この日、私は"緑間くんのバスケ"以外に別段興味を持っていなかった自分を呪った。
七月八日、水曜日のことである。


「そういえば昨日、緑間の誕生日だったんだけどね」

高橋くんといつもの調子で、次の授業の用意をしつつ雑談していると、不意にそんな言葉が漏らされた。
(……緑間くんの、誕生日?)
昨日って何日だったっけ?というか、私は昨日の朝緑間くんと話をしたような……?
ぐるぐるとそんなことを考えながら、高橋くんの話に相槌を打つ。

「あいつ、浮いてるように見える――っていうか、浮きまくってるけど、なんだかんだでやっぱり先輩達に可愛がられてるなって思うよ。まあ、ストイックすぎるなあとは思うけど、悪いやつじゃないしね」
「そうなんだ」
「うん。あ、そんでさあ、みんないつも通りの緑間節を前にぶつくさ言いながらも誕プレあげてるの。しかもその内容が、基本は今後ラッキーアイテムになりそうなコアなやつばっか。なんかマニアック過ぎて、逆にレア物のレプリカとかあったのには笑った」
「まあ、そういうのがあっても困らないしね。緑間くんの場合」
「そうなんだよね。……あ、ちなみにオレらはおしるこ缶、ケースであげた。高尾がそれ見て笑い転げてたんだけど、帰りにそれと緑間を乗せて自分がチャリヤカー漕ぐのに気づいて、スンって顔してたのめちゃくちゃ面白かったよ」

ほらこれ、と見せられた高尾くんの写真は、いつもの彼からは考えられないほど虚無に満ちた顔をしていた。
確かに、体格の良い緑間くんとおしるこ缶を乗せて漕ぐのは――……。

「……チャリヤカーって、なに?」

高尾くんの虚無顔に思わず気を取られてしまったけれど、一般的に聞き覚えのない単語が聞こえた気がして、思わず高橋くんに尋ねる。

「あ、苗字さん、知らない?……まあ部活終わった後とかに走らせてるからなあ。帰宅部なら見ることないかも」
「え?なんか目立つ感じ?」
「目立つ……いや、ゴテゴテキラキラしてたりはしないんだけど。ていうか、その名前の通り、チャリにリヤカーが引っ付いてるだけなんだけど」
「……なる……ほど……?」

絵面が全く想像出来ないけれど、恐らく後輪近くにリヤカーが繋げられているのだろうか。
それを乗せて高尾くんが漕ぐということは、そのリヤカーに緑間くんが乗っているということ……?え、何それ、見たい。
きっと当然のような顔をしているだろう緑間くんを勝手に想像して、微笑ましい気持ちになった。
直後にさっきの高尾くんの顔を思い出して、私もスンっとしてしまったけれど。

「高尾がいつも漕いでるんだけどさ、本来はじゃんけんで負けた方が漕ぐらしいよ。……高尾が勝てた試しないけど」
「……まあ、緑間くんだしね」
「うん、緑間だからなあ」

そんな話をしていると、ちょうど会話の切れ目に予鈴が鳴った。
というか、ついチャリヤカーに気を取られてしまったけれど、……どうしよう、昨日が緑間くんの誕生日って。
(ああ、もっとプロフィールとか……確認しておくべきだった。いやそもそもなんか、そういうのを失念してたから、私は緑間くんを人として認識できていないのかもしれない。あんなに綺麗なシュート打てるとかもう普通に神でしょ)
いや、でも緑間くんファンとしての気合が足りないのかもしれない。これが緑間くんなら、きっちり相手方のプロフィールにも目を通しているだろう。それでちゃんと忘れずに祝うに違いない。
……最近、例の誠凛推しの友人に「苗字は緑間のこと神聖視しすぎじゃない?」と言われたけれど気の所為だ。
何故なら緑間くんは努力家なので、実際そうだろうことは容易に想像が出来るというだけなんだから。
(――というのは本当に私の想像での話であって、実際は、対戦相手やチームメイトの星座は気にするけど、誕生日までは覚えてないと後に本人から聞くことになる。余談だ)

「あ、真ちゃん昨日、明日の分だって宮地サンが誕プレにくれたそれ、早速持ってきたんだ」
「ああ、ちょうど良かったのだよ。うちにアイテムのストックとして置いていなかったからな――ラス〇ルの照れ顔のがま口ポシェットは。ポケットに入ってるのならあったんだが」
「ポケットに入ってるのはあるんだ。……いやあ、今日の真ちゃん、なんかはじめてのおつかいって感じだな」
「高尾、……今のうちにこの世に別れを告げておくといい」
「ごめんて」

授業前にするりと聞こえてきた会話に、ラス〇ルのがま口ポシェットを首に下げてる緑間くんを見たい気持ちを堪えながら、私は俯いた。
(いや、後で絶対見よう……写真……は無理だから、心のシャッターを連写で……いやいや、落ち着いて、私)
そういえば、宮地サンとやらは一体どういう気持ちで可愛すぎるあれを買ったのだろうか。ちょっとだけ気になった。

ちなみに授業終わりにこそりと見た、ポシェットを首に下げている緑間くんはアンバランスで、なんだか可愛かった。







そうして迎えた翌日、私は初めて、週の半ば過ぎにも早起きというものをした。いつもは試合を見て、休み明けの月曜日に早起きをしていたから、それを関係なしに起きるのはなんだか新鮮な気持ちだ。
最近は週の頭は早めに起きるようになったのが習慣づき始めていたからか、母は「今日も早いのね」とだけを言ってさらりと朝ごはんを用意してくれた。何かを察したらしい。
私は平々凡々だというのに、どうして母は頭の回転が早いのだろう。
そんなふうに思いながら、おは朝を見つつご飯を食べた。
今日の緑間くんのラッキーアイテムは、ランボルギーニのウルフ・カウンタック……のミニカー(当時物)という激レア物だ。
簡単に手に入るのかなあ、とちょっと調べたら、オークションサイトが引っかかって、少しびっくりした。当時物が今も市場にあるわけがないので、当然だけれど。(勿論ミニカーにしてはかなり高かった)
けれど緑間くんは普通に持ってくるに違いない。謎の確信があった。


「行ってきます」

朝ごはんを食べ終えて、忘れないように、と簡易的なラッピングを施したものをちゃんと鞄に入れて家を出る。

「あ、」

どうやら今日は天気が良いみたいだ。
眼前には綺麗な青空が広がっている。さっきはすっかりおは朝に気を取られて全く天気予報を見ていなかった。
(昨日高橋くんにそれとなくメーカーとか聞き出したし、……邪魔にはならないと思うけど)
平日だったにも関わらず、二日遅れで慌てて誕生日プレゼントを渡す私に、緑間くんは"今更"と言うだろうか。……少なくとも受け取ってはくれるだろうことは確かだと思う。
だって一々一言一言に相槌を返してくれるくらい、優しい人だから。

この前交換した連絡先に、「今日の朝、いつもの時間にいますか?」と送れば「着いたら教えるのだよ」と返ってきた。木曜日はどうやら朝練の内容がいつもと少し違うらしい。
合間を見て出てきてくれるだろう緑間くんに申し訳ないとは思うものの、今日を逃したらズルズルと渡せずに過ごしてしまいそうなので、勢いで行こうと決めた。




「着いたよ、と」

送信、のボタンを押して、いつもの体育館横の水道の近くにそっと座る。
いつもは緑間くんが座っている場所だ。
体育館の中からはバッシュの音と、何やら指示をしている声が聞こえる。
いつもよりほんの少しだけ早めに着いたのもあるのだろう、まだ練習中なことになんだか新鮮な気持ちになった。
(試合はもう何度も見てるけど、練習は見たことないな)
高橋くんの話によると、どうやら練習を見学してはいけないわけではないようだ。……とはいえ、基本的にマネージャー志望の子だったり、が見学をするのが一般的なようだから、単純にその風景がみたい、というだけで気軽に見る人は居ないようだけれど。
試合のように見れたらとは思うけど、練習は練習であって、見せ物ではない。わーきゃーと騒いで、部員の邪魔になってはいけないのだ。(実際その昔、イケメンで人当たりの良い、とても人気のある人がいて、その人目当てでの見学者が絶えず殺到して、練習にならなかったことがあったとかで、きちんとした理由がなければ見学は断るようにしているのだと聞いた)


「――苗字」

ガラ、と扉の開く音がしてそちらを見やれば、タオルを手にした緑間くんが、いつもの場所に座り込む私を見ていた。

「すまない、待たせたな」
「う、ううん!私こそ、練習中にごめんね」
「いや、今朝のは丁度休憩時間だったし、今も練習が終わったところなのだよ。構わない」

それにしても苗字が週に二回も来るとは珍しい、と少し不思議そうな顔をした緑間くんに、あまり時間をとらせる訳にもいかない、と鞄にしまっていたものを取り出した。

「あの、これ!」

勢いよく立ち上がり、彼に突き出した袋を見て、緑間くんきょとり、と目を瞬かせた。
言葉足らずに突きつけてしまったことに申し訳なさを感じながら、そっと口を開く。

「み、緑間くん、その……一昨日、誕生日だったって」
「……ああ、うん、そうだ。たしかに一昨日が誕生日だったな」
「その、……ごめんね、私、緑間くんの事好きだって言いながら、誕生日のことは失念してて。……高橋くんに昨日、聞いたんだよね」

緑間くんが、好き、の部分でほんの少しだけ動揺しながら「ああ」と頷いた。
少し言葉足らずだったかもしれない、とは思ったものの、緑間くんは私の言葉が指す、根本的なところに気づいたのだろう、そのままこちらを見返して、私の言葉の続きを待つ。

「あの、今更なんだけど」
「ああ」
「お誕生日おめでとう、緑間くん」

これ、緑間くんがよく使ってるテーピングなんだけど、と彼に突き出している袋を指しながら言えば「ありがとう」と彼は言って、受け取った。
(……良かった)
渡せて良かったし、受け取って貰えて良かった。
ほっとした内心でそっとため息をつけば、彼が少し不思議そうな顔をして呟いた。

「わざわざくれなくとも良かったのだが」
「……そういうわけにもいかないよ」
「そうか?」

そうしてテーピングの入った、簡易的にラッピングされたそれを大事そうな手つきで持ち直した後、彼は言った。

「お前が、……苗字がいつも俺にくれる言葉が、既にプレゼントのようなものだろう?」

さらりと言われたそれに、私が思わず瞠目する。
次に、その言葉を理解して、頬が瞬時に熱くなった。
鏡で見なくとも赤くなっているのが分かるくらいには、熱い。

「で、でも、……私が緑間くんをちゃんと祝いたかっただけだから」
「……そうか」

そうして、緑間くんは静かに笑った。
それはとてもとても、優しい笑みで、その美しさに、私は思わず息を呑む。
(……きれい、だ)
いつか、IHの予選会場で、初めて見た彼のシュートを思い出すような。
目を惹かれる美しいそれに、私の頬が更に熱くなる。
(緑間くんはずるいなあ)
どうしてこんなに綺麗で、どうしてこんなに、私の心を揺さぶるんだろう。
世界がキラキラと輝いて見えるのは、どうして。


「――苗字」
「は、はい」
「先程から顔がひどく赤いのだよ。保健室に行って熱を測った方が良い」
「え、あ……いや、これは熱とかでは……なくて」
「……そうなのか?」

ならどうして、と言わんばかりの視線に耐えきれなくて、私は思わず目線を逸らした。

「真ちゃーん」

そんな私に、緑間くんが何かを言おうとした気配を感じたけれど、その背後から聞き覚えのある声が緑間くんを呼んで、緑間くんはため息をついた。

「高尾か」
「高尾くんだね」

朝から高尾くんは元気だなあ、と思いつつも、こちらに近寄ってきているだろう足音に、私はなんだかドキドキとして、逃げるように踵を昇降口の方に向ける。
別にやましい事をしているわけではないし、隠すような事でもないのに。

「それじゃあ、ありがとう、緑間くん。――また、教室で」
「……ああ、また後で」

無意識に思わず手を振れば、一拍置いたあと、緑間くんもそっと手を振り返してくれた。
(……緑間くんは、すごく優しい)
優しくて、綺麗で、努力家で。少し不思議な人だけれど、そんな彼に誰もが惹かれるんだと思う。

だから、このうるさい心音は――気の所為だ。

少し緊張してるだけ。それだけなのだから。



2019.07.14
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