内側からジリジリと焼かれるような感覚、羨望。




「……あ、苗字」
「は?」

名前を呼ばれたと振り向けば、知らない男がそこにいた。誰。
前髪は目元より遥かに長く、鼻にかかっている。前見えてるのかそれ。

「あ、やっぱ?あってんの?お前苗字?」
「……ええ、まあ、そうですけど」

馴れ馴れしさに苛つきを通り越して気持ち悪さを感じる。
……でもなんとなく何処かで見たような気がして、少しだけもやもやするのだ。
どっかでこんな奴を見た気が、…したくないけど、する。

「……………いや、やっぱ似てねえだろ」
「……なんのことですか」
「うーん、…………ん?ああ、いや、こっちの話」
「はあ」

意味不明。馬鹿そう。なんだこいつ。
うんうん唸りながらもニヤニヤしている男とは対象的に、ぐんぐんと私の機嫌は下降していく。

「なあ、」

しかしそれに気づかないのか気にもとめないのか。終始自分のペースで話を進ませる男に思わず小さく舌打ちをしてしまった。

あ、肩ちょっと、跳ねた。

「…………花宮ってし」
「知らない。知りたくない」
「……」
「……なーんて、そんなわけないじゃないですか!入試全教科満点だったっていう新入生代表の方ですよね?あんなに綺麗な容姿をしているのに頭も良いなんて神様って本当不公平ですよね!」

適当な言葉を上げ並べ連ね。
勿論全て嘘であるし、全く思ってもないし思いたくもない言葉だ。
花宮の頭脳や容姿その他に対して、神は不公平だ、と思う気持ちはまあ、少しは嘘ではないけれど。

「……あー、そう、だな」

ドン引き。
とでもまるで顔に書いてあるんじゃないか(見えないけど)くらいの声音。
人に花宮の事を聞いておいてその態度は何なのだろう、舌打ちしたくなるからやめて欲しい。
一応、私も成績は良い方の優等生(笑)で通っているのだから。
そのイメージを崩してはならないのだ。

「うーん、やっぱ似てないっつったの嘘」
「……は?」
「なんつーか、何だ。俺国語得意じゃねーから上手く言えないんだけど、なんか、似てるわ。花宮と苗字…さっきの貼り付けた感じのまさに"優等生"みたいな笑顔、超そっくり」

そっくりすぎてこえーよ。
ぼそり、と呟くようにして言われたそれに、僅かに眉間を寄せる。

私が、……私と花宮がお互いに向けるそれが、同属嫌悪、という名前のものであることは知っている。
知ってはいるけれど、他者から見て言われるのは、なんだろう、いつも以上に気持ちが悪い。
あんたには関係ない、という言葉が、気持ち悪さで喉のあたりにつっかえた。

「お前ら親戚とか従兄妹とかじゃないんだよな?いや、顔は似てないけど。」
「……、」
「……あれ、苗字、怒ってんの?ワリ、お前らがすげー仲悪いのは噂には知ってたんだけど、まさかここまでとは思わな」
「……っ、う、えっ」
「……は?」

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
(そっくりすぎてこえーよ)
先程の言葉がぐるぐると私の中を巡る。
似てる、そう、似てるんだろうけど、でも、私は、

「うるさい、私は、花宮じゃ、ない、っ、」
「お、おう?つーかお前大丈夫か、」
「私は、あんなのとは、違う」

完璧になれない、中途半端で何もない私。偽ったって仮面を被ったって、何一つ持てない。
(あの日、あの試合を見て、思った。思ってしまった)

花宮は、"ちゃんと人間"だった。
私みたいな、何も無いただのクズとは違って、ちゃんと、持っていた。

(わたし、あの日本当に、あいつが)



「あーいや、なんか良くわかんねーけど、お前は確かに花宮とは違うと思うぜ?」


ぴたり、嗚咽で揺れる背中が、肩が、止まる。
そっくりだと言った彼の表情は最初と変わらない。

「似てるっつーのはそのまんまの意味。花宮と苗字の表情が似てんなってだけだし、多分、その下で色々考えてんだろーなっていう推察の上でぽろっと言っただけだから」

そんな全部が全部花宮みたいって言える程、俺はお前の事知らねーし。

そう言って、何だか居心地悪そうに頭をかいて、ガムを口に放り込む。
それをぼうっと眺めていれば、「そういう顔は似てねーな」と笑みを浮かべて言われた。



(…………やばい、すごく、恥ずかしい)
先程までの過剰反応を思い出して、思わず顔が赤くなるのを感じる。
それを隠したくて俯いたけれど、そんなのはどうやらわかりきっているようで。

「あー、わかるわかる、すげー恥ずかしいよな。盛大に勘違いするとさ」

その嫌味な笑顔と抉るような言葉を聞いて、そういえば、と今更ながら思い出した。
(――あ、こいつ、花宮と一緒にバスケをしていた奴だった)


「あ、そーいや今更だけど」
「……なんですか」
「なんかすげートゲある気がすんの気のせい?ま、いっか。……苗字って、俺のこと知ってる?」
「……花宮と同じ部活の前髪ガム男」
「あ、だよなー、知らないよな」

嫌味たらしく言ったのに目の前の男には全く効いていないようだった。
胃のあたりがぐるぐるとする不快感がまだ残っていて、思わず睨みつけるように見てしまう。

「悪いけどそういうの花宮で慣れてんだよねー、ていうかお前の嫌味みたいなののが全然可愛いし」
「……あー、そう」

尚且つ、私が吐きそうになるくらい花宮の事が嫌いであるということに気づいているくせに、花宮のことを話題に出してくるデリカシーのなさ。こういう奴じゃないとあれの周りには居られないんだろうか。

「あ、そーだ、俺原一哉だから。苗字の隣のクラスの原クンです」
「ああ、うん……」
「あとこれL I N EのIDとケー番な」
「え、は?」
「良い子チャン疲れんだろ、今日から苗字と原クンはお友達ってな」

自分で口にしておきながら、むず痒すぎて気持ち悪いと大爆笑する男を横目に見ながら、渡された紙をじ、と見る。
やや乱雑で右肩上がりに跳ねている文字。
男の字だな、と思った。
一文字ずつを、指で追っていく。


「ま、だから苗字、ちゃんと連絡寄越せよ」

ニヤニヤとした口元。原一哉。隣のクラス。男。花宮と同じバスケ部。多分、性格はこいつも良くは無い。
はあ、とひとつため息をついて、私はメモをびり、と破いた。
原はそれを見て口をぽかりとあけている。間抜けな顔だ。

「えー、何、そんな嫌だった?ショックー」
「…………覚えたから、いらない」

そう呟いて、私は男の――……原の横を通る。
目を合わせられないのは、どうしようもない気恥しさからだった。……まあ前髪で目は見えないけれど。
(あーあ、なんで分かり切った暇つぶしに付き合おうなんて思っちゃったんだろう)
ぼんやりと思いながら、記憶を辿る。
似てるけど似てねーな。そんな風に簡単に言った男の何かがたぶん、私の心を揺さぶったのだと思う。



「――苗字」

呼ばれて、振り返る。
原はニヤついていた口元をさらに吊り上げ、笑っていた。

「お前の高校の親友第一号、俺な」
「は」
「お前そんなんだし、花宮と違って下手くそだから、どうせ友達いないんだろ、苗字」
「……、」
「暇だったら今度遊ぼーぜ」

「じゃ、またな」とひらひらと手を振りながら反対方向に消えていく彼を見送る。
……変な男だと思った。


だけど、

「わるく、ない」

好きなタイプの人間ではないけど、悪くない。
初めて、そう誰かに対して思えたことに、少しだけ安堵した。
(どうでもよくない、人)
それから少しだけ、嬉しかった。











「苗字さん」

すう、と嫌な感覚が身体を抜けていく。
声がした方向に目をやれば、すぐ近くの空き教室の扉の前に、そいつは居た。

「……花宮くん」
「苗字さん、こんなところでどうしたの?授業は?」
「そっくりそのまま返すよ、花宮くん」

ぞわりぞわりと、背筋を撫でる悪寒。
胃がじくじくと痛む。こみ上げる吐き気。
嫌な予感だけがしていた。


「――苗字名前」
「……なにかな、花宮真」

じ、とこちらを見やる男。
僅かに声のトーンが下がった気がした。



「調子に乗るなよバァカ」



――そしてそれは、とても真っ直ぐな悪意だった。


「原のあれはただの興味本意だ。お前みたいなのに理解者なんていないし出来るわけがない。……気味が悪いんだよ、そんな顔しやがって」
「……は、何のことだか」

ぐ、と精一杯の去勢を張って睨んでみせれば、舌打ちをされる。
そういえば、仮面の剥がれたこいつと話すのは初めてだ、と意識の片隅でなんとなく思った。

「何で笑ってんだよ、お前」

貫かれるんじゃないかってくらい冷たい視線を向けて、それから花宮は原と同じ方向に向かっていく。

(それは、どういう)

ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、その真っ暗な画面に自分の顔を映した。


「…………………は、?」


……そこに映っていた私は、嬉しくて仕方がない子供みたいに、隠しきれない笑みを浮かべていた。



20131111

はじめてのxx

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