今吉センパイは私の中学時代の先輩である。
――が、決して、私が一番可愛がって貰っていたわけでもなければ、そもそも直接関わりがあったが故の関係でもなく。
ただ、センパイの気まぐれで始まった、先輩後輩という関係ではあるけれども――。


「待たせたな、苗字ちゃん」
「今吉センパイ」

つい先日。センパイがいつもの如く気まぐれに、しかしどこから情報を入手したのかはわからないが、私の予定が何も無い日を指し「デートしようや」と連絡をしてきた。
それに大して断るのも面倒だった私は、やや渋ってから(渋って引いてくれる時もたまにあるからだ)承諾をした。
センパイは恐らく私の答えもわかっていたのだろう、「じゃあマジバ近くの時計付近に十一時な」と言って連絡を切った。恐らく暇すぎて私で遊ぼう、という気になったに違いない。花宮にまた着拒でもされたのだろうか。


「あの――その黒いの、なんなんですか」

そうして訪れてしまった魔の日曜日。
目に入ってきた見覚えのないそれに、思わずトゲのある言葉が出てしまう。
(いやそもそも……そんなの聞いてないし)
けれどもセンパイはそれに愉しそうにニンマリと笑ったあと、「後輩やで」とさらりと宣った。

「後輩同士、仲良くしたってや」

――絶対に、嫌だ。
知らない人間が苦手な私は、宜しくしてやる気にもなれず、センパイのその言葉に頷く事はしなかった。
きっと、私がそう思っているのには気づいているのだろう。センパイはやはり楽しげに笑って私と――青峰、と呼ばれた黒い男を見ていた。
渦中の青峰はと言えば、全く興味のなさげな目で私を見た後、「誰?」とセンパイに聞く。……それにほんの少しだけ同情をした。もしかしたら、私と同じで連れ出されたタイプかもしれない。

「アホ、行きがけにゆーたやん。ワシの中学の後輩、苗字ちゃんや」
「……あー」
「お前また聞いとらんかったんちゃうん?」
「つーかバスケしてえ」
「……ワシの話聞いてる?」
「興味ねえ」

(あ、……うん、やっぱり合わないタイプかも)
仮に無理やり連れ出されたにしても、多分この男には何も響いていないに違いない。よって同情はするが、センパイの言う通りの、仲良く、は出来ないと思う。これは同族嫌悪とかそういったものとはまた違う感覚である。
ペースを乱してきそうな相手だ、と思う。多分苦手なのかもしれない。
そんな風に思っていると、センパイがこちらに向かって口を開いた。

「苗字ちゃん、これが青峰やで」
「……は?まあ、今吉センパイがそう呼んでたから知ってますけど」
「……いや、この前自分、青峰って誰?って言ってたやん」

言ったっけ?とぼんやり思いながら曖昧に頷けば、センパイが「映画館」と何かを悟った風な目で言った。
映画館――この前三人で観に行った日のことか。

「……ああ、そういえば青峰で手一杯とか言ってたような。……もしかしてその手一杯なところを見せつけて、次の予定断ろうとかしてます?嫌ですよ、花宮と二人で出かけるのとか。可愛い後輩を助けてください」
「いや……え?知らんけど。次の予定って何?」

あ、やばい。
いつも通り、センパイの予定を適当に聞き出して連れ出そうと思っていたのに、うっかり口を滑らせてしまった。花宮にバレたら鼻で笑われそう。

「マジで勘弁してや。たまにならええけど、毎回カップルに付き合わされるワシの気持ちになってくれん?」
「……その黒いの、連れてくればい「嫌やで」

即答かよ、と思いながらその黒いのを見れば、全く会話を聞いていないのだろう、スマホをいじってだるそうに立っていた。何となく原を思い出した。

「ところでなんで、青峰……くんを?」
「ああ、なんや暇そうにしとったん見かけたから拉致って来ただけやで。…………あと面白そうかなって」

とってつけたような理由はその手にある荷物的に絶対嘘だし、最後の一言は絶対本音だ。
いつか、それだけの理由で私と花宮を二人きりで帰したこと、わすれてないからな。
そう思っているのに気づいているだろうセンパイは、素知らぬ顔をして青峰に言う。

「青峰、苗字ちゃんこー見えて頭ええから、わかりやすく教えてくれると思うで。霧崎さんやし」
「……あ?」
「お前が赤点なる未来は見えてるんや。今日は中間に向けてのオベンキョウカイするで」
「…………かえ、」
「ここで帰ったら……ワシ、桃井ちゃんに言わなあかんなあ。青峰、ワシには教えられんから、このままなら赤点取りまくって留年するかもて。そしたら毎日桃井ちゃんが青峰のとこ行って、毎日朝早く起こされて、行動パターンバレてるから絶対部屋から出して貰えんのやろなあ……バスケも出来へんし」

段々と顔を青くしていった青峰は、最後の言葉で固まった。……たぶん、バスケが好きなんだろう。青春してるいい子ちゃん、嫌いなんだけど。いや、この人相でいい子ちゃんはないな。ラフプレーとかしそう。いや、普通にバスケ好きそうだし、してないだろうけど。
などと適当な判断をしてぼんやり見ていた私は、そこで今日の目的がこの黒いのの勉強を見る、なのだということを知った。
(花宮を呼ばなかったのは――喧嘩になるからかもなあ)
いや絶対、花宮とこれの相性は、私以上に悪い。
どのくらい頭の出来が違うのかは分からないけど、秒で匙を投げて帰りそう。なんだかんだでうちの男バス面子、地頭良いし。
桐皇で留年のワードが出るって事は、大分悪いのかもしれない。いや、霧切と比べたら偏差値は下がるってだけで、桐皇も悪くはないけれど。

「……ヨロシクオネガイシマス」
「……コチラコソ」

嫌々ながら呟かれたそれに、一抹の不安を感じながら返事をしてしまった事を後悔するなんて、まだ思ってもいなかった。
今吉センパイは絶対に、次の予定付き合わせるからな。







「うーん、違うかな。さっき説明した通り……」
「……あー、違うね。ここはこれを使うって……」
「…………違う。今やってるのはこれ。だからここは……」
「………………いやだから違うって言ってんじゃん。今やってんのこれだよ。あんた話聞いてないの?アホなの?頭悪いのにイキってるとか終わってるよ?バスケやる前にマシな頭に取っ替えてこいよ」

ああ?!と凄んできた青峰に反射で睨み返せば、「いや落ち着いてくれん?」と間に今吉センパイが入ってきた。
センパイが既に匙を投げつつあったから、馬鹿でも分かるように懇切丁寧に説明してたのにこれなんでしょうよ。と、そのまま目線を向ければ青峰にも同じように見られたらしい、「やめてーや」と困ったように笑っていた。

「いやあかん、花宮は絶対無理や思っててんけど、苗字ちゃんもここまであかんとは思わんかったわ。……いやここまで予想結果が似てると思わんかったっていうか」
「……あかん言う前に、今吉センパイがしっかり教えてくれます?礼儀とか礼儀とか礼儀とか。そもそも教えて貰う態度じゃなくないですか」
「……まあそうなんやけど、青峰やし。――さて、一旦小休止や、ちょうど昼やしな。まとめて買ってくるけど何がええ?」

よっこいせ、と腰を上げた(というかこの空気から逃げようとしてる)センパイに、「テリヤキバーガー」と返せば、同じ声がすぐ目の前から聞こえた。

「……」
「……」
「二人ともテリヤキバーガーな、買ってくるわ」

無言で思わず見つめあった私と青峰を置いて、今吉センパイはさらっと流すように返答をして居なくなった。いやこの空気どうしろと。

「……あー、青峰……くんも好きなの、テリヤキバーガー」
「……ああ。……アンタも?」
「……うん、普通に好き。……いや割と好きかも。いつも頼んでる気がしてきた」
「マジか。オレもだわ」
「マジか」

微妙な空気感になりつつも声をかけようとしてしまうのは、時折被る猫のせいだろうか。
特に気にしてはいなさげな青峰も、なんだかんだで返答をしてくれて、やや空気が和らいだような気がする。
いや本当に予想してないくらい馬鹿でびっくりしたけど。敬語とか知らないのか?レベルでびっくりしたけど。普通に話す分には態度も悪くない――というか、興味の無いことを無理やり話す気が無いのだろう、という感じがした。まあ気持ちは分かる。

「そういや映画って何見たんだよ」
「うん?」
「今吉サンと見に行ったんだろ?あの人と見るって何?ホラー映画とかか?」
「ああ、……アレだよ、タイトル忘れた。なんか最近流行ってたカーアクションの」
「……ああ、あれか。少し気になってたんだよな、どうだった」
「うん、悪くなかったよ。アクションシーンもほぼスタント使ってないらしくて――」

ぽつりぽつり、と食いつくような会話でも、原とするような会話でもなく、ただお互いのペースで話をする。気まずさはそこにはなく、けれど完全に趣味が合うわけでも、ウマが合うわけでもない。
それでも話は続いたのが不思議だった。
最終的に何故かグラビアの話になっていた。何でだか知らないけど一番盛り上がっていたと思う。

「なんや、仲良くなっとるやん」

これ置くでーと手に持ったトレイを机の上に置くと、センパイはニンマリと楽しげな顔をした。

「いや、普通」
「普通だと思いますけど」
「……いや、そこそこ仲良くなってると思うで?」

花宮ほどはいかんけど、と言ったセンパイはポテトに手をつけ始めた。
それを見て、私もとテリヤキバーガーを手に取ろうとすれば、同じくらいのタイミングで青峰も手を伸ばしてきて、思わず笑ってしまう。青峰もちょっと笑っていた。

「はい」
「おう」
「……やっぱ青峰と苗字ちゃん、普通に仲良くなっとらん?」
「いや普通」
「普通じゃね」

なんや姉弟みたいやなあ?と意味ありげにセンパイは笑ったけれど、私も青峰も無視して食べ始めた。
ちょっと久々に食べたテリヤキバーガーは、相変わらず美味しかった。





「まあ、半分は合ってるし、……なんとかなるんじゃない?補習になったら最悪連絡してきて。補習ならもう一段レベル下がるだろうから、配点高そうなとこ教えてあげるよ」
「おお、助かる」

食べ終わった後に再開した勉強会では、やっぱり青峰の馬鹿さにイライラとしてしまったけれど、少しは覚える気になったのか、半分までは正答出来るようになったので良しとした。一生分教えた気がする。

「いやあ、二人ともよう頑張ったやん」
「今吉センパイは何もしてないですけどね」
「アンタはなんもしてねえけどな」
「……息ぴったりやん」

センパイは監督役ですぅーと言ったセンパイも、私が何度も説明をしてゲシュタルト崩壊し出した時には、一から青峰に説明をしだしていた。いや、最初からセンパイがやってくれれば良いだけなんだけど。
一緒にいた時間は長いわけではないのに、何故だか最終的に青峰が手のかかる弟のように思えてきたのは、この率直な馬鹿さが可愛く見えてきたからなのだろうか。……いや、可愛いはないな。この人相だし。
そんな風に思っていたのに本能的なあれで気づいたのだろうか、青峰が「なんだよ」と睨んできた。「なに?」と睨み返せば青峰は薄らと笑ったので、私も笑った。

「さて、そろそろ帰ろか。ほんまありがとな、苗字ちゃん。……花宮怒っとらん?」
「……は?なんですか?」
「いや、ワシのとこに、苗字ちゃん連れ出してる?って連絡来とったから」
「私のとこには来てないから別に平気だと思いますけど」

安定の通知ゼロ件。そもそも花宮とやり取りをした回数は両手で数え切れそうだ。
それを聞いたセンパイは困った顔をして笑う。最近私と花宮の事になると、よくこういう顔をしているような気がする。気の所為だろうか。

「そんじゃーな、苗字」
「先輩、を付けなよ青峰。じゃーまたね」
「ああ、……気が向いたら今吉サンじゃなくてオレを見に来いよ」
「そうする」

最初から最後まで自由な男、青峰は、こちらを気にすることも振り返ることもなく、軽く手を振って去っていく。……何度も出てきた花宮についても特に触れることがなかったのは、全く興味が無かったからだろう。

「やっぱり青峰と仲良くなっとるやん」
「……まあ、普通に」
「……普通に仲良くなった、って?」

ふ、と笑う今吉センパイは、何でもお見通しかのように笑う。
まあ、憎からず思うようになった相手ではあるし、――その通り、なのだけれども。

「…………あ」

じゃあ帰るか、とやや暗くなってきた道を送ってくれようとしたセンパイが、不意に声を上げる。
なんだろう、とその目線の先を辿ると、見覚えのある男がそこにいた。

「なんや、花宮やん」

センパイはそう言って、カラカラと笑った。
私はといえば、びっくりしたあまり、そのまま何も言えず花宮を見つめてしまう。

「おせえ」
「……今吉センパイに言ってよ」
「はは、スマンなあ花宮」

じゃあ気をつけて帰り、とセンパイは私と花宮に笑いかけて、そうして他に何も言うことなく、あっさりと帰って行った。解散が雑だ。

「――青峰とオベンキョウカイしてたんだって?」
「……ああ、うん。青峰が馬鹿すぎてしんどかった」
「だろうな」

センパイの後ろ姿を眺めていれば、花宮がそう言って、鼻で笑った。
もしかして花宮もあの、青峰のどうしようもない馬鹿さを知っているのだろうか。……バスケ以外のデータももしかして収集してるのか?とぼんやり思ったところで、そういえば、と口を開く。

「なんで花宮ここに居るの?」

その質問が予想外だったのだろうか、少し驚いたかのように瞬きを繰り返したあと、いつもの無表情に戻って、「本屋の帰り」とだけを呟いた。

「ふうん、そっか」
「……ああ」
「なんだ……迎えにきたのかと、」

思った。ほんの少しだけ。本当にほんの少しだけだけれど。
小さく呟けば、呆れたのか、ため息が頭上に落ちる。
付き合い始めて、なんとなく距離感は変わったといえど、花宮はデレないし、私も同様だ。正直、持て余しがちな感情を、どう扱ったら良いのかわからないのもあるけれど。

「……バァカ」

花宮はそれだけを返して、いつも通り少し先を歩く。
その口元が僅かに緩んで見えたのは、私の気の所為かもしれない。
(……でも、そうだったらいい)
分かりづらくて面倒な男の、その後をいつも通り着いていく。

「ありがと、……花宮」

聞こえたのか、聞こえていないのか。
花宮はやはり何も言わない。
けれど、そうして完全に日が落ちた頃、家の近くの角を曲がったあたりで、少し冷たい指先が私の指を絡めとった。



20190712
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