短編 | ナノ


気温は30度近く。熱い日差しがジリジリと照りつける。外にいれば額にはじんわりと汗ばむし、直射日光の元にいれば肌が焼けて嫌になる。こんな時クーラーの効いた部屋に入れれば一番幸せなのだけれど、あいにく我が家のクーラーは壊れてしまって使えない。

となれば、涼むための手段を考えなければいけなくて、あたしは必然的に上がり込む。


「ねえ、暑いんだけど〜」
「うっせ、わがまま言うな」


上がり込んだのは圭介の家。勝手知ったるなんたらで、学校帰りに一緒に帰宅してそのままお邪魔した。途中まで千冬もいたけど、団地でバイバイ。ちなみに圭介が千冬って呼んでるからそのままあたしも千冬って呼んでたりする。圭介に家のクーラーが壊れたこと、新しいのを頼んでもすぐに取り付けまではできないこと、だから家で過ごすのがしんどいこと、ぜーんぶ言った。そう全部言ったのに、言った上で、圭介の家に行きたいって話までしたはずなのに、圭介の家にいざ行ってみたら、クーラーの効きが悪すぎてびっくり。もしかして圭介のところもクーラー壊れてるの?そう思ったら、何のためにここに来たのかという疑念しかない。そしてやり場のない暑さへの苛立ちを圭介にぶつければ、ギロリと睨まれてしまった。


「何で言ってくれなかったの」
「何が」
「クーラーの効きが悪いこと」
「聞かれてねぇし、扇風機で我慢しろ」


圭介の部屋の畳にペタリと座って、ワイシャツの胸元をガバガバとさせて空気を入れ込んでいれば、扇風機をあたしの前に持ってきてくれた。スイッチを入れて至近距離で風を受けていれば、涼しげな風がダイレクトに当たって気持ちいい。クーラーの恩恵を受けてしまうと扇風機なんて…って思いがちだが、扇風機もなかなかやるな。扇風機様様かもしれないと考え方を改めさせられる。

扇風機のおかげで、暑い日差しの中歩いて噴き出た汗も幾分か引いてきた頃、そういえば圭介はどうなんだろうと思った。どう、と言うのはこの暑さに対してだ。圭介にははサラサラとした綺麗な黒くて長い髪がある。こんなに暑い日、たとえ結いていたって暑いはず。扇風機はあたしが独占しているし、圭介はどうしてるんだろうと思って、扇風機から送られる風をしっかりと全身で受け止めながら、扇風機越しに圭介を見る。


制服はそのまま、シャツも着たままの圭介が目の前を素通り。そのまま部屋を出てしまったから顔は見えなかったけど、高い位置で髪を結いていてそれが色っぽくてちょっとだけドキッとした。この暑さに加えて、あたしが圭介にドキッとするなんてちょっと複雑。本来ならば、あたしに対して圭介をドキッとさせるべきだろうに、なんか負けた気がしてこのモヤモヤも一緒に吹き飛んでしまえと思いながら、目を閉じた。


「あー…」


扇風機の風に当たったまま、つい声を出してしまうのは、幾つになっても変わらないらしい。だってやりたくなってしまうのだから仕方ない。無意識にやっていたそれ。このまま動きたくないな、なんて思っていれば圭介が何かを持って戻ってきた。


「名前、飲みもんいるかぁ?」


ご丁寧にグラスが二つ、中を見る限り麦茶かな。どうやら圭介が入れてくれたらしい。一つは自分用でグラスに口をつけていて、少しだけ中身が減っていた。あたしに声をかけた後、また一口飲むためにグラスに口をつけているから、あたしも飲みたくなって黙って手を出せば、そのまま手渡してくれる。



「ぷはっ」


ゴクゴクと喉に流し込めば、ひんやりと冷たい麦茶が喉から体を潤してくれて凄く気持ちいい。体外に風も良かったけれど、中から潤すのも大切だ。しかも麦茶はこうやって冷えてなければ美味しくない。クーラーが冷えないことはよろしくないが、扇風機に冷たい麦茶、これだけでも快適、幸せだ。呑んだグラスをどうしようと思いつつ、畳の上に置くわけにも行かないので、ちょっと高い位置になるけれど圭介の机の上に置くことにした。圭介といえば、部屋に戻ってくるなり、あたしに背を向けて本棚と向き合っている。多分、適当に漫画でも読み始めるつもりなのだろう。そうなると、やっぱり目をつくのは圭介の後ろ姿、つまりは一つに結いたポニーテール。基、うなじのあたり。やっぱり何度見ても、色っぽい。髪はサラサラ、うなじは綺麗で色っぽいってどう言うこと?男なのに、こんなことが許されるのか。結いた髪の毛のうなじ寄りのところが少し水気を含んでいて、汗をまとっているのもわかるし、じんわりと汗ばんでるっぽいその感じさえ、色っぽさ倍増の元だった。面白くない、


「ねえ、圭介」
「ぁあ?」
「本当に男?」
「はぁ?」



気づいたら圭介を呼んでいたし、思ったことを口にしていた。と言っても、簡潔的に言いすぎて圭介からすれば、何だよこいつアホか?って思われても仕方ないと思う。だけど、本当に面白くないんだもん。


「髪の毛サラサラだし、長髪似合うし、結いたら後ろ姿色っぽいし、本当に男?」


扇風機の風は相変わらず全身で受け止めたままなので、パタパタと制服のワイシャツもスカートの端も靡いている。靡いてるのか、捲れてるのを阻止しながらとも言うべきかわからないけれど、いっそのことこのスカートさえ履かせてみたら似合うのでは?という謎の疑問符まで湧き上がってきた。それはそれで面白いかも、なんて思っているのは多分あたしだけだし、こんなふうに思っているなんて圭介も知る由もないだろう。だから、例え今している眉間に皺を寄せた仏頂面だって、あたしが口にした発言が理由だろうし、決して頭の中まで覗かれているとは思わないし、あり得ない。


「本気で言ってんの?」
「割と」


割と本気で思ってる僻みと妬みと冗談だ。それを要約して割と、と返せば圭介は手にしていたであろう本を床に置いて立ち上がる。一、二歩歩けばすぐにお互いと触れられる位置まで来れてしまうぐらいの部屋の中、圭介の一歩半であたしのすぐそばに来たかと思えば、脳内処理が一気にバグる。部屋に響く扇風機の回る音と本来いた場所に圭介がいることによって、圭介の髪が靡いていて。あたしと言えば、天井を背にした圭介を見上げていると気付いたのは、数秒後のことだった。肩を押されて、両手首を固定されて自分とはまた別の他人の体温を手首に感じて熱さと暑さを感じていると処理した時、脳内が自分の今起きたことをゆっくりと理解する。



「男じゃねぇやつがこんなことすんのかよ」
「え、と」



下から見上げる圭介は目に毒だった。うなじが色っぽい、ポニテが似合ってずるいと思っていたけれど、着崩して第二ボタンまで開けたワイシャツ、下を向いていることによって、胸元がはだけて筋肉質なところがいつもより見えているのにいい感じに隠れていると言うべきか。あぁ、男の人だなって思わされる体付きを見せつけられた上に、こんな画角からは何か起きないと見れないものだからこそ、頭の中は大混乱。圭介に言われた言葉もなんて返せばいいか分からなくて、口籠る。


「座り方も気にせずに扇風機占領してよぉ…思いっきり風を受けてっから、スカートめくり上げて太ももまで見せてきたり、煽られて見える胸とか見てこっちは我慢してたのに、」
「っけ、すけ」
「それでも男じゃねぇって言えんのか?」



元々口数が多いタイプではないのはずっと前から知っている。それにこんなこと冗談は言わないことも知っている。つまり、今の現状は冗談でもなければ過ちでもない。真っ直ぐ見下ろされた視線と手首から伝わる体温に力の差、今まで感じていた色っぽさだって中学生らしからぬとまで思っていたけれど、全部男なのか?と言う疑問から生まれたものではない。圭介が男だからこそ、ずっと好きと言う感情を抱えていたからこそ、目を引いてしまい気になってしまったものだ。それを全部他の何かに理由つけて言い訳していたのは誰?全部全部、自分自身。気づいた時には時すでに遅し、事は起きていて言い訳すら思いつかない。


「俺はずっと男として見てたんだけど」


そんな風に言われたら、余計何も言えなくなる。今までどうやって話していたっけ、どんな風に一緒にいたっけと思っても考えても思い出せない。



「って、あー暑さで脳みそバカになったかも、忘れろ」
「…けいすけ、元からバカじゃん…」
「おい」



やっと出てきた言葉は圭介を煽るに十分。暑さのせいにして誤魔化してあたしの上からやっと退いてくれて、目線を逸らす圭介だったけど、あたしの言葉によってめちゃくちゃガン飛ばしてきた。こればっかりは事実だし圭介自身認めるしかないでしょ。良かったいつもみたいに話もできたと思ったけれど、何処か居心地がスッキリしない。圭介は扇風機の後ろにある突起をいじって、固定していたところを首振りに変えたから、風が当たったり外れたり。当たるたびに揺れる髪の毛とシャツ。直視するのも気まずくて泳ぐ視線だったけど、あたしはぎゅっと口を結んでカラカラになった口の中の何かを飲みこむ。



「ごめん、嘘ついた」


妬み僻みは圭介のせいじゃない。自分があまりにも女らしくなさすぎて、距離感が近すぎて対象外だと思っていたから、出た言葉。精一杯の強がり。だけど、それも全部必要なかったことを知って、あたしはこれ以上何を隠す必要があると言うのだろか。


「圭介のこと、ちゃんと男だと思ってたのに自分じゃないそんなのないと思ってたから…」


今のあたしが言える精一杯の言葉での表現。何がって部分は察してほしい、バカの圭介だってここまで言えば理解できるだろう。それでもやっぱりいざ言葉にするのは怖くて、不安でおずおずと見上げた圭介の顔が真っ赤だったから、あたしまで暑さが伝染したみたい。あぁ、二人揃って熱中症だったらどうしよう。だけど、これが原因なら開き直て甘んじようじゃないか。

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