それはまるで階段を一段とばしで駆け上っていくようで


「あらやだ驚いた」

保健室から出て廊下を颯爽と歩く。急がなければ始業式に遅れてしまう。

(…つらくなったら、すぐに言うのだよ)

人とすれ違う度に緑間の言葉が頭に蘇った。久しぶりに下の名前で呼ばれた。緑間が私を下の名前で呼ぶのは、私を叱るときだけだ。

緑間はどうしてあんなことを言ったのだろう。

「…私は、緑間の方が」

あれから、夏が過ぎて冬が来て、あっという間に春が訪れた。いろんなことがあった。赤司はバスケ部の主将になったし全中制覇もした。キセキの世代と呼ばれだし、元から多かった練習量はさらに増えた。

「…心配なんだけど、」

呟きは、足音が消してくれる。

環境が変わるとみんなも少しずつ変わっていく。青峰は部活をサボりだした。むっちゃんはときどき凄く冷たい眼をするようになった。黒子からは苛立ちを感じるときがある。黄瀬や緑間だって変わってしまった。緑間があんなに私のことを心配するなんて、明日は槍でも降るんじゃないのか。

そして赤司は――――


「まな!」

呼ばれて振り向く。

「探したぞ。どこにいたんだ」
「ごめんね。緑間のところにいたの」
「なぜ?」

赤司の目が少し鋭くなったような気がした。慌ててことの事情を話すと、私を見る目はすぐに柔らかく戻った。ほっとする。

「そうか」
「うん。心配かけてごめんね」

とにかく体育館へ急ぐぞ、と手を引っ張られた。こうして校内で触れられることが珍しいことじゃなくなった。

半歩先を歩く背中を見て思う。(赤司、疲れてるんじゃないのかな。大丈夫かな)バスケ部を引っ張る者としての重圧を感じていたりしないだろうか。堅い言動が増えたのはそのせいかもしれない。

「そういえば、」と振り向かれて私は考えることを止めた。

「同じクラスだ、まな」
「うん!」
「受験生だしこれからはびっちりとお前に勉強を教えてやろう」
「…どうぞお手柔らかにお願いします」

駄目、と頭に手を置かれた。ぽんぽんとまるで言い聞かせるようだ。

「お前はやれば出来る子なんだから。どんな高校でも受かるレベルまで持っていってやる」

「ふふふ、こわいけど楽しみ」と私は笑う。再び手を引っ張られ、二人で体育館へ急いだ。何気ない日常の一コマ。おかしいところなど、何もない。


赤司のことは変わらず大好きだ。赤司も私を必要としてくれているのは感じる。でも赤司は―――




少なくとも、私のことをお前と呼ぶ人じゃなかった。
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