人生で何度目の自省でしょうか。いつになったら逃れられるのでしょうか。
全ては"もう嫌だ"に収束した。
きっと。おそらく。多分。いや絶対。だってあんな質問をしてくるあたり、
赤司は全部知ってる。んでしょ。
もう嫌。
いっつもそう。いっつも何でか知らないけど全部知ってる。今回もそう。緑間と私だけの秘密だったのに。必死に隠していたはずなのに。どこかで何かしら情報を手に入れちゃったのか。自分で組み立てちゃったのか。それとも直接誰かから聞いちゃったのか。
(…どうしていつもそうズカズカと入り込んでくるの…!)
どうしようもない思いは怒りとなって赤司に向かう。何て的外れな怒りだろうか。もう嫌。
赤司の私への態度が変わらなかったは、全部分かった上でさらに自分の中で整理をつけた後だからなのだろうが、赤司の中の私はもう以前までの私じゃなかったんだという事実は私には残酷過ぎた。
嫌われたかな。幻滅されたかな。どうしよう。どうしよう。もう嫌。赤司は何を考えているんだろう。
―――今日、私と手を繋いだ時も"肉親を殺した女だ"なんて思っていたのかな。
―――今日、私と抱き合った時も"汚い過去を隠してる女だ"なんて思っていたのかな。
―――今日、キスした時も"嫉妬で全てを壊した女"、今日、笑い合っていたあの時あの瞬間も頭の片隅では、"挙げ句の果てに自分の境遇を嘆く女だ"なんて。思っていたのかな。そうだったのかな。今日一日中、ずっとそんなこと、思われていたのかな。
―――おい、何いつものように冗談を言ってるんだ。何平気で笑っているんだ。どの顔して存在していられるんだ。お前は"************"なくせに。
なんて思っていた。のかな。思われていたんだろう。赤司は曲がったことが大嫌いだし非常識なことが大嫌いだし逃げることが大嫌いだし。
つまり私みたいな人が大嫌いだし。
悲しい。恥ずかしい。消えてしまいたい。辛い。悲しい。もう嫌。
赤司の中の栄坂まなはもう栄坂まなじゃなかった。
いつからだろう。いつから知ってたんだろう。どうしてだろう。どうして知ってたんだろう。きっとあんなに長期間無視されてたのも、私への対応を決めかねていたからなのだろう。それを子供っぽいと批判した私と、違う理由を仄めかしながら認めた赤司。本当に子供っぽくて馬鹿なのはどっちだった。
頭がキンキンする。もう嫌だ。取り返しのつかないことになった。恥ずかしい。消えてしまいたい。
トイレに押し込んだ後、あれからのデートは不自然なほどにいつも通りだった。それが有り難いけれど、でも同時にすごく嫌だった。
もしかして赤司は私を試していたのかもしれない。私から何か言うのを待っていたのかもしれない。私に言う言わないを委ねてくれたのかもしれない。それは優しさなのか。呆れなのか。
結局、最後まで勇気の出なかった私は、いつものように普通にさようならをした。本当に何だったんだろう。
ただ分かるのは、この状況が続くのは、私には辛過ぎるということだけ。でもどうすればいいかなんて分かんないんだ。分かるわけがないんだ。
兄が生き返りました。まなに何やら言いたいことがあるそうです。一人で聞きますか。僕と聞きますか。あの女性と聞きますか。それとも、逃げますか。
赤司の言葉が蘇る。
「…お兄ちゃん、聞いて。ね、私ね、嫌われて、ばかりだよ」
学校に友達は少ないし、その数少ない友達にだって実は嫌われているのかもしれない。緑間も私のことなんか本当は嫌いだろうし、桃井も黄瀬も可哀想な私に付き合ってくれてるだけなのかも。ぶーちゃんも、もういないし。もしかして私の味方はお父さんだけ、かな?あ、お父さんだって、もしかしたらもしかしたら。
「……ねえ、どうやったらお兄ちゃんみたいにみんなに好かれるの?私はどこをどう直せばいいの?」
"赤司にだけは嫌われたくないの。"
そう呟いてみても、もうこの世にいない兄が応えてくれるはずもなく。今となっては、私の心の中でのみ生きている兄。いつまでも高校生で時が止まってしまった兄。優しかった兄。大好きだった兄を殺したのは、ほかの誰でもなく、この私だった。
つまり、どこをどう見直してみても、すべて私のせいなのだ。
「…人生やり直したい。お父さんの精子だった頃に戻って、他の精子達に道を譲るんだ」
「どうしよう、どうしようってどうもできるわけないだろ。どうすれば精子に戻れますかって戻れるわけないだろ」
「…兄ちゃんごめんなさいごめんなさいごめんなさい成実さんごめんなさいごめんなさいお兄ちゃんの代わりに私が死ねばよかったんだ」
うわああああんと泣いた。大声出して泣いた。幼稚園児みたいに泣いた。いつの間にかそばにいた真太郎は別に何もしてくれるわけではない。不機嫌そうに私のことを見向きもしない。(くそ、自分の家と緑間の家を間違えたみたいだ)って、そんなわけないでしょ。私はわざとここに来たのだ。誰かに話を聞いてもらいたかったんだ。お願い、真太郎。あんたはそれでいいからさ、あんただけは変わらないで。