあるんだけど。日差しが降り注ぐ中、風にゆらゆらと揺れるひまわりを眺めながら歩いていたら、突然足元に水が跳ねる感じがして視線を下げて一気にテンションが落ちていく。

完全に盲点だった。昨日、この辺りでは雨が降っていたのか、もしくはひまわりのために撒いたものかはわからないけれど、人が通れるスペースに大きな水溜りがドンと存在していて、それに気付かなかったあたしは思いっきり足を突っ込んでしまった。
あぁ、もう最悪だ。せっかく遠出までしたのに、ちょっとした言葉でムッとして、可愛くないこと言って馬鹿みたい。全部裏目に出て嫌になる。

若狭は黒龍…、特に真一郎くんを尊敬していることを知っているし、だから彼らとの時間を大切にしているのも理解しているつもり。そんな若狭が好きだから、あたしもそれで良いと思っているし、一緒にいれるときにいられればいいと思ってはいた。だからこそ、普段からベタベタするわけでもない関係。ドライと言えばドライなのかな、そんなつもりないけど。今回はそう言うわけにもいかず、と思って気張り過ぎたのかそのせいでやること言うこと全部可愛くないことばっかり。考えてみたら、普段もあたし自身が好き勝手過ごしてるのもあるから、一緒にいる時間より仲間の時間の方を優先してるのでは、って思えて来て悲しくなった。イヤイヤ一緒にいることだってあるかもしれない。だって若狭いつも変わんないし…。

あ〜考えれば考えるほどしんどい、普段から喧嘩とか好き勝手やってる若狭にちょっとでも彼女らしい何かをしてみようって考え始めて、こういうゆっくりした時間もいいかなって思ったのがことの発端。
だから、会う予定を決める時に普段じゃ言わないわがままをちょっと言ってみて、わざわざしなくてもいい遠出なんか発案しちゃって。これなら仲間の人たちとも行かないだろうから新鮮かなって思ったんだけど、結局こんなんじゃ意味がない。高くそびえ立つひまわりに囲まれて、このまま隠れて見えなくなって忘れて帰ってくれたらどんだけ良いのかなって、心の雲行きは怪しくなるし、負の連鎖ってどんどん繋がっていくし嵌ったら最後。



「こんなこと思いたくないのに…」



水溜りに足を突っ込んでることも気にしてる場合じゃなくなって、その場でしゃがんでうずくまる。こんなにメンタルが弱い人間じゃなかったはずなのになぁ…。兎にも角にも、今の自分は絶対不細工だし若狭の元に戻れる余裕もない。早く気持ちを切り替えて戻ろう、そのためにも今だけはちょっとだけ気持ちを整理して吐き出しておきたい。そう思って、息を吸い込んだら涙目のせいで鼻がズビってした。


「何、こんなところで水遊びしてんの」


ずっしりと背中に感じる重みと気怠げな抑揚のない声。あたしのどこを見て水遊びしていると思っているんだ、と言いたいけれどそれをグッと飲み込んだ。これを言ったらまた可愛くないしわかってる、若狭がわざと言っていることは。



「やっぱり迷子になってるじゃんネ」
「…迷子じゃない」



ずっと無視するなんてできなくて発した声は鼻声。絶対バレた、ぐずってるの。あぁもうやだな…、でもこのままでもいられないからちょっとだけモゾモゾしたら、背中の重みが取れて軽くなった。若狭が退いてくれたんだろう、その隙に手の甲で目元を拭って顔を少しだけ上げてみる。ずっと蹲ってたせいで太陽の日差しがちょっと目に毒で完全に上げられずにいれば、若狭が顔を覗き込んできたから思わずギョッとして少しだけ体が後退してしまった。



「何、泣いてんの」
「泣いてない」
「フーン」


若狭はやっぱり無表情で無反応。絶対めんどくさいって思われてるし、自分でもそう思うから申し訳なくなってきて、視線が自然と下がる。見たかったひまわりも全然見られなくて見えるのはひまわりの花たちに陰った茎ばっかりだ。


「オレは、名前が珍しくワガママ言ったから嬉しかったんだけどナ」


だからびっくりした。唐突に言われた言葉が予想外過ぎて、幻聴?かと思い、咄嗟に若狭に視線を向けてしまった。太陽に向かって大きく咲き誇るひまわりを見上げていて、あたしとは目は合わない。


「名前さ、基本言わないじゃん。あれしたいとかこれしたいとか」
「だって実際にないから、」
「まあネ。名前はそういう性格ってことはわかってるから、何か意味あったんでしょ」


今日此処に来たいって言った意味、そう言って若狭のアメジスト色の瞳があたしを射抜く。まるで心の中を見透かすように。その瞳にあたしは居た堪れず喉につっかえた何かを飲み込もうとした。けど、


「名前」


圧はない、だけど、このまま黙りこくっている事も許されないのはわかっている。あたしは飲み込みたかったそれを吐き出すように促されている瞳に流されて口を開く。


「…若狭はさ、いつも真一郎くんたちといろいろやってるでしょ」
「うん」
「いろいろ楽しいことやってるのは知ってるし、それでいいと思ってたけど。たまには彼女らしいことしなきゃって思って、ゆっくりできる場所に行けたら良いなぁって思って来たかったんだけど、」


若狭のがそっと頬にかかっていたあたしの髪に触れる。


「実際、そんなこと思っても、来たら来たでどうすればいいかわかんなくなって」


可愛くないこと言って、態度にも出しちゃった…って、実際には言えなくて唇を結んで押し黙る。


「名前って不器用過ぎ。珍しく名前が言ったワガママ、オレは嬉しかったんだけどナ」
「うそだ」
「ホント」


結局、若狭には全部お見通しだったみたい。
若狭もあたしも束縛するタイプじゃないからこそ、相手のやりたいことをやらせていたし、あたしもそうやって過ごしてた。それでいいと思ってたけど、本当にふとした瞬間、周りを見た時に、周りの話に耳を傾けた時、自分達の関係がこれで本当に良いのか、と感じてしまったのがきっかけ。
他のカップルはこうじゃない、とか。彼女らしさとか、恋人らしいこと、とか。そこからいろいろ考え始めて、ちょっとでと若狭にしてあげなきゃって思ったりもして。
そして考えた結果を行動に移そうとしたのは良いものの、結局それは自分達らしさを忘れてしまってたことに繋がるし。
だから、柄にもないことをしようとした結果、あたし自身がキャパ超えしていたらしくてこんな風に感情的になってしまったと後々恥ずかしくなる。何をそんなに焦っていたんだろうって今や思うほど。そんなあたしを見て、若狭は珍しく楽しそうに笑ってるから、本当にあたしだけが勝手に突っ走って暴走したのが面白かったのか、もしくは他に思うことがあっての笑いだってあり得る。
好きだと思っていても、あたしだけ若狭のことを案外理解してない可能性だってあるのかも。


「若狭ってどこまでわかってたの」
「さあな」
「面白くない」
「イイじゃん、オレらはオレらで」


若狭はそうじゃないみたいだからズルい。なんでもお見通しなのにそうやってはぐらかす、一枚上手の若狭には勝てない。

あーもう本当にズルくてかっこいい彼氏様だ。

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