夏休みになってしまった。
――否、夏休み自体はなんの問題もない。寧ろこのめちゃくちゃ暑い時期に長い長い休みなんて、有難い限りである。
実際、山のような宿題を一旦放り投げて、いつもよりも遅い時間に起きて、いつものように好きなことをしたり、友達と遊んだりして、ほんの少しだけ夜更かしをした後に眠れる自堕落な毎日は最高だ。
なら何故"なってしまった"などという一言が出てしまうのか。
……そんなの簡単だ。夏休みだからというただ一点が、私の一番欲しいものを損なわせているからだ。
「……この後、ディフェンスを交わして、パス。それを何かが中継して曲がる。それから緑間くんにパスが回って、ハーフコートのラインからシュート。……五十点差かあ」
この動画を見るのも何回目だろう。
もう流し見しながらも流れをすらすらと口に出来るくらいには、とりあえず何度も何度も繰り返し見ているに違いない。
私が口にした流れで緑間くんがシュートを決める度、まるで私が預言者になったかのような気分になって微笑ましくなる――などと思った、ということはどうでもいい事である。
美しいシュートに感嘆のため息をついて、次の動画、とクリックした先のそれも同じくらいの回数、繰り返し見ているし、実際、追える限りのあれそれはほぼ全て見きったのではないか、と自負している。
同じように殆どの展開を空で言えるくらいには見ていたりもするし。
とは言えど、試合の完全な流れというよりは、どういう流れで緑間くんがあの美しいシュートを決めるか、を覚えているというのが正しい。
また一つ友人に引かれる要素が出来てしまった。とぼんやり思いつつも、再生の始まったその動画を見る。
シュートを打つ。放たれるボール。高すぎる曲線。引っかかることもなく、跳ね返ることもない、ボールがゴールに入る時のネットの小さな音のみがコートを支配する瞬間。そのどれもがやはり美しくて、私は「すごいなあ」と無意識に感嘆を零す。
何度見たって飽きやしないし、飽きることがない。寧ろもしかしたら、私は生涯、彼のバスケに魅入られているのではないだろうか。
緑間くんがもしバスケを辞めてしまったらどうしよう、なんてことを考えるくらいには、夏休み中も変わらず緑間くんのバスケ一筋である。
先程も言ったように、何度見ても飽きはしないけれど、しかし、確かにわたしの目にしているバスケには新鮮さが少し欠けている。
率直に言ってしまえば。

「……緑間くんのバスケ不足だ」

そう、彼のバスケ不足が、この夏、私の夏休みの中で一番の問題だった。





「緑間くんの、試合が見たい……シュートが見たい……」
「苗字の、緑間信者っぷりは相変わらずだけど……そんなに?バスケにハマったの?」

目の前でタピオカミルクティーを飲みながら首を傾げる友人(いつかの対誠凛戦に連れて行ってくれた友人だ)に、私は俯きながら首を横に振る。
繰り返し何度も何度も緑間くんの試合を見たけれど、しかし、未だにバスケの魅力はよく分からないし、バスケの何にハマれば良いのかが分からない。
私があの日魅了されたのは、緑間くんのシュートであり、彼の洗練された技術によるバスケなのだ。
そこまでを少しまくし立てるように友人に言うと、やはりドン引きしたような顔でこちらを見ていた。

「あー、なるほどねー、そっかー」
「……棒読みじゃない?」
「いや……なんていうか、そんな苗字をあの試合に連れて行ったことに少し……責任を感じるというか……」

まじかー、と言いつつ少し遠い目をした友人に、私は首を傾げる。
責任なんて、感じるところがあっただろうか?
そんな風に考えていたのが分かったのだろう、友人は「何に対しても、良くも悪くも興味が薄かったじゃん」と呟いた。……どうだろう。今までの自分を振り返って、思う。何もかもに興味が無くない訳ではなかったけれど――確かに、ここまででは無かったかもしれない。

「緑間のバスケに一目惚れしたなんて聞いた時は、めちゃくちゃびびったっつーの」
「ええ……そっちもそんなに私と変わらなかったじゃん……誠凛の……ええと、誰だったっけ?」
「カガミくん」

食い気味に言われた。怖い。
私はそこまで食いつくように言ったことはないから、そもそも同じ土俵には立ってすらいなかったような気がしてきた。
そう言うと友人に「五十歩百歩って知ってる?もしくはどんぐりの背比べ」と言われた。

「カガミくん……ってあの赤い?子?だよね」
「……あの試合で苗字が本当に緑間しか見てなかったのがよくわかったよ」
「……ごめん」

確かにあの赤い子のジャンプは凄かったのはよく覚えている。だって、緑間くんのあのシュートを何度も止めたし。
……とはいえ、好意的な意味ではなく――あの美しいシュートを何度も崩した憎き相手として他よりも記憶している、というのが正しいのだけれど。

「ていうかさ」
「うん」
「緑間と連絡先交換したんでしょ?普通に連絡とればいいじゃん。試合が見たいって」
「……今、合宿中なの」
「メールくらい練習終わってから確認出来るじゃん」

まあ確かに。そんな風にぼやりと思って、アドレス帳を開く。
ま行に追加されている緑間くんの名前が、なんだかちょっぴりむず痒い。
L I N Eもきっちりフルネーム登録なところが緑間くんらしいな、と毎回思っている。

「……」
「え?何悩んでんの?」
「……何て打てばいいのか分かんない……」
「……恋する乙女か何か?」

前から思ってたけど、緑間に恋してたりする?とからかうように言われたそれを睨みつければ、友人は苦笑いして、それから何も言わなかった。





恋なんてそんなの、烏滸がましすぎる。
確かに緑間くんは、緑間くん自身がとても綺麗だし、頭も良くて、何でもできて、それから彼のバスケは素敵で、時折見せる笑みまでもがキラキラと輝いて見えるくらいには美しいけれど――でも、美しいからこそ、そういう対象にはならないのだということを、友人はよく分かっていないのだと思う。(とはいえ、わたしも友人のカガミくんに対する感情をそういったものだと勘違いしてはいたけれど。"推し"なのだと言っていた)
一方的に彼のバスケへの想いを語る私を不思議そうに見ながらも、決して否定することのなかった優しい人だ。最早神だ。だから、そういった感情を持つ人を否定する事はしないけれど、私なんかが彼に、そういった感情を持つなんてことは――ありえない事だ。

仮に心臓がどんなに、彼に対して高鳴っていたとしたって。

「…………ボールの音?」

ハッとして顔をあげる。
いつの間にか帰路についていたらしい。
友人とは見事に真逆の方向(しかも私が電車で彼女がバス)だったのでその場で解散した。今は駅へと向かっている最中である。
不意に聞こえたボールの音は一体どこからだろう、と辺りを見回すと、少し遠くにストバスのコートが見えた。なるほど、あそこからか。
段々と茜色に染まる空の下、緑間くんとそう変わらないくらいの体格の少し色黒の男の子が一人でコートに立っていた。
まるで、帝光の試合を見ているみたいな。
脳裏に浮かんだ、独りよがりのバスケの寄せ集めをぼんやりと思い出して、首を振った。
素人目にもわかるくらい、あれは本来のバスケの意味をなしていないものだった、と記憶している。
緑間くんのバスケは変わらず美しかったけれど、でも試合として見たいものかと言われると、そうではないな、と思う。それでも彼の出る試合の全ては、何度も繰り返し繰り返し――彼がシュートする部分だけを見ているけれど。
無意識に立ち止まっていた足を動かす。
ガン、とボールがリングに当たる音がするのに、その次に聞こえる音が、ゴールにボールが入った時のネットの音なのが、ひどく不思議だ。
(……緑間くんとは全然違うプレイをする人なんだろうな)
荒々しい、獣みたいな、そんな感じがする。

「……あ、そういえば……緑間くんの過去の試合……で似たような人見たかも?」

まあいっか、と呟いて、未だに送信ボタンを押せていないスマホを開くと、ちょうどそのタイミングで通知音がぴこんと鳴る。
――緑間くんだった。

「…………え?緑間くん……?え?」

緑間くんだ、と思ったと同時に、何故、の二文字がぐるりと頭を過った。
不思議と焦る心を抑えながら、彼とのトーク画面をそっと開いた。
『来月頭に合宿が終わる。中旬に練習試合をするらしいのだが、苗字の予定は空いているだろうか』
緑間くんらしい、絵文字も何も無い文章に、思わず口角が上がってしまった。
練習試合の予定。高橋じゃなくて俺に聞けと言っていた緑間くんを思い出す。……本当にわざわざ教えてくれたのが、すごく嬉しい。
すぐ様送れなかったメッセージを消して、「空いてるよ、いつ?」と返すと、予定されている日時が返ってきた。
私はそれを急いでメモをして、スケジュール帳にも書き込む。
緑間くんのバスケ不足だった故に、それだけなのに、ひどく嬉しかった。

「早く来月にならないかな」

まだ七月も下旬になったばかりだというのに、気が早いかもしれない。
だけれど、だって、本当に嬉しかったから。
あの緑間くんが、練習試合の予定を聞かされて、私に連絡してきてくれたこと。私が送れなかったメッセージの内容を知っているかのように、送ってきてくれた事。緑間くんのバスケが観れること。緑間くんに会えること。
(嬉しいし、……楽しみ)
今日は絶対に良い夢が見れそうだ、と思いながら駅のホームへと足を進める。心做しか足取りが軽かった。
そうして、ちょうど着いた頃、ホームに入ってきた車両を見ながら、そういえば、と思う。
(……あれ、そういえばさっき私)
緑間くんに会えることが嬉しいって、思った?

「……そりゃ、嬉しいよね。緑間くんのバスケが観れるんだもん」

何かを言い聞かせるみたいに、ぽつりと呟いて、私は電車に乗り込んだ。
ぴこん、とまた通知音が鳴った。

『苗字が会いに来るのを楽しみにしてるのだよ』

その一言に心臓がひっくり返りそうなくらいに跳ねたこと、きっと緑間くんは知らないんだろうな。




20190728
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