短編 | ナノ



チャイムが鳴り響き、終了を知らせる音が学校中に響き渡る。ガタガタと一斉に椅子が動き、生徒たちが移動することにより、響き渡る雑音。みんな通知表を渡され、心置きなく羽を伸ばす人もいれば、苦笑いを浮かべ苦し紛れの雰囲気を浮かべる人と様々だ。あたしは通知表も筆記用具もスクバにしまって、愛用のうちわを手に教室を出る。隣の教室を覗いてみれば、同じようにホームルームを終えた生徒たちがワラワラと動き出していて、その中でお目当ての人を見つけ後ろからこっそりと歩み寄る。一緒にいる千冬がこちらに気づくけど、あたしはシーってジェスチャーで伝えた。千冬は名前を呼ばれて、慌てて視線を戻すからその動きがぎこちなさすぎて、ちょっとこれでバレたら千冬のせいにするからね!と内心問いかける。


「だーれだっ」
「ぁアッ?」


何とか背後まで回り込み、自分の座席で千冬とずっと喋っていた圭介の目元を隠して声をかける。背後を取られるなんて東京卍會の隊長さんもまだまだかな!って思ったけど、返された言葉が完全に彼女に対するそれじゃなくって、物騒だなぁと感じる。あたしの手をどかして、振り向く圭介は「何だよ」と呟くだけ。


「つまんない反応しないでよ」
「第一、名前が来てんのわかるわ」
「えぇー!ほら、千冬のせいだよっ」
「はぁ?!俺のせいじゃねぇし…!!」



ヤイヤイ千冬と口論開始。それもすぐ圭介によって止められるんだけど。呆れてため息ついて、圭介幸せ逃げちゃうよ。と思ったけど、口に出すとまた何か言われかねないからやめておく。


「ほら、帰んぞ」
「そうだ!圭介!海行こう…!!」


次は圭介が、はぁ?みたいな顔してる。圭介がその顔するのは純粋に凹むからやめてほしいんだけどな。千冬も何とも言えない表情してるし、何なのもう。


「学校終わったし!終業式も終わった!明日から夏休みだよ!?海開きもしたのに行けてないじゃん!」
「終わったからって今から行くのかよ」
「明日からしばらく制服着ないんだし、せっかくだから良いじゃん」


圭介は正直めんどくさそう。あんま乗り気じゃないようにも見える。だけど、明日から夏休み。つまりしばらく制服とはおさらば。圭介のことだから、夏休みもどうせ千冬とかマイキーくんとか仲間と遊ぶことも多いだろうし、今日ぐらい思いっきり面と向かってわがままを伝えないと、明日以降どうなるかは全て未定だ。


「こんな暑い日に場地さん巻き込んで制服で海行くって正気かよ」
「いいじゃん、制服で海行くって今しかできないよ」


正気じゃないことは重々承知だ。でもそれ以上に今という学生時代を満喫したい。それを圭介と一緒にしたいだけ。


「はぁ…、しゃーねぇなあ」
「え、もしかして!?」
「いいよ、行ってやるわ」
「やったぁ!!」


圭介はこういう男だ。何だかんだで優しいから付き合ってくれるできた彼氏だと思う。わかってはいたけれど、いざ承諾してもらえるとやっぱり嬉しくてあたしは両手を上げて喜びを表す。千冬が「場地さん、暑いんで気をつけてくださいね」なんて言ってたし、千冬だって圭介がオッケーならぐるりと意見を変えるから、チョロいなって思った。




電車に揺られて1時間以上。スマホの乗り換えアプリを確認しながら何度か乗り換えをして、やってきたのは全く見慣れない神奈川の駅。ここに本当にあるのか、と思いたくなるけれど、駅を出てすぐに海はこちらという立て看板を見つけて、圭介の腕を引いて歩く。ちなみにあたしは日傘の代わりにうちわで日除け。気温も高いせいで、暑さを鬱陶しく感じた圭介は髪を結いていたりする。


「海だー!!すごーい!」


道が開けた途端に広がるのは目が痛くなるほど鮮やかな空と海。鼻をくすぐる潮の香り。キラキラと日差しに反射する海が綺麗で来れて良かった反面、水着がないことをここで悔やんだ。


「すごいね、圭介!」
「おー。つーか、歩きにく」
「ローファーだと仕方ない。ぁ、砂入った!ちょっと待って!」


砂浜にローファーのまま入ればすぐに足を砂に取られる。それでも海に来たという事実が嬉しくて、キラキラする光景を一緒に見たくて少し先を歩く圭介に声をかけてたら、ローファーの中に砂が入ってしまった。ローファーと靴下の間がザラザラしていてちょっと気持ち悪い。


「圭介、肩かして」
「ん」


肩を貸してと言ったのに、圭介が貸してくれたのは片手。まぁ、圭介の肩だと高い位置になるから、手のほうが高さ的にはちょうどいいのか。しっかりとあたしの手を握ってくれる圭介にあたしの体制を預けて、肩足立しながらローファーを逆さまにひっくり返して中の砂を払い出す。サラサラと落ちていく砂も綺麗で、陽が反射する砂浜のバック背景が逆に眩しく感じる。


「圭介と制服で遠出できたの嬉しい」
「そうかよ」
「うん」


砂を払った後も、暑いというのに恵介と手を繋いだまま砂浜を歩く。繋いでいる手が汗でじんわりと蒸れそうだけど、圭介がこうやって人目気にせず手を繋いだままでいてくれるのが嬉しくて手放せず、あたしはついつい頬が緩んでしまう。


「なんか食べ物あった方がよかったかな」
「食いもんあったら、アイツらに狙われっぞ」
「アイツら…?」


暑いから持って来れるものも限られてくるけれど、こんなにも暑くて綺麗な海なら、何かあっても良かったなって思った。学校終わってまっすぐここに来ちゃったから、小腹も空いてきたしと思って提案してみたけれど、圭介はあんまり乗り気じゃない様子。アイツらって誰?って思ってたら、あろうことか圭介は空を指差してアイツら、と再び呟く。


「…とんび」


真上は眩しくて見れない。けれど、うちわで日除け代わりにして空を見れば、ピ〜ヒョロロロロと鳴きながらスーッと空中旋回を繰り返すトンビの姿。なるほど、確かに食べ物を持ってたら取られちゃう。昔、遠足で食べようとしたお弁当を狙われた記憶があるから、アイツらならやりかねない。



「食いもんなら、この後どっか入ろうぜ」
「そうする…」


せっかく海に来たのに、本当にやることがなさ過ぎて無計画にも程があるなと我ながら思ってしまった。いっそのこと、ローファーも、靴下も脱いで海に足だけ入っちゃう?でも拭くためのタオルがない…、普段使いのタオルはあるけど、汗を何度も拭いてるしそんなに大きくないから使うのもなぁ。


「前によ」
「うん?」
「マイキー達と自分らの愛機で江ノ島行ったことあったんだよなあ」
「え、バイクで?」
「おう」


今日あたし達は電車でここまでやってきた。下りということもあり、ここまでくる間は運良く二人で並んで座れて。圭介に寄りかかって途中寝ちゃったりもしたけど、圭介はそっか。普段からゴキってバイク乗ってあちこち行ってるもんね。家族以外でこうやって遠出って言っても隣の県までだけれど、来たのが初めてだからワクワクしていたのに、圭介は初めてじゃなかったことがちょっとだけ寂しいというか、面白くないというか、モヤッとしてしまう。


「あの時はよ、マイキーのホーク丸が壊れてよ、俺が押していったんだよな」
「そうなんだ」
「いろいろあって楽しかったんだよな」


あたしの知らない圭介がきっとそこにはあって、やっぱりそんな圭介と一緒に過ごせる仲間の人たちが羨ましいと思わずにはいられない。こんなの、ちょっとした嫉妬だ。


「だけど、こういうのも悪くないな」
「けーすけ…?」
「名前のこと、俺のゴキに乗せてあっちこっち連れて行ってやりてぇなって思うけど」
「うん」
「今日みたいに名前と一緒に電車乗ってよ、ゆっくり乗って遠出も名前の横にいれて良いなって思ったんだよ」
「…ホント?」
「嘘ついてどうすンだよ…」


普段からバイクに乗って移動する圭介からすれば、バイクの方がきっと楽だし早いんだと思う。それでも、今回あたしのわがままで連れ出して一緒に県を跨いでまで来てくれた海。制服だから二人とも海に入ることすらできなくて、お預け食らって見てるだけっていうのに、圭介は嫌な顔どころかこんな風に思ってくれていたことがすごく嬉しかった。めんどくさいと思ってない?それは圭介が優しいから合わせて言ってくれてるんじゃないの?って思ってみたけど、圭介の言う通り嘘ついてどうするんだってなるし、何より圭介は嘘が下手だからこんなことを嘘では言えない。


「圭介、また一緒に遠出してくれる?」
「おう。次は突発的じゃなくて、ちゃんと準備してな」
「やったー!絶対だよ!」
「おわっ!突然飛び乗んなって…!」
「だいじょーぶ!」


嬉しさのあまり圭介の背中に飛び乗れば、体制を崩しつつもなんとか踏ん張ってあたしを背負ってくれた。ちなみに持っていたカバンは砂浜に無造作に振り落としてある。


「けーすけ、暑いからアイス食べよーよ」
「あちぃなら、まず俺の背中に乗るかぁ?」
「それとこれは別!」


暑いし汗だく。


暑い夏、明日から楽しい夏休み。

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