短編 | ナノ


些細なきかっけだった。ただ普通に他の奴よりちょっと仲の良い関係。同学年と言っても周りは一個下だけど、そんな奴らの中でちょっとだけ落ち着いていて騒がしくなくて話しやすいしなぐらいの感覚で、何かと話していたことのあるって立ち位置。そんなある日、放課後に残って手紙を書いていた時、たまたま名字が教室に入ってきたんだ。


「何やってるの?」
「…ダチに手紙書いてんだよ」
「へえ、そういうことするんだ」
「んだよ」
「意外だなって思って」


オレの前の椅子に腰掛けて、手紙を覗き込んでくる。大体のヤツはオレがこうやって手紙を書くなんて意外だって言って揶揄うヤツが多いけれど、名字の意外って言葉の意味はそれと違うのは声色でもわかった。名字の言う意外って言うのは、なんつーか、新発見みたいな感じ。


「場地って案外そういうところあるよね」
「どういう意味だよ」
「うーん、マメ?」
「んだよ、それ。それより、お前も何しに戻ってきたんだよ」


たまに名字の言う表現は訳がわかんねぇ。だから、そういう時は大体別の話にしちまうんだけど、実際名字は放課後で一旦は帰ったはずなのになぜ戻ってきたのか。こんなところで座っていて良いのかよ。オレより自分のこと気にしろ、と思って言い放った言葉に名字は「そうだった」とまるで他人事のように呟いて笑う。


「机の中に〜あった、これこれ」
「あ?課題とかあったっけ」
「違う違う、これは個人的なやつ」


名字は自分の座席に戻って机を覗き込み、紙を取り出した。1枚ではなく複数枚の束って感じで、オレの記憶にないところで課題とか出されたっけか、と今日の記憶を辿ってみるが何一つ思い出せず、やばくね?と内心慌てていれば名字は掴みどころのない笑みを浮かべながら首を振った。


「場地って誰かと付き合ってたっけ?」
「いねぇけど、なんで」
「そっか。いや、ちょっと付き合うってどんなんだろうって思って」


名字は落ち着いているし騒がしくない。たまにワケわかんねぇなって思うことはあるけど、これはこれで一つのミリョクってヤツなんだろうな。だから、そんな名字が突然、こんな色恋沙汰の質問してきて、面食らったけど名字だしな…って謎の納得感もあった。


「うーん、カップルのことが知りたい的な感じだからなぁ。場地さ、良かったら付き合ってよ」
「…良いけど」
「なーんて…、え?」
「あ?」


外から聞こえる部活動をしている練習の声や吹奏楽の楽器の音が教室まで響いてくる。そんな中、耳に届いた名字の突拍子もない発言は珍しくないけれど、こいつが変な冗談を言わないヤツだと思ってる。だから、誤魔化そうとした言葉に、オレが聞き返せば名字は開いていた口をギュッと結んで黙りこくってしまう。


「…本気?」
「オレが冗談言うと思うのかよ」
「思わない」
「んじゃ、良いだろ」


肘をついて名字を見つめる。周りの同級生はオレより一つ下。留年したことにより学年が一緒でもオレが一個上であることは割と周知されたことではあるけれど、そんなオレを怖気つかず普通に話しかけてくる女子。揶揄うわけでもなく、人より落ち着いてるし話やすいヤツ。そんな認識からオレの中で気になるヤツに昇格していたのは名字は絶対知らない。正直こんな会話にすらならなきゃオレだってこんなこと言わなかった。だけど、名字がカップルのこと知りたいとか、付き合うってってわざわざ言ってきたんだから、良いだろう別に。全部名字のせいにして、オレは再び手紙を書くために視線を下に向ける。決して名字からの視線が居た堪れなくなったワケではない。手紙には何を書こうとしていたっけ、と記憶を辿るけれど上手く働かない頭を掻いていれば、再び名字がオレの前の席に腰掛けた。


「カップルって手を繋いだりするんだよ」
「んだよ」
「場地にできるの?」
「ばっ!」


コイツ、オレのこと馬鹿にしてんのか?って思わず顔を上げたら、人より落ち着いていてあまり表情を大きく変化させない名字が珍しくちょっとだけ恥ずかしそうに顔を赤らめていたから、次はオレが唇をグッと閉ざす。さっきまで頭を掻いていた手で机に乗っていた名字の手を取り、「できんに決まってんだろ」と呟く。そしたら、名字は再び黙るし、ここで手を離すのも何か癪で名字の手に触れていてオレは一つの違和感に気付く。


「…お前、指先硬くね…?」


触れて気付いたのは、名字の右人差し指と中指の先の皮膚の異様な硬さ。割と名字と話すけど、オレらは今の今まで所詮はただのクラスメイト。知らないことだって多いし、名字もそれは同じのはず。だけど、早速こういう発見があるとは思わなかったオレは、まじまじと名字の指先を見つめながら何度も自分の親指で名字の指先を触れてしまう。


「あーうん、それね」
「何やってんだよ」


ここまで指先が硬くなるようなことって日常的な生活をしていたらないはず。スポーツ?でもコイツ、そういう柄じゃねぇっていうか、スポーツは何もしてないって言っていたはず。運動とかは普通つってたし。んじゃあ、何。危ないことしてるワケじゃねぇよな?とモヤモヤしていれば、名字が少し困ったように笑う。


「ベースってわかる?楽器の」
「ベース?」
「そう、ギターに似てるやつ」


名字がオレの広げていた書きかけの手紙の上に載せたのはさっき机から取り出した数枚の紙束。そこには全く読めねえ音符の羅列、所謂楽譜に赤ペンなどで様々に書き込まれたヤツだった。


「あたし、ベースやってんだよね」
「へえ」


ベースってあれか?となんとなく思い出すけれど、全体図がモヤモヤしていてはっきりしない。ギターみたいなやつ、って言われてもオレは特別音楽を意識するワケでもなければ、そういう楽器系も詳しいワケではないから、何となく出てくる返事も空返事になってしまい、明らかにわかってませんてのが声に出る。


「そう、ギターみたいな形してて、弾くと音が鳴るんだけど、普通ならピックってギター弾くときとかも使うこのぐらいのがあるんだけどさ。ベース弾く人って、ピック使うか指で弾いて弾く人に分かれるんだよね。で、あたしは指弾き」


それでも名字はこういう時いつだって呆れずちゃんと説明してくれるいいヤツだ。現に指で輪っかを作って、これぐらいの三角のやつって教えてくれるけど、やっぱりオレはピーんとこないから、ふーんぐらいの返事しかできねぇ。こういう時、多分千冬とかの方が上手いこと言えんだろうな。アイツなんかそういう漫画読んでるし。



「取りに来たのはベースのスコア…って言って楽譜だね。これないと練習できないから取りにきたの」
「なるほどな」
「ちなみに付き合うとかカップルとかの話はオリジナル曲作るにあたっての情報で参考に欲しいなぐらいの感覚だったりして」
「は?お前、曲も作んのか…?」



スコアって言われても音符の読み方すらわかんねぇから、オレは適当に眺めながら話に耳を傾けていたら、オリジナル曲作るとか言ってっから思わず顔を上げてしまった。何、そんなすげぇことしてんのって驚きとぜんっぜん知らなかったんだなって驚きがオレに殴りかかる。


「一応ね、まだまだだから人様に言えるようなことじゃないけどさ」
「んでだよ、胸張って言えよ」
「場地ってそういうとこ、真っ直ぐで良いなって思う」


ありがと、ってハニカム名字の顔がちょっとだけ気恥ずかしそうにするその様子にオレの中で何かがグッときた。名字は普段から素直にありがとうと言うヤツだったけど、それは今までの関係あってのことでオレも深く気にしていなかった。だけど、さっきオレらの関係は少しだけ変わったこともあり、その表情とか仕草とか言葉一つでこんなにも変わるのかよ…と動揺してしまう。


「ベースってどういう見た目のやつ」
「見た目?」
「あぁ、色とか」
「白だよ、綺麗な白」
「ベースやってるってことは、一人じゃねぇんだろ」
「うん、バンド組んでるよ」
「男いんの?」
「いるよー」


もうちょっと名字の知らねぇこと、知れたらなって欲が出て、絞り出した疑問をポンポンと投げかける。白いベースか。今度見せてもらおうと思いつつ、投げかけた次の質問。いねぇって返事が欲しかったけど、そうも上手くはいかない。思わず、は?って思った言葉をなんとか飲み込んだ。


「そんな顔しないでよ、」
「どんな顔だよ」
「怖い顔してるよ」
「元々こんな顔だわ」
「あと指、力入ってる」
「…わりぃ」
「いいよ」


名字に言われて、手元に視線をズラせば気付かないうちに名字の硬くなった指先を力を込めて握っていたらしい。硬かったし、最後の方はほぼ無意識に触ってたから改めてずっと握っていたことにちょっと居た堪れなくなりオレはパッと手放す。


「場地が気になるなら今度来てみる?」
「何に」
「ライブ」
「…行く」
「じゃあ、松野と一緒に来てよ」
「おう」


今の名字は嬉しそうな表情。ライブ、行って良いのか。とじわじわと広がるのは素直に嬉しいというプラスの感情。仲間たちと一緒にいる時に感じるのとはまた別のちょっとくすぐったいけど、嬉しい気持ちを噛み締めながら名字ってこんなにコロコロ表情変わるんだなってことに気付く。なんつーか、笑い方一つでも全然違って見える。これが付き合うってことか?とこれはこれでオレの中の何かがザワザワして落ち着かねぇ。


「ライブは楽しそうな表情にしてね」
「どういう意味だよ」
「怖い顔で来ないでねって話」
「だから元々こんな顔だわ。それより、帰らなくて良いのかよ」
「うん、ここにいた方が良い刺激になって参考になりそうだから」


そうだ、コイツにとって付き合うって音楽の一環なんだった。ちょっとだけそれが面白くねぇけど。これも少しでも言葉にしたらまた何言われるかわかんねぇから言わねぇけど。


「それに、誰もいないところでこうやって場地と話せるのも良いなって思ったから」


せっかく、付き合うんだしね、と次は名字の方からオレの手に触れた。手の甲を掠めるように撫でる名字のちょっと硬い指先がくすぐったく感じる。


「場地のことも色々教えてよ、音楽関係なしにさ」
「おう」
「とりあえず、一緒に帰る?」
「まだしばらく、かかんぞ」
「うん、待ってる」
「…あと名前」
「うん?」
「名前で呼べよ、名前」
「ん、わかった」


名字…いや、名前はふふっと笑う。「圭介」と呼んだその音は、自分で言ったくせに耳馴染みしなくて、これもまたくすぐったくなった。


オレらはさっき変わったばっかり、これから名前と徐々に変わっていけばいい。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -