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負傷者一名




長濱と名乗る失礼な男と別れてから、とりあえずはそこへと決めた目的地である児童公園を目指して歩いていた。
そこに行けば、その先の地下道を通っていけば、会えるという確証もない中、ただひたすら重たい身体を引きずってゾンビの中をかきわけて進んだ。

当たりは一面ゾンビで埋め尽くされており、とにかく奴らを倒しながら私は歩いた。
まだまだ目的地には到底到達しない距離だ。あとどれくらい続ければいい。あとどれくらい倒せばいい。

腕から滴る血で、私の立っている周りは、ゾンビ達の返り血もあってか、赤黒くに染まっていた。
そこに立っている私も、既に血を浴びて目も当てられないような姿になっていることだろう。
どれほどのゾンビを倒したかも、もうわからない。
私の周りは赤の中に横たわる死体のせいで酷い有り様だった。

もうすぐ、私もこいつらのように欲に忠実なただの生きた屍と化すのか。

あらかた片付け終わった時、ゾンビ達も静かになり、気持ちが落ち着いたのかふと、死体の山を見てそんな考えが頭をよぎった。
返り血に埋れた腕の傷が、ズキズキと鈍い痛みを感じさせる。
ゾンビが襲いかかってくるうちは、まだ私が人である証。まだ、私は人でいれている。
でも、いつか、私も、醜い化け物に変わってしまうのだろう。
痛みも、何も感じない、屍に。

死にたくない。そんなの嫌だ。
なんて思ったところで、何もならないのに、思い浮かぶのはそんな否定的な言葉ばかりで。
そんな自分が、嫌になった。


壁を背にして、疲れた身体を寄りかからせる。
目的地はまだまだ先だというのに、既に負傷していた身体は先ほどの戦いで疲弊しきっていた。
壁に身を任せた途端、身体の力が抜けて、そのまま壁を背にズルズルと落ちていく。

まだ、私は大丈夫。
痛みを、疲労を感じられている。
ちょっと休めば、また動けるようになる。

ネガティブな考えを消し去るように、壁にもたれかかりながら、そう、頭の中で呟いた。
いつか、ではなく今は、まだ、まだ人間だという気持ちでいよう。
事実をとやかく言ったって、どうせ何も変わりはしないのだから、
人間として、あの人達のもとへ向かうんだ。

でも、流石に、

手負いの状態でこれだけの量のゾンビを相手にするのは、疲れた。


もう少し、休んでから。
あとちょっとしたら、行こう。

朦朧としていく意識の中、身体の力を抜いてもたれかかり、そう考えたところで、ゾンビ達の唸り声が、遠くから聞こえてきた。

どうやら、また新たなゾンビが湧いてきたようだ。

ここにいては危ない。逃げなければ、と思ったが、疲弊した身体は言うことを聞いてくれず、
朦朧とする頭では考えすら浮かばなくて、
近づいてくるゾンビに私はなんの対処も出来なかった。

気づけば、すぐ近くまでゾンビの群れが迫ってきており、
今度こそ、本当に、死すら覚悟した。

もう、ダメだ。そう、思った..その矢先のことだ。



「おい、 お前」


ゾンビの唸り声と、それを掻き消す激しい銃撃音と共に、急に、頭上から声が聞こえてきた。

私を呼びかける声。
誰、と思い、なんとか顔をあげて上を見上げれば、白い派手なコートを着た金髪の大男が私を見下ろしていた。
その男は、私が動いたのを確認すると「なんや、生きとるんか」と見上げる私に言い、そばにまで近づいてくる。


「ゾンビかと思ったやないかい」
「ほとんど返り血です...... 私はまだ、人間ですよ。 ちょっと疲れて休んでいた、だけですから」
「...こないな場所でか? 銃も持っとらんみたいやし、食ってくれて死のうとしとるようなもんやないか。 アホちゃうか」
「自分でも.. 馬鹿なことしたなって思ってますよ。 馬鹿の役回りは、私の役目じゃなかった、はずなんですけどね..」
「自覚はしとるんやな。 せやったら、 死なんと意地でも生き抜いてみせたらどうや。 じゃなかったら、ただの、ホンマもんの馬鹿になってまうで」
「それは、 困りますね..」
「ほんなら、 そないなとこ座っとらんと立てや。 脚はまだついとんのやろ。 手貸してやるさかい、立ちぃ」
「え、 あ... すみ、ません......」


へたり込んでいた私を見下ろして、話しかけてきた男に、息絶え絶えで私は言葉を返す。
厳つい顔に似合わず意外と親身になって話しをしてくれた...そして、大丈夫かとは聞かずそれどころか立てと言ってきて手を突き出してきた男に、私は初対面ながらも不器用な人なのだろうと感じながら手を掴んで立ち上がった。
ふらふらと壁に手をつきながら立ち上がり、男に謝罪と感謝の気持ちを伝える。


「ふらふらやないか..」
「貴方が助けてくれなければ.. 犬死していたかもしれません...... 大丈夫、 です.. これ飲めば、ちょっとは... 良くなると思いますから」
「お前、怪我し...... いや、 そうか..」


大丈夫か?とは聞いてこないが、男は呆れたような態度でふらふらとしていた私を見下ろしていた。
立ち上がっても見下ろされるほど大きい男を見上げ、
さっき、長濱から栄養ドリンクを貰っていたのを思い出し、大丈夫だと言ってポケットからソレを取り出して男に見せれば、男は私の腕を見つめて何かを言いかけてから、そうかと呟いた。傷に気づいたが、私の気持ちを汲んで、配慮してくれたのだろう。
そんな彼を尻目に、蓋を開けようと力を込めたが全く開く気配がなく、一人奮闘していたら、見ていられなかったのかその光景を眺めていた男が「貸せや」と見兼ねた様子で奪いとって、蓋を開けてくれた。
ありがとうございます、と申し訳なさと恥ずかしさで俯きながら返し、ドリンクを口にする。
独特な風味が口いっぱいに広がり、心なしか、疲れもとれていった気がした。
これなら、なんとか動くことは出来そうだ。

そういえば、この男の顔...どこかで見たことがあるような気がするな。と飲んでいる間にふと思い出し、なぜかまだ居る男の顔に目をやる。
警戒しながら、周りをキョロキョロとしている大柄な男。
誰だっけ。確か......いつだったか、集会の時に...話しを聞いたような。


「あの、 本当、 ありがとうございました。 飲んだらだいぶ良くなりましたし、 もう大丈夫ですから... 行ってくださっても構いませんよ」
「あ?どうしようとわしの勝手やろ。 それに、 わしが離れた後、 襲われでもしたら胸糞悪いわ」
「は、はあ...... そう、 ですか..」


ドリンクを飲み終わり、男の方を向く。
あの、と声をかければ男は振り向き、申し訳なさそうに言葉を伝えれば、男はこちらを睨みつけるような怖い顔でぶっきらぼうに「うっさいわ」と返された。
態度と言葉が比例している..
よくわからない人だ、と内心対応に困りながら、無理に言うことでもないのでとりあえず男の言葉に納得しておいた。

しかし、本当に大柄な男だ。

見た目からして堅気ではない風格を漂わせているが..やはり極道者、なのだろうか。

ん?
極道......金髪......で、大柄の......?

あ、と私は小さく声を漏らす。

そうだ、この男......
思い出した。この人、確か、関西の龍とも呼ばれていた、あの近江の...... 元近江連合直系郷龍会二代目会長、郷田龍司だ。
この前の、街がこんなことになる前に緊急で召集を受けて開かれた集会で、話が出てきて聞いた......死んだはずの男の名。
あのときみた写真に写っていた人物とそっくりだ..間違いない。
あまりの忙しさから、完全に頭から抜けていたが、そうだ..


「おい。 なんや、まだなんかあるんか?」
「え? あ、 いえ...... その腕、 珍しいなって..」
「あ?...ああ、これか」


どうやら、考えるあまり、彼のことをジッとみつめてしまっていたらしい。
視線を感じて不審に思ったらしく、彼に話しかけられて私は、咄嗟にずっと気にはなっていた彼の異質な腕に話を逸らし誤魔化した。
さっき差し出された手を掴んだ時、手ではない感触がして疑問に思ってはいたのだ。


「まあ、 見たら分かるが... 義手やな。 これ、なんや知らんが、 中に銃が組み込まれとるんや」
「え? そういえば、 銃.. さっき音はしたのに持ってませんでしたね...... 腕自体が銃になるなんて、まるで漫画みたいで.. 凄いですね」
「せやな...... まさか使う日が来るとは思うても見いひんかったが。 自分でもふざけてる思うわ」
「確かに、こんな状況でもなければ、 使い道ありませんね.. このご時世銃なんて」
「ホンマやで........」


極道者がなにをいうか、と言う感じだが、銃なんて使わなくてもいいなら一生触らないまま生きた方がいいに決まっている。
腕を私の方に向けながら、呆れを含んだ声で言う彼に私は苦笑いを浮かべて相槌をうつ。
漫画でも、今時腕が銃に、なんて見ないかもしれない。それをまさか現実で目の当たりにする羽目になるとは、世の中わからないものだ。
感慨深いと考えていれば、龍司さんもどこか遠くを見ているような瞳で腕を眺めて、腕をそっと撫でた。何か、思うことがあるのだろう...思い出すことがあるのだろう、この腕を見るたびに。
彼が腕を撫でる姿を眺めながら、私は疼く自分の腕を掴んだ。
本当に、感慨深い。そんなことを思いながら彼の腕を眺めていれば、腕を撫でていた彼の手が、不意にピタリと止まった。
不審に思い、腕から目線を上げて彼の顔をみる。すると、彼は横を向いており、何事かと私も彼の見ていた方向に目を向けようと首を回した、その直後、
突如ゾンビの咆哮が、私たちの耳に響いた。


「......どうやら、 おしゃべりしてる場合やないようやな」
「え?」


彼が目を向けて呟いた方向に目を向ければ、そこには異様な光景が広がっていた。
通りの向こうから、どこかを目指すようにゾンビの大群が一斉に迫ってきたのだ。
十とかそんなチンケな数じゃない。
どうしよう、と思っていれば、既に歩き出していた彼から声をかけられて、振り返る。


「一旦、ここ離れるで。 この状況で、 もう大丈夫やとか言うとる場合やないやろ。 死にとうなかったらついてこい。 そんでも一人で走って逃げたいいうんやったら別に止めへんがな」
「迷惑ですからなんて野暮なことはもう言いません...... ついて行かせていただきます」
「おう、 ついでにちぃとわしの用事に付きおうてもらうことになるけどええか?」
「助けて貰っといて、 嫌とは言えませんよ。 今、ついて行きますって言ったでしょう?」
「フッ、 さっきまで弱っとったやつとは思えん威勢の良さやな。 ほんなら、 行くで......あー..」
「成司です。 貴方の噂は聞いています、なので紹介は不要ですよ、 郷田龍司さん」
「.........ああ、 そうか。 ほな、 行くで... 成司」
「はい、 龍司さん..!」

名前を知っていたことにも龍司さんはすぐに理解をしたのかさほど気にした様子はなく、
再度かけられた言葉に元気良く返事をして、私は駆け出した龍司さんの大きな背中を追いかけた。




者一名
(当事者一名)



話してないでさっさと進めよと。私は早くかけよと 笑
何年かぶりにやっとストーリーが少し進みました。龍司口調難しいです。
次にバッティングセンターに向かう予定なんですが、ゲームの方で龍司がそこに行く最中の場面は書かれてなかったので、どうしようかとおもてます。





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