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 「少しは冷静になれよ!!」





目的を見失い、ピアーズと睨み合っていたクリスに対し、二人のため息が重なった。
「私を探しているのかしら?ようこそ、中国へ」
女の声と共に。


窓の外にいる人影を見つけたグレーツは、他の三人に目をやった。
どうやら、誰一人その影には気づいていないらしい。クリスも頭に血が上っているせいか全然周りが見えていないし、ピアーズはクリスを気にし過ぎて周りに集中出来ていない。マルコに至っては、警戒だけはしているものの、気がはり過ぎているのか馬鹿みたいにいがみ合う二人をおいて先に進んでいる。
影が見えた窓に、近づいて行ったマルコを見て、あ、とグレーツは声をあげそうになった。
その女の手には、見るからにヤバイ注射器が握られていたからだ。

全く気づいていないマルコに、助ける気などさらさらないが、一応声をかけて窓に近づいて行くそのバカな脚に制止をかけようとしたが、既に窓の外の人物の手からは先ほどまで握られていた注射器はなくなっていた。
マルコは、警戒しながらもその人影に気づいてすらいないし、いがみ合う二人がそれに気づくことが出来るわけもなく、
おい、と声をかける間もなく、手を伸ばしたところで、その動きは遮られる。
躊躇なく投げられた注射器は、マルコとグレーツめがけて真っ直ぐに飛んできて、
気づいた時には既にマルコの首元には針が深くにまで刺さっていて、同時に投げられたもう一本の注射器は、自分の顔のそばにまで来ていた。

とっさに、ひらりと身を翻し、顔を背け、グレーツは注射器をギリギリの位置でよける。足が一歩後ろに下がり、注射器は背けた顔の目の前を通って床に突き刺さった。
熱をおびて行く自身の頬に触れながら、投げ捨てた人影を見て、グレーツは危機を感じるどころか、むしろ楽しそうに口角をあげる。良い度胸だ、とでもいっているように。

触れた手には赤がつき、頬からは針が掠めたのか血が垂れて線を作っていた。
目の前には、避けることも出来ずに見事に彼女の罠にハマり苦しみ出した哀れなマルコの姿。見慣れた..それでいていつもと違う雰囲気の人物の顔。
驚いたそぶりも、焦るそぶりも見せず、睨みつけるように見つめ、ただ一言、グレーツは彼女の名前を呟いていた。
「エイダ・ウォン..」
やっと見つけたぞ。
疲れと呆れを含んだ、やけに冷静な声が、ピアーズの耳に入ってきた。怒りを含んだ声と共に小さく聞こえて来た少し高めの声。
ピアーズは驚いた顔のまま、発言を確かめるように声の主の方を一瞬だけ向く。
頬から血を垂らして、不敵に笑っていたグレーツの姿が目に入って、ピアーズの中で、その驚きは疑心へ変わり、核心に近づいていた。

先ほどまで無かった傷。きっと、今ついた傷だろう。マルコに刺さっている、注射器がかすって...できた傷口。
怯えた様子も、変異していく様子もないグレーツの姿からは、違和感しかかんじられない。
針のかすった傷口からポタポタと滴る血が床に落ち、赤い斑点が広がり、数滴赤いシミを作る。
垂れる血を拭えば袖口にその赤が移った。
拭われたてから、新たに出血することはなくすぐにその血は止まり、同様に傷口も塞がっていく。袖口を拭ったあとには血と一緒に傷も薄くなっていた。
ちょっとしたかすり傷だったから、血を拭ったらそのまま消えていった傷口にそこまで驚きはない。それを見ていたピアーズも疑心を向けてはいたものの、驚いてはいなかった。
それは、そんなことより、そのグレーツの冷静な態度の方が気になっていたからかもしれないが。
針の刺さったマルコはすでに変異の兆候を見せているというのに、針の先端が掠めたグレーツは平然とすでに蛹になったマルコの姿を哀れんだように見ている。
そして、マルコ、と名前を叫び怒りを露わにするクリスと、それに対して感情的に怒鳴りつけているピアーズとは対照的に、
楽しそうな顔を浮かべ、掠れた笑い声をあげ、

「そう、今こいつに唯一してやれることは、いっそ一思いに殺してやることくらいだな」


待て、と叫んだクリスの制止の声も聞かずに、
グレーツは、
迷いもなく、銀色の引き金を引いていた。










「こちらHQ、ロケーションを確認。エイダ・ウォンスラムを抜け、港湾方面に向け南下中。
HQより展開中の各隊へ。ターゲットは南下中。繰り返す、ターゲットは港湾方面に向け南下中。ただちに確保せよ」


言い争いながら、険悪した空気のまま見えなくなったクリスとピアーズをきにすることもなく、グレーツは門をくぐった先で足を止め、携帯を取り出して操作をし始めた。
宛先は、三文字。




エイダ・ウォンに接触した。
アンタ、今どこにいる?

今中国についたところよ。
情報はすでにこちらでも掴んでるわ。
彼女のことは私に任せて。
貴方は引き続き彼らを追っていて。


今?随分と時間がかかったな、こちとらチャーターで即行かされたってのに....
ああ、追跡の方は了解した。
情報ってことは、アンタも無線を聞いたんだよな?多分俺も追うことになると思うが、まあアンタはアンタで頑張ってくれ。
何か報告があればまた連絡するぜ。

ええ、分かってるわ。
貴方もそれなりに頑張ってね、
正体がばれないように。


帰ってきた文章を確認して、グレーツは苦笑う。
正体か...そっちはすでに.....


「もう、手遅れっぽいんだけどな...............さて、と。行く前に一応聞いておくが、アンタはそんなとこで何をしている?」

通信機をしまい、グレーツは後ろで物陰に隠れていた人物に聞こえるように声をかけた。
警戒した様子もなく、グレーツは彼女の返答を待つ。
声をかけて数秒後、
足が床と擦れる音がして、ため息混じりの女の声が後ろから聞こえてきた。
さすがね、と以前から知ってるようなそぶりで褒める女に、グレーツは眉をひそめて後ろにいる彼女の方に首を向ける。
青い服に赤いマフラーをつけた派手な見た目の......エイダに似た顔の女。

「あら、気づいていたの?さすがね。でも......貴方がここにいるってことは、もう機関には気づかれているということかしら」
「機関?なんのことだか...俺はただの観光客さ。運の悪いだけの一般人。プライベート旅行の最中に仕事の話しはよしてもらいたいね。そもそも......今の俺にはもう関係のないことだ」
「ふーん、そう.....まあ、良いわ。邪魔にならなければ、別にもう貴方に興味はないもの」
「そうかい、そりゃあ良かった。こっちも手一杯だからな、代わりが見つかってくれたみたいで俺も嬉しいよ」

モテる男は辛いぜ。なんて、馬鹿にしたように鼻で笑ったあと、グレーツは大きな息を漏らす。機関、という言葉に若干嫌悪感を示したようであったが、自身の皮肉混じりな笑い声によってすぐにそれは消えてなくなった。
やれやれ、と息を漏らしながら肩を竦めるグレーツに、青い服の女は同じような顔で笑い返し、良いのと問いながらクリス達が進んで行った道を示す。


「......そんなことより、良いの?彼ら、行ってしまったけれど」
「ああ、どうせすぐに追いつくさ。それより、アンタこそいいのか?アンタがまだここに居ること、俺が言わない保証はどこにもないぞ」
「それは.........彼らにという意味かしら?」
「さあて、どうだろうなあ..」
「悪趣味ね......飼い主に似る、とはよく言ったものだわ」

耳に刺したイヤホンから流れるノイズ混じりのクリスとピアーズの険悪した声を聞きながら、グレーツは喉を鳴らして笑う。
傷一つない異様なまでに白く綺麗な肌に影がかかり、赤い瞳だけが怪しく光りだす。
その、楽しそうな姿に、青い服の女は悪趣味と言葉を漏らし、ギロリと赤い目が青へと向けられる。その本物ならばよく見知ったであろう真っ赤な瞳に捉われる前にと、焦った様子で青色の服の女は逃げるようにその場を去っていった。


「似てる?侵害だね、俺は失敗作なんだよ。アンタと違ってそっくりでもなければ似せようという気もない。だから......あんなクソ野郎と一緒にしないでくれないか」

「あいにくその飼い主ももういない。今この場に居る偽物(クローン)は、アンタだけだ」

「それに、飼い主に似て悪趣味なのは、お互い様だろう?」


「なあ?エイダ.........いや、カーラ・ラダメスさん?」



相手の情報を、知っているのはアンタだけじゃない。いや、アンタは俺の身体のこと以外は何も知らなかったか。

身代わり人形の、と付けたして、皮肉交じりの笑みを浮かべ、馬鹿にしたように声を荒げて笑い出したグレーツに、青い女は舌打ちをする。
そして悔しそうに唇を噛みしめ、逃げるように足早に去って行く女の後ろ姿を見送り、グレーツも存分に笑ったあとに、クリス達を追いかけていき、銀色の銃を壊れるんじゃないかというくらい握りしめながら躊躇なくビルから飛び降りた。


―――
主人公も実はカーラに煽られて内心ではかなりギリィしてたり(笑)
一つ前の主人公視点でした。最初にこっちを書き出したんですがちょっとピアーズ達空気だなってなってピアーズ側で書いたら今度は主人公が空気になっちゃったので...結局2パターン書きました。
ここらへんの会話や表現などはストーリーガイドを参照してます。



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