時の移ろいとは、早い。
……らしい。

私からすればようやっと、とでも言ったようなものだけれど。


先ほどからぐすぐすと鼻を啜る彼女を見やる。
何がそんなにも悲しいのだろう。
死ぬわけでもないし、たかが人生のうち三年関わったか関わってないか、それだけの人間と別れるだけでしかないのに。

ふわりふわりと揺れる髪は、何も変わらない。


「……美香」
「名前ちゃあん…………っ」

頬を涙でいっぱいに濡らしながら、私に縋り付いてきた彼女。
これも今日で、最後だろう。

(やっと、このお守り役も終えられる。あー、肩こった)

彼女や私は訛りがないからあんまり意識していなかったけれど、ここは関西。
私が進学することにした高校は関東。
彼女はどうやらこのあたりの高校に行くようだし、関わることはないだろう。

(…なんだかんだ三年近く一緒にいたのか)

ぼんやりそう思って、彼女の手に触れた。

「泣かないの、一生会えないわけじゃないでしょ?」
「でも、だって、名前ちゃ、高校、う、ううっ…」

そうやってだってだって、と駄々をこねる様は少し、面倒くさい。

「……決まるまで黙ってたのは悪かった、ごめんね。ほら、泣かない。目蓋腫れちゃうよ?」
「、名前ちゃん」

鼻を啜って顔をあげた彼女と、目が合う。
何か強い意思のこもったような、そんな目だった。

「メール、する。たまに、電話してもいい?」
「いいけど……まあ、心配することないと思うけど、ちゃんと友達作るんだよ?」
「……うん、」

ねえ、と彼女の唇が動いた。

「?なに、美香」
「…………はな、」


きゃー、と甲高い声が耳を劈く。
美香の言おうとしていた言葉はそれに被せられ、何も聞こえなかった。

「あ、花宮お前、ボタン」
「ああ……困ったことに、全部取られちゃったんだよね」
「モテる男は大変やんなあ」
「花宮流石やな」
「お前も見習えや」
「余計なお世話や!」


そんな会話が聞こえる傍ら、


「花宮くんのボタン、もらっちゃったあ」
「え!ほんま?ええなあ」
「あたしも欲しかったな、ええなあ、みっちゃん」


なんてきゃあきゃあとした(実際きゃあきゃあしながら会話しているからとても聞きづらい)会話が廊下で繰り広げられていた。カオス。

(ていうか、花宮、)

最後の日にお前の話を聞くことになるなんて、なんて最低な日なんだろう。
はあ、とため息をついて、そこで視線に気づく。


「…………、美香?」
「……名前ちゃん」
「うん?」
「浮気、しちゃだめだからね」

思わず押し黙る。
言葉の意味もだけれど、その雰囲気や、声音にも、思わず衝撃を受けた。
なんだか、いつもの無邪気で無垢な感じとは違っていた。

「……なーんて!美香ね、さみしいんだもん、ものすごく!だからこのくらいの意地悪かわいいものでしょ?」
「……自分で言わないの」


一転、いつも通り。

「よし、名前ちゃん、行こ!」
「え、どこに!?」
「写真撮るの!」

腕を引っ張られ、思わずついて行く。
(…元気だな、)

――それから彼女に少し連れ回され、日が少し落ちかけたところで昇降口で解散となった。





(あ、)

花宮真だ。
思わず心の中で呟いて、遠目に見える男を何とはなしに眺めた。
何か、探して、いる?


「……、関係ないか」


何をしているのか、だなんて。
最後、これで漸く、最後だから、何となく、気になっただけだ。
……今にも吐いてしまいそうなその気持ち悪さに、耐えながらじゃ、なんの弁明にもなりそうには無いけれど。

いいや、と踵を返そうとしたところで何かが落ちているのに気がついた。



「……ジャケット、?」


男子制服の上着だった。
よくみると、それにボタンはない。
(、これって)


ちら、と目線を花宮に向けた。



「――っ、」

びくり、と思わず肩が跳ねた。
先ほどまで少し遠くにいたそれが、もう、ほんの数十センチ先に立っていたからだ。


「それ、俺の。落としちゃったみたいでね、ありがとう」


棒読み。
若干顔色が悪いのはきっと、分かり切った理由からだ。




「…………苗字さん」
「、っ、え?なに、」
「卒業おめでとう」


まるで心から言っているみたいなそれは、私に向けて、というより、自分に向けているかのようだった。



「……花宮くんこそ、卒業おめでとう」


お返しと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべてやる。
(どうせこれで最後なんだから)







――と、思ったのが甘かったのだろうか。

結局高校の入学式、新入生代表の挨拶で花宮が同じところに進学したことを知り、ならばと知らないフリをして避けようとすれば、悲しいことに裏庭で鉢合わせ、あげくの果てにはお昼休みに向かった屋上で、一緒にご飯を食べる苦行を行うハメになった。

それから、才能や容姿や、そういうのは全く似ていないくせに、なんでだか思考パターンは少し似ているようだと、最近になって気づいてしまった。(ちなみに気づいた瞬間にとうとう吐いた)






「――おーおー、やってる」

ボールが床に跳ねる音。
ネットをボールがくぐる音。
それから、


「ぁ、あ゛あ゛ぁ゛あ゛っ」

断末魔に近い悲鳴。

(ラフプレー、って言うんだ、あれ)

ふうん、と誰もがざわめく会場で、なんとなく思う。
人に隠れてあんまり見えてなかったし、審判も気づいてないみたいだったけど――……


「花宮、お前もよくやるよね」


それから視線を向けた花宮は、ひどく楽しそうで、とても、つまらなそうだった。

(だけど、わたしには持ち得ないもの)
嫌だし死んでしまいたくなるけど、似ている、お前と私の思考。同属嫌悪。
自慢じゃないけれど、私もそれなりに頭は良いほうだ。ただ、人望や容姿なんかそういうのは別だけれど。

(似てる、ってわりに、似てない)
(いつもは嫌なくらい、わかる、嫌でもわかる、だけど)



そんなつまんなそうにしてるくせに、手放さない、……バスケに執着しているあんたの気持ちが、わたしにはわからない。




「…………いいな」



そう呟く私は、あの日、花宮からボタンを貰えた女の子を羨ましがっていた、見知らぬ女の子に、よく似ていた。







20130916

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