朝からやけにツイている。

朝が少しだけ弱くて何度かかけているアラームには一発で反応出来たし、寝起きもすっきりとしていた。
おかげで朝ごはんもゆっくり食べる時間があったし、なんならおは朝占いを見る余裕もあったほどだ。自分の星座だけ確認してすぐチャンネル変えたけど。(朝が少し早い人達に向けているのか、おは朝占いは7時前にいつもやっている)
ラッキーアイテムは木彫りの熊の置き物――のストラップで、嫌がらせのようなお土産として、その昔今吉センパイがくれたものが家にあったし、そのおかげなのかはさておき、朝からの原のダル絡みもなければ、授業で当たる事もなく、平穏無事に昼を迎えたのである。
(いや……めちゃくちゃ細々としすぎててただの偶然な気がしてきた)
気の持ちようとも言うし、と購買でたまたま買うことの出来た限定メロンパンを食べていると、スマホを片手に弄りながらサンドイッチを口にしていた原が不意に口を開いた。

「……苗字ー」
「……なに」

うーん、と名前を呼んでおきながら少し躊躇った素振りを見せた原に、少し嫌な予感を感じる。
なんというか、朝からやけに静か(いつもと比べると)で今日の原はおかしい。
はあ、と軽いため息をついた後に原は続けた。

「花宮が熱出した」

ぱちり。
思わず何度か瞬きを繰り返したのは致し方のないことだろう、と思う。
花宮が――熱。
猫をかぶった優等生然とした姿の方ならさておき、普段の花宮は刺しても死ななそうな男だ。
あまりの似合わなさに思わず反応が遅れてしまう。

「花宮が、熱」
「うん、花宮が熱」
「……え?花宮が?」
「そ、花宮が」

思わず聞き返せば、原もはは、と乾いた笑いを返して肯定する。
「花宮って風邪とか引くんだ」とか、本人に聞かれたら即殺されそうな事をなんの躊躇いもなく呟く原に、これは現実なんだなあとぼんやり思った。他人事である。

「へー、そっか。風邪か」
「やべーよな、破壊力が。……ていうか苗字には連絡きてねーの?」

俺らには今来たよん、とグループトークの画面を見せられて、つられるように私もスマホを取り出す。
なんと通知は無い。ゼロ件だ。

「来てないけど」
「え?マジ?……付き合ってんだよな?」
「あー」

いやめっちゃ嫌そうな顔するじゃん、と思わず寄ってしまった眉間のシワを指さされ、解すように人差し指を当てる。
最早これは染み付いてしまった反射のようなものだ。
過去、花宮に対してだいぶ屈折した嫌悪を抱いていた時よりはマシではあるものの、癖のようになってしまったそれらを直ぐに変える事は出来なかったのだ。
実際校内でうっかり会ってしまった時は、お互い無意識に何故か距離をとろうとしてしまうし、視界に入った瞬間に嫌そうな顔にどうしてもなってしまうのだから仕方がない。(原を含む花宮と仲の良い連中は爆笑していた)

「付き合ってるって便宜上言ってはいるけど――実際は別に、付き合おうって言ったことないから付き合ってるわけじゃないし、何となくただ一緒にいるだけだよ」
「いや、……おんなじ事じゃね?」

まあお前らが付き合ってください、ってやりとりしてる様子は全然想像つかないけど。
少し引いたような素振りを見せた原は、最後の一切れを口に入れたあと、コンビニ限定の新発売のよくわからない炭酸飲料を口にした。不味そう。
そんな原を横目に通知の無い携帯をしまいつつ、あーなるほどなあ、と花宮の事を脳裏に浮かべつつ口を開いた。

「でもまあ道理で、今日は何かツイてるなって思ったわ」
「お、そうなん?何、花宮と表裏一体的な感じなの?ニコイチ?……あ、そういや今日のおは朝、苗字一位だった気がするわ」
「ニコイチではない。いや、何か中学の時、度々そんな感じのことがあって――ていうか原、おは朝見てんの?朝練は?」
「は?めっちゃ気になるんだけど。…………おは朝はまあ、ちょっと息抜きに」
「花宮にバレたら殺されそう」
「三回に一回くらいはシメられてる」
「ドMじゃん」

ケラケラとなんて事のないような顔をして言う原にほんの少しだけドン引く。
シメられるのを分かってて何度も繰り返すとかアホだ。いや原はそういう所アホだったわ。

「んで、今日は花宮の山羊座が最下位だった。今日の朝練いなかったから変だとは思ってたんだよねん。……あ、ちなみに花宮のラッキーアイテムは因縁の相手」
「いやそれアイテム?」
「おは朝がそう言うんだからアイテムなんじゃね?」

どっちかといえばラッキーパーソンな気がするんだけど。
そんな風に思いながらメロンパンを食べ終える。
原は喋りながらスマホで何かしらのやり取りをしているようだった。
……相手はいつもの如く不特定多数の女の子だろうか。原はいつか刺されそう。うっかりニュースとかになって取材されたりしたら、お決まりのセリフを言う――よりは率直に、いつか刺されるなって思ってました、って言おう。
勝手なイメージでそう完結させたところで、原がこちらを見てる(目が見えないからわからないけどたぶん)のに気がついた。

「なに」
「……いや、因縁の相手かぁって思って」
「……は?」
「最初木吉とかイマヨシサン?って思ってたんだけど――苗字で良くね?」

ここで会ったが百年目みたいなところあるじゃん、と言われて、なんとなく私と花宮に対するイメージを察した。

「いやそれってライバル的ポジションの方がいいんじゃないの?私と花宮、別にライバルではないけど」
「他所から見たら似たようなモンだって。いけるいける」
「いやいやいや」

何をもってして「いける」なのかが全く分からない、と思いながら首を振れば、原がだって、と言った。


「だって――――花宮にこれから苗字が行きますって、言っちゃったし」


は?アホなの?いやアホだったわ。
そんな風に思いながら、からりと笑う原を睨みつけた。







なんでこうなったんだろうなあ。
はあ、と何度目かのため息をついて、人のいない男子寮の談話室を抜ける。
霧崎の男子寮、変に女人禁制とかじゃなくてよかった。
普通に迷惑にならなければ割となんでも有りの寮な事に初めて感謝をした。内部の人間なら許可も要らないのが楽である。
ガサガサと時折音を鳴らすドラッグストアの袋には、原や男バス連中の「彼女に看病される時に欲しいセット」が入っている。――らしい。知らないけど。
ジャンケンで負けたらしい山崎くんが、私がちょうど原にデコピンをキメようとしていた時に渡しに来てくれたものだ。渡す時に山崎くんが、ちょっと花宮を見るような目で私を見ていた事は忘れよう。
結局なんだかんだでクズながらもバスケが好きなアホな男子達は、看病を暇そうな私に丸投げしたのである。――面白そう、というそれだけの理由で。
(いや……でもやっぱ私が早退するほどでもなくない?)
ただの風邪だし大した事ないけど心配なんだよねーと言いつつ、無理やり私を校外へ連れ出した原を思い出してため息が零れた。

「花宮、入るよ」

のろのろとゆっくり歩いていたにも関わらず辿り着いてしまったからなんだか心が重い。
最早反射のようなこの感覚は、きっと花宮以外にはわからないだろうと思う。
見なくても、花宮が私を見て僅かに眉を寄せただろう事が分かった。

「……んで、苗字がいんだよ」
「……原が連絡したって言ってたんだけど」
「あ?……アイツらに送るだけ送ってオチてたっつーの」
「あー、私が原に騙されたのか」

がさごそ、と花宮の枕元で遠慮なしに袋の中を漁りつつそんなやり取りをして、中から取り出した冷却シートを花宮の額に貼り付ける。

「これ、なんとなく効いた気になるけど効果ないらしいよ」
「……知ってる」

いつもより三割くらい大人しい花宮を見るのは少し久々だ。
(なんか懐かしい)
調子の悪そうな花宮を見ていると、つい、中学の頃にも似たようなことがあったのを思い出す。
……確かあの時も私がなんとなく調子が良くて、運が良かったのだ。
今吉センパイ経由で花宮が死ぬかも、と花宮のちょっとした不運の積み重ねと調子の悪さを聞いて、実際調子の悪そうな花宮を見た時は、「そのまま死ね」という気持ちと、私が調子良いのってもしかしてアイツから何か吸い取ってるとか?というアホな事を考え出した気持ちとで6:4くらいだった記憶がある。実際関係があるのかはわからない。
でもその逆パターンも存在した、ということだけは確かである。

「苗字お前、また原とメシ食ってたのかよ」
「ああ、……可愛い部員を取っちゃってごめんね、花宮くん。原くんがどうしてもって言うから」
「きめえ。お前が単に原以外に友達いねえだけだろうが、バァカ」

いやでもいつもの花宮よりちょっと勢いがあるかも。熱で。キレやすくなってるのだろうか。
ほんの少しだけイラッとした気持ちを抑えながら、ポカリと薬、それからゼリーを取り出して、のろのろと起き上がった花宮に渡す。

「……甘ったるいモン食いたくねえ」
「一番甘いやつ選んだらしいよ。彼女に食べさせて貰いたいやつナンバーワンの白桃」
「クソかよ」

チッ、と舌打ちをした花宮は、ドラッグストアの袋を勝手に漁ると、中からゼリー飲料を取り出した。十秒チャージ的なアレである。

「マシなのあんじゃねえか」
「……私は一応、優しい部員の気持ちを汲んでおこうかなって思っただけだよ」
「九割嫌がらせだろ。お前昔から行動パターンが変わんねえんだよ。……今吉サンと見舞いに来た日もそうだった」
「……よく覚えてるじゃん」
「頭の出来がお前とは違ぇんだよ」

死ぬほど癪に障る男だな。
いつもより三割大人しいって思ったのは多分嘘だったし、こいつめちゃくちゃ元気だわ。
そんな風に思いながら、取り出したスマホで花宮を適当に撮って、原に送り付ける。

「……あ?」
「……原が花宮の様子知りたがってたんだよね」
「盗撮の必要はねえだろうが」
「……………………原が」

私と花宮は恋人なんだから、様子わかる写真くらい送れって。
段々と尻すぼみになる言葉に、花宮は嫌そうに眉を寄せた。
たぶん私も同じような顔をしていると思う。

「なんであいつはそう変なところで恋愛脳なんだよ」
「……知らない。付き合ってはないって言ったけど、実質そうじゃんって言われたし」
「…………は?」

花宮が目を細めてこちらを見る。
ひどく目つきが悪くなったそれは、胡散臭い笑い方をやめた時の今吉センパイにちょっとだけ似ていた。
いやな先輩後輩の似方である。

「……なに」
「……お前マジで馬鹿だろ」
「……は?何?今日のあんたのラッキーアイテムに喧嘩売ってんの?」
「……は?ラッキーアイテム?意味わかんねえんだよクソ女」

怪訝そうな顔でこちらを見る花宮は、ラッキーアイテムの言葉に首を捻る。
まあ正直そこに引っかかる気持ちはわかる、と思いながら花宮を見返せば、花宮はやはり、嫌そうで不服そうな顔をしながら続けた。

「……付き合ってんだろ」

それだけをぽつりと。小さい声で。
最後に目を逸らしたのは気恥しいからだろうか。
(そういうの、やめてほしい)
だって――――私が恥ずかしくなるじゃないか。
少し間が空いた後、思わず赤くなっただろう頬を見て、花宮が笑った。
珍しく、嫌味も悪意も含まない顔で。

「お前の方が看病必要なんじゃねえか?――――名前」


早く死ね、花宮。
そう捨て台詞を吐いて逃げるように部屋を出れば、花宮の高笑いが扉の向こうから聞こえた。
死ぬほど元気じゃん――――心配して損した。

花宮の画像だけを送った後に来た原からのラインに事の顛末を大まかに伝えれば、「それ空想上の花宮との話?」と返された。





「いやマジじゃん」

ブレッブレの花宮の写真が無言で送られて来たあと、少しして流れてきた事の顛末に、流石おは朝、ラッキーアイテム補正すげえな、なんてぼんやりと思っていた。

「原何見てんだ?」
「苗字からのL I N Eー、花宮元気になったっぽいわ。明日には来るっしょ」
「あ、マジ?朝起きれねえくらい熱ヤバかったみたいだけど来れんの?」
「マジマジ、軽口言えるくらい回復してるっぽいし」

あー、なら平気だな。とザキは頷いてから、俺に何かを投げつけた。

「お、ガムじゃん」
「今日のおは朝の最下位、――蟹座のお前だったろ。花宮の看病アイテムのついでに買った。いつもエグいラッキーアイテムの癖に、お前の用意すんの楽で良かったわ」
「それなー、ありがと、ザキ。……ま、逆に十一位の花宮のがよくわかんなすぎてヤバかったけどねん。最早ラッキーパーソンだったし」

まあ何とかなったみたいだけど。
サラリとついた嘘に気づかなかった友人と、口も性格も悪いチームメイトを思い浮かべて、小さく笑った。

明日はきっと、良い日になる。



20190709
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