アリスは不思議の国にいない
電車から降りて、人混みの中を欠伸をしながら歩く。東京はどうしてこうも人が多いんだろうか。それでもホームを出ると、人の流れが四方に散って少しだけ歩きやすくなった。
どんっ!
「あ?」
いきなり背中を押された感じがしたので振り向くと栄坂がいた。俺の背中に隠れているつもりなのか、シャツをぎゅっと握ってくる。(なんだなんだ?)いつものあっけらかんとした態度はどこへ行ったのか、ものすごい涙目で何やらを睨みつけていた。
「た、助けて!」
「はあ?何を」
「あいつ痴漢…!」
痴漢?栄坂の視線を追うと、如何にも僕はイケメンですといったような態度の金髪ホストみたいな輩がこっちに向かってきている。見た目23歳くらいか?細身で弱そう。でも、すんげー怒ってる。
「触られたから股間蹴ったの」
「…おお」
「どうしよう。いけなかったかなすんごい怒らせちゃったみたいだ」
金髪ホストが栄坂を脅すように空き缶を蹴った。それだけのことなのに栄坂は大げさにビクン!てなった。
「オラオラ!」
「〜〜っ!」
「(え、まじで。そんなに怯えてんの)」
本当にいつものあっけらかんとした態度はどこへ行ったのか。声も身体もガタガタ震えて。まるで、か弱い女子じゃねーか。そーいやこいつ、赤司以外の男に触られるの極度に嫌がるんだったな、といつぞやの雨の日の攻防を思い出した。
「青峰ぇ、助けてよぉ」
うぐ、と喉を詰まらせたのが聞こえた。背中が少し濡れてきたのがわかった。「…泣いてんの?」栄坂は答えない。(しゃーねーなー)なんか今日は女の子みたいだし。ヒーローよろしく、いっちょ助けてやりますか。
「ありがとう、青峰。お前がいなかったらどうなっていたことか」
赤司に礼を言われた。それほどのことじゃないと思った。栄坂は赤司の顔を見た途端、堰を切ったように泣き出した。
「ごわがっだー」
赤司がそれを宥める。俺はそれを見てた。寄り添う二人。栄坂が赤司に抱きついた。ちくり。赤司の手が栄坂の頭を撫でた。背中に回る、栄坂の手。
(あーはいはい)
決してないがしろにされたわけじゃない。礼もこの通り言われたし感謝されているのは伝わってくる。もちろん栄坂からも。でも、なぜか。
(赤司の前だと素直に泣くのか)
ちくり、ちくり。なんか複雑な気分だ。