短編 | ナノ


時間の経過というものは時に残酷だ。三日、一週間、そして一ヶ月とあっという間に過ぎていく。自分の気持ちばかり取り残されて、時間は何一つ待ってくれない。四十九日なんて、それこそ気付けば経っていて、みんなで最後のお別れを盛大に行ったのも記憶に新しい。
時間経過によって、気持ちもだんだんと落ち着いて来た。毎日泣いていたし、ご飯だってろくに食べられず。あぁ、もうここで終わりかなぁ…とさえ考えたぐらいだ。周りの友人たちはそっとしておいてくれた。普段はいつだってくだらないことで連絡がきたりする友達も、今回はしばらく音沙汰なし。きっと落ち着くまで待ってくれてるんだろう。

二、三ヶ月が経つ頃、やっと自分から人に会いたい欲が出てきて、あたしは久々に自分からメッセージアプリを起動する。全く開いていないわけではないが、連絡が来たから返すという時だけ。自分から、何もないタイミングで開いて、誰かに連絡をしようと思ったのがすごく久しぶり。最初の出だしをなんて書くべきか悩む。スマホの画面上を指が何度も空回り。打っては消してを繰り返し、こんな内容で良いのかなと思ってしまうほど、あたしは自分から他人に連絡を取っていなかったのかと自覚させられる。前だったらこんなに悩まないのにな、と思いつつ完全にその気軽に送る感覚忘れてしまったらしい。やっと作成できた内容はもうこれで良いやっていう半分投げやりな感じ。送信ボタンをタップして、未読のままのそれをじっと見つめる。やっぱりこれでよかったのか、と思いつつも送ってしまっては取り返せない。消したとしても、取り消した通知が相手に行くわけで、何を送ってきたのかと聞かれるのが関の山。あたしはスマホを手放し、ちょっとだけ緊張した気持ちを誤魔化すように他のことを片付ける。チラチラと視界の端に入るスマホが気になりつつも、見て見ぬふり。体感では一時間ぐらい経ったのではと思いたいところだけれど、実際は数分経った頃にスマホの画面が明るくなった。急いで手を伸ばしたスマホに映る新着メッセージの内容を見て、ずっと上がっていた肩が下がるのを感じた。体がこんなにも無自覚に張り詰めていたらしい。そこからは、もういつも通りだ。送られてきた内容にタップする指がスムーズに動かせるようになっていた。



半個室の居酒屋であたしは一人、ちびちびとお冷やを飲んでいた。居酒屋なのにお冷やを飲むのもおかしな話だけれど、とりあえず運ばれてきたお通しを食べ切らない程度につまみながら、電子メニューをスライドしてサラダとか唐揚げとか定番のものから注文。


「悪い、遅くなった。お待たせ」
「ううん、仕事お疲れ」


オーダーした料理たちが運ばれてくる前にやってきた千冬。仕事終わりだからゆっくりでいいと言ったのに、見た感じ急いで来たっぽい。若干、息が乱れているように見える。とりあえず飲み物を何にするか、ということと今頼んだ食べ物を伝えて、料理を追加でオーダー。しばらくして飲み物と順々に運ばれてくる料理で気付けばテーブルの上は埋まっていた。箸で適当に摘んで、食べて咀嚼して。アルコールがあるというのに、久々に会ったせいか、なんとも言えないぎこちない空気。別にやましいことがあっての久々じゃないから、気まずい訳ではないけれど、お互いに切り出し方を探っているような。あの日メッセージを送った時と同じ、何から切り出そうか言葉を考えては消してを繰り返し、あたしはやっと言葉を発するために口を開いた。



「四十九日ももう終わったんだ、あっという間だね」
「そっか、仕事はどうなんだよ」
「一応みんなでなんとかやってる感じかなぁ」


あたしも千冬も視線は合わず、料理や飲み物、はたまたメニューを見たりしてポツポツと話す。脳裏に浮かぶのは、しばらく会わなかった期間にあった出来事。目まぐるしく過ごした日々がもうだいぶ昔のようで、でも全てがこの半年以内の出来事と考えたら時間経過のバグにちょっと恐ろしくなった。


「尊敬していた人が亡くなるって、しんどいなって思ってたけどさ。実際そうなると思ってた以上に辛いものがあるね」


あたしの尊敬する人が亡くなった。それは職場でお世話になっていた上司で、腹立つこともあれば辞めたいと思ったこともあったけど、それ以上に感謝と尊敬が上回る人柄のおかげでずっと働いてこれた。理由は病死。まだ若いのに患った病気が悪く、病気の進行は手を尽くしても止められず最期を迎えたという。尊敬する気持ちが大きかった分、ぽっかり開いた穴は大きくて感傷に浸る日々。それでも日々は待ってくれず、悲しむ日々の中で今後をどうしようってずっと悩んでいた。


「仕事辞めようかなって思ったけど、あの人が残したもの…やれるところまで残して行きたいねって話になって、続けることにしたの」
「うん」
「ずっと毎日泣いてたのに、今じゃ段々気持ちが落ち着いてきてさ。あっという間だなぁ…って思う。それでさ、思い出したんだよね。場地くんのこと」



あたしからこの名前を言うことはあまりなかった。だからか、ここでこの名前が出ると思わなかったからか、唐揚げを掴んで口に運ぼうとしていた千冬の動きがぴたりと止まる。あたしと千冬は小学校から一緒だったから、今でも覚えている。中学に上がった時に出会った場地くんのこと。懐かしいな、と思いつつもあのころの千冬の気持ちを考えたら、改めてすごく辛くなった。



「5年ぐらいか、ずっと一緒に働いてて情があったあたしの上司が亡くなって、こんなにも辛くて寂しくてさ。会いたいなって思って毎日過ごしてるけど、これを中学の頃に千冬はもう経験してたんだって思ったら、…なんだろうね、なんて言えばいいかな。しんどかった」
「うん」
「千冬はさ、自分で場地くんの意志引き継ぐ決心決めて、自分でお店開いてペットショップやっててさ、これぜーんぶ中学の頃から決めてきたって、あたしが思ってた以上に葛藤して苦しんでもがいて来たんだなって今更気づいたんだよね」
「今更、ってそういうもんじゃないだろ」



千冬は少しだけ不服そう。うーん、上手い言葉が浮かばないからなあ。


「こういうのって経験しなきゃわかんないじゃん、例え事の大きさとか辛いとか悲しいとかわかってても、やっぱり本人がその立場になんなきゃこの痛みはわかんないなって」
「誰しもが経験していいことじゃないけどな」
「そうだね。しかもあたしは病気してたの知ってたからさ、カウントダウンってあったけど、場地くんの場合は突然だったじゃん。しかも中学生の頃にあたしが千冬の立場だったら、受け止めきれないよ」


あの頃の千冬は凄い尖ってて、でも場地くんに会って変わって楽しそうだった。だから、あたしは連絡網で場地君のことを聞いた時、ビックリしたし信じられなかった。だけど千冬の顔を見た時、あぁ本当なんだってその瞬間、染み込むようになんとも言えない感情が流れ込んできたのを覚えている。当時、周りで人が亡くなることの方があまり経験していなかったから何も言葉は浮かばなかったし、どうすれば良いかもわからなかった。しばらく千冬は抜け殻状態、あの頃もあんまり会話を交わしていなかったなと懐かしくなる。


「場地さんのことスゲー考えた。場地さんならどうすっかな、とか」
「それを考えられること自体が凄いって」
「そうか…?」
「そうだよ、自分の感情だってあるのに、感情的な時ほど場地くんって他人の立場のことを考えられるってなかなかできないって」


千冬は凄いんだよ、人間って感情的になったらムキになるし、自分の我を通したくなる。だけど、それをせず尊敬する人のことを考えて、その人の思うであろう意思を尊重するって社会人になった今だからできるけど、部下にしたらめちゃくちゃ良い部下だって気づいてるかな。今や店長さんだし、自分のことだしわかなんないか。


「千冬は偉いね、場地くんも喜んでると思う」
「だと良いけどな」
「常に思い出してもらえることが相手への供養にもなるって言ってたし。忘れられていく方が悲しいから、ずっと覚えてもらえて思い出してもらえること、嫌なんて思わないよ」
「そっか」
「千冬は偉い偉い」
「そう考えたらお前もな」
「ふふっ、ありがとう」



やっと千冬の目が見られた。久々に見た千冬の顔は少しだけ気恥ずかしそうに困った笑みを浮かべている。あぁ、昔はあんなに尖っていたのにね。上げていた髪もいつの間にか下ろして、金髪だった髪も黒くなって。人は生きている限り変化していく。気持ちだってそれは同じはずなのに、ずっと変わらず抱えていく千冬はやっぱり凄いなって思った。あたしも少しずつ、前を向いて歩こう。

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