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 「これはれっきとした本名だからな」



見ず知らずの人物を連れていくなんてコトを、普通ならOKの一つ返事で答えられるわけも受け止められるハズもない。
もちろん、クリスは周りからの反感を得た。もし隊長命令だとしても、仲間を危険にさらす行動は取るべきではないと。

「クリス隊長、本気ですか?あんな得体の知れない奴を連れていくなんて..罠にはめてくれって言ってるようなもんですよ!」
「そうだぜ!もしかしたらどっかのスパイだったりするかもしれないじゃねえか、関わらねえ方がいいって!」
「うるさいぞ お前ら、そんなコトは分かっている。だが、会ってしまった以上ここに置いていく訳にもいかないだろう。それに、怪しいのなら、むしろ野放しにはできん」

次々と不満を漏らす、ピアーズ、クリス以外の他の隊員達にたいし、見て見ぬ振りは出来ない、とクリスは冷静になだめつつも、彼自身も、その人物に対しては良くない感情を抱いていた。隊員達のような危機感ではなく、きっとそれは怒り、復讐といったものだ。
この謎の男にではなく、これはきっとその背後についているであろう誰かの存在にだと思う。いきなり、しかもこのタイミングで現れた男に対して、なんの疑心感も起きない方がおかしい。
復讐という言葉だけに動かされているクリスには、怪しいというだけではなく、この男があの女となんらかの繋がりがあるのではないかという疑心暗鬼にもとれる考えが少なくとも浮かんでいた。
仲間を目の前で奪われた記憶を思い出したばかりのクリスにとっては、疑わしいものは全て、奴へと結びついているのではないかと疑うことしか出来ないのだ。
ようは、出会った時の間が悪かった。失敗とまではいかずとも、運を味方につけられなかった時点でグレーツにとってはそうとうの失態となったのだ。

「...なんだか、犯罪者の気分だな、連行でもされてるみたいだぜ。なあ、この鉛みたいに重い空気、どうにかなんねえの?」
「お前も黙って歩け、死にたくなければな」
「それは、うるさくしたら置いて行くぞって意味か?それとも........失礼、どうやらこれは失言だったらしい、今のはなかったことにしてくれ。まあ、こちらとしてもまだ終わらせたくはないんでね..分かった、アンタに従うよ。一応助けてもらってる身だし」

助けを求めて来た時のような姿は微塵にも感じられないくらいに、馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、グレーツはやれやれと呆れたポーズをとった。
そんな彼を、クリスはただ睨みつける。大人しくしていろ、とでもいうように。








「隊長、怪しいものはありませんでした。異常なしです」
「..ああ、わかった。皆、行くぞ」

公園から出ると、ひらけたところに出た。
地面には、何かが這いずって行ったような大きな跡がある。クリスはそれを見つめていた。
多分、これがさっき傍受して聞いた時に交戦と言っていた原因か、とグレーツは一人納得をする。
クリア、クリア、と周囲を確認していたピアーズを含める数名の隊員達がそんなクリスの元に集まって来た。
クリスがゴー、と静かに指示を出すと、今度は特攻役の数人が前方確認へと向かう。それに、ピアーズ、クリス、残りの隊員とグレーツが続いた。


「先に行く前に、一つ聞いておきたい事がある」

梯子を登った先で、クリスは歩きながらグレーツに話しかけて来た。他の隊員達はもくもくと進んでいく中、それに気づいたピアーズはこちらへと顔を向ける。
いきなりのコトに、グレーツは何だ?と口ではなく仕草でクリスに聞いた。

「君が何者かまでは聞かない、だが一つ教えてくれ..君の名前はなんだ?」
「名前?ああ..無駄話をするなって言ったのはアンタのはずなんだがな。ま、いいや..下手な詮索はやめておけ、っていったらどうなる?」

急に聞かれた、名前は?という単純な問いかけ。
言葉だけを聞けば、なんてことない普通の疑問だが、状況を見れば、この問いかけがいったいどういう意味なのかは、すぐに分かる。
身元を調べるのに必要なのだ。グレーツが見るからに怪しいというのもあるだろうが、命がけで助けた相手が実は凶悪犯でした、なんて笑えない話しが起こっては元も子もない。
信用出来ない相手に背中を向ける馬鹿がどこにいるというのか。
とりあえず、どうやら、俺はよっぽど信用されてないらしい。
馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、ふざけた態度で言葉を返すグレーツに、クリスはただ眉をひそめた。

「..ふざけるな、こっちは真面目に聞いているんだ」
「つれないねえ。はいはい、仰せのままにしっかり答えますよ。その質問にはお答えできません、ってな」
「なに..?」
「おいおい..あんた、今自分がどんな状況に置かれてるのか分かってんのかよ」
「ああ、アレだろ?単なる観光客なのに、いきなりよく分からない化け物に追われて、そのうえ命からがら出会った奴らには言うコトを信じてもらえずに疑われてる可哀想なヤツ、っての」
「..良く言うぜ、疑わしい行動をわざわざとってんのはあんただろ」
「侵害だな、俺はただ意味のある有益なコトだけをやってるだけなんだがな」
「意味のある?なら、名前を名乗るコトすら意味がないっていうのかよ」
「ああ、そうだな。どうせ救助されるまでの付き合いだし、何よりアンタらの本業は害虫駆除だ。救助はノルマには入っちゃいねえだろ?俺の情報収集は、専門家にでも任せときな。わざわざアンタらに名乗るだけ時間の無駄だってもんだ」
「そんなの単なる屁理屈じゃ、」
「ピアーズ、もういい。そっちが名乗らない気なら、俺たちはこのまま君を置いていくだけだ。そこまで得体の知れない存在と一緒に行動が出来るほど、俺たちは馬鹿じゃないからな」
「おお、怖い」

クリスの言葉が本気であることは、彼の性格がらからも、今の状況からも良く分かる。
流石にふざけすぎたな、と呆れながら、グレーツは自分で自分をあざ笑った。
しかし..先ほど、アンタらは自衛隊か何かだろ?と知らないような言い方をしていたはずなのに、なぜ急に「害虫駆除」とBSAAの仕事内容を知っていたのか..もちろん、誰がが教えたなんてこともない。
クリスたちの職業を最初から知っていたような口ぶりだ。
クリスはそれに気づいたのか、彼を睨みながら若干眉をひそめていた。

「もう一度だけ聞こう、お前の名前はなんだ」
「......選択権はない、ってか..わかった。質問はこれっきりなんだろ?どうせ名前だけなんだしな、答えてやるよ...ファースだ、グレーツ・ファース。ちなみに言っとくが、これはれっきとした本名だからな」

名乗るだけなら、偽名でも言いかと思ったが、どうせこいつらにはなにも出来ない。もしこちらの調べがついたとしても、情報の改ざんなんて容易い。考えるだけ無駄なことだ。
まあ、とうのこいつ等は偽名だと疑っているみたいだが。
名乗った名前を調べるようにと、クリスはグレーツには気づかれないようにピアーズへと指示を出していた。気づかれないように、な。

「さ、ちゃんと名乗ったんだから、これでついて行ってもいいんだろう?」
「....ああ」
「そりゃあ良かった。まあ?こんなことを調べたところで、どうせ何もわかんねえと思うけど、な」
「つくづく怪しい野郎だな..ある意味感心するぜ」
「そりゃ、どうも。アンタらのマイペースさにも、俺は心底感心してるぜ?」

皮肉交じりに言うピアーズに、こちらは悪意を交えて言葉を返してやる。
それを聞いてか、クリスはいくぞ、と急かすように先を示し、前を歩いている部下達の後を三人はそそくさと追った。








やっとこさ自己紹介。
主人公が厨二病になりつつありますが仕様ではありません事故です(←

2に続きます。


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