暗くした部屋の中。部屋の明かりはテレビと両手に持っている二本のキンブレのみ。テレビの中では輝かしいアイドルたちがステージや画面越しのあたしたちに向かっていっぱい手を振ってくれている。
「僕たちから、いっぱい届けるよっ!」
画面越しのアイドルが眩しいぐらいの素敵な笑顔を届けてくれるため、あたしはついキンブレを全力で振りながら、あわわと落ち着きなく思わず声を漏らす。キレのあるダンス、動きが激しいにも関わらずブレない歌声、何よりダンスで動き角度が変わる度に表情そのものがかっこよさと可愛さを兼ね備えていて、短期間で何度も心を撃ち抜かれるから忙しい。
「はぁ…ほんとかっこいい…」
気持ちが溢れ出てしまい、出る言葉も心の声がダダ漏れ。一人だから全然気にする必要性も何もないんだけれど、やっぱり一人でこの気持ちを処理するには大き過ぎてどうしようってなってしまう。
「好きだなあ…」
「うむ!僕も好きだよ!」
「ひっ?!」
ポツリと呟いた心の声。誰にも拾われずに消えていくはずの言葉に対して、突然返ってきたもんだからあたしの体はガチガチ。思わず身構えてフリーズしてしまう。予想外なことは起きないはずなのに、起きてしまったせいで目の前に流れる映像はただの音。暗くした部屋が逆に恨めしくなってしまい、どうしようと心の内のあちしが慌ただしく動き回る。
「名前?」
あたしの名前を次は呼んだ。このまま動かないわけにもいかなくて、目だけを横に動かして人影を確認。それでもやっぱり捉えられない全体を確認するべく、意を決してゆっくりと振り向いた。
「は、ひ、ろ…くん」
見た瞬間、一気に気持ちは恐怖と焦りはから安堵に切り替わる。見た瞬間にいたのは、今の今まで画面に映っていたはずの天城一彩。キレのあるダンスと協調によっては攻めた雰囲気の瞳、かと思えばMCではにこやかな可愛らしい笑顔を浮かべていた彼が暗闇の中、テレビの明かりに照らされてあたしの目線の高さに合わせるように座っていたのだ。
「びっくりした…」
「名前、何でこんなに部屋を暗くしてるんだい?玄関開けた時、いないかと思ってしまったよ」
「ごめん」
思わず謝ってしまったが、あたしは何も悪いことをしてないから謝る必要はない。むしろ、今あたしは驚かされた側だから、謝ってもらうべきでは?…と思ったけど、相手は一彩くん。天然で独特な世界観というか概念をお持ちなので、ここにこだわっても気にした方が負けだと思った。暗かった部屋の明かりをつければ、見慣れた自室が明らかになり、持っていたキンブレの明かりがぼんやりと目立たなくなるためキンブレの電源を逆に消した。テレビも消そうかと思ったけれど、一彩くんが画面に釘付けになってしまったのでとりあえずそのまま、あたしも彼の横にまた腰掛ける。
「この間のライブだね」
「そう、アーカイブ配信のチケット買ってたから見てたんだ」
キラキラとまるでこの時の熱を思い出したような瞳。一彩くんは嬉しそうに、そして楽しそうな表情を浮かべて、心の内の高揚感が凄く伝わってきた。
「名前、来てくれていたのにわざわざ買ってくれたんだね」
「うん、凄く楽しかったから」
このライブにはあたしも現地に行っていた。みんなの楽しそうな表情と空気感に当てられて、終わってしまうのが寂しくなって、まだまだ余韻に浸りたくて買ってしまったアーカイブ配信のチケット。今では円盤が出る前にこうやってまた観れちゃうから、ついついお金を払ってしまう。
「僕も凄く楽しかったよ」
知ってるよ、見てれば凄くわかる。凄くキラキラして眩しくて、ずっと目を離せなかったから。たくさんの人たちを笑顔にしていたのも知ってるし、それも全部本人たちが一番楽しく嬉しい気持ちで迎えられたからだろう。だから、あたしまで緩む表情。
「もっと見てたかったな」
純粋に終わるのが嫌だと思った。もっともっとステージの上でキラキラ輝く姿を見ていたいなと思った。所謂、ロス症状。一ファンとしての気持ちを呟けば、一彩くんも笑ってくれるかなと思ってたけど、見る見るうちに表情がスン…となってしまって、あれ?
「名前」
「は、はい」
予想外の一彩くんの無の表情にあたしは何かまずいこと言っちゃったっけと自分の言葉を思い返すけれど、何もわからない。一彩くんの感性は違うのを自覚しているけれど、本当にわからな過ぎて珍しくも不安があたしの中を押し寄せる。どうしよう、どうしようと淀めく心。
「確かにもっと続いて欲しかったけど、ずっと見ていたらこうやって名前と一緒にいれないから…」
ギュッと抱きついてくる一彩くん。最後の方の言葉はもう小さく消え入りそうだったけど、確かに聞こえた「それはちょっとやだな…」と。
「ひ、ろくん」
「ごめんよ!何でもないんだ、」
今の心境を一言で言い表すなら、宇宙猫。今の一彩くんにあたしはいろんなものが静止してしまったことが、一彩くんの中で別の意味で捉えられたのかもしれない。誤魔化すように一彩くんも困ったようにはにかんであたしから身を離した。だから、慌てて一彩くんの手を掴む、待ってと気持ちを乗せて。
「あたしが言ったのはアイドルの天城一彩」
「…うん」
アイドルをしている一彩くんが好きだ。キラキラとした笑顔で楽しそうにみんなに笑顔を届けてくれる存在。
「だけど、それで彼氏である天城一彩が会えないのはあたしも寂しくなっちゃうからこれで良かったかも」
アイドルの天城一彩がどんなに大好きでも、ステージでの一彩くんが見れたとしても、それはアイドルとしての笑顔であり、目の前にいる不特定多数のファンに向けてのもの。アイドルの前に一彩くんはあたしの大好きな彼氏でもあるから、一彩くんの言う通りずっと会えないの寂しくなっちゃうし、さすがに妬けちゃうなぁ。だから、一彩くんだけじゃないよと伝えたくて、ちょっとだけ恥ずかしさもありつつ、伝えると一彩くんがキョトンとした表情で止まってしまう。かと思えば、すぐに表情を緩ませてギュッてしてくれた。
「名前、大好きだよ」
「あたしも」
かっこいいアイドルの天城一彩。この時の一彩くんはみんなのものでいい。ダンスはキレがあって、歌も上手くて、キラキラしていて、見ている人達みんなを魅了する素敵なアイドル。男らしさと喋ると可愛い一彩くん。
そんな一彩くんが実際にはちょっぴり甘えん坊で、素敵な人ってことはあたしが知っていれば良い。