短編 | ナノ


いつものように目が覚めて、いつものように化粧をして、いつものようにご飯を食べて、いつものように家を出る。何一つ変わらないルーティーンをこなして、いつもと同じ道を歩く。見慣れた住宅地を抜けて、小さな商店の並ぶ歩道を歩き、今では見慣れた店の前を横目に通り過ぎようとした時だった。

あたしは一度は気にも止めず通り過ぎかけたけれど、いつもと違うその光景だったことに気付いて数歩進んだ分だけ、駆け足でUターンした。


「え、」


ここは色褪せた看板に何年も上がることのないシャッターが上がっているじゃないか。何年も見ていなかったシャッターの中にあるガラズ張りにガラス扉、そしてガラス越しに見える内装。何一つ、遠い昔に行ってしまったはずの記憶と変わらない光景がそこにあって、あたしの頭の中はずっと混乱していた。震える手で扉を開けて、中に入ってみてもそれは気のせいではなく、綺麗なバイクが何台も並んでいるではないか。


「よう、名前」
「し、んいちろ…」


人の気配は感じなかった。だから名前を呼ばれたことも驚いたけど、一番驚いたのは真一郎がそこにいたことだった。いつものように作業着を着ていて、手袋を嵌めて首からタオルをぶら下げて、へへって笑っている何も変わらない。何も変わらないその表情も格好も見た目も仕草も全部が受け止めきれなくて、あたしは言葉にならず口をはくはくとすることしかできないでいた。


「なんで…」
「どうしたんだよ」
「だって、」


真一郎は不思議そうな顔であたしを見てくる。まるでコイツ具合悪いのか?と言いたげなその表情。具合が悪くたってこんなことはあり得ない。右、そして左を見渡すけれどここはやっぱり真一郎のお店であるS・S MOTORそのもの。綺麗に陳列されたバイクと奥にはいつものカウンターと廊下があって、店内の電気だってついているから、中は明るい。



「だって、しんいち、ろ…死んだはずじゃ」


全部が見慣れたはずなのに、今では見ることのない光景にあたしは言いたくないけれど、その言葉を口にする。認めたくなくて、でも認めるしかなくて受け止めるしかない現実を受け止めてどれだけの月日を費やしただろうか。やっとこのお店を目の前にしても泣かなくなったのに、今までの出来事が全部嘘だと言われているようで心臓がバクバクと早い鼓動を打つ。


「何言ってんだよ、オレはここにいるだろ」
「だ、え…、」


真一郎はちょっとだけ困ったように笑う。


「オレはここにいる」
「…しんいちろッ…!」


自然と涙が溢れていた。散々泣いて身体中の水分が出たんじゃないかって、毎日泣きすぎてそのうち脱水症状になるんじゃないかって思うぐらい、泣いて落ち着いたと思っていたのに、あたしの涙腺は今もまだ枯れていなかった。真一郎が目の前にいるじゃないか、あたしは悪い夢をずっと見てたんだ、そう思って何度も涙を拭う。拭っても拭っても溢れる涙を自分の手で拭っていたからビチャビチャになるし顔だってベタベタだ。


「っ、あたしッ、しんいちろにッ、は、なしたいことッいっぱいあってっ」
「うん」
「しんいち、ろに、あいたくてッ」
「うん」
「あたし、あたしねっ」


優しい声色だった。嗚咽まじりのあたしの言葉に耳を傾けて相槌を打ってくれる真一郎。普段は仲間達と一緒にハメ外したり、弟や妹の前ではふざけた話し方するくせに、こういう時は絶対そんなことしない真一郎。寂しくて会いたくて恋しかった存在が目の前にいるって実感させられて、少しだけ涙が落ち着いてきた頃、あたしは無意識ながら真一郎に手を伸ばした。


瞬きをした時、次目の前に広がったのは見慣れた自分の部屋だった。


「…やだ、もう」


枕に顔を埋めて働かない頭、だけど脳裏に焼き付いているそれを思い出して悔しくなった。
嘘つき、全部全部夢だった。真一郎は死んでいたし、いるって言ったのも嘘じゃん。びっくりするぐらいリアルな夢で、夢の中の方が本当に現実かと錯覚するほどだった。

自分の酷い顔を鏡越しに見つめて、ため息を一つ。そこからはいつものように化粧をして、いつものようにご飯を食べて、いつものように家を出る。何一つ変わらないルーティーンをこなして、いつもと同じ道を歩く。見慣れた住宅地を抜けて、小さな商店の並ぶ歩道を歩き、今では見慣れた店の前で立ち止まった。
褪せた看板に何年も上がることのないシャッターも健在。夢のようにはいかないか、と肩をすくめて一人で手を合わせて目を閉じる。そしてそのまま、あたしは再び足を動かした。コンビニでコーラを1本、レジで真一郎のよく吸っていたタバコを1つ購入。花屋ではスターチスとひまわりを含めた花を見繕ってもらった。これは毎年のルーティーンだ。



桶に水を汲んで、墓石に水をかける。先月持ってきた花はすでに枯れていて、新しく持ってきた花を生けてから線香に火をつけてそっと置き、手を合わせながら目を閉じる。この佐野家之墓という文字も何度見ただろうか。月命日の時に来られる限り来ているからその分だけ見ていることになるのか。

ふぅ…と息をついてから、ご先祖様たちには挨拶も済ませたしってことで買ってきたタバコに火をつけて、コーラのプルタブを引いて一緒にこれも置いてあげる。これは全部、真一郎のためのもの。


「真一郎の夢、見たよ」


何も変わらないあなたが出てきたの。


「真一郎に死んだはずじゃって言ったら、ここにいるだろって笑われてさ」


でも真一郎は自分では死んでないって言わなかったな。


「お盆だし、夢の中に会いに来てくれたのかな」


真一郎はいつだって優しいなあ。


「あたしはもう泣いてないのに」


夢の中では泣いちゃったから説得力ないけどさ。


「真一郎、大好きだよ」


重いって思っても気持ちだけは許してほしい、絶対に忘れないってこの花に誓わせてほしい。
気持ちを込めてスターチスとひまわりを今年もあなたに送ろう。


スターチスの花言葉は変わらぬ心
ひまわりの花言葉はあなただけを見つめている

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