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 「仲間の仇、取らせてもらうぜ」



「ここにいるようだな..かくれんぼはもうお終いだ」
「ああ、絶対にここで仕留めてやる!」
「いやー、お熱いことで...俺はもうできればお関わりにはなりたくないんだが」
「だったら、逃げたらどうだ?うろちょろされても邪魔なだけだし、誰も止めねえぞ」
「...そう言われると意地でも帰りたくなくなるじゃねえか、そういう性分なもんで」

クリスとマルコの台詞にため息を吐きながら皮肉を挟んだグレーツに対してピアーズは悪態をつく。
クリスを先頭に、隣の部屋と逃げ込んでいったイルジヤを追いかけて三人は銃を構えた状態でゆっくりと足を踏み入れた。
クリスに続いてマルコが入り、グレーツとピアーズもそれを追って入る。
皆が警戒している中、グレーツだけは銃に手をかけてはいるものの腕を組みながら一点を見上げて奴に目を向けていた。
そう、マルコの頭上で獲物を睨み、再度捕食しようと大きく口を開けていた''ヤツ''の姿を。

「助けてくれ!」

イルジヤの咆哮と共に、マルコが悲鳴を上げた。
先ほどの失敗からか、イルジヤがマルコに標的を定めてから食らいつくまでは一瞬で、クリス達が気づいた時にはすでにイルジヤの牙がマルコへと襲いかかった後であった。
クリスはマルコの名前を叫びながらイルジヤの胴体部に弾を打ち込み、
咄嗟にピアーズも援護に入り、何発かの銃弾を浴びせたが、マルコがいては思うように撃つことができず苦渋の表情を浮かべるしかない。
イルジヤはそんな彼らのことなどはお構いなしに、多少の銃弾では怯みもせず、噛み付いたままマルコを振り回し、こちらを威嚇した。
身体を大きく揺らし、マルコを左右に振り回されては、撃つに撃てず..
もしマルコに当たってしまえば助けるどころの騒ぎではなくなってしまう。
クリスもピアーズも、自分の不甲斐なさに、銃のグリップをギュッと握りしめた。
このままでは、マルコが危ない。しかし、なら、どうすれば?

「不甲斐ねえなあ、まあ所詮は単なる人間の集まりってことか」

焦る二人とは裏腹に、グレーツは含み笑いを浮かべ、仕方がないといったように組んでいた腕を外すと、コートの中、ホルダーから銀色の銃を取り出し、その銃口をイルジヤへ向けた。

「あー、急所外したか」

イルジヤの悲鳴と共に、後ろから聞こえた残念がった声。
真横を通った何かに驚いた顔のまま、ピアーズは咄嗟的に後ろにいるであろう人物へと振り返り顔を向けた。何か、というのが弾だということにはすぐに察しはついた。
L・ホークをイルジヤへと向けて、悔しそうにチッと舌打ちをし、声とは裏腹に面白がった顔で笑っているグレーツに、ピアーズは呆然とする。
グレーツの撃った弾丸は、見事にイルジヤの頭部を捉えていた。
ピアーズでも、いやクリスですらまぐれかもしれないその命中率に驚きを隠せずにいる。
いきなりの出来事に、完璧な射撃に「もしマルコに当たっていたらどうするつもりだった」とはクリスもピアーズも言えなかった。

あまりの痛みに叫び声を上げたイルジヤは致命傷にはならなかったものの、悶えながら噛み付いていたマルコを離すとすぐに逃げるように姿を消す。
床に振り落とされたマルコは痛みに顔を歪めながらも、頑なに離すことをしなかった銃をすぐに構え直し、クリス達へと無事を伝えた。
「いやー、良かった良かった」と、心にもない声で言うグレーツは、相変わらず楽しげだ。
クリスはマルコの無事に安堵しながらもそれを顔には出さず、グレーツの方に何か確認するように一瞬だけ目を向ける。
が、グリップを強く握り直すと、すぐに体制を立て直すべく逃げるように消えたイルジヤへと集中を向けて、視線を戻した。
グレーツのことを気にしていたピアーズも周りに気がついたのか、複雑そうな顔をしながらも少し遅れて同じく銃を構え直し、周りに集中をする。
その視線に気づいていたのかいないのか、グレーツはヘラヘラと笑っていた顔から急に表情を落とし、何かを調べるようにクリスの背中に目を向け、同じようにすぐに視線をそらした。

一方、獲物を取り逃がしたイルジヤは再度姿を隠し、次の標的を見据えるために体制を立て直すべく何処かへ消える。
再度、張り詰めた空気が三人を包んだ。

ギョロギョロと、イルジヤの目が動く。
次に奴が目をつけたのは、クリスの方に目を向けて自身から目が逸れていたグレーツであった。
先ほどの仕返しとでも言うのか、イルジヤはグレーツに向かって真正面から大口を開けて飛びかかる。
落ちていたガラクタが転がり、クリス達は姿は見えてはないないが物音を察して全員イルジヤの方向を向く。
グレーツはまさか真正面から突撃してくるとは思いもしなかったのか、逸れていた視線を戻し目を見開き、自分めがけて飛びかかろうとしていたイルジヤにおいおいと声を漏らす。イルジヤの姿が見えていたグレーツから見ればなんとも間抜けな行動にみえたのだろう。
グレーツは持っていた銃を構えなおそうと腕に力を入れた。この距離ならどんな馬鹿でも外せない。狙いは十分だった。
銃口がイルジヤへと向けられる。
でも、
グレーツは何故か銃を撃たなかった。

大口をあげたイルジヤがグレーツの目の前に姿を現し、クリス達は一斉に銃を放つ。しかし、そんな状況になっても、やはりグレーツは銃を撃とうとはしなかった。
ピアーズはなにをしているのかと銃を撃ちながらグレーツを見る。グレーツの顔に表情は無かったが、かわりに額からは汗が流れているのが見えた。
「おい!なにやってんだ!」
イルジヤは三人の銃撃を浴びながらも怯みもせず、後ろの三人を尾で払いのけ、目の前でただただ立っていた獲物に、ガブリと食らいついた。
ピアーズは意図も容易く噛みつかれたグレーツに向かって驚いたように声をあげる。
三人がイルジヤへと銃を放ったが、弾は簡単に弾かれてしまう。意地でもグレーツだけは離したくないとでもいうのか、イルジヤの皮膚は柔な銃では傷一つつけられないほどに、先ほどよりも硬度を増していた。
噛みつかれたグレーツの手から銃が離れ、カタリと音を立てて床に落ちる。
腕には力が入っていないのか、ぶら下がっている状態で力なく揺れていた。
何もできない悔しさを口にしながら、
まさか、とピアーズは思う。
さっきこいつは撃たなかったのではなく、撃てなかったのではないかと。

「冗談じゃねえ..俺は、てめえのエサじゃねえぞ!」

たてられたヤツの歯が、太腿に食い込んだ。表情は相変わらずだが、さすがのグレーツも苦しげな声を出している。
もしかしたら、隊長に撃たれた時に片方の腕を負傷していたのは知っていたが、それ以外にも何か怪我をしていたではないか?それが、銃を撃った反動で悪化して..
こんな時に、とグレーツはさぞや思ったことだろう。先ほどの汗はそういう意味だったのかもしれない。

「隊長!あいつ、腕が..」

ピアーズの言葉に返事はしなかったが、かわりにクリスは目を細めた。
先ほどまでは余裕そうな笑みを見せていたというのに、今では苦しそうな声を漏らし苦痛に顔を歪めている。
目を細めたクリスのその表情は「さっきまでの威勢はどうした」とまるで試したようにしているようで、銃を撃つのをやめてグレーツの姿をじっと睨みつけるように見ていたクリスに対して、ピアーズは銃を構えたままそれ以上何も言えなかった。
ギロリと動いた、爬虫類特有の鋭い瞳が、クリスの目に映り込む。
よく見知った、黄金色の瞳とよく似た金色の眼。
獲物を逃すまいと必死に食らいつくイルジヤへと、その瞳は向けられていた。



「は、はは、えらく気に入られたもんだな..

 けど悪いな、今恋人は募集してないんだ、他を当たってくれ。

  それに、やすやすと食われてやるほど、俺は安い男じゃないんでね。

 この代償は高くつけさせてもらうぜ?」


助けようともせず急に動きを止めたクリスに戸惑いながら、ピアーズとマルコは合図もなく、銃を構えたままどうしようかと確認しあうように目を合わせる。
足を咥えられ、逆さまの状態でグレーツはハッ、と鼻で笑。勝利を確証した者の、余裕じみた表情。先ほどまで、苦しそうにしていたというのに。
はたからみたら間抜けな姿だが、
そう告げたグレーツの手には、先ほど落とした物とは別の銃がいつのまにか握られていた。
グレーツを見つめたまま動かなくなったクリスの目がそんな彼の行動を捉え、指示を仰いでいたピアーズらに手を上げて見せ、目で「少し待て」と合図を送る。
「あいつが行動を起こしたらすぐに後ろに下がれ」
ピアーズは指示を理解したのか、すぐに頷きつつ後ろに足を引いた。
マルコもグレーツを見たあとに、少し遅れてYesと返し、一歩足を引く。
握られていた黒い銃..取り出したピカドールを、グレーツはその体勢のままイルジヤの瞳へと照準を合わせて突きつけると、捨て台詞と共に素早くその引き金を引いた。

乾いた音が鳴り響き、それをかき消すように叫び声が彼らの耳を劈く。
放たれた弾はイルジヤの瞳に命中し、イルジヤは悲鳴をあげて痛みに暴れていた。硬化していたはずの皮膚も痛みからか元に戻っていく。
クリス達は指示した通り距離を取りながら、ととどめを刺そうと銃を構え直しポインタを向ける。だが、
硬度は落ちたものの、キバが傷口に深く突き刺さっていたせいかグレーツの身体は簡単にはイルジヤから離れてくれず、むしろ暴れるイルジヤに合わせて激しく振り回されてしまい、思うように的が狙えなかった。
ぶれる対象と邪魔な障害にもどかしいと感じながらピアーズとマルコ、クリスの三人はジリジリと距離を詰めていく。

こうも振り回されては噛まれている彼自身も照準がうまくとれない。
風圧で肩の傷と千切れそうな脚の激痛に耐えながら、グレーツはなんとか体勢を立て直そうと身体に力を入れた。
早く抜け出さないとどんどん傷が悪化して行くだけだ。このヘビは毒は持っていないようだが、早くなんとかしないと痛みでどうにかなりそうだ。
痛みは承知の上で、グレーツは銃で撃つのは諦めて、一か八か噛まれていない反対側の脚で、勢い良く蹴りつけた。
ぐちゃり、とした柔らかい感触が足を伝う。どうやら、堅い皮膚の部分ではなく運良く目の中にヒットしたらしい。
当たった場所が悪くそれは思ったよりも痛かったのか、イルジヤは蹴りつけたグレーツを投げ出すように放すと、そのままクリス達を押しのけて勢い良くドアの方へと逃げていこうとした。また逃げられる!とピアーズ達は咄嗟に体制を立て直しイルジヤへと銃口を向け、
逃げ出す前にトドメを!とピアーズはクリスへと指示を仰ぐ。
逃げようと扉めがけて飛びかかるイルジヤ。


「逃がすかよ」

しかし、グレーツの放った銃弾により、それは阻まれることになった。
振り落とされた衝撃で痛みに耐えきれず尻餅をつくようにその場に倒れたグレーツだったが、すぐに身体を起こし、側に転がっていた自身の愛銃を拾い上げると、逃げ出そうとしていたイルジヤへとその銃を向け、
ピアーズ達より素早く引き金を引いていた。グレーツは痛みに顔を歪めながらもトリガーを引き、不敵に笑う。
再度イルジヤは痛みに悲鳴をあげ、狭い室内で大きな尾を振り回し、暴れまわる。
グレーツの銃声を合図に、逃がすまいとしていた三人も向けていた銃口から一斉に弾を発出した。



「やっと静かになったか..」
「仇..討てましたね」
「お前らの無念、ちゃんと晴らしてやったからな..」
「ああ、だがまだ終わりじゃない」

手負いの状態で一斉に射撃されては流石のイルジヤも参ったのか、逃げるまもなくその巨体は大きな地響きとともに力なく倒れた。
喜びと安心を口にするピアーズとマルコ。クリスはまだその怒りを納めてはいないようで、警戒しているのか銃を構えたままでいる。
「はー、きついな..」
「おい、大丈夫かよ..?」
ガチャ、と銃が床と擦れる音がして、ピアーズはふり向き眉を寄せる。
グレーツは銃を撃った反動で傷が悪化したのか、まいった、と辛そうな顔でその場にへたり込んだ。いや、立とうはしたのだが足が動かず諦めて..といった感じか。
それに気がついたのか、ピアーズが咄嗟に、グレーツの元に駆け寄り、介抱をしたが、辛そうであるのは変わりない。
無茶なことするからだ、と声をかけピアーズは手を差し出す。
ピアーズの手を掴んで立ち上がりながらグレーツは、最悪だ、とか愚痴を漏らし、
ため息を吐きつつ、服についた汚れを片手で落とした。
逃げようとしたイルジヤにすぐさま追い打ちをかけたことも驚きであったが......
その姿を、クリス以外の二人は目を丸くし、唖然とした表情を向けていた。
手を貸したとはいえ平然と立ち上がり、動き出したのだから驚きもするだろう。さっきまでは立てない位に痛そうにしていたし、そんな急に良くなるものだろうか。そもそもあれだけ噛まれたまま振り回されて、すぐに銃を撃つことができるわけ...
恐る恐る「大丈夫なのか」とピアーズが問いかければ「ああ」と気楽な返事が返ってきて、ピアーズはさらに頭を捻った。

噛みつかれ、なおかつ激しく揺さぶられたわりには思ったよりも彼の傷は浅く、歯型がついている程度で、左腕はまだ動きがぎこちないがかといって酷いというほどの怪我でもなかった。
立ち上がったグレーツは痛いといいつつも普通に肩をまわしている。


そんな馬鹿な。

ピアーズは疑問を口にする。
先ほどはあんなにも痛そうにしていたのに。そもそも、あれだけのことがあって普通この程度ですむはずがない。しかも怪我した状態で銃まで撃ってるんだぜ?
マルコも少なからず違和感を感じていたようで、グレーツの腕や脚を見て首を傾げていた。


「..お前はここに残るのか?後をついてきたいなら勝手にすればいい。お前に構ってる暇は俺たちにはない」
「相変わらずきびしいねえ、俺怪我人なのに」
「.........ついてくるんだな。なら、銃くらいちゃんと持っておけ」
「なんだよ、あの時はあれだけ拒絶してたくせにさ...てか、また落としてたのか。悪いな、どうも」

そんな二人を尻目に、クリスは威圧したようにグレーツへと話しかけ、拾っておいた銀色のマグナム銃をグレーツの前へと突きつけるようにして差し出した。顔は無表情のままで、床に置いたまま忘れていたマグナムをクリスの手から渡され、グレーツは咄嗟にそれを受け取って礼を言う。
いきなり渡されて驚いたような顔していたが、そんなグレーツの態度など気にもせず、クリスは渡すだけ渡すとすぐに背を向けて歩きだし「行くぞ」とピアーズとマルコに言って先に行ってしまった。
ピアーズとマルコの二人は違和感を抱いたまま、疑問を聞くこともできず、とりあえずクリスの指示に従って慌てて追いかけ、先を急いだ。


あの時クリスの撃った銃で被弾し、怪我していたはずの右腕で銃を撃ったこと、
無意識のうちに左腕で銃を受け取ったことをグレーツは気にもしていない。
それがクリスの疑心をさらに確信へと近づけていったことにも、今の彼は気づいてすらいなかった。










方言が一部丸出しになった気もしなくもないが、気にしないことにしておこう!
久しぶりすぎて口調わかんね状態になってます。
電流のシーンは長くなるのでカットしました。

ちな、主人公くんには治癒能力がやどってます。


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