そうしてまた嘘を吐く
(※緑間視点)
四月九日、天気は快晴。今日、俺は中学三年生になった。最高学年として勉学も部活動もさらに精進していくつもりだと母さんに宣言し、おは朝のラッキーアイテムも無事コンビニで手に入れた後、気難しい顔でクラス替えの名簿を見ていたのは数十分前のことだ。今は保健室で寝込んでいる。
「やっほ緑間」
プライバシーを守るためのカーテンが何の躊躇いもなしにシャーッと開かれた。こういうことをしでかすやつを俺はこの世に一人しか知らない。
「なんなのだよ栄坂」
顔を背けたまま返事をする。確認などする必要はなかった。栄坂は何も言わずに勝手に俺の寝ているベッドに腰掛けて来た。俺がぶっきらぼうに「用は、」と吐き捨てると、それこそ顔を見なくてもわかるが、意地の悪くニヤリと笑ったのがわかった。
「誰かさんが私と同じクラスになれなくて寝込んだと風の噂で聞きまして」
ねえほんとなの?と面白がっているような声のトーン。相変わらず、俺に対してだけは遠慮がない。
俺と栄坂は言わば幼なじみとかいう関係なのだろう。
物心ついたときには俺の世界に存在していた。互いの両親同士の仲が良かったせいで、俺と栄坂は半ば無理やり二人で遊ばされた。幼少期の我が儘な時期を共に過ごした俺たちの間に遠慮という二文字はない。
「お前とはひよこ組からずっと一緒だった」
栄坂がぶーっと吹き出す。「帝光幼稚園の?」と聞かれたが他に何があるのだよと思ったから何も答えなかった。そんな俺を察したのか、「初めてだね。クラス離れたの」「ああ」「私のことが心配?」悔しいことに図星なのだが、ここは黙る。
「緑間が何を心配しているのかは知らないけど、大丈夫だよ。赤司と同じクラスになったの。だから、」
なんてことないよ、など栄坂は言う。出会って、同じ幼稚園に入学させられてから今まで一度たりともクラスが離れたことはなかった。それが今日来てみるとお前は一組で、俺は二組だった。
(赤司が一緒なのか)
普段の会話も無いに等しい。必要性も感じないので昔みたいになれ合うこともない。だが、俺は、俺だけは、栄坂の危うさを知っている。
「…つらくなったら、すぐに言うのだよ」
栄坂は「え?」と短く聞き返してきた。思いも寄らぬ俺の言葉に戸惑ったのだろう。俺は言い直さない。別に気恥ずかしいからとかではない、ないのだよ。
「あらやだ驚いた」
緑間ってそんなに私のこと好きだったのね、と茶化してきたから大きな溜め息をつく。
いつもこうだ。いつもこうして逃げようとする。
そういうことじゃないのはお前が一番分かっているはずだろう。
「でも本当に大丈夫だよ。赤司だけじゃなくて青峰も同じクラスなんだ。緑間なんかいなくても」
「まな、言うことを聞け」
昔のように呼んでみれば、さすがに気づいたらしい。「あらやだこれは本当に驚いた」とベッドから立ち上がりスカートの裾を直す。「真太郎、」と久しぶりに呼ばれれば俺も初めてまなの方を振り向いた。
「真太郎の心配は嬉しいけど、ちょっと面倒くさいよ」
穏やかな笑顔だった。
瞬間、悟る。
ちゃんと成長しているのだ、と。
保健室から出て行く後ろ姿は変わらずこんなに小さいのに。
「…はあ」
隠すのが得意。違う、晒すのが苦手。苦しくても限界まで我慢する癖がある。自分を傷つけてまで器用に生きていると見せかけようとする。それも痛々しい程に上手く。だから、近くで見ててやる必要があった。幼なじみである俺の役目だった。はずだった。
(赤司のおかげか)
勝てないのは、将棋だけじゃない。