僕は君より君を愛すでしょう


久しぶりのお買い物デートだというのに、まなはトイレに行くと言ったきり帰ってこなかった。腹でも下したかと思っていると、きっかり赤司を40分待たせてから、何やら清々しい顔をして帰ってきた。それは腹の中の毒物を全て出し切った時のそれでなかった。良いことをした後のような、やってやったぜのような顔。鼻血を出しているので色々と決定的である。

「ごめん。階段で転けた」
「嘘吐くならまた喧嘩ルートだからな」
「………チンピラにカツアゲされてる小学生がいて、助けようとして、ちょっとね。でもね、…っああ!もう!怒らないで最後まで聞いて!駆け寄ろうとして、転けたの!本当だよ!積んであった商品巻き込んじゃったから、ものすごい音立てちゃって、それでたくさんの人が集まってきちゃって、結局チンピラたちもどっかに消えたから私は何もされてないよ!でもね、私は何もしてないってのに、「お姉ちゃんが転けてくれて助かりました」ってその子にすごく感謝されたから、こうやって鼻血出した価値もあったのかな!って、…ね?」
「…ああああ〜」
「え?…ぁぁぁあ!血!」

まなが、鼻血出した価値もあったのかな!のところでふふん!と格好つけて勢い良く鼻を拭ったので、赤司は馬鹿だろという意味を込めてそんな声を出した。当たり前に服は血で染まるのである。

「…鼻血ってさ、鼻水ですけど?みたいな態度だから困るよね。そりゃ間違えるわ、ハハハ」

苦手な血を見て頭がトンだのか訳わからない事を言うまなを引っ張って二人で身障者用の大型トイレに入った。(トイレに向かう途中、まなが倒したであろう商品を片づけている店員にすいませんと会釈した)血で染まった袖部分を水道で洗い流す時のまなの様子を見て赤司は聞く。

「……お前が血が苦手なのって、やっぱり」
「知らない。気がついたら苦手だった。でもやっぱりそうなんじゃない?お兄ちゃんが血だらけで死んだことがきっかけなんじゃない?」

まなは赤司の質問に答えたつもりだった。が、赤司は無視する。

「いつまで兄を見る?」
「…は?」
「兄と僕が海で溺れています。さあどちらを助けますか」
「何いきなり。もうお兄ちゃんは死んでるのに。それに赤司とお兄ちゃんが溺れるようなところで私が溺れないわけないでしょ。三人仲良く溺死だよ」
「じゃあ。兄が生きているとします。お前は僕を好きになりましたか」
「うーん。お兄ちゃんが生きてたら私はきっと帝光中にいないよ。お兄ちゃんはスポーツ推薦で都外の大学に行ってたと思うから多分私もそれについていってる。好きになるならない以前の問題で、赤司と私は出会ってない」
「兄が亡くなりました。緑間がお前に馬鹿みたいに優しかったとします。お前は緑間を好きになりましたか」
「うわ、嫌なこと想像させないで。吐きそう。おえっぷ」
「神様が現れました。僕を殺したら兄は生き返らせてくれるらしいです。さあどうする」
「犯罪者にはなりたくないかな」
「どうして決定的な答えを出さない。どうして逃げる。兄の方を選ぶならそう言え。気を使われるのが一番ムカつくんだ!」
「何分かりやすい嫉妬してるの」

まなは濡れた袖を絞りながら笑った。騙されないぞさあ答えろと赤司は迫った。笑いと勢いで全てをなあなあにしようと在る意味図星だったまなは(お兄ちゃんと赤司じゃ好きのベクトルが違うだろ!)と思ったが、

「赤司に決まってる。何があっても赤司に決まってる」

と言ったので、赤司は無表情で頷いた。「…何その反応。じゃあお返し。私を殺せば〜」と様々な状況のニ択でまなは赤司を追い込んだが、最終的にまなが顔を真っ赤にすることで終わった。

「…………でもどーせなら。お前の過去から全部、塗り替えてやりてーかな、」

もうとっくの昔に卒業したと思っていた言葉遣いを赤司は満足げに発掘してきた。まなは驚いたが、まあそんな事もあるのだろうと今度こそ笑ってなあなあにした。顔が火照る。

「…じゃあせめて。今から全部塗り替えて下さい。はい、ご主人、私は今から何をすれば」
「そうだな。うん。語尾ににゃんをつけろ」
「分かったにゃん。意外とこれ恥ずかしくにゃいね。…と思ったら結構恥ずかしいにゃ。それでご主人は何で顔を背けてるのかにゃん?」
「もういい、やめなさい」
「やめにゃい、ふふふ」
「…ああああ〜」
「…さあ。とりあえず赤司パパと赤司ママに今後のご挨拶に行きますかにゃん。アポなしオッケイかにゃ?」
「…ああああ〜」
「ふふふ!」

デートらしい戯れが戻ってきた。赤司がこんなふうに冗談を言うのも乗るのも全て、まなだけなのである。

「赤司イケメンイケメンイケメン好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
「さすがに怖い。やめろ」

ふふふっ!と腕に手を絡ませてトイレから出た。老人が怪訝な顔をして見てきたので、あるお祭り男の不祥事を思い出した。トイレでワッショイは流石の私も嫌なのとまなは視線で老人に潔白を語った。

赤司にこんなふうに触れるのは久しぶりであるので調子に乗りたい気分ではあるが、まなが調子に乗ると良いことはない。(じゃあ自重しろって?こんなにイケメンで好きな人が隣にいたらそりゃ無理な話ですわよ。オホホ)

「…あ」

赤司が気がついたように会釈したのでまなはその先を辿った。赤司の知り合いなら自分の知り合いだとまなは考えていた。淑女らしく挨拶をしようと企んだところで顔が引きつった。「え」「ん?」「え…?もしかして知り合い?」まなは嘘だと言ってくれと神に願った。

「ああ」

まなは神様を頭の中で殺した。…どして、と聞く声は掠れていたが別に答えが欲しいわけじゃなかった。赤司がそんなまなの様子を見て全てを悟った後、安心させようと"なぜ知り合いなのか"を答えようとした。が、成実が嬉しそうに近付いて来るのが見えたまなは赤司をまた先程のトイレに半ば無理やり押し込んだ。そして自分も入るとすぐさま鍵を掛けた。

「…えへへ」

まなは笑った。笑ってなあなあにしようとした。赤司はイラッときた。

「えへへ。トイレ落ち着くね。えへへ」
「……質問です」



兄が生き返りました。まなに何やら言いたいことがあるそうです。一人で聞きますか。僕と聞きますか。あの女性と聞きますか。それとも、逃げますか。



赤司の意地悪な質問にまなは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。涙を溜めて嫌々と首を振る。心の中で神様を何回も断頭台へ送った。赤司の顔が見れなかった。チンピラより成実より、今は何よりも赤司の方が怖かった。人よりも何倍も緩くて、今にも決壊しそうなこの涙腺は、赤司をさらに苛立たせることを知っていた。

「ありがとうごめんねだいすき嫌いにならないで」

赤司の顔を見れなかったからまなは赤司に抱き付いた。これだけでも狡いのに泣くな、と自分を叱った。質問に答えることなど出来そうになかった。的外れで、そして何とも空気の読めていない行動だとは知っていた。


―――過去から全部塗り替えてやろうか。


赤司はそう囁こうと思ったが、あまりに現実味のない話なのでやめた。兄のことになるとまなはすぐに自分の殻に閉じこもる。もう少しだけ知らないふりをしてあげる。赤司はそっとまなの頭を撫でた。
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